地面が揺れるほどの轟音。
アリウススクワッドたちを追い詰め、古聖堂での決戦の最中のことだ。
先生が戒律を書き換えてくれたおかげで面倒な無限増殖する兵士もいなくなった今、後はアリウススクワッドを倒すだけ。
後は詰将棋、そこまで状況が優勢に傾いてきたというのに……
オォオオオオオオオン……
地面から響いてくる、建物を共振させるほどの強烈で大きな鳴き声。
厄介な物が出てくる。そんな予感にため息が一つ。
どれほど私を怒らせれば、アリウスは気が済むのだろうか。
「なにが起こってるのかしら?」
「わからない。ヒナは心当たりあるとか?」
「私はトリニティ生徒じゃないから知らないわよ」
先生は「だよねぇ」なんて、私に見向きもせずに言っている。
私が知らないことを知っていながら聞いたのは、きっと判断基準だったのだろう。
近くにいたトリニティ生に聞くも、誰一人知らないというこの状況。誰も何が起こっているか把握できていない。
唯一この状況を理解しているのは、おそらくアリウススクワッド。
「アナタたち、一体何をしたの?」
「お前たちに教える義理は無い」
「あっそう。じゃあ、力づくで教えてもらうわ」
「……なら、先にコイツを倒してもらおうか」
錠前サオリが腕を上げた。彼女のことだ、決して降参するつもりでは無いだろう。では何か?
紡いだ名前に、鳴き声が呼応した。
「アンブロジウスよ、出てこい」
大地震かと思う程地面を揺らして現れたのは、黒い超巨大な手。錠前サオリの背後にある地下へと繋がる通路口を破壊しながら、それは出てこようとしている。
ヘイローのような何かを頭上に浮かべているそれは、巨大な手を地面に突き立てながら徐々に徐々にと地下から這い出てくる。
な、なんて巨大な化け物なの……?
「アンブロジウス……これは、君たちが?」
「知り合いから譲ってもらった物だ。もっとも、私達の知り合いではないがな」
「……なるほど、君たちの後ろにいるのが誰かわかったよ」
先生が懐から一枚のカードを取り出す。見覚えのないキャッシュカードのような黒いカード。
「先生、それは?」
「相手が誰かわかった以上、それを生徒が相手するのはお門違いだ。ここからは、私が──」
「先生、それを待っていました」
少し離れた場所。よく通る男性の声が辺りの轟音をかき消すように聞こえてきた。
その声に、先生が振り返る。
「……お前は」
「はじめまして先生。私はマエストロ。貴方がソレを見せるのを心待ちにしておりました」
まだ辛うじて形を保っている建物。その屋上に立っていた。
頭が二つある木の人形。異形の姿で喋る大人……おそらくあれが、先生が常に敵対視している「悪い大人」という奴だろう。
名前は確か「ゲマトリア」。悪い大人の集団だと教わった。
その大人はこちらを高みの見物をするように見下し、拍手をしている。煽っているわけでは無いのだろう。
先生の顔は、明らかな怒りを見せている。
「お前がアリウスを?」
「勘違いしないで欲しい。アリウスに直接関与しているのは私ではない」
「じゃあ黒服か?」
「彼でもない。彼が求めている物はアリウスには無い」
「じゃあ……誰が彼女たちを」
「それは自らの目で確かめる。それが美徳ではないか?」
先生はそれが理解できる人だと私は知っている。マエストロと名乗った悪い大人はそう言い、大地に立った化け物を眺める。
「アンブロジウス……失敗作を無理やり起動させるとはな。ロイヤルブラッドの権能は、やはり常識の範疇を超えている」
「失敗作? ロイヤルブラッド? 何の話だ?」
「そのうちわかることです。それよりも、私は先生に見ていただきたいものがあるのですよ」
あんな失敗作よりも、と言いマエストロは指を鳴らす。刹那、更なる轟音と地響きが起こる。
アンブロジウスという巨大な化け物も、アリウススクワッドたちもその震源地へと目をやった。
この状況は誰も想定していなかったのだろう。誰一人、化け物ですら反応できていない。
強烈な光が地面から漏れ出している。ひびの入っている場所の直下が地下だというのはすぐに理解したが、一体そこに何がいるのか。
