風紀委員モブの昼休み   作:ふゆうさぎ

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ラブリーメシ

「あなたも先生にならないか、おまわりさん」

「ならない」

 

 

 シャーレの部屋の中に流れる沈黙。

 今日の先生の補佐として訪れているユウカちゃんすらも口出しができない緊張が、部屋に充満している。

 妙な構えをしている先生。そして、構え一つ取らず立っているだけの私。

 一拍置いて、先生が再び口を開いた。

 

 

「その能力……私と一緒に仕事をやれば百人力。共に先生業をやりましょう」

「断ります。私が仕事スピードを上げる理由は、私の生活リズムの為です。あなたの為ではありません」

 

 

 先生のバッサリと切り捨てる。知ってるぞ、あんたが生徒とイチャイチャしてるから仕事遅いことを。

 多くの生徒と接することを否定するわけじゃないし、むしろ交流は積極的にすべきだと思う。だけど……それとは別。

 イチャイチャは……未成年と大人がそういう方向の交流をしようとしているのは、流石に看過できない。生徒が先生を襲うのが様式美と化しているけど、それをちゃんと拒否できないでなぁなぁにしている大人をどうしてやろうか。

 

 キヴォトスでは先生が生徒とお付き合いするのは問題ないってことは、この前キリノちゃんに教えてもらった。

 だけど、私と先生は外の世界から来ている人間。つまり、こっちの基準を良いことに生徒とイチャコラすることは私が許さん。絶対にだ。

 

 

「先生になると言え! 私が死んでしまう!」

「何度でも言います。ならない。先生の自業自得です」

「待って! 本当に待って!」

「ほーらユウカちゃん。先生が助けを求めてるよぉ」

「え……い、いいんですかコレ?」

「私は私の仕事を終わらせてる。違う部署の人の仕事まで助ける理由はないからね」

 

 

 泣きごとのように先生が私に縋って来るけど、とりあえずユウカちゃんに押し付ける。ほら本望だろうが。

 うわぁぁんと情けない先生の声がかき消されるように、お昼休みのチャイムが鳴る。

 さて、私はここからお昼休業です。

 

 

「外出しまーす」

「本当に待って! 助けておまわりさん!」

「私が助けるのは生徒とちゃんとした大人です。働かない悪い大人は助けません」

 

 

 ユウカちゃんの前だということも厭わずに泣き叫ぶ先生を他所に、私はシャーレの建物を出た。

 

 

 


 

 

 

 アイツにトリニティの飲食街に呼び出された。

 届いたメールの内容を要約すれば「この前の約束を果たす」とのこと。多分だけど、この前の依頼の時の「トリニティでご飯を食べよう」って言ってたことだと思う。

 私は呼んでいいと言われた部下たちと一緒に、待ち合わせ場所に向かった。

 

 トリニティの飲食街は高級なお店しかない……訳ではない。トリニティ比で見れば割とリーズナブルなお店も立ち並んでいて、観光に来た人たちでも手軽に楽しめるようになっている。

 トリニティの敷地内ということもありお店の外観は非常に上品であり、道も綺麗に保たれている。

 飲食街の中心とも言えよう場所には花時計が常設されていて、今日の待ち合わせ場所はそこ。

 

 部下たち二人を連れて花時計の場所に到着した。時間ピッタリなのに、アイツの姿はなかった。

 いつも「ラブちゃんと逢うんだから3時間前から待ってたよ!」とか大声で言ってくるんだけど、今日はそれが無いどころか本人もいない。

 他にいるのは先生と同じくらいの年齢の綺麗な女の人が一人、スマホを弄りながら誰かを待っているだけ。

 少し離れた場所に座ろうと、部下を連れて花時計の場所から離れようとした、その時。

 

 

「ちょ、どこに行くのラブちゃん?」

「……え、誰?」

 

 

 女の人が視線をこちらに向けて、私のことを「ラブちゃん」と呼んできた。

 馴れ馴れしいこの呼び方は、アイツにしか許していないはずだ。

 真っ赤な他人に呼ばれる筋合いは、無い。

 

 

「私だよ、私」

「知らないってば。誰よホントに。セージツ呼ぶわよ?」

 

 

