至聖所の屋上で行われている戦闘。
私たちが手を出せない場所で繰り広げられるそれに違和感を覚えたのは、おまわりさんと空崎ヒナが屋上に行ってから数分した後だった。
「……あれ?」
「どうした姫」
「マダムさ、痛みを感じてはいるけど、ダメージが通ってない?」
至聖所内どころかアリウス全土に幾度も響き渡るベアトリーチェの悲鳴。
しかし、攻撃が当たった場所のどれもが瞬時に再生している。痛みはあるものの、ダメージの蓄積が無い。
おまわりさんが盾と警棒でマダムからの攻撃に対応して、空崎ヒナが射撃による攻撃を担当している。攻防の役割を明確に分けた見事な連携。
普通の敵であれば、この連携の前に圧倒されるのは間違いないだろう。
そう、相手が無限に回復し続けるような、化け物でもない限り。
「これじゃ消耗戦だね」
「ど、どうしますかリーダー?」
「……どうしたらマダムを倒せるか分かるか、姫」
ミサキの言う通り、このままではマダムと違って消耗する要素で戦ってるおまわりさんたちが負けるのは必至。
せめて回復能力さえ封じれれば。顎に手を添えて考えていて、ふと思い出す。
「……先生。マダムから神秘を感知できないかな?」
「神秘を? やってみるよ。アロナ、お願いできる?」
先生がタブレットに向かって話しかけて数秒後、すぐにそれはわかった。
結果は予想通り。マダムの弱点を、ようやく見つけた。
「ベアトリーチェから観測できた神秘は……アツコ、君のものだ」
「……やっぱり」
「マダムから姫の神秘を? どういうことだ!」
「マダムはアンブロジウスを操作するために、そして、色彩の力を直に取り入れるために、私から神秘を吸い取ったの」
「ひ、姫ちゃん……なんて酷いことを……」
「大丈夫だよヒヨリ。だって、それがマダムの弱点だから」
「どういうことだ、姫?」
至聖所内をくまなく探す。あの時、あの子にトドメを刺したあの銃を。
あの図体に変身するにあたって、おそらく装飾品の類は手放しているはず。であれば、その辺に転がっていてもおかしくないだろう。
「私と同じ神秘……つまり、マダムはヘイローを持ってる」
「……なるほど、そういうことか。先生、ヘイロー破壊爆弾は」
「あの時に捨てたよ」
「……そうだったな。どうする姫?」
「同じような効果を持ってる銃を、マダムが持ってた。それを探して……あ」
見つけた。巨木と化したマダムの足元……というか、根本? に転がっている。嬉しいことに、予備弾を入れておくためのケースまで一緒に落ちている。
おまわりさんと空崎ヒナとの戦闘に夢中になっていて、マダムはこちらには一切の注意を向けていない。
チャンスは、今。
「お、おい姫!」
「ごめんねサッちゃん、援護お願い」
「無茶をする! ミサキ、ヒヨリ! 姫への攻撃を阻止するぞ!」
盾になってくれてた瓦礫から飛び出して、マダムの足元まで走る。そんなに距離は無い、全力疾走ならばすぐに取って帰ってこれるはず。
しかし、見逃してくれるほどマダムは優しくは無かった。
マダムも自身の弱点を把握していたのだろう。私がマダムの銃と予備弾ケースを手に取った瞬間に、触手が地面から飛び出てきた。
「まんまと餌に飛び込んできましたね、アツコ!」
「ッ……!?」
「ひ、姫ッ!」
触手で縛り上げられる。せっかく手に取った銃とケースも落としてしまった。
流石に見通しが甘かった、私の行動にはそう評価せざるを得ない。
「あなたはもう用済みです! 死になさい、アツコ!」
「ぐぅ、ぁ……!」
触手がとてつもない強さで私を縛り上げた。
首を絞められて、骨が軋んで、内臓が今にも潰れそうな痛みに声すらも出せなくなる。
サッちゃんたちが触手に攻撃してくれるけど、生徒である私たちにこの触手を倒すことはできない。
頼みのおまわりさんも今戦ってる最中だし、迂闊に助けてと呼ぶこともできない。
つまり、この状況を私達だけで切り抜けなければいけないのだ。では、どうすればいい?
