あの子の記憶を見てからすぐに探したのは、前世に纏わる本。
キーワードは「おまわりさん」「先生」「間違い」の三つ。
それっぽい物を探しながら歩き、本棚を物色していく。マダムは何か騒いでいるけど、見ないふりをした。
儀式の時間が近づくにつれて、焦りが私を急かす。
「先生」の本と「間違い」の本は見つけられたのに、「おまわりさん」の本だけがどうしても見つからない。
仕方ないと二冊の本を開くが、「先生」の本に書かれていたのは本人の学生時代の思い出だけだった。
もう一冊の「間違い」の本を開くと、そこには妙なことが書かれていた。
『私はあの子を救えなかった』
さっきの記憶通りならば、あの生徒は間違いなく無傷で救えていたはず。
なのに、あの子の記憶はそれを否定している。しかも「間違い」に関する本のはずなのに、救えなかったことを嘆くことを書いている。
関係ないのかもしれないと思いながらも読み進める。
『命に別状なし。物理的、生命的に救うことはできた』
『だけど、あの子供の脳裏には人が撃たれて死に至る瞬間が焼き付いてしまった』
『あの子供が取り乱す姿と声が、死に際の私の脳に焼き付いている』
『私が犯した間違い。警察官として、人を救うことは、ただ助けるだけでは足りない』
『私の行為は、あの子供の心を傷つけてしまった。助けに来た私が死んだせいで、あの子は自分を責める』
『被害者であるはずの子供が、間接的に人を殺めた責を自ら負うのであれば、それは救えていない何よりの証拠』
『命も心も全部救っての警察官。それを知るには、あまりに遅すぎた』
『願わくば、あの子供が私の死を一刻も早く忘れてくれることを祈る』
『そして再び、子供らしい
一ページに一文ずつ書かれたそれは、すぐに読み終わった。
あの記憶の続き──いや、おまわりさんの感じていた悔恨だろう。
そっと閉じて、呟く。
「……ブルーアーカイブ」
本棚が動いた。本棚が縦横無尽に次々に動き、中の本すらも宙を飛び交う。
そして、一冊の本が私の目の前に現れる。
「……なんですかそれは」
本棚がなくなったことで、マダムが私を視認する。
同時に、私よりも先に目の前に浮かぶ本を取ろうとマダムが走り出す。
でも、私の目の前にあるということは、
空色の本。金色の装飾が施され、一目見て「輝かしい何か」と判断できるソレ。
さっきの本の文末に書かれていた一言。
アズサの友達が放った宣言。
同一の言葉が、表紙には書かれている。
「Blue Archive……」
本を手に取る。
「アツコ! その本を私に寄越しなさい!」
「マダム……これはきっと、この世界の未来の記憶だよ」
「見ればわかります。ですから、それを!」
「ダメ。あなたにコレは渡せない」
本を勢いよく開く。
そして、両端を持った。
「アツコ!? 止めなさい! そんなことをしたら、この世界は……」
「救われない? ううん、そんなこと無い」
開いたページ……運命だろうか、そこにはサッちゃんの名前が載っていた。
否、これはサッちゃんのことだけが綴られたページなのだろう。
マダムとの拮抗状態の続く中、それを読み上げる。
「錠前サオリはエデン条約事件の後、自分探しの旅に出た」
「……何を?」
「アルバイトをしたり、ヘルメット団と共に依頼をこなしたり、社会経験を積もうとひたむきに行動している」
「何の話ですか……それは、サオリの未来?」
「空が赤くなった日には先生の為に戦った」
「空が……そうですか、やはりセイアの見たアレは必ず訪れる未来で──」
「ヘルメット団総会の護衛の仕事を請け負い、流れで自身でDJをすることになる」
「……DJ?」
その後もいくつものアルバイトの経歴、先生との交流が書かれている。
長々と書かれるそれは、確かにサッちゃんのこれから歩むであろう経験なのだろう。
残念ながら私達との出来事は殆ど書かれていない。アズサについては一言も無いのを見れば、きっと未来のサッちゃんは追われる立場のままなのだろう。
いくつもいくつも、いくつも……サッちゃんが頑張り続けた未来が綴られている。
「ドレスを纏い、雑誌の表紙を飾った……」
「……まるで幸せな未来のように聞こえますね。ですが、その未来が訪れることはありません」
マダムが一歩一歩と私に近づく。私から本を奪おうと手を伸ばす。
ようやく未来の知識が手に入ると、口角が裂けるほどの不気味な笑みを浮かべるマダムを前に、私は最期の一文を読み上げる。
サッちゃんのことが書かれた、最期の一文。
あの子がサッちゃんに抱いていた、ただ一つの想い。
「錠前サオリという自分を探し続ける子供に、一人の大人として……」
マダムの手が本に触れる前に、開いた本の両端に目一杯の力を込めて、横に引っ張る。
悪い大人の手に渡ってはいけない。だから、この子には悪いけど……この記憶を、破壊する。
