すまない…
「ここは……本棚?」
あの子がマダムの精神干渉によって錯乱し始めた時、私の視界はバシリカから知らない場所へと移った。
コンクリート壁の無機質な部屋。それと、無数の本棚。
「どうやら吸収した神秘に意識が反応したようですね、アツコ」
「……これがあの子の記憶?」
声をかけてきたマダムが手に持っていたのは、一冊の本。表紙には『Memory of Life』の文字。直訳で『人生の記憶』。
その本を棚に戻し、次に何を読むか悩む仕草を見せながらマダムは語った。
「その通り。ここはあの風紀委員の記憶。それを本棚という形で整理して具現化した場所です」
「そんなことできるんだ」
「黒服の言葉からインスピレーションを受けたのですよ。先生と話を合わせるために、外の世界の特撮という映像を見ているそうでしてね」
「とくさつ……なにそれ?」
「ヒーロー物だそうです。まぁ、なんともくだらない」
黒服という人と会ったことは無いが、おそらくマダムと同じ大人なのだろう。
それだというのにこの言いよう、仲が悪い事は一目瞭然。しかし先生と話を合わせるため……なんか健気な人だね。
「この空間でも時間は通常通り進みます。早く見つけ出さなければいけないのです。邪魔すればあなたと言えど」
「私は何もしない……適当に見てるよ」
「ええ。それでいいのです」
マダムが次に手に取った本は『Future』。意味は『未来』。とにかくそれっぽいタイトルの本を見漁っている。
外で暴れてるであろうアンブロジウスが儀式まで時間を稼ぐ。その間、マダムはこの子の持つ未来の記憶を探すつもりなのだろう。
手伝う気は毛頭ないけど、この子がどういう風に生きてきたか、なんだかんだ私も気になっている。
私にとってこの子はアリウスの外の子。気にならないというのは言い訳にもならない。
「……この本は」
ふと、本棚の隅で倒れている本が一冊あった。
やたらボロボロで、表紙の文字も辛うじて読み取れるほど掠れている。
手に取って初めてわかった。その本が別の本すべてと比べて異質なことに。埃を払い、その文字を読み取る。
「……Origin」
オリジン……起源や根源といった、いわゆる物事の根っこを指す言葉。
マダムの探している未来の記憶とは程遠いけど、あの子の持っている本質的な何かを読むことが出来るかもしれない。
一度濡れてしまったような歪み、くっ付いてしまっている表紙を捲り、文字を読もうとした。
読もうとしたのだが……黒ずんだシミの数々。なんだこれは。
「……読めない……な、っ!?」
急に視界が歪む。渦のように本に吸われる。何が起こっているかわからないまま、足が浮く。
私の理解などお構いなしに、私は本に吸われた。
「……おや? アツコの気配が……まぁ良いでしょう。それはそうと、なかなか見つかりませんね」
適当に本棚の間を歩いていると、ふと目に入った本。
白い表紙に金色の装飾。他の本とは一線を画すそのオーラ、気にならないわけがない。心を躍らせながら手に取り、表紙の文字を見た。
「Fanzine……? ファンジンとは……聞いたことも無い単語ですね?」
謎の言葉に首を傾げつつ表紙を開く。それが地獄の門だということも知らず、開けてしまった。
「……は? え、ん??? な、なんですか……これは……な、に?」
単語は理解できる。文字も読めるし理解できる。しかし、文章が全く理解できない。
いや理解できないのではない、理解を全力で拒んでいる。
『黒服の黒い感情 ~淡い想いを先生に馳せて~』
『ブラックマーケットで逢いましょう 先生と黒服編』
『ゲマトリア淫猥事変 ー蠱惑な女先生を添えてー』
『ゴルコンダ&デカルコマニー、実質自家発電』
『マエストロ 頭は二つ 体は一つ あそこはいくつ?』
『ベアトリーチェ、身体だけはイイ女』
『紙袋被せればベアトリーチェも抱ける先生たちについて考察する本』
『先生と黒服、裏路地でオトナの恋愛』
『黒服ユウカ説』
