「それは祈り」
「それは承認」
「それは責任」
「では、それらは何を意味する?」
「理解できぬ。だが、あの大人は行ったのだろう?」
「色彩で反転したその魂は、存在を祈られた」
「その魂は、承認された」
「では、何を意味する?」
「それは顕現」
「それは具現」
「それは体現」
「では、これを呼ぶになんと付けるか」
「我々は……いや、人々はこの現象を呼ぶに相応しい言語を知っている」
「それは、奇跡と呼ぶ」
祈りが空を染めた。とても暖かい……このアリウスに漂っていた冷たい空気すべてを吹き飛ばすほど。
皆で手をつなぎ、意志を共にし、祈りを捧げた。
不思議な感じ。ベアトリーチェの攻撃がどんどん迫っている状況だというのに。
私たちが感じているのは、ただ安心感だけ。
足音が聞こえてきた。
全力疾走でこちらに向かってきているその音は大きくなり、私達の目の前で止まった。
それとほぼ同時。ベアトリーチェの攻撃が目前まで来た。
大きな音。バチバチと弾けるような、聞こえるはずのない音に目を開けると、そこにいたのは──
「……あなた、は」
「お待たせしました委員長……いえ、ヒナちゃん!」
奇跡が起きた。そう形容するしか、私にはできない。
目の前には確かに死体だったあの子がいる。盾でビームを防ぎながら、私たちに攻撃が及ばんと踏ん張っている。
髪がなびいて、目が見えた。長い髪のせいでずっと見たことがなかった、あの子の顔。
ちょっとタレ目で、まんまるお目目。年相応にふっくらしている鼻や頬などの輪郭に、浮かべるのは不敵な笑顔。
そして、一切感じることができない、ヘイローの気配。
あの子が盾でビームを弾き返し、攻撃が止んだ。
ベアトリーチェの無数の目が見開いてあの子を見つめる。驚きのあまりか、声すらも出せずに訪れた沈黙。
瓦礫が崩れた音。
あの子が、口を開いた。
「私は警察官です。ベアトリーチェ、貴女には複数の容疑がかかっています」
「な、なん……だと? 一体、何が起きて……?」
「主な容疑は長期間に及ぶ児童虐待。それに併せた暴行罪、傷害罪、脅迫罪、強要罪。次いで、アリウス自治区に対する不法侵入、不法滞在、そして不法支配」
「何を、言っているッ!」
「貴女には数多くの容疑が掛かっています。余罪を含めて調査させていただく必要があります」
あの子が盾を地面に突き立てる。同時に、空から一筋の光があの子を包んだ。
光るあの子の身体は一瞬にして変化していき、子供らしい体格から一気に大人の身体へ。
アリウス制服から全身青色の制服のような物へと変化して、背中には大きく「POLICE」の文字。
青いワイシャツに紺色のスラックス。その上から武骨な防刃ベストを身にまとい、少しつばが広い帽子を深く被っている。
目元まで隠してしまっている帽子のつばを指で持ち上げ、ベアトリーチェを睨んだ。
そこには、さっきと変わらない不敵な笑みを浮かべるあの子の目。
「貴女を児童虐待及び傷害罪の容疑で、現行犯逮捕します」
盾を持ち上げて、警棒を伸ばした。
「け、警察……? なぜ、何が起きた!? アイツの姿から変化したというのか!?」
「色彩による魂の反転。それと、みんなの祈りのおかげでね」
「そんな奇跡のようなことがありえるものか! あってなるものか!!!」
ベアトリーチェが再び同じ攻撃を仕掛けてくる。膨大な光を一気に放ち、視界全てがそれで埋まるほど大きなそれに、あの子は一歩も引かない。
それどころか、それを受け止めようとしているではないか。
「みんな、私の後ろに!」
「あなたは!」
「大丈夫だよヒナちゃん! なんたって私は……」
全員であの子の背中へと隠れる。全員が隠れたのを確認して、あの子が透明な盾を前に向けた。
真向から受け止めてやると、腰の入った立ち方で盾を構える。
迫りくる光に、あの子が叫んだ。
「……私は、おまわりさんだから!」
盾に光が着弾した。一瞬で蒸発しそうな薄さの盾だというのに、攻撃を弾き返している。
あたかもビームを弾くフィールドのような光景に、ベアトリーチェは声を失っている。
何がどうなっているのかと。私達にもわからないけど。
「ベアトリーチェ。降伏してください」
「降伏? 笑わせてくれますね……この私が」
「降伏してください。二回目です」
「ッ……ば、馬鹿にして! この私に、神となった私に警察官ごときが!!!」
「降伏してください。状況が状況ですので、次はありません」
「次が無いのは、お前の方だーッ!!!」
光を放つ攻撃ばかりしていたベアトリーチェが遂に動いた。
枝のような腕を触手のようにうねらせ、あの子に向かって一気に伸ばす。数十本のそれが、目で追うのすら精一杯なスピードで飛来する。
あの子は……
「警告無視を確認。実力を行使します」
あの子が警棒を空に向かって振るった。何をしているんだと笑うベアトリーチェ。しかし、それも束の間。
