風紀委員モブの昼休み   作:ふゆうさぎ

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会社を休むことで体力回復しました。


意地

 これで終わりだ。

 今の状況に、そう思った。

 

 アイツに言われれるがまま連れられて来た場所で、初めて外の世界の食事を摂った。

 ヒヨリもミサキも姫も……多分私も。皆が笑顔になっていた。心が躍っていた。美味しい食事は人を笑顔にするという、どこかの本で読んだ情報は、どうやら正しかったみたいだ。

 一時の幸せに頬が緩んだのは間違いない。ずっとこのままでいて欲しい……そう思ったのも、きっと間違いじゃない。

 アズサがこんな幸せをいち早く手に入れていたことへの嫉妬も当然あった。でも、それ以上に今この瞬間を楽しみたいと思った。

 思ってしまった。

 だから、油断を生んでしまったんだ。

 

 カタコンベ内。

 姫を除いた全員が、辛うじて意識が保てる程度にいたぶられ、全員が地へ伏せている。

 武器もまともに手に取れない。そもそも、弾の入っていない武器を取ったところで何ができるというのだ。

 

 ミサキは完全に諦めて目を閉じている。これ以上の抵抗は虚しいだけ……そう言いたげな表情をしている。

 ヒヨリはとにかく泣き続けていた。食べたハンバーガーに想いを馳せていて、「美味しかったのに……まだポテトとナゲット全部食べてなかったのに……」と嘆き続けている。あまりの咽び泣きに追手たちも鬱陶しそうにしている。

 

 アイツは……もうピクリとも動いていない。私たちをかばって手榴弾をもろに受けた背中は皮膚すらも真っ黒に焦げていて、着ているユスティナ聖徒会の服は、既に服としての機能を失っている。

 それに何度も殴られたのだろう、顔も腕も腹も足も酷く腫れあがって紫色になっている。アイツだけ武器を持っていなかったからか、真っ先に狙われたのはアイツだった。

 

 

「ようやく大人しくなったか」

「流石スクワッド。だが、全てを消耗した貴様らでは我々には敵わん」

「最初から姫とソイツを渡していれば楽に逝かせたものを」

「……おまえ、たちッ!」

 

 

 何とか上体を起こそうとして睨みつけようとしたが、銃床で頭を殴られる。

 遠慮のない打撃に視界が明暗したが、意識は持った。倒れた私に何か生暖かい液体を掛けてくる。

 ……いや違う、これは私の血だ。

 

 

「姫だけは丁重に扱えと言われていてな。先に確保させてもらった」

 

 

 部隊の後ろ、姫が拘束されている。素顔を再び仮面に隠されて、どんな表情をしているかもわからない。

 今までは顔を見ずともわかっていたのに、久しぶりに見た素顔のせいでわからなくなってしまった。

 

 

「それともう一人」

 

 

 この部隊のリーダーらしき生徒が、アイツに近寄る。意識が完全に無いのだろう、目の前まで来ているのに反応が無い。

 アイツの髪の毛を掴み、頭を持ち上げる。持ち上がった顔を見ると、白目を剥いて完全に伸びてしまっている。

 あんな状態では、暫く意識が戻ることは無いだろう。

 

 

「ふん、風紀委員の中でもかなり優秀と聞いていたが……相手にもならなかったな」

「武器も持ってなかったし。警戒しただけ無駄だったか」

「スクワッドと分かり合えるとでも思っていたんじゃないのか?」

「まさか! はは、全ては虚しいって口癖のように言ってる連中と? 正気じゃねぇなコイツ!」

 

 

 私たちのことを笑いながら、アイツの顔に更なる打撃を加えていく。面白半分でやっているであろう暴力が、奴の命を確実に削っている。

 

 遊んでいる奴らが勢いあまってアイツを殴り飛ばしてしまい、岩の壁に叩きつけられる。

 生々しい音がカタコンベ内に響いた。悲鳴も無く、ただ肉が叩きつけられる音……人体が奏でる音にしては、あまりにグロテスクだ。

 

 

「おい、殺すなよ。マダムに怒られる」

「あぁ悪い。これ以上は流石にやめておくか」

「一応治療を施しておこう」

「だな、喜べ。手当をしてや──……あれ?」

 

 

 死なない程度の治療を施そうと医療キットを開け、再びアイツに視線を向けた時。

 アイツがいない。

 

 

「……どこに行った」

「おいお前、見てたか?」

「み、見てたけど……気づいたら」

「そんなバカなことがあるか! まだそこらにいるはずだ! 探すぞ!」

 

 