『黒服が女なら先生と恋愛してもおかしくなさそうな件について語る本』
本を閉じた。地面に叩きつける。読んでるだけでありえない程の頭痛が襲う。吐き気もする……いや、多分これは気分的な物。
それにしてもなんだあれは……なんの記憶なんだ? 何故私達ゲマトリアの名前全てを知っているのだ? いやそんなことよりも気になることはあるのだが、それを口にすると再び吐き気を催しそうで……深呼吸だ。
「ッースゥー……ふぅ」
なんだこれ。
「な……? いえ……おかしいですね。我々の名前が全て割れていることは由々しき事態と捉えましょう。ですが……」
落ちている本。ただならぬオーラは今では禍々しい物にしか見えない。二度と開きたくないが、そういう訳にもいかない。
もしかしたら……この本の最期の方になら何か書いてあるかもしれない。
恐る恐る本の終盤を開く。
『黒服&先生 ブラックマーケットのラブホで誰にも見つからないまま朝までグチャグty──
「死ねッ! 死んでしまえ! 殺してやる! なんだこの……このッ!!!」
叩き付けた本を全力で踏みつける。下品にもほどがある。こんな記憶を持っているなど人生の汚点でしか無いだろうに、何故こんな輝かしい装飾の本になっているのだ。
数分間深呼吸を繰り返し、怒りの収まった私はその本を本棚に戻し、別の本を探しに歩くことにした。
人の記憶を覗く……なかなか難易度の高い行為だったかもしれませんね。
本に吸いこまれた先にあったのは、学校。
私は今、校門の前にいる。
時刻は……近くの時計は、お昼12時前を指している。
「おい、立てこもりの犯人はどうなってる!」
「依然返事をしません! 要求すらも聞き出せていません!」
「アイツはどうした! 姿が見えないぞ!」
「裏口から侵入したとのこと! 犯人のいる教室に向かっているとのことです!」
「書類仕事ばっかりで寝不足なのに無茶を! たのむから慎重に……子供が人質になってんだから……」
青い服と青い帽子を被っている人たちが大勢いる。背中には大きく『POLICE』の文字。
周囲には何台もの赤色灯を装着している車がいて、大事が起こっているのはわかるのだが……何が起こっているかわからない。
そもそも、こんな格好をする組織はキヴォトスには無いはず。
それに、ここにいる人たちからヘイローの存在も感じ取れない。
忙しなく動き回る人たちに話を聞こうと近づいたものの、無視される。
「……あの、何が」
「連絡取れたか!?」
「立てこもりのいる教室まであと少しだそうです! 発砲許可を求めています!」
「……それはすぐには許可できない。もっと上に相談しなければ」
「課長! 彼女は今一人ですよ!? 何を悠長なことを!」
「俺だって心配なんだよ! だが、気軽な発砲は国民の反感を──」
人々の喧騒をかき消すような音が、少し遠くから聞こえた。
私にとっては馴染み深い音、銃の発砲音だ。
「は、発砲確認! 発砲確認!」
「どっちが撃った!?」
「立てこもり犯人です! 犯人は、銃を所持しています!」
「アイツは大丈夫か!?」
「確認中です! ……腹部に被弾した模様!」
「おい、無事か!?」
「……反応なし! 衝撃音からしてインカムを落としたのかと!」
「馬鹿が! 突入準備開始! いつでも行けるようにしろ!」
カメラを持った人たちは発砲音を聞いて一斉に避難を始め、青い格好をした集団は一気に騒がしくなった。
たかが一発の発砲がどうしたというのか……理解できない。
話を聞こうと試みた物の、どうやら私はこの人たちには見えていないようだ。
ここでようやく理解した。ここはあの子の記憶の中だと。
それならばと、私は学校の中へと入ることにした。
しばらく学内を歩くと、錯乱した大人が一人いた。
何を喋っているかもわからないほど呂律の回っていない姿は、見ていて不愉快だった。
片手に銃、もう片手には私と同じくらいの女の子の首を掴んでいる。多分、青い服の人たちが言っていた「犯人」なのだろう。