触手が、消し飛んだ。
「……は?」
「な、なにが起きたの……?」
思わず声を出してしまった。それに、あの子が振り返って笑った。
まるで「気にしなくていいから」と言わんばかりの笑顔。何も知らなくていい、それでいいと言わんばかりの笑顔。
どこまでも柔和なその笑顔に、大人を感じた。
ふと思い出す、あの子に感じていた大人っぽさを。
「ベアトリーチェ。貴女を逮捕したいのですが……残念ながら、今の貴女は手錠を掛けれない姿です」
「お前に私を逮捕できるものか! 神樹となったこの私を、只人のお前が!」
「ですので……その身体から、本体を引きずり出させてもらいます」
「……は?」
同じ感嘆詞を何度も発するベアトリーチェ。それも仕方ないだろう。
何かを反論する暇もなく、あの子が走り出したのだから。
「そんな棒で、何ができるのですか!」
「こんなことが、できるんです!」
再び飛来するいくつもの触手。あの子は、その触手の上に飛び乗った。
「な、にィ!?」
触手の上を走り、あっという間に木の頂点である花びらの付近まで着くものの、ベアトリーチェがただそれを受け入れるわけがない。
持ちうる全ての戦力を総動員して、あの子を迎え撃っている。
触手で物理的な近接攻撃を、光で遠距離攻撃を。無数の触手で行われるその攻撃は、一人の人間、それも一撃でも喰らえば致命傷になる先生と同じ大人がさばききれる訳がない。
見守るしかできない中で、あの子が攻撃によって弾き飛ばされた。
盾で防御したのが裏目に出たのだろう。高所で足場を失う……それ即ち、死。
無意識のうちに、私は翼を羽ばたかせていた。
「……フッ!」
気付けば四枚から二枚へと戻っていた、使い慣れている翼で高速飛翔。
落下していくあの子を宙で抱えて、ベアトリーチェよりも高い場所まで飛んだ。
上から見えるベアトリーチェの姿は不気味……というより、気持ち悪い。
あの子を見れば、死ぬかと思ったと顔に書いてある。それを誤魔化すように、また笑う。
「ひ、ヒナちゃん!」
「全く。どうして大人って皆、無謀なことばっかするのかしら?」
「そっ、それは……」
「大人だから、でしょ? 何度も聞いたわ」
「……流石先生。だけど、私も一緒だよ?」
「知ってるわ。あなたがどれだけ頑張り屋さんなのか、一番身近で見ていたもの」
あの子を抱えたまま、まだ屋根として機能している至聖所の天井へと降り立つ。
ベアトリーチェの顔ともいえようあの花びらは、大体同じ高さ……つまり、目の前だ。
「邪魔を、するなぁ!」
「クッ……」
「ヒナちゃん!」
ベアトリーチェの無数の目からビームが放たれる。あの子が盾を持って前に出てそれを弾くが、超高速で乱射されるビームに、いつまで防御がもつかわからない。
完全な生徒に戻った私では、ベアトリーチェにダメージを与えることが出来ない。
ジリ貧だ、そんなことを焦りながら思っていた時。
「ヒナちゃん」
「なに?」
「職業体験って、やったことある?」
「な、ないけど……」
「じゃあさ、やってみない?」
片手で盾を持って防御を、もう片手であの子は帽子を脱いだ。
露わになったあの子の目。脱いだ帽子の中から濃いめの茶髪セミロングが零れる。
あの子はその帽子を私に差し出して、言った。
「一日警察官、やってみよ!」
突拍子もないあの子の言葉。そうだ、前の姿の時もこんな感じに突拍子もないことを言う子だった。
だから浮いていたんだ。
大人だったから、子供の中では浮いていたんだ。
私はあの子から帽子を受け取る。今の格好じゃ、きっと似合ってはいないだろう。
だけど、あの子は言うんだ。
「ど、どう……?」
「うん! とっても似合ってるね、ヒナちゃん!」
大人って卑怯だ。にやける口元を隠すために、そう思うことにした。
「何を……何をコソコソとしている!」
「戦うための準備よ、ベアトリーチェ」
銃を構えて、あの子の構える盾の外へと飛び出す。そして、発砲。
私の攻撃など効くはずもないと高を括っていたのだろう。弾丸の直撃を受けたベアトリーチェが、悲鳴を上げる。
「アァアアッ!? な、何故!? 何故お前の攻撃が……!」
「確か、生徒の攻撃は効かないって言ってたわね?」
「何故だと、聞いている!」
「教えてあげるわ」
あの子……おまわりさんの横に立って、帽子のつばを上げる。
目を合わせて、二人して笑う。
「今から、私もおまわりさんだからよ」
ベアトリーチェが愕然としている。さっきまでゴリ押しで対抗していたのに、それをせずにダメージを与えてきているのだから。
反転によって得られるあの力で無理に戦おうとする必要は、もう無い。
この帽子のおかげで……今から私は、全力を出せる。
「準備はいい? ヒナちゃん」
「いつでも」
「じゃあ……行こうか!」
盾と警棒を構えるあの子。
銃を構える私。
ベアトリーチェを倒す準備が、整った。
かわいいねヒナちゃん…