 銃を構えてポケットからスマホを取り出し、耳に当てた……否、当てようとした。

 スマホが私の視界から消えたその一瞬、手元からスマホが無くなった。

 何が起きたのかと耳の近くまで持ち上げた手に視線を移した瞬間、銃すらも手元から消え去る。

 どこに行ったのか? 答えは、女性の手の中。

 

 

「ふふふ……ラブちゃんの私物」

「えっ気持ち悪……」

「ラブちゃん!?」

 

 

 気持ち悪い以外の言葉が一切浮かばない。悪気とか関係ない、完全な本音。

 考えてみてほしい。知らない女の人が自分の名前をちゃん付けして呼んできて、私物を奪って恍惚の表情を浮かべている。

 どう考えても気持ち悪いでしょ。

 

 

「何だお前! 隊長に何を……?」

「そうだ! 隊長はお前がちゃん付けして呼んで言いお方じゃ……あれ?」

 

 

 部下の二人が言葉を途切れさせる。被っていたはずのヘルメットが、一瞬で脱がされた上に無くなったから。

 同時に、女の人もいなくなった。

 私が視線をどこかに移したわけじゃない。あの女の人は、消えるように私の視界からいなくなった。

 理解が追いつく前に、後ろから声がかかる。

 そこには、コインロッカーの中にヘルメットを押し込む姿。

 

 

「ヘルメットはここに入れておくよ。トリニティでこういうのを被りっぱなしだとさ、正実に捕まっちゃうよ?」

「ちょ、あんた! この子たちに手を出すなんて、許さな──」

「ああでも、ラブちゃん()()……欲しいな」

「……ひぇ」

 

 

 気付けば、私は部下を連れて全力疾走で逃げていた。ヘルメットも武器も替えはある。残念ながらスマホはないけど。

 あの女の人と関わるのはマズいって本能が告げている。ストーカーとかそういう方向にヤバい奴。

 逃げないと……そんな思考が頭を埋め尽くす。全員で全力疾走して飲食街を走る。

 

 

「な、なんで逃げるの!? 待って! 待ってってばラブちゃん!」

「うっそ足速っ!?」

 

 

 全然距離が離れていない。それどころか、どんどん近づいている。

 私よりも背丈が一回り程大きい大人、それだけ歩幅が大きいわけ。いや、それよりも走るフォームが綺麗すぎるでしょ。アスリートかよ。

 どんどん女の人が近づいている。逃げ切れる自信も無いまま飲食街を抜けて商店街へ。お昼時ということもあってか、飲食街よりも人が少ない。

 混雑を利用して逃げ切ろうと思っていたのに、とんだ期待外れだった。

 このままでは……そう思っていた時。

 

 

「……ん?」

「あ、セージツの! 助けて!」

「え、ちょちょ、なんすか!?」

 

 

 たまたまパトロールに来ていたであろう正実の生徒。普段なら忌避しているであろう相手だけど、今だけは頼りにさせてもらう。

 正実の肩を掴んで後ろに隠れる。部下たちも正実の後ろの私の更に後ろに隠れさせ、さながら人間盾を持ってあの女の人と対峙した。

 流石の私でも、突然名前を呼んできて一方的に私物を奪ってきた挙句、追い回してくる不審者相手は怖すぎるんだ。

 

 

「アイツ! あの女の人が私たちのストーカーしてくるんです!」

「あの女の人……?」

「あ、イチカちゃん!」

「……えっと、私の事ご存じなんすか?」

 

 

 どうやらこの女の人は正実の生徒のことも知っているみたい。だけど、肝心の正実の生徒はアンタ誰状態。

 その言葉に硬直して数秒、女の人が何かを思い出した様子を見せた後、カバンから何かを取り出した。

 ボロボロの風紀委員の帽子だ。

 

 

「私、元風紀委員の──」

「うわキツ」

「やめた方がいいと思うっすよ」

「ちょっと待って、聞いて?」

「若作りでももうちょっと工夫しろって言ってんのよ」

「年相応のオシャレアイテムってあると思うっす」

「待って! 私まだそんな年じゃないの!」

 

 

 正実の生徒と一緒に言葉攻めを始める。この手の不審者はこういう攻撃が一番だってどこかの雑誌で見た記憶がある。

 半泣きになりながら再度カバンを漁る女の人。次に見せたのは、まさかの物だった。

 