意味不明な単語を喚き散らかしている人を通り過ぎて歩いていると、血痕。ぽたぽたと続くそれを追うと、階段の踊り場に一人の女の人。
青い服に黒いシミを作っていて、それがさっき聞いた「腹に被弾した人」ということはすぐにわかった。
「うぅ……いたぁ、い……」
血の漏れ続ける腹を手で圧迫しながら蹲っている。血だまりが出来上がってしまうほどの出血。当たり所が悪かったんだろう。
「インカムも落としちゃったし……犯人はすぐそこだし……鉄砲も使えないし……」
あーもう! と怒号に似た叫びに、銃声がもう一つ。
「おおおい! いるんだろそこにぃいいい! 殺してやるぅうう!」
「なんでバレてるの!? ……大声出したからか」
逃げないと、そう言い腹を抑えながら立ち上がり、移動を開始しようとする女の人。
しかし、その足はすぐに止まった。
「……先生ならこんな時、どうするかな」
真っ赤に染まった手を眺めて、踵を返す。
階段を上って、犯人の前に姿を現した。
「お、おぉおい! 金だぁ、金をぉお寄越せ!!!」
「た、たすけてくださいおまわりさん! おまわりさん!」
「黙れ! おおお殺すぞぉ!」
泣き叫ぶ女の子。喚き散らす犯人。絶賛大量出血中の女の人。カオスだ。
女の子がおまわりさんと呼んだ女の人は、地面に落ちているインカムを手に取り、犯人に向き合った。
「金はありません。ですが、これ以上の罪を重ねて欲しくありません。彼女を開放してください」
「は、はああ!? なんでっ、なんんでぇえ! 金、金を持って、もってこい!」
「ありません」
「なんでぇ! なんでぇえ!」
癇癪と共に放たれる弾丸。次はおまわりさんの胸に直撃した。心臓からは少しずれているだろうか。
でも、その場所は致命傷だ。
「……撃ちたければ撃てばいいです。ですが、その生徒には手を出さないでください」
「ぅう、うるさい! 金さえあれば……俺だって金さえあれあればあ!」
続けて三つ鳴り響く銃声。おまわりさんと犯人の距離が短いことも相まって、弾はすべて直撃した。
首筋、肩、みぞおち。肩以外は致命傷。しかし、おまわりさんは怯んでいない。
「あれ、あれっ……弾切れ!? なんで、なんで今なんだよ!」
「6発のリボルバー拳銃なら当然です。弾が切れたなら、その子は放してもらいます!」
おまわりさんが廊下を駆ける。一瞬の接触で生徒を取り返し、犯人を突き飛ばした。
生徒を抱えて走り出し、犯人から遠ざかる。その間におまわりさんはインカムで人質を確保した旨を伝えたことで、青い服の集団が校舎内に転がり込んできた。
一瞬で制圧された犯人。撃たれたおまわりさんは、廊下の壁にもたれかかっていた。
「しぬ……しぬ……」
「死ぬな! 救急隊を呼んだからそれまで耐えろ!」
「まいはにー……ヒナちゃ……」
「何馬鹿なこと言ってんだ! おい、死ぬな!」
「らぶりー……マリー……ちゃ……」
「推しの名前くらい最後まで言え! 推しに顔向けできねえぞ!」
「さ……さっちゃ……ん……フィギュア……買えなかった……」
その言葉を最後に、おまわりさんの身体から力が抜けていった。
持ち上げていた腕は糸が切れた人形のように落ちて、壁にもたれていた身体はズルズルと床に向かって滑っていく。
私が見ているこの空間も、彼女が倒れたのと同時にどんどん白くぼやけていく。
聞こえていた音も徐々にぼやけていき、最期には無音で真っ暗な空間へと変わってしまった。
そんな中、たった一つだけ鮮明に聞こえた。
おまわりさんの、最期の一言。
「私は、間違えたのかな」
チャイムと共に、視界が本棚の前に戻った。
辺りを見回したけど、さっきの校内のような景色は跡も無く、完全にあの子の記憶の本棚に戻ってきたようだ。
手元を見て見ると、全ページが白紙の本。
「……もしかして、この子って」
私は本を棚に戻して、別の場所に移動する。
探すべきは、前世にまつわる本だ。
暗号みたいな感想送られてもわかんないから返事できないよ…
たぶん皆気づいていると思うけど、結構感想に影響受けながら書いてるんだよね。