本の真ん中に、亀裂が走る。
「やめなさいアツコ!!!」
「夢を持ってほしいと、切に願ってる──!」
全力で本を引きちぎる。完全に真っ二つなった本。
私たちの世界の未来の記された、この世でたった一人だけが持っている本……それを今、この世から排除した。
中身がバラバラになった本は泡のように消えていき、やがて何もなくなる。
完全に、消滅した。
「……な、なぁ──ッ……何をしてるゥ!!!」
マダムが私に掴みかかった瞬間、本棚のあった空間が消えた。どうやらあの子への精神干渉を止めたようだ。
というより、私への怒りで思わず解いてしまったというのが正しいか。
「なんていうことを! 嗚呼、なんということをッ!!!」
私を磔にするための柱に押し付けて、頬を打ってきた。仮面が外れて、マダムの顔が良く見える。
その顔に、ふと笑いが零れる。
「何故笑う! あの本は……あの記憶は世界を救う力となるはずだったというのに!」
「世界を救う力? 世界を支配する力の間違いでしょ?」
「このっ……減らず口がッ!」
再びぶたれ、私は地面に転がる。同じく地面に転がっているあの子に、這って近づこうとした。
しかしマダムがそれを許すわけがない。指を鳴らしたことで、部屋の外から数人のアリウス生が隊列を成して入って来た。
マダムが目配せでもしたのだろう、あの子がアリウス生によって持ち上げられ、壁際まで連れていかれる。
荒れた息を整えながらぶっきらぼうに、マダムがアリウス生に命令した。
「アナタたち、そいつを殺しなさい」
「なっ……!? マダム、なんで!」
「なんで? これはアナタが招いた結果なのですよ、アツコ」
意識がないままのあの子。壁に向けて投げつけられて、力ないまま地面へと倒れる。
まるであの子の前世、おまわりさんだった時の死に際のよう。
「始末なさい。ヘイローを破壊する爆弾を使わずに……徹底的に痛めつけて」
「や、やめてマダム!」
「止める理由はありません。何故かわかりますかアツコ?」
マダムは落ちた仮面を私に被せる。触手のようなものが背中から生えてきて、それが私を柱に磔にする。
抵抗が出来ない程の強度のそれに、私はただ嘆くことしか許されない。
「やめてマダム! もうその子は関係ない!」
「そう、関係無いのですよ」
「……そん、な」
「ようやく気が付きましたか、アツコ」
触手を引っ込めたマダムが、再びその口角を上げる。すぐに扇子で隠すが、無数の目は以前笑ったまま。
まるで私の行為をあざ笑うかのような瞳が、私を射抜く。
マダムの後ろで何度も何度も響くショットガンの銃声。
何度も何度も何度も……鳴りやまない銃声。光の届かない壁際、あの子がどうなっているのかすら見えない。
「奴は未来の記憶を持っていたから生かしていたのです。生け捕りにしろと命じたのです」
「じゃあ、記憶がなくなったら……」
「用済み、という事です。まあ、結局何の成果も得られなかったのですがね」
高笑いするマダム。そして、甲高い声のまま叫んだ。
「せっかく存在意義を持っていたというのに、アナタがそれを奪ったのですよ、アツコ!」
ハーハッハ、そんな下品な笑い声が銃声すらもかき消すほどの大きさでバシリカ内に響く。
外では未だアンブロジウスたちが暴れている。こんな状態では、先生がここへたどり着くことは無いだろう。
あの子は、助からない。
「奴の能力は食による超再生……ふふ、食が無いまま攻撃され続けたら、どうなりましょうか」
「やめて……お願いマダム、やめてください……」
「断ります。貴女が私の願いを断ったように……私も、貴女の願いを断ります」
「お願いします……やめて……」
「そこで見ていなさいアツコ」
マダムがゆっくり、あの子の下へと歩いて行く。ショットガンを撃ち続けているアリウス生も気が付いたのか、撃つのを止めてマダムのための道を作る。
その道を通り、マダムがあの子の前へ立った。
あの子の意識は、未だ戻らないままだ。
「このキヴォトスで、ヘイローが壊れる……その瞬間を」
マダムが胸から銃を取り出した。取り回しの悪さゆえにアリウスで使っている者を見たことが無い銃。
コンテンダー。中折れして、そこに弾を装填する、大型の単発拳銃。
「ここで試してみましょう。試製のヘイローを破壊する弾丸を」
一発の弾丸を、銃に込める。中折れした部分を正し、金属音と共に装填が完了する。
「やめて……」
ハンマーを下ろし、あの子に銃口を向ける。
「やめて……!」
マダムが、引き金に指をかける。
「やめて──ッ!!!」
「全ての原因は貴女なのですよ……アツコ」
マダムが引き金を引いた。
あの子から、神秘を感じ取れなくなった。
読者的に絶対に賛否の分かれる展開だし、書き辛さ的に自らの首を絞める展開。
走り切るぞ。