 

「わだっ、私、シャーレ警察のおまわりさん! 不審者じゃないってぇ~」

 

 

 ベソをかきながら見せてきたのは警察手帳のようなもの。

 不審者と思っていた人物は、警察官だった。

 

 

 


 

 

 

「……で、なんでアンタがそんな格好してんのよ」

「だってぇ。ラブちゃんとデートできるって思って……」

「数週間も音沙汰ナシだと思ったら? 一度死んで? 前世の姿になって? おまわりさんになって? シャーレ警察に就任して? デートだって変装して? 私を追い回したと?」

「情報量多すぎるっすね」

「いやあ、それほどでも」

「褒めてないわよ。反省なさい」

「ラブちゃん!?」

 

 

 場所を飲食街に戻し、私たちが今いる場所は高級パスタ屋。

 この女の人がアイツだってことを説明されて、その経緯を正実の生徒に補足してもらったことで納得できたのが、ここに移動するまでにあったこと。

 なんだか、頭が痛くなってきた。

 

 

「じゃあアンタ、もうゲヘナ生じゃないんだ」

「うん。大人としてシャーレの建物内で働いてるよ」

「今平日のお昼なんだけど?」

「昼休みだから休むのは当然でしょ?」

「……そういう所、変わってないのね」

 

 

 椅子に背中を預けて、さっきまでの恐怖心が無くなっていくのを感じた。流石にホラー展開だけは遠慮したかったから。

 イチカという正実の生徒もアイツと知り合いだったらしく、仲良く話している。

 届いたパスタが半分終わる頃になっても、ずっと話している。

 

 

「サオリちゃんはどう? 元気にしてる?」

「はい、まだ慣れてない様子ですけど、仕事はちゃんとこなしてるっす」

「よかったぁ。ずっと心配してたんだ」

「常識知らずな部分が目立つ時もありますけど、皆事情を知ってるので。仲良くもできてると思います」

「そっか……今度会いに行ってもいいかな?」

「ええ、是非来てください。多分サオリも喜びますよ」

 

 

 パスタをちゅるちゅる吸い込みながら二人の話を聞いているけど、内容的に私は蚊帳の外らしい。

 今日は私がアイツとお話する日だと思ってたのに……なんだか癪だ。

 

 

「それで……ラブちゃん?」

「あによ」

「えっと、なんか不機嫌?」

「べっつにー。あんたが誰と何を喋ろうとあんたの勝手だし? うちはキョーミ無いし」

「ご、ごめんってラブちゃん! この前助けた子の様子が気になっちゃって」

「この前助けたって……あんたが角度エグいハイレグ履いてた時に一緒にいた奴らのこと?」

「そう! あの子たち、元気にしてるかなーって」

 

 

 そういう話だったのかと、ため息が出た。昔からコイツはそう、助けた相手ばっかり気にしている。こっちの気も知らないで。

 アイツは小学生中学生の時からずっとそんなだ。いじめられている子、困っている子、助けを求めている子を助けては「あの子大丈夫かな……」って数か月も引きずり続ける。

 助けるときにどんなに酷い仕打ちを受けても、どんな酷い怪我を負っても、必ずだ。

 その度にアンタの事をどれだけ心配してるか……何もわかってない。

 だからこそ、腹が立つのよ。

 警察なんて立派な肩書を持ったら、歯止めが利かなくなるじゃない。

 

 

「……あんた、なんで警察なんかなったのよ」

「そりゃ、生徒たちを助けたいから」

「一度それで死んでるんでしょ? また死にかけるようなことしてほしくないんだけど」

「何ラブちゃん、心配してくれてるの?」

「そうよ」

「……え、えと……ご、めん」

 

 

 こっちは怒っているんだ。前世とかそういうのは、この際どうでもいい。姿が変わったことに関しても、別に終わったことだし、これ以上何か言っても仕方がない。

 だけど、一度死んだってことだけは流すことが出来ない。

 大事な友達が死んだなんて聞かされて、平気な奴がどこにいるんだ。

 

 

「あんた、死なないって約束できる?」

「それは……ごめん」

「じゃあ無茶しないってことは約束できる?」

「……ごめん」

「じゃあ何なら約束できるのよ?」

 

