何体ものアンブロジウスの出来損ないを倒した。
ユスティナ聖徒会最強と言われたバルバラを聖園ミカに任せて、私たちはバシリカと呼ばれる儀式の場所へとたどり着いた。
崩れかけた教会、私にはそう見える。真ん中のステンドグラスだけがいやに目立つこの場所には、直感的に不安と恐怖を抱く雰囲気が漂っている。
サオリ、ミサキ、ヒヨリの三人も同様らしく、ヒヨリに至ってはサオリの後ろに隠れようとしていた。
そんな中、先生だけがこれを感じ取ることができていない。おそらく、私たち生徒にだけ干渉する何かがあるのだろう。
「ようこそ、私の至聖所へ」
出迎えたのは無数の瞳を花びらに埋め込んで、それを蕾のようにして頭を隠している大人。
肌は赤く、引きずるほど長い純白のドレス……扇子を口に添え、私たちを待っていたかのよな素振りを見せる。
「お前が、ベアトリーチェ……」
「こうして直接会うのは初めてですね、先生──いえ、私の敵対者よ」
先生が見たこともないほどの顔で怒りを露わにしていた。しかし、それを真っ向から受けているはずのベアトリーチェは飄々としている。
まるで勝ち戦に敵が突っ込んできたのを眺めているような、この状況を楽しんでいるようにも見える笑み。
見ているだけで虫唾が走る。
「アツコと風紀委員を助けにここまで来たようですが……残念ながら、少々遅かったようですね」
祭壇の上には柱が一本。茨のようなものが伝うそれは、誰かが縛り付けられていた跡だろうか。
思い当たるのはアツコだが、しかし彼女の姿は見当たらない。
「ロイヤルブラッドの神秘をビーコンに、あの光を私の元へと到来させました」
「あの光……?」
「私たちゲマトリアは、その光を『色彩』と呼んでいます。生徒がそれに触れれば生命の危機に陥る事すらもありえる、外の世界からの干渉です」
「……ベアトリーチェ、まさかそのビーコンは!」
「そう、アツコですよ」
一切の笑みを崩さないベアトリーチェは、地面から何かを持ち上げた。
祭壇の位置は私たちよりも高い位置にあるため、今までそこに何があるのかわからなかった。
ベアトリーチェが手に取ったそれは、人の形をしていた。
「ふふ……ロイヤルブラッドとして、立派に役目を果たしてくれましたよ」
「べ……ッ、ベアトリーチェッ!!!」
ベアトリーチェの掴んでいるのは、髪の毛。アツコの表情は……形容しがたいものになっている。
怒り、悲しみ、不安、恐れ、嫌悪、失望。負の感情を全て詰め込んだその顔からは、生気がまるで感じられない。
鼻血や耳から血を出しているあたり、おそらく脳に直接情報を叩きこまれた……そんなところだろう。
ヘイローの気配が点滅するように消えたり現れたりしている。
「色彩の影響を受けた生徒がどうなるか……黒服が喜びそうな結果が副産物として生まれましたよ」
ベアトリーチェはアツコを私たちに向けて放り投げた。
力なく飛んでくるそれが受け身を取れるわけがなく、サオリが身を挺して受け止めた。
「アツコ!」
「ささささささっちゃあああ」
「大丈夫かアツコ!」
「だだだだああいいいっじいいいい」
「先生、アツコが! アツコがっ!!!」
瞳が常にぶれ続ける。痙攣の止まらない体をサオリが必死に抱きしめるものの、アツコがそれに答えることはない。
まるでバグを起こしたゲームキャラのように、ただ連続した単語を放つだけ。
不気味……そんな言葉が、私の頭には浮かんだ。
サオリが目尻に涙を浮かべながら先生に助けを求めるが、先生が今それに答えることはできない。
「これが、色彩の力か?」
「色彩に触れた生徒は、その神秘が冒される。黒服たちの推測は、どうやら当たっていたようですね」
「お前たち……ッ! こんなことをして、何が目的だ!」
「アツコには話したのですが……もう一度話すのは面倒ですね」
ため息をを吐きながら、ベアトリーチェは語る。ステンドグラスの前に立ち、後光を背負いながら私たちに無数の瞳を向けた。
「私は世界を救いたいのですよ……そう、私は救世主になりたいのです」
「救世主……?」
「この混沌とした世界。いずれ訪れる赤い空の日……対抗できるのは、力を持った私だけ」
ベアトリーチェが両手を広げる。称えろ、崇めろ……そんなことを言わんばかりの姿勢。
「崇高へと至り、世界を支配し、世を治める。それが、世界を救うための最たる近道です」
「……そんなことのために、アツコを……サオリ達を、ミカすらも利用したのか!!!」
「そんなこと? スクワッドたちを……いえ、子供たちを利用した事こそ些事というもの。偉大な功績の前では、その過程によって生まれた犠牲は『仕方ないこと』で済まされるものです」
「些事……? 仕方ない……? 大人が、子供を利用することが、そんな言葉で一蹴されていいわけがないだろう!」
先生がベアトリーチェを糾弾する。しかし、それすらもベアトリーチェは笑って流してしまう。
何を熱くなっているんだ、そんなことを目で訴えてきているのが、眺めることしかできない私ですら理解できる。
赦せない……銃を握る手に力が入る。
