オラトリオ編を書くか悩みつつ、全く関係無いバレンタイン編を投げます。
なお「オラトリオ編が終わった後のお話」という設定なので、スバルとマイアの名前が出てきます。
へぇい、おまわりさんです。
突然ですが皆様、今日が何の日かご存じでしょうか?
数日前と言わず数週間前から度々話題になっていましたね。
気になりますか? 気になりますよね?
そう、気になるんです。
今日は年一の特大イベント、バレンタイン。
女性が好きな男性にチョコを渡す……青春イベントってやつですね。
ここキヴォトスも例に漏れず大盛り上がり。商店街もショッピングモールも大盛況。どこもかしこもカップルだらけです。
和気あいあいな雰囲気とは真逆に、私の気分はブチ下がりですわよ。
だって生まれてこの方、バレンタインとは無縁の存在ですから。
それに最近は早出早出早出に残業残業残業……体力が限界を迎えていることもあったりする。
白バイに寄りかかってひたすらにコーヒーを煽る。これで今日何本目だ? 多分5本目? 飲み過ぎだね。
だって仕方ないじゃないか、周囲がこんなにも甘ったるい匂いを垂れ流してきてるんだもん。
喪女のあたしゃしんどいってばよ。
今日のお仕事は町のパトロール。
しかもヴァルキューレからの依頼ときたもんだ。事情を聞けば「去年ワカモが大暴れしたから」とのこと。
ワカモちゃんってそんなにお転婆娘だったかしら? もっと乙女だった気がするんだけど。
もしかして、相手が先生の時だけ乙女……ってコト!?
うわーん! ブルアカ関連の記憶が思い出せないのが惜しすぎます!
「お疲れ様です、おまわりさん!」
ひぃんひぃんと嘆いている最中、後ろから名を呼ばれる。
この元気溌剌な声はもしかしてと振り返ると、そこにいたのはヴァルキューレ生徒。
今日のお仕事を一緒にすることになった、いわゆるパートナーの一人。
長い白髪を2本の三つ編みで纏めて、綺麗な青色の瞳を持つとってもカゥワイイ一年生。
中務キリノちゃんだ。
「ん、お疲れキリノちゃん。異常はなさそ?」
「はい! 今日は平和なバレンタインです!」
「だねー。キリノちゃんは渡す相手とかいないの?」
「えへへ、もう渡してきました!」
私知ってるよ、渡した相手は先生でしょ? あーモテモテな奴はいいなぁ! 羨ましいなァーッ!!!
嘆いても何も始まらないことくらい知ってるよ? 行動しないと始まらないことだって知ってるよ?
それができれば私は自分を喪女なんて呼んでないんだけど? 許せねぇよなぁ。
……なんて、ぶつくさ言うのもこの辺で。
今日の私はバレンタイン気分ではなく、いつもと何ら変わらないお仕事気分。
せっかくキリノちゃんが同行してくれるんだし、パトロールのお仕事をちゃんとこなすとしましょう。
キリノちゃんのおかげで気分は最高潮。今ならベアトリーチェ100人斬りできそう。
ヘルメットを脱いで帽子を被り、いざ商店街の見回りに──そんな時。
ふと、青色の瞳と目が合った。
見知った顔。見知った姿。しかし、見知らぬ格好。
「あれ、サオリ? バイト中?」
そう、サオリだ。ケーキ屋さんでバイトしている最中なのか、茶色いエプロンと帽子を被っている。
その手には「本日限定! チョコケーキ極 残りわずか!」と書かれた看板。
可愛いねサオリ……なんだその看板。チョコケーキ極とか安直すぎるだろもっと考えろ店主。
「奇遇だな。見ての通り、バイト中だ。この時期は稼ぎ時だからな」
「そっか。じゃあ、正実の方は今はお休みなんだね」
「あぁ。ここ数日だけだがな。今日が最終日だ」
サオリは看板を持ったまま脚を小刻みに動かす。どうやら、丸一日立ちっぱなしというのは流石のサオリでもしんどいらしい。
聞けば「あの頃に比べると、確実に衰えた」とのこと。
多分衰えてなくても数日そんなこと続けたら誰でも脚プルプルになると思うんだ。
「サオリもお疲れさまだね」
「それはお互い様さ。……ところで、一つ聞きたいことがある」
「何かなサオリ?」
「今日の夜、空いているか?」
サオリが真っ直ぐ私を見つめてくる。バレンタインというこの日に誘ってくれるのは、私としては嬉しい限りだ。
嬉しいどころか飛んで喜んでそのまま大気圏を突破して燃えカスになっても後悔が無いくらいには感無量……しかし、残念でならない。
悲しいかな、今日のこの依頼は24時を回るその時まで。ゆえに、サオリの期待には応えられない。
「ごめんねサオリ。今日の仕事は夜中までなんだ」
「……何時までだ?」
「一応24時までだけど、報告書作ったりとかあるから、1時とか2時くらいまでかな」
「……そう、か」
サオリは少し残念そうな顔をして、すぐに笑顔を浮かべた。
いつかの不器用な笑みは姿を消して、サオリもいつの間にか自然な笑顔を浮かべられるようになった。