 

 机をたたく。イチカが「ちょっと」と止めに入るけど、これはアイツと私の話だ。

 腐れ縁にも礼儀あり。私は、そのつもりで話している。

 少しの間をおいて、アイツの目が私に向く。ようやく見てくれたなと思いつつ、その瞳の奥を覗く。

 私に見えないようにしていた隠し事が、ようやく見えた気がした。

 

 

「ラブちゃんが困ってる時は、必ず助けるよ」

「……約束できるの?」

「おまわりさんとして絶対に譲れない約束。守れなきゃ、おまわりさん失格だし」

 

 

 アイツは「それに」と続ける。仕事としての約束かよと、内心呆れていたところへの追加攻撃。

 私は、その言葉にちょっとだけ嬉しくなった。

 

 

「ラブちゃんの親友でも、いられなくなっちゃうから」

「……ふーん」

「ラブちゃんがピンチなら、私はどんな時も助けるよ」

「おまわりさんは誰かを贔屓しちゃいけないんじゃないの?」

「親友が危ない時に心配しない奴なんて、親友じゃないでしょ?」

 

 

 私は口角を上げる。アイツとバカ話するときのように、緩くなった口元が勝手に上がる感じ。

 正直、嫌いじゃない。

 

 

「じゃあ、うちもアンタがピンチの時は駆け付けるわ」

「え、でもそれは……」

「うちら、親友でしょ?」

「……ありがと、ラブちゃん」

 

 

 拳を突き出す。アイツも、拳をぶつけてくれた。

 姿が変わろうと、立場が変わろうと、アイツはアイツ。やたら私のことを可愛がってきてベタベタしてくる、ちょっと変態で気持ち悪いけど……悪い奴じゃない。

 だからこそ、私は友達を続けている。ちっちゃい頃からずっと、親友として横にいる。

 大人だろうが関係ない。

 これからもずっと、ね? 

 

 

「じゃ、今日はあの時の借りを返してもらうってことで奢ってもらおうかしら。うちデザート注文するわね」

「え、待ってラブちゃん」

「あんたたちもなんか頼みなさい」

「いいんですか隊長!」

「いいわよ、なんたってコイツの奢りなんだから! ほらイチカも」

「えっアタシもすか? ……いいすか?」

「……ひん」

 

 

 泣きっ面に蜂とはこのことかもしれない。

 元々浪費癖のある子だし、大人になったら払う物も増えて資金の消費スピードは余計に早くなっただろう。そんなアイツを知ってながら、私は今までの心配代として伝票を押し付ける。

 全員でこのお店で一番高いパフェを頼んでから渡された新しい伝票を、だ。

 せっかく会えたということでイチカも交えて話をして食事を楽しんだ後、お店を出てアイツと別れた。

 支払いの時に見たこと無い「カード」を使ってたけど、大人になったら作れる類の奴だろう。

 

 生徒ではなくなって仕事が始まったと言っていた。暫くは会えないかもしれないけど、きっとまた会えると思う。

 だって、アイツだから。

 

 

「ラブちゃん!」

「なによ」

「またね!」

「……うん、またね」

 

 

 お互いに手を振って飲食街を後にする。

 アイツとは逆の方向を歩く。退学したこの地域に長くいることは、あんまりしたくないしね。

 手を後ろに向けてひらひらさせながら、私たちはいつもの場所へと戻る。

 また会おうって、いつもの言葉を言ってから。

 私たちは、親友だからね。

 

 

 


 

 

 

「……なんかちょっとさ、恋愛っぽくなかった?」

「ねー。あんな隊長初めて見たんだけど」

「正実の奴との会話に嫉妬してるのとか、完全にソレじゃん」

「多分ジェラってる自覚無いよ隊長」

「でもまぁ……親友って言ってたし、多分その気は無いんだろうなぁ」

「傍から見たら完全に、だけどねー」

「見守るのが一番面白い奴がこんな近くに……流石隊長」

「……何話してんのあんたたち?」

「隊長って恋バナとか無いのかなーって」

「無いわよそんなの。ほら、仕事行くわよ」

「……先は長そうっすねー」

「何の話よ」




多分あと3話か4話で終わりだよ。
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