 一斉に部隊が散らばり始めた。倒れて動けなくなっている私たちなどどうでもいいと言わんばかりに人員を割き、残されたのは私達と一人のアリウス生。

 姫は今のどさくさに紛れて連れていかれてしまったようで、どこにも見当たらない。

 

 

「おいスクワッド共。お前たちは見えなかったか?」

「さぁな……私たちは痛くてそれどころじゃない」

「ッチ。使えないな、これだから裏切者たちは」

「そういう言い方、よくないと思うよ」

「あん? 誰だおま──」

 

 

 私が顔を上げずに返答していた所、突如相手の声が途切れた。何か折れるような音と共に、誰かが倒れた。

 ゆっくり顔を上げると、そこにはほぼ裸のアイツが立っていた。隣には私に声をかけてきたアリウス生が倒れている。

 僅か一瞬で倒したということか? 信じられない。

 

 

「大丈夫サオリちゃん?」

「……どうして。さっきお前は、壁に」

「あれメッチャ痛かったよ。でも、おかげで目が覚めた」

「無理をするな……私よりも、ダメージが……ッ!」

「無理しちゃだめだよサオリちゃん!」

 

 

 私が立とうとするとアイツが肩を貸してくれた。どこもかしこもボロボロで血まみれ、ほぼ裸も同然だというのに、それでも私のことを気にかけてくれてる。

 どうしてここまで気を遣ってくれるのか。

 

 

「どうして……」

「? どしたのサオリちゃん?」

「どうして、私たちのことを助ける? 私は一度お前を……いや、何度もお前を殺しかけているんだぞ! 私だけじゃない、スクワッドの全員が、お前を!」

「うーん。とにかく助けたいだけだよ?」

「……は?」

 

 

 あまりにあっけらかんとした返事に、つい素っ頓狂な声が出てしまった。

 そんな私を他所に、アイツは倒れたアリウス生の服を剥ぎ取りながら答えた。

 

 

「だって、ハッピーエンドにはサオリちゃんたちが必要なの。なら、深い理由が無くても助けなきゃでしょ」

「……未来を知っているからか? ただそれだけなのか?」

「私の欲望について話すのであれば別だけど……でも、この状況では関係ないかな」

「……言ってくれ。お前は、どうして私を助ける?」

 

 

 下着だけ残して服を全部奪うと、それに袖を通しながらアイツは答えた。

 私にとっては意味がわからないし、多分この先の未来で聞いても意味が分からないと思うような返事が、アイツの口から放たれる。

 

 

「サオリちゃんにね、夢を持ってほしいからかな」

「……私に?」

「そ。普通の生活がしたいとか、皆を守りたいとかじゃなくてさ。こう……自分だけの夢を持ってほしい」

「夢……そんなもの、持つだけ虚しいだろう。所詮夢は夢だ。叶えることなど……」

「できるよ。人間、不可能なんて一つも無いんだから」

「──ッ! そんなわけないだろう! 今のこの状況で、何故それを言える!」

 

 

 痛みを忘れて彼女の胸倉をつかんだ。

 カタコンベの外に出て、アイツは私たちに食事を奢ってくれた。何度も命を奪いに来ている人間にだ。

 それだけじゃない。食事が終わったら花屋、ぬいぐるみ屋、コスメショップに行こうとまで提案してきたのだ。何故私の趣味を知っているかはわからない。

 とにかく、アイツは私たちに希望を見せてくれた。食卓を囲むことの楽しさを教えてくれた。

 こんな生活ができれば……そんな夢を抱こうとした瞬間にこれだ。

 私たちに夢を持つことなど、やはり許されないんだ。

 

 

「全ては虚しいんだ! 何をしようとも、どこまで行こうとも虚しい! 私たちがどう足掻こうとも、結果は変わらない! 虚しいだけだ!」

「そんなこと無いよ。人生に虚しい時間なんて、一秒も無いよ」

 

 

 アイツは胸倉をつかんでいる私の腕をそっと握った。優しく諭すように、柔らかい笑みで。

 そんな表情に力が抜けて、手を離してしまう。こんなバカに付き合っていられるかという感情と、達観しているその姿に、どこか縋りたくなってしまう感情。

 助けて欲しいのに、諦めてしまいたい自分もいる。そしてそんな自分が嫌になる。その繰り返しで、自分の中の負の感情だけがどんどん大きくなっていく。

 もう、限界だ。

 

 

「もう無理だ……私にはもう何もない。任務も失敗した。トリニティとゲヘナには追われて、アリウスにも帰れなくなった。姫まで奪われて……もう、私には何もない! もう何も残ってないんだ!!!」

 

 

 気付けば足は崩れていて、その足元には水が落ちた跡がたくさんあった。

 作戦が始まるまでは順調だったのに、いつここまで転げ落ちてしまったのか。ただそれだけが……いや、違うな。

 一体いつから、私たちの人生はこんな所まで落ちてしまったのだろうか。

 肩を震わせながら言葉も発せずに、ただなるがまま嗚咽を繰り返す。

 これでは子供ではないか、そんな感情すらも、涙がかき消していく。

 

 

「……サオリちゃん」

 

 

 ふと、顔を上げる。

 そこには、満面の笑みを浮かべたアイツがいた。

 

 

「じゃあ……奪われたもの、全部取り返さないとね?」

 

 

 訳の分からないことを突然抜かしてくる。いつもそうだ、こいつは。

 だから首を振る。そんなことできるわけがないと。

 

 

「ううん、無理じゃないよ。サオリちゃんだけじゃ無理でも……先生といっしょならね」

「……先生と?」

「そっ! 先生は頼れる大人! だから──」

 

 

 アイツはさっきのアリウス生から奪った武器……ただの拳銃を真後ろに向けて、ノールックで引き金を引いた。

 私からは見えない場所で、悲鳴が一つ。

 見て見れば、ガスマスクのゴーグル部分に穴の開いた生徒が一人倒れている。

 まさか、当てたというのか? 

 

 

「サオリちゃんたちは、ここから抜け出さないとね!」

 

 

 アイツがゆっくり振り向く。

 そこには無数のアリウス生たち。

 私たちの話声を聞いて、再び徒党を組んで現れたのだろうか。

 全員がこちらに銃を向けている。グレネードランチャー持ちだっている。

 絶体絶命……そんな中でも、アイツは笑っている。

 

 

「……逃げだしたのかと思ったらここにいたのか」

「アリウスの制服まで奪いやがって……カモフラージュで逃げようってか?」

「ふん、どうせ死にぞこないだ。一瞬で片付けて」

 

 

 最後まで言うことなく、アリウス生が一人吹っ飛んでいった。

 何が起きたのか? その正体は目の前のアイツ。どこで拾ったのか、片手でグレネードランチャーを構えていた。

 まさか、信管を抜いて弾頭を直撃させたというのか。

 

 

「ヒヨリちゃん、ミサキちゃん。もう起きれる?」

「うぅっ、ぽてとぉ……なげっとぉ……」

「いい加減に諦めなよヒヨリ。私たちはなんとか起きれるよ」

「よかったぁ! じゃ、サオリちゃんたちは逃げてね!」

 

 

 グレネードランチャーを捨てると、拳銃を二丁持ち、アリウスの軍団へと向けた。

 アリウスは軍隊のように育てられ、それ相応の装備をしている。そんな豆鉄砲のような武器だけで勝てるわけがない。そう叫ぼうとしたのに。

 アイツが、一瞬振り向いた。

 

 

「元気でね、サオリちゃん!」

 

 

 刹那、瞬間移動したのかと見間違える速度で目の前から消え去る。

 目で追いきれないほどのスピードを持ってアリウス生たちに肉薄し、ガスマスクに銃床を叩きつけていた。

 ゴーグル部分ごとマスクが叩き割れ、素顔が割れた生徒は鼻血を出しながら倒れていく。

 

 

「これ、さっきのお返しだよ!」

「し、死にぞこないがァ!」

「もうちょっとだから慌てないでよ! 私だって燃料切れでいっちゃうんだからね!」

 

 

 信じられない光景が目の前で広がっている。

 残像を残すほどの速度で右往左往、それどころか狭い空間を利用して三次元的な動きすらもしている。

 壁キック、人を踏み台にして更に跳躍。確実にヘッドショットを打ち込みながら敵陣のど真ん中に飛び込んでいった。

 

 

「お、お前ッ……死ぬ気か!?」

「そうじゃなきゃこんなことしないって! サオリちゃん!」

 

 

 重なる銃撃音の中、私を呼ぶアイツの声。

 返事をする暇もなく、アイツは叫んだ。

 

 

「先生によろしく! ハッピーエンドは、先生の手にかかってるって!」

「ッ……死ぬな!」

「……頑張るね!」

 

 

 アイツの間を置いた返事を聞き、ヒヨリとミサキの手を取った。

 その後のことはあまり覚えいていない。

 痛む身体を必死に走らせて、カタコンベを脱出した。

 辿り着いたのは、どこかの裏路地のような場所だった。




サオリ土下座回は次回かも?
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