だけど、そこに少しだけ影があるのを、私は見逃さなかった。だけど、見逃した。
私には私の仕事があるから……断らざるを得なかったから。
「ごめんねサオリ。また今度、埋め合わせするから」
「構わないさ。無理を言ってすまないな」
サオリに手を振って別れる。少し離れてから振り返ると、サオリはもうバイトの調子に戻っていた。
切り替えが早い事を羨ましいと思いつつ、私は自分の仕事に目を向ける。サオリがそうしているのと同じように。
しかしそれは、上手くできていなかったみたいだ。
上の空のつもりはなかった。だけど、傍から見たらそうだったのだろう。
キリノちゃんが、私の歩みに待ったをかけた。
「どしたのキリノちゃん?」
「お辛そうに見えたので……サオリさんと、何かありましたか?」
「何も……って、訳じゃないんだけどね」
大人が子供に弱みを見せることは悪だ。手本となるべき大人は、子供の前ならカッコつけて当然。
それなのに、私はそんなに顔に出ていたかと聞くと、キリノちゃんは無言で頷いた。
不味いな、そんな言葉が自然と出てしまう。ポーチから缶コーヒーを取り出して、少し休憩することにした。
電柱を背もたれに、私はプルタブを引いた。
「サオリがさ、よく誘ってくれるんだよ。何かしようとするときに、私を真っ先に頼ってくれるんだ」
すっかり冷めたブラック。甘い雰囲気に飲まれずに苦く感じたのは、今日は初だ。
周囲の空気に吞まれないほど、私の雰囲気が周囲に漏れ出していた証拠。
「でも、少し前から仕事が忙しくて……応えられないことが多いんだ。なんだか、申し訳なくってさ」
「でもそれは……」
「仕方ない事。サオリだってそれは理解してくれてる……はず。この結果に納得できてないのは、私だけかもね」
ケケケとふざけた笑いで誤魔化す。あおった缶から流れる黒い液体は、向こうが見える透明さを持っている。
私とサオリの間を隔たるそのコーヒーのように向こうが見えて、でも色が見えない壁。
サオリとの距離は近かった。それなのに、そこに現れたのは「個人の生活」という、どうしようもない壁。
触れようと思えば触れられるはずの距離にいるのに、触れられない自分が情けない。
抽象的な言葉だ。キリノちゃんに伝わっているかわからない。
いつの間にか項垂れてしまっていた。顔を上げると、キリノちゃんが頬を膨らませていた。
「き、キリノちゃん?」
「サオリさんとちゃんとお話したんですか?」
「え、えっと……?」
「理解してくれてる『はず』は、一方的だと本官は思います!」
「……そ、れは……そう、かも」
「そうですよ! だから──」
キリノちゃんが私の手を取る。
私よりも小さくて、私よりもすべすべで、皺ひとつない若い手。
だからこそ、私がすっかり忘れてしまっていたことを、思い出させてくれたんだ。
「お話をしましょう! それが、おまわりさんのお仕事です!」
キリノちゃんが向けてくれたのは、眩しいくらいの笑顔。私がいつも、誰かに向けていたはずの笑顔。
忙しくなってから浮かべることが少なくなった笑顔に、どうして忘れていたんだろうと悔やんだ。
サオリちゃんに笑えって言ったのは、私なのに。
「……ありがとう、キリノちゃん」
「いえ、お力になれたのなら嬉しいです!」
「すごく助かったよキリノちゃん! じゃ、さっさとお仕事終わらせよっか!」
コーヒーを一気に飲み干す。今になってようやく、コーヒー6本分のカフェインが脳を活性化させる。
一気に冴えた目と頭はサオリのことでいっぱい。
待ってろよサオリ! と頭の中で叫びつつ、私は商店街を駆け抜ける。
流石にちゃんとパトロールしようとキリノちゃんに咎められたのは、言わずもがなだ。
「……はぁ」
夜の10時。短期アルバイトを終えて、私はアリウスに向けて帰路に着く。
この時期の夜は寒い。コートにマフラー、耳あてに手袋をしていても夜風はそれを突き抜ける。震えあがってしまう寒さに、思わずくしゃみをしてしまう程。
提げている袋に入っているホットチョコレートは、そのうち冷めてしまうだろう。
店長から譲ってもらったチョコバウムクーヘンも、寒さで表面がパリパリになってしまうに違いない。
二つずつのそれに、少し寂しさが湧いてくる。
「大人は……大変なんだな」
空を見上げれば、光輪と星々。そういえば、彼女とこれを見た時もあったと思い出す。
しかし、それはもうずいぶん前の話。彼女は、覚えているだろうか?
何度誘っても断られてしまう。それぞれの都合というものがあるのは理解している。
だが、少し寂しい。
あれだけ優しくしてもらって、数えきれないほど面倒を見てくれた大人と、距離ができてしまった気がしたから。
先生には既にチョコを渡してしