風紀委員モブの昼休み   作:ふゆうさぎ

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アツコ

「久しぶりだね、アツコ。それにナギサも」

 

 

 エデン条約ぶりに訪れたティーパーティーのテラス。そこには、見知った顔が二つ。

 アツコとナギサだ。

 

 

「久しぶり、先生」

「ご無沙汰しております。どうぞ、おかけになってください」

「うん。失礼するね」

 

 

 いつ見てもブルジョアだと思う装飾の施された椅子へ着き、資料を開く。アツコの近況や健康状態の記された物と、これから面談の内容を書くためのメモ帳だ。

 これはサオリの物もあるのだけれど……肝心のサオリがいない。

 

 

「サオリは?」

「まだらしいよ。任務で帰って来てないんだって」

「そっか、忙しいんだね」

 

 

 アツコの言葉を聞いて、とりあえずサオリの物を一度片付ける。机の上に残ったのは、アツコの資料とナギサが淹れてくれた紅茶だけ。

 最初はナギサが同席する予定は無かった。しかし、アツコが自身がどう見られているのかを知りたいと申し出があったため、同席することになったのだ。

 呼んだ当人であるアツコよりも、何故かナギサの方がこの状況に緊張しているように見える。

 

 

「大丈夫、ナギサ?」

「はい……ただ、どう話せばいいかと悩んでおりまして」

「ナギサさん。好きに話してね」

「……そういうのが一番難しいのですよ、アツコさん」

「そう? 素直に話すのが一番楽だと思うけど」

「この二か月で何を学んだんですか? トリニティの政界における重役達は言葉を言葉通りに受け取らずに、その裏を読もうとする人がどれだけいるかをこの前説明したはず──」

「先生、始めよう」

「アツコさん、終わったら再指導です!!!」

 

 

 見たこと無い表情で机をべしべしと叩くナギサに対して、アツコは舌を小さくだしてお茶目なポーズをしている。

 普段からナギサが振り回されているのがよくわかった。ミカとアツコの二人に振り回されるナギサは胃が痛いことだろう。同情するよ……

 

 

「さて、アツコは何か悩みとかは無いかな?」

「悩みかぁ……うーん、コレと言っては無いかな」

「なんでもいいよ。ちょっと気になることでも」

「それならあるよ。ティーパーティーで出てくるご飯が美味しくないことかな」

 

 

 アツコは素直な子だから、多分悪気は一切ないと思う。隣にいるナギサを見て見れば、目が震えてる。

 信じられないものを見る目というか、なんで? という疑問がいくつも浮かんでいる表情になってしまっているではないか。

 

 

「お、美味しくないのですか……?」

「美味しくないよ。よくわかんない高級食材の料理よりもブラッ……DUで売ってるハンバーガーの方が好きかな」

「ハンバーガー……いえ、人の好みにとやかく言うのはいけませんね。続けてください」

「あと紅茶に入れるミルクは先か後か、なんていう論争も好きじゃない。めんどくさい」

「アツコさん???」

「そんなことでいちいち言い合いしないで欲しいよね。先生もそう思わない?」

「私はペットボトル派だから」

「そっかー」

 

 

 ナギサが白目を剥きそうになっている。それもそうだろう、自分の拘りを悉く否定されているのだから。

 多分だが、ナギサはアリウススクワッドの過去を文書上の情報でしか知らないのだろう。それは私も同じだけど。

 当人からしてみれば、今の食事にギャップを感じているのかもしれない。全く肥えていない舌に高級食材の味などわかる訳がないのだから。

 

 

「あとはお仕事がめんどくさい。回りくどいことばっかり」

「トリニティはそういうのが特に顕著だからね」

「こんなだからナギサさんが疑り深い性格になったんじゃない? って思うくらいにはめんどくさい。私はスイーツ部に入りたかったなぁ」

「す、スイーツなら私がロールケーキ用意しますよ!」

「それはいいや。私チーズケーキ食べたいな」

「チーズケーキ味のロールケーキを……」

「チーズケーキがいいな」

「……ひん」

 

 

 ナギサが不憫に思えてきた。

 とりあえず、アツコの主観では仕事に問題はないようだ。面倒くさがっている部分もあるみたいだけど、本人もやるべきことと割り切っている様子だから大丈夫そう。

 私生活の方ではどうかと聞くと、少しの間を置いてから、アツコは口を開いた。

 

 

「……遊んでくれる人、いないんだよね」

 

 

 深刻そうに語るアツコの顔には影が生まれ、目からは光が失せる。どれだけ期待に裏切られたかがよくわかる。

 ここにはミサキとヒヨリが語っていた、最近会うことすらできていないということも関係しているのだろう。

 

