神樹と自らを名乗ったベアトリーチェ。その証明であった巨木が、光となって消えてく。
倒壊するビルのように足元から消えていき、徐々に高さを失っていく巨木はやがて頂点の巨大な花を残して、完全に消滅した。
残った花も花びらが次々と消えて、中から蹲っているベアトリーチェが出てきた。
本体はこんな場所にいたのか。
「こんなッ、こんなバカなことが……!」
「……情けない姿ですね、ベアトリーチェ」
ベアトリーチェの目の前にあの子が立った。さっきまでずっと見せていた笑顔は消えて、そこには目元が隠れてしまうほどの影を作った表情。
憤りがひしひしと伝わるその表情は、ベアトリーチェを睨んだ先生と同じ顔。
いや、それ以上か。
「今の貴女の格好は、貴女が子供たちにさせてきた格好です。どうですか、自分でするのは?」
「……警察官というのに、随分な言いがかりですね」
腹を抑えながらベアトリーチェが立ち上がる。
さっきあの子が撃った弾丸は腹に直撃したようだ。白いドレスが鮮血で肌よりも赤く染まっていく。
先生と同じで、一発の弾丸で致命傷になりうるはず。痛みは尋常ではないだろう。そんな状況だというのに、ベアトリーチェは裂けんばかりの口を歪ませる。
「私がさせたのではなく、私に懇願するために子供たちが自らしてきたのですよ! 蹲り、地べたに頭を擦り付ける行為なんていうのは!」
「お、まえェ!!!」
「待ってください先生」
先生の堪忍袋の緒が切れた。立場も状況も忘れて殴りかかろうとする先生に、あの子が制止を掛ける。
息を荒くしてベアトリーチェを睨む先生を他所に、あの子が言った。
「これ以上の抵抗は無意味です。降伏してください」
「降伏……? クク、忘れてませんか? 私はユスティナ聖徒会を操れるのですよ!」
「……」
「今すぐここに、全勢力を……!」
あの子の冷ややかな視線を向けられながら、待つこと数十秒。
来るはずのユスティナ聖徒会が来ることは無く、時間が経つにつれてベアトリーチェの含み笑いは崩れていく。
聖園ミカが、未だ足止めし続けてくれているのだろう。
「な、何故来ない!? 何が……何が起きている!?」
「残念です。どうやら貴女を助けに来る人はいないみたいですね」
「まだ、まだです! 色彩の力を失おうと、まだ私自身の力が残っている!」
「懲りないですね……」
「たった一度の勝利ごときで、終わりになど──!」
「そこまでです、マダム」
至聖所内に波紋のように静かに響く、
振り向くと、そこには妙な人がいた。
首が無く、後頭部が描かれた絵画を持っているスーツの男。
多分、ゲマトリアだ。
「貴女の物語は、ここで終わりです。マダム」
「ゴルコンダ……!」
「……貴方は?」
「申し遅れました、私はゴルコンダ。先生とは違い、貴女とは一度もお会いした気がしませんね」
「私もです。首なしの人と知り合いになった記憶はありません」
淡々と言葉を交わすあの子とゴルコンダと名乗った男。雰囲気的に睨み合っている感じはしない。だが、あの子から感じるのは無言の圧力。警戒を解いていない証拠だ。
先生は男を睨み続けているが、それに気づいた男が言う。
「私は戦いに来たのではありませんよ、先生」
「なに……?」
「私はマダムを連れ戻しに来たのです」
「私を、連れ戻すだと!?」
ベアトリーチェが吠える。しかし、気に留める様子もなくゴルコンダは続けた。
「私は貴方方に勝てる自信がありません。『ゲマトリア』が皆、マダムのように化け物に変身できるわけではないですから」
肩を竦めて言うゴルコンダ。ベアトリーチェが恐ろしい形相で睨みつけているが、その効果は見えない。
それどころか、その様子すらも呆れたように男は見ている。どこまで意地汚いのだと言わんばかりだ。
「マダム。これで明らかになりました。先生は貴方の敵対者ではありません。これは、貴女の物語ではないのですから」
「な、なにを……」
「貴女はこの物語の格を下げた。舞台装置という枠を超えたお陰で物語の整合性は崩れ、後味の悪い物語へと変わってしまったのですから」
「私が舞台装置ですって!? そんな戯言を!」
「戯言? いえ、事実です。しかし……原因は貴女だけではありませんがね」
男が先生とあの子に向いた。
どんな表情で喋っているのかもわからない、あまりに淡白な声色。不気味だ。
「先生。貴方の介入は全ての概念を変えてしまう。この物語の結末は、こんな青い物ではなかったはずなのです」
「青い物だと?」
「友情で苦難を乗り越え、努力で打ち勝つ物語。私が望んでいたテクストは、もっと文学的だったはずでしたが……ええ、変えられてしまったのです。先生と……警察官に」
期待通りに物語が進まなかったことに対する不満をタラタラ述べるゴルコンダ。当然、先生は眉を顰める。
徐々に怒りのボルテージが上がっている先生の様子を見てか、男は冷静に謝罪した。
まるでそんな気はさらさら無いが、この場を収めるためだけのそのセリフ。しかし、先生は気を収めた。大人のやり取り……私にはまだ理解できない。
「ふむ、申し訳ありません。気分を害してしまったようですね? あまり長居するわけにもいきません。マダム、帰りましょう」
「く、ぅう……!」
そんなつもり無かったと、軽く会釈した。
あまり長々と話すつもりも無いのだろう。ゴルコンダはベアトリーチェへ向き直り、腕を掴んで立ち上がらせる。
無理矢理動かされたことで被弾箇所が痛んだのか。苦悶の表情を浮かべているベアトリーチェだが、ゴルコンダはお構いなしに連れて行こうとする。
「待ってください」
それを阻んだ。あの子だ。
「……もしや私を邪魔しようと?」
「いいえ、邪魔をしようとしているのは貴方です。ベアトリーチェは犯罪者です。身柄はこちらで拘束させていただきます」
「私は様々な道具を生産できます。ヘイローを破壊する爆弾も、私の作品ですので」
「……へぇ?」
「どうやら……私は口を滑らしてしまったようですね」
あの子が一度仕舞った警棒を再び取り出す。盾も持ち出し、ゴルコンダに向き合う。
相変わらず笑みの無いその顔は、悪人を目の前にした警察官そのもの。きっと、仕事上で見せる顔なのだろう。
正直に言う、結構怖い。
「今の発言はベアトリーチェの犯罪行為に加担した……そう捉えられますが」
「それは……困りますね」
「もし違うというのであれば、その証拠を提出してください」
「……ふむ。では、こちらを」
ゴルコンダは言葉では間を作ったものの、考える素振りなど一切見せず、ベアトリーチェをあの子に向けて突き飛ばした。
期せずして裏切られたベアトリーチェは、信じられないという顔。それもそうだ、連れ戻しに来たと言った仲間に、何のためらいもなく裏切られた……いや、売られたのだから。
「ご、ゴルコンダ!?」
「申し訳ありませんマダム。ですが、私はまだ読み足りないもので」
「裏切るのか! この私を!!!」
「裏切る? いいえ、違いますよ」
ゴルコンダは踵を返して、来た道を引き返していく。
もう興味もないような声色で、歩きながら言い放った。
「私はただ……犯罪者の友人を持ちたくないだけですから」
「ゴルコンダ、貴様ぁぁあああ!!!」
ベアトリーチェが立ち上がり、腹から吹き出す血すらも無視して男へと走り出した。
爪を伸ばし、男に襲い掛かろうと──しかし、あの子がそれを許さない。
「これ以上の勝手は許しません、ベアトリーチェッ!」
ベアトリーチェと男の間に割って入り、攻撃を盾で防ぐ。そして、がら空きになった胴体に警棒で一突き。あの子が狙ったのは、銃で撃たれた傷口だ。
ただでさえ血が止まらない傷口に、よりにもよって突きで攻撃するとは。思わず「うわ」と声を出してしまったではないか。
先生なんか目を抑えている。
「あ゛、ぁあ゛あ゛ぁ゛あッ!!!」
「何度言ってもわからないのであれば、こちらも実力行使をするしかありません。悪く思わないでください」
「う゛ぅッ……!!!」
痙攣するほどの痛みに言葉も話せないのだろう。
汗を滝のように流し、傷口を抑えながら蹲るベアトリーチェに、あの子が手錠をかけた。
「ベアトリーチェ。貴女を児童虐待と暴行罪の現行犯で逮捕します!」
カチャン。そんな軽い金属音と共に、ベアトリーチェのと戦いは幕を閉じた。
ベアトリーチェのあまりに情けない姿とあっけない最期。
誰も予想だにしなかった結末に、ゴルコンダが鼻で笑ったのを、私は聞き逃さなかった。
「はぁ……もう限界かなぁ」
無数のユスティナ聖徒会と、あのバルバラとかいうとっても強いのを相手にして戦ってきたけど、もう体力が限界。
通路の向こう側から爆音やら地震やらが頻発してたけど、先生は無事かな?
サオリ達は、無事にアツコを救えたかな?
そんな音もようやく収まったけど、皆が逃げれたとは限らないよね。
なら、私はまだ戦わなくちゃいけない。
「……もうちょっとだけ、頑張らないと」
銃を構え直して、ユスティナ聖徒会に真っ向から立ち向かう。
今にも倒れそうなほど震えてる足を引っ叩いて、自分を無理やり奮い立たせる。
「私は悪い子……きっと、先生が助ける価値も無いくらいに。だけど……こんな私だって、最後くらい誰かの為に戦いたいの」
バルバラの攻撃。吹き飛ばされる私。
わざとらしい女の子の悲鳴が口から飛び出すけど、そんなのももう似合わないのにと、無様な自虐で笑えて来る。
魔女なら魔女らしく……だけど、魔女なら魔法くらい使えるでしょ? 気分は、そんな感じ。
いろんなことが諦めきれない心が、魔女って言葉に抵抗を示す。
「魔法が使えるなら……本当は誰かに助けて欲しい。なんでもできる魔法だとしても……だけど、私にそんな資格はないの」
気付けばユスティナ聖徒会が私を取り囲むように銃を向けていた。
真正面にはバルバラがいて、助かる見込みはゼロかな。いくらなんでも火力が桁違いすぎるし。
だけど、それが諦める理由にならないのは、サオリ達を見て覚えたこと。
「そんな都合のいい魔法が無いのは知ってる……だから」
この戦いでサオリ達が少しでも幸せに過ごせるならば。
私が戦うことで、助けたアツコと抱擁を交わす時間だけでも作れるのであれば。
あの子達の幸せを、私は祈りたい。
何度だって、何度だって。
「私は……祈るよ」
バルバラに向けて引き金を引いた。
自分の気持ちを、音でかき消すために。
さて、おまわりさんはミカのこと、覚えてるかな?