徐々に視界がぼやけていく。
サッちゃんたちの声も遠のいていく。
意識すらも朦朧としはじめた時、頭に走った妙案。
そうだった。おまわりさんの登場ですっかり霞んでいたけど、ここにはもう一人の大人がいるではないか。
希望を見出した途端に力が湧いてくる。諦めるにはまだ早いって。
首を絞めてくる触手を全力で引き離し、声を張る。
「サッちゃん、先生に武器を!」
「ひ、姫? ど、どういうことだ……?」
「……なるほど、良い案だねアツコ! サオリ、銃貸して!」
「それは、構わないが……先生使えるのか?」
「全然! 鉄砲なんか握ったこともないよ!」
サッちゃんからライフルを受け取った先生。
まさかの言葉にサッちゃんが凄い顔をしているが、先生はそんなこと気にも留めずに銃のスコープを覗く。
初めて撃つのだろうから命中することは無いだろう。だけど、乱射すれば一発くらいは……そんなことを思っていた。
「握ったこともないけど……一発あれば十分だ!」
何の躊躇いもなく引かれた引き金。放たれた銃弾は吸い込まれるように私を縛っていた触手を貫く。
触手が絡まっていた部分を狙ったのだろう、全ての触手がたった一発の弾丸で倒れた。
サッちゃんたちが目を丸くしているのを他所に、先生が銃を下ろした。
「大丈夫、アツコ!?」
「……ありがとう、先生!」
呆気に取られている暇はない。銃とケースを再び拾って、ケースから銃弾を取り出す。最後の一発だ。
マダムの銃、コンテンダーに弾丸を装填して、上を向く。
この銃を、おまわりさんに届けなければならない。
「あそこまで投げる……は、無理だね」
困ったことに、ここから正確におまわりさんの手元に銃を投げるのは不可能だ。
私のドローンを使うこともできるが、触手で叩き落されるのがオチだろう。
となれば、多少の無理をしてでも届けるしかない。
「こうなったら、マダムによじ登ってでも……」
「よしておきなさい。危ないわ」
突如後ろから声を掛けられた。振り向くと、そこには空崎ヒナ。
しかも、何故かおまわりさんと同じ服を着ているではないか。上下を青で合わせた服に背中にPOLICEと書かれたジャケットを着て、謎の文字が書かれたタスキを肩にかけている。
「……一日警察官?」
「そ。今の私はおまわりさんだから」
「いつの間に着替えたの?」
「気づいたら変身してたわ」
警棒をクルクル回しながら帽子のつばを持ち上げる空崎ヒナ。その棒に正体不明の液体が付いているのを見れば、ここに来る間にも触手に襲われたことは容易に想像できる。
つまり、駄弁っている時間は無いということだ。
「これをおまわりさんに」
「コンテンダー? なんでこの銃……?」
「マダムがあの子を殺すときに使った銃だよ。そして、唯一マダムを倒せる切り札」
「……ありがとう。仕返しには十分ね」
空崎ヒナが降りかかる触手の攻撃を警棒を使ってノールックで対処する。千切れた触手はビチビチと跳ね回り、やがて消滅した。
それを不敵な笑みのまま見つめて、口角を更に上げる。怖い。
私たちはこんなヤツを相手にしていたのか。
「あなたたちは先生を頼むわ。これは私が届けるから」
「……頼んだわ、空崎ヒナ」
「任せて」
空崎ヒナは私に笑みを浮かべて、すぐにおまわりさんの下へ飛んでいった。
背中に見えたPOLICEの文字が、なんだかたまらなく輝いて見えた。
「ひ、ヒナちゃーん! 早く戻ってきて~!!!」
ヒナちゃんが下でピンチに陥っていたアツコちゃんを助けるために降りて行ったけど、その間に私が出来るのは防御一択。
私が持っている武器は警棒に盾、それと手錠だけ。
ビームと触手による猛攻をかいくぐってベアトリーチェ本体に攻撃をするには、近接武器しか持っていない私が取れるのは捨て身の戦法だけ。
痛いよぉ~。動いてないのに腕が振動で痛いよぉ~。
攻撃できるわけないでしょ! いい加減にしろババア!!!
「ごめんなさい、お待たせ!」
「ひっ、ヒナちゃん! かわいいよヒナちゃん!」
「後にして!」
「ヒナちゃん!?」
一瞬でフラれた。こころがしんどい。
あーもうこのまま死んじゃっても……いやダメだろ。これ以上ヒナちゃん泣かせたら許されないんだが? ていうか今死んだら今度こそ復活できないんだが? 私は不死身でもなんでもないんだが???