「さぁ、私の完成品を見ていただきたいです先生」
「マエストロ、お前ッ!」
「太古の教義を参考に作り上げた複製品ですが、それでも私の最高傑作です」
地面が崩れて光が溢れる。恐ろしいまでの輝きをもって上昇するように現れたのは、アンブロジウスと同じ巨大な化け物。
外観から溢れる神聖さ、しかしそれ以上に刺さるのは狂気。圧のかかった空気に触れる肌が教えてくる、アレは危険だと。
「アレを止めろ!」
「聞きましたよ、先ほどの彼女の宣言を。嗚呼、なんと美しい事か……彼女たちの言葉に、私も自分の主張を年甲斐もなくしたくなってしまいましてね」
トリニティの阿慈谷ヒフミが錠前サオリに向けて言った言葉のことを言っているのだろう。
ヒフミは自分が言った言葉が話題に挙げられているのが聞こえたようで、横目でこちらをチラチラ見ている。
「私の神秘への解釈はいわゆる抽象画。まぁ、それは私の好みという影響もあるのでしょうが。先ほどの宣言、あれは非常に抽象的でありながら、確かな方向性があった。好き、嫌い……そんな陳腐で具体性も無い言葉だが、それでも確かに響く物でした」
「えっと……どうも?」
「別に褒めてはいませんよ?」
「どう捉えても褒めてるじゃないですか!?」
「芸術に結論は不必要。どう感じたかという抽象的感情を追及することに芸術は意味を成す。……子供には難しいだろう」
どこか不満げに頬を膨らませるヒフミに肩を竦めるマエストロ。話題はすぐに切り替わる。
二つの顔が、同時に先生の方へと向けられた。先生の目は更に吊り上がっており、私達には見せたことも無い顔、声で叫ぶ。
「お前たちが何をしようと、生徒は絶対に傷つけさせない! 指一本触らせない!」
「教育者として、悪い大人の接触を阻む。正しい仕事でしょう。ですが先生、それはもう一人に任せることもできるのでは?」
「……もう一人?」
「あぁ……そういえば、
「……一体、何の話をしている」
「これもそのうちわかることです。芸術の楽しみ方は人それぞれ。ですが、私はネタバレを好みませんので」
そう言い残し、マエストロは踵を返した。先生がマエストロの名を叫ぶが、それ以上何か返ってくることは無かった。
先生がどう戦うのか、それを一人の観客として観戦を決め込もうとしているのだろう。
「先生。私たちは準備できてるわ」
「ヒナ……でも、これは私達大人の」
「いいのよ。先生にはお世話になってるから。みんなも同じ気持ちよ」
アリウス、アンブロジウスの猛攻を受けつつも、全員が私の言葉に賛同の声を上げる。
こんな状況だというのにまだ元気は尽きないようだ。それは私も同じだけど。
「先生、指示をお願い」
「……わかった。ありがとう皆」
「それは事が済んだら受け取るわ。行くわよ、先生!」
「ああ、行こう皆!」
白い天使が咆哮をあげ、頭上にヘイローが顕れた。そちらも起動したということだろう。
黒い天使と白い天使とアリウス。
相対するのは手を組んだゲヘナとトリニティ。
エデン条約が無くとも、人は手を取り合うことが出来る。
一時的かもしれないけど、あなたの願いは叶ったわよ。桐藤ナギサ。
「……こんな奴ら、すぐに倒してあの子を迎えに行くわ」
Q.原作よりも状況が悪化してるんですけど、誰のせいですか?
A.私のせいです。
お腹爆発しそうになったのはその罰なのでしょうか? いえ、常温放置したおにぎりの仕業なんですよ。
おにぎりは私の大切な物を奪っていきました。私の乙女の尊厳です。
「……ごめんね。間に合わなくて」
「いいんです。アツコちゃんに被害が無くて良かったよ」
「あそこに湧き水あるから、お尻拭いてね。はい、布」
「ごめんね。というか、新しい服どうしよう」
「ここにユスティナ聖徒会の服はあるよ」
「……着るから置いといて」
お尻が大変なことになった私は湧き水のある場所まで連れて来てもらって、パンツまでポイしてお尻を拭く。
なんで透き通ったこの世界で漏らさんといけないのだ。しかも後ろの方やぞ? 地獄かここ?