「救世主、審判者、絶対者……それに至ることこそ、この世界を救う為に必要なのです。先生、貴方はその中でもすでに『絶対者』としての力を持っている。私の言うことが──」
「理解できないし、理解するつもりも無い」
「……ほう?」
「私は権力や力をふりかざし、己を誇張するためだけにそれを使う大人にはならないし、なるつもりも無い」
「まるで私がそれであるかのような言い方ですね」
つまらない物を見るベアトリーチェ。しかし、どこか含み笑いのあるその言い方。
先生が眉を顰める。その瞬間に、ベアトリーチェが言った。
「もしそれを言うのであれば、あの風紀委員をどう言いますか、先生?」
「……あの子のことか」
「ええ。未来の知識を以て運命を変えようとした愚か者……彼女をどう評するというのですか?」
「……」
「答えられないでしょうね。なぜならば、彼女こそが『力』を振りかざし、この物語の中で最も傍若無人であった張本人だから」
最初は堪えるような笑いだった。だけど、徐々に耐え切れなくなったベアトリーチェは、ついに高笑いを始める。
至聖所に木霊するそれに、サオリが叫んだ。
「あいつはそんなんじゃない! あいつは、ただ良い未来を……私たちをここから出すために尽力していただけだ!!!」
「それが傲慢だと申しているのですよ、サオリ。人殺しの分際で、外の世界で平和に暮らしたいとでも願ってしまいましたか? 随分とおめでたいようですね」
「っ……」
「まぁ、そんな希望を与えた彼女は……もうこの世にいないのですがね」
「……は?」
私の口から無意識に零れた威嚇。ベアトリーチェの瞳が、私に向いた。
「空崎ヒナ……貴女の胆力は褒めるべきでしょう」
「ベアトリーチェ……アナタ、今なんて言った」
「あの風紀委員に拷問を仕掛け、死に際まで何度も追い込んだスクワッドには、相当な憎悪を抱いていたはず。それなのに、その怨恨を乗り越えて共闘する仲に……ええ、実にくだらないですね」
「あの子がどこにいるか教えなさい」
「コミックのような敵が味方になる展開を現実で見せられると……嗚呼、吐き気がする」
「教えろって言ってるでしょ!」
引き金を引き、ありったけの神秘を纏った弾丸がベアトリーチェ目掛けて飛んでいく。誰もが直撃コースだと信じていた。
その通り、弾丸はベアトリーチェに直撃した。そして、弾かれた。
「……なにが、どうなってるの?」
「これだから道理を理解できない子供は……」
肩を竦めるベアトリーチェが、目を三日月のように歪ませ、楽しそうに口を開く。
そんなことが現実になっていいのか……そう思わせるチートのような言葉。
「神秘を冒す色彩。その力はただ精神干渉するだけではありません」
「どういうことだ、ベアトリーチェ」
「私は色彩の力を得ることで、神秘を持つ者たちの上位へと昇華した。ゆえに、私に生徒による攻撃は効きません」
単純明快。ゲームで言う、特定のキャラではダメージを与えることができないということ。
そして、今そのキャラに該当するのは、先生以外の全員。
詰みに近い状況に置かれていることに気が付いたのは、私だけではないようだ。
「そんな……じゃあ、どうやってマダムを倒せば」
「先生に戦ってもらう……ってわけにもいかないもんね」
ヒヨリとミサキも現実を受け入れられない様子。
ベアトリーチェの言葉通りであれば、確かに先生による攻撃ならば通用するだろう。しかし、戦う力を持つベアトリーチェを前に、先生ではあまりに無力だ。
全員が状況に絶望的になっている中、先生だけがベアトリーチェを睨み続けている。
「そんなことをしても、お前は救世主になんかなれない」
「まだ言いますか先生。私には全ての生徒を圧倒できる力がある。そう、このキヴォトスという世界に住まう崇高たちに勝る力が、私にはあるのです」
「力だけじゃ、何も救えない」
「だったら何が必要だというのですか? ……あぁ、もしかして『未来の記憶』とでも言うつもりでしょうか?」
「ッ……!?」
ベアトリーチェの言葉に、先生があたりを見回した。もしアツコと同じように扱われているのであれば、その辺で倒れていてもおかしくない。
そんな中見つけた。この部屋の隅っこに、あまりに不自然に存在するブルーシート。
「さっき言いましたよ。もうこの世にはいない、とね」
「ベア、トリーチェ……ッ!」
「よかったらご覧になられたらいかがでしょう?」
先生よりも先に、私の足が駆けだしていた。銃すらも放って走りたどり着いたのは、ちょうど人が一人収まる大きさのブルーシート。
鼓動が早まる。嫌な予感が脳内に警鐘を鳴らし続ける。
もしシートの向こう側にあの子がいたら、正気を保てる自信がないから。
呼吸が小刻みになる。疲れてもいないのに肩で息をする。
手が震える。視界が歪む。
ブルーシートに手が届いた。
ゆっくり、それを捲る。
彼女でないことを必死に祈りながら。
お願いだから、彼女でないでくれと。
「……ぁ」
目があった。何も映すことのない、一切の光を失った瞳が。
苦しみを訴える顔のまま。
あの子が、そこにいた。
私の中で、何かが裏返った気がした。
目と目が逢う、瞬間…
原作よりもどんどん状況が悪化してるね。