私の後ろに戻って来たヒナちゃん。その手には見覚えのある銃。
前世で見たアニメで出てきた記憶がある。確か一発しか弾丸が入らない拳銃じゃなかったか?
しかし、なんで今それを?
「アツコがあなたにって」
「これを私に?」
「ベアトリーチェを倒す切り札だそうよ。なんでも、あなたを殺した銃だとか」
ヒナちゃんから受け取って、そんなこともあったかもしれないと銃を眺める。
多分、私を殺すための最期の一発にこれを使ったんだろう。意識はほぼ飛んでたから定かではないけど、確かベアトリーチェが使っていたのは「ヘイローを破壊する弾」だったような気がする。
アツコちゃんが危険を冒してまで回収してくれたこの銃と弾。ベアトリーチェを倒すための切り札という言葉に、死ぬ前の光景が浮かぶ。
ベアトリーチェが、アツコちゃんの神秘を吸収している姿。
点と点が、繋がった。
「なるほど……ね?」
中折れさせると、既に弾は込められていた。これが「ヘイローを破壊する弾」だとすれば、今の状況を打開するにはピッタリなアイテムだ。
これは推測なのだが、ベアトリーチェは色彩によって反転したアツコちゃんの神秘を外部装備みたいに扱うことで、その力をコントロールしているのではないか?
元々変身能力があって、それを強化する形で今の巨木状態になれたのではないだろうか?
もしこの推測が正しければ、アツコちゃんの言う通り、この武器は切り札だ。
「一発しかないけど大丈夫?」
「もちろんだよヒナちゃん」
中折れを正して、ハンマーを落とす。盾を片手に、銃を構える。
正面には無数の触手がウネウネしていて、さながら肉壁。その向こうに、ベアトリーチェの本体と言えよう花がある。
花にこの弾丸を打ち込めれば、私たちの勝利ということ。
おまわりさんとして、この一発を外すわけにはいかない。だからこそ、あのセリフを言おうじゃないか。
「一発あれば、十分だ!」
私とヒナちゃんは駆け出した。崩れかけの天井からジャンプして、襲いかかってきた触手の上を走る。
四方八方から伸びてくる触手を警棒で振り払いながら、触手の上を飛び移っては走って、飛び移っては走ってを繰り返し、徐々に壁へと近づく。
「ヒナちゃん!」
「任せて!」
私の後ろから飛び出したヒナちゃんが、必殺技を放つ。
ゲームでもよく見た、扇状に弾丸を放つあの技。作中屈指の強さのヒナちゃんの必殺技だ、ベアトリーチェごときが耐えられる訳がないぜ。
攻撃してこようと迫っていた触手は全て消し飛び、おまけに肉壁に大きな穴が開いた。
「飛び込むよヒナちゃん!」
「ええ!」
二人して飛び込んだ先には足場があって、目の前には脈動する花びらを持つ巨大な花。
ベアトリーチェの本体とも言えよう一輪の花なのだろうが、あまりに気色悪い。
普通にSAN値下がりそうだからやめて欲しい見た目をしてる。
「何故だ! 何故ここまで来れた!?」
「あんなワンパターンの攻撃!」
「私たちの敵じゃないわ!」
ヒナちゃんと二人して笑ったら怒りを買ってしまったようだ。花びらの目が光りビームが放たれるが、視線がそのまま射線になっているおかげで回避は簡単。
ベアおばさぁ、なんだか頭悪くなってない?
「あれだけの攻撃をして、あれだけの壁を用意したのに、何故こうも乗り越えられる!」
「その答えは簡単だよ、ベアトリーチェ」
盾を捨てて、銃を構える。スコープも何もない拳銃。訓練で扱ったのはリボルバー拳銃だったけど、照準の付け方は同じだ。
狙うは、花びらの向こう側、花の中心だ。
「子供は……人は、壁を乗り越えてこそ、ぶち壊してこそ成長するもの!」
トリガーに指をかけて、両手で銃を握る。
「その壁がどれだけ大きくても、どれだけ高くても、分厚くても!」
引き金を引く。
爆発音と共に放たれた弾丸が、花びらを貫通していく。
「皆で挑めば、そんな壁は!」
花の中心に弾丸が当たった。
それと同時に、花びらの上に広がっていた巨大な光輪がはじけ飛んだ。
「簡単にぶち壊せるんだよ!」
先生とおまわりさん、多分同じアニメ見てる。