 

「だってティーパーティーってだけで人が避けるんだもん。遊べても、ツルギさんとかミカさんとか」

「アツコはトリニティのトップの一人だもんね。一般生徒は関わりにくいのかも」

「それが嫌なの。私だって普通にお友達を作って、普通にお喋りしたいし、普通にお茶会もしたい」

「そっか……もしよければだけど、スイーツ部の子とのお茶会のセッティングしようか?」

「本当に? じゃあ、お願いしたいな」

 

 

 今までアツコを見てきた中で、一番目を輝かせている。それに反比例するように、ナギサの目は濁っていくが。

 トリニティのトップということで敬遠されてしまっているのだろう。せっかくアリウスの外に来たのに友達一人できないというのは、アツコにとっても私にとっても、あまりに不本意だ。

 

 

「お茶会をしたいなら、他には紅茶部もあるよ。茶道部もあるし」

「へぇ。お茶会する部活って他にもあるんだね」

「もし会ってみたいなら声を掛けてみたらどうかな?」

「……そうだね。今度押しかけてみるよ」

 

 

 楽しみができたことでアツコの顔に元気が戻ってきたような気がする。会った時から少し、元気が無かったようにも見えたから。

 しかし、アツコは言葉を続けた。まるでここからが本番だと言わんばかりの雰囲気を出して。視線を手元の紅茶の水面に落として。

 

 

「……あとね、最近皆と会えてないんだ」

「皆って、サオリたちのこと?」

「うん。皆忙しいのはわかってる。だけど、もう一月以上も会えてないから……」

「寂しい?」

「……そうだね。寂しいかな」

 

 

 空元気な笑みを浮かべるアツコ。いくつかの悩みを暴いて、ようやく顔を見せたアツコの本当の悩み。それは、ミサキの抱えていた物と同じだった。

 

 

「さっき、ヒヨリとミサキとも面談してきたんだけど、二人も同じことを言ってたよ」

「そうなの?」

「新しい人間関係との付き合いもあるから、どうしてもタイミングが合わないって」

「……そうだよね。ヒヨリもミサキも、サッちゃんも……それぞれの環境があるんだから。合わないのは当然、か」

 

 

 仕方ないと言い聞かせるように呟いて、ティーカップを煽った。悩みを呑み込んでしまおうとしているように見えたが、飲み干した顔は「美味しい」という顔とはかけ離れている。

 割り切れないしこりが、アツコの中にもあるのだろう。

 

 

「ミサキにも言ったんだけどね。月に一度でもいいから会える時間を作ってみたらどうかな?」

「一度だけ……?」

「そう、定例会みたいなさ。きっと一度だけでも会えば、その場で次の予定を立てると思うんだ。そうすれば、なかなか会えないってことにはならないと思う」

「……先生が言うなら、やってみようかな」

「大人になるにつれて人間関係は変わる。だけど、変えたくなければ繋ぎ続けなきゃいけないんだ」

「……大変だね、人間関係って」

「人間が抱える永遠のテーマの一つだからね」

 

 

 私も相当苦労したよ……そんな話をすると二人とも笑ってくれた。

 戻った笑顔に思ったことは一つ。それは、おまわりさんの手腕の凄さ。

 おまわりさんはすぐに人に笑顔を作らせることができる。私にはそんなことはできない。だから、私は私のやり方で生徒に笑顔を咲かせていく。

 私も、先生としてはまだまだ発展途上だからね。

 

 

「次はナギサのお話でも聞こうかな?」

「わ、私ですか?」

「うん。アツコの仕事ぶりをどう思ってるのか、聞かせて欲しいな」

 

 

 ナギサはすぐに答えようとしたが、一度それを噤んだ。そして、数秒考えた後に再度口を開いた。

 その僅か一瞬に、考えていた回答にどれだけの配慮を組み込んだのか。

 

 

「仕事は問題なくこなしています。対人関係も良好に築けておりますので、コミュニケーション能力の方も申し分ないかと」

「そっか。ちゃんとやれているんだね」

「不満は……あるみたいですけど」

「あ、あんま責めないであげてね?」

「それは勿論。これから大事な時期ですからね」

 

 

 一瞬見せた不満タラタラな顔もすぐに引っ込み、トリニティのトップとしての体裁を取り戻した。ナギサの顔は、いつもの凛とした顔となる。

 お仕事モードへと入るナギサに合わせて、私も聞く姿勢を改めた。ナギサの言葉は、今後のトリニティの……いや、アリウスを左右するから。

 まだ多くの生徒の残るアリウス自治区。ナギサは、どう判断を下すのか。

 

 

「まだ時間はかかりそうですが、アリウスを正式にトリニティに受け入れる予定です」

「……よかった」

「ええ。ミカさんが遺した意志は……確かに引き継ぎましたから」

 

 

 ナギサも少し寂しそうな顔を浮かべる。視線の先には、前まであったはずのミカの席。そこには、椅子も残っていなかった。

 ミカがそこにいたという痕跡すらも残っていない。空白となったそこは、あまりに寂しかった。

 

 

「本当は次のパテル分派の首長が決まるまでは席を残す予定だったのですが、ミカさんの申し出で」

「ミカが自分で?」

「はい。『私も責任を果たすよ』と言い残し、椅子を破壊して出て行ってしまいました……」

「破壊したの」

「破壊していきましたね。当然、弁償させましたが」

「……容赦ないね」

「ええ、友達ですから」

 

 

 柔らかい笑みを浮かべる。友達だからこそ、ということだろう。弁償させられたミカからしたらたまったものではないだろうけど。

 どうしてそう短絡的思考になるんだとセイアから咎められそうな気もするけど、ミカらしいと言えばミカらしい。

 そんなミカは今どうしているのかと聞くと、なんとゲヘナに行っているらしい。

 あれだけゲヘナ嫌いを公言していたというのにどうしてか聞けば、言伝だが、本人曰く『風紀委員の手伝いが一番簡単に稼げる』とのこと。

 ゲヘナの治安が終わっていることは重々承知だ。ゆえに、やはり強力な人手がお金をかけてでも必要なのだろう。

 ヒナには心底同情する。多分その一端はおまわりさんのせいだと思うけど。

 

 

「案外元気にしているようです。私もあまり会えていませんが、ミカさんなら大丈夫でしょう」

「信じてるんだね、ミカのこと」

「ええ……親友ですから」

 

 

 最後に見せた笑顔。遠くにいても変わらないと信じるその顔を、アツコはただ無言で眺めていた。その視線は確かに「羨ましい」と言っていた。

 

 幼少期の頃から共に過ごしていたスクワッドたち。それが今や形すらも残らないように解散させられてしまい、全員が別々の方向を向いている。

 同じ空間で同じ方向を向いていたから仲良くなれた、家族のようになれた。

 では、その形から少しでもズレれば、縁が切れてしまうのか? 

 違うはずだ。アツコだって、ミサキだってヒヨリだって、サオリだって。皆そんな事思っていないはずだ。

 お互いに家族のようだと思っているはずだけど、今はみんなが信じられない状況に陥っている。

 初めての「会えない状況」に、戸惑っているんだ。

 

 

「……大丈夫だよアツコ」

「先生?」

「スクワッドの皆は、お互いに皆に会いたいと思ってる」

「……うん」

「離れ離れになっても信じられるようになるまでは、まだ時間がかかるかもしれない」

 

 

 だけど、と言葉を続ける。大事なのは、ただ信じる事だけ。疑わずに信じること。

 エデン条約の時も同じ。セイアの言った楽園の証明も同じ。

 全ては、信じることで始まる。

 

 

「だけど大丈夫。皆が、信じてるから」

「……そうだね」

 

 

 暗かった顔をそのまま上げた。ただ信じることだって、難しいこと。

 だけど、それをしなければ、誰も信じられなくなる。

 アツコはこれから挑むんだ。信じることに。

 

 

「私も信じてみる……皆のことを」

 

 

 アツコは指で頬を押し上げる。あの時に見せた、おまわりさん直伝の笑い。

 最後に笑ってたやつが、ハッピーエンドを掴めるから。だから、アツコは笑いを作った。

 

 

 その後、アツコたちとは今後のティーパーティーの動きを教えてもらったり、今後の目標ややってみたいことなどを語り合いながら、時間を過ごした。

 来るはずのサオリを、待ち続けて。

 

 時は夕刻。空が茜色に染まり始めた。

 サオリは、来なかった。

 

 

「……どういうことでしょうか?」

「わからない。何かトラブルでもあったのかな?」

「サッちゃん……」

 

 

 流石におかしいとサオリに直接連絡を入れようとした、その時。

 ドンドンドンと、テラスへの扉が乱雑に叩かれる。ナギサが許可する前に扉を開けて入って来たのは、ハスミ。

 汗だくになりながら倒れるようにテラスへと入って来たハスミを、ナギサがすぐに支えた。

 

 

「は、ハスミさん!? 一体どうしたのですか!?」

「……した」

「え、な、なんとおっしゃいましたか?」

 

 

 

「錠前サオリが……行方不明になりました……!」




次回、最終回!
多分いつもより文字多いと思うよ!
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