死ぬほど冷たい地下水でお尻を拭きながら、さっきの出来事を思い出す。
「……アンブロジウスだけじゃなかった」
一つ目の振動の時はアンブロジウスの後ろ姿が見えた。でも、二つ目の振動の時は光以外は何も見えなかった。
アツコちゃんに聞いても「あれは知らない」と言ってきたから、多分アリスク組も知らされてない秘密兵器なんだろう。
この場で出てくる敵キャラで光を発して、地響きを鳴らすほど大きくて、秘密兵器……ヒエロニムスくらいしか思い浮かばないけど、アンブロジウスがその未完成体ならヒエロニムスではないはず。
ヒエロニムスではないはず……そう思いたいんだけど。
「ヒエロニムスだろうなぁ……」
アンブロジウスと同等の規模の地震を起こすということは、大きさは似通っているはず。
そして光り輝く……このエデン条約というシチュエーションの中でそんな特性を持つのは、ヒエロニムスしかおらんやんけ。
「終わった?」
「うん。着替えるから手伝ってほしいな」
「いいよ。着替え終わったら逃げる準備始めるよ」
「わかった。私は連れてかれるの?」
「うん。いざとなったときの人質」
うへ、素直に人質扱いされるのやっぱ頭アリウスだよぉ。これがお姫様の姿か?
まぁDJさんをボコボコにするくらいだし普通か……普通かこれ? やっぱ普通じゃないって、未来のサオリちゃんを見て健全に育って?
相変わらずボロボロで動けない私に超角度ハイレグ、通称覚悟礼装を穿かせて、私は再びアツコちゃんにお米様だっこされる。お腹圧迫されるからしんどいんですけど。
とはいえ、別の持ち方だと全身骨折中の私の身体のどこを持てばいいのか問題に直面するから、道理はちゃんと通っている。
治り始めてるから、そろそろ立てるようになるけど。
「このあとサッちゃんたちと合流する手筈になってるから、移動するよ」
「……降参はしないの?」
「降参したらトリニティに処刑される。アリウス自治区に戻っても……どうせ殺される」
「アツコちゃん……」
「私たちの場所はもう無い。だから、逃げる」
「……」
ここからアリスク組の逃走劇が始まる。
トリニティとゲヘナにとってのエデン条約が終わり、彼女たちだけの戦いがここから始まる。
二つの学校に敗北し、あえなく撤退するアリスク組はアリウスからも追われる咎人として、ただ逃げるだけの弱き者へと姿を変える。
逃げなければアツコちゃんはベアおばに取り込まれ、サオリちゃんたちは殺される。
「アズサとお話してね……ちょっとだけ、希望を見たの。あなた、あの子のこと知ってるでしょ?」
「うん、知ってる。強い子だよね」
「あの子がトリニティとアリウスの懸け橋になるって思ってた。でも、あの子だけ向こうにいって橋は壊れた」
「……だね」
「あの子だけでも、アリウスという地獄から抜け出せたならって、今は思う。あの子が足掻き続けて勝ち取った未来だから、きっと幸せに生きていて欲しい」
「それはアツコちゃんたちも一緒だよ?」
全身骨折してからまだ数時間だけど、キヴォトス人の身体は異常な再生力を持っている。骨折のほとんどはもう治ってるし、既に立ち上がる力も戻った。
アツコちゃんに降ろしてもらってゆっくりと立ち上がる。もう治ったのかと驚くアツコちゃんの前に立ち、私はサオリちゃんに言った言葉を再び言う。
怪我だらけ、血まみれの覚悟礼装で言うにはあまりに恰好がつかないけど、でも、言わなくちゃいけない。
希望を持ったなら、その希望を叶えるのが
「絶対に助ける。アリウスのみんなを、必ず」
「……できるの?」
「物語はハッピーエンドがいいじゃん? なら、目指すしかないでしょ!」
そこらへんに落ちていたアリウス生のアサルトライフルを手に取り、アツコちゃんの顔を撫でる。
半分ほど割れた仮面から見える瞳に、笑いかける。
「最後に笑ってたやつが、ハッピーエンドを掴めるんだよ! だから、笑おうぜ!」
今の私の顔面がどれくらい腫れてるかはわからないけど、全力で作った笑いに、確かにアツコちゃんは笑ってくれた。
この笑顔だけで大人は頑張れるってことを、悪い大人に教えてやろうじゃんかね!
こんなカッコいいこと言ってるけど、さっき漏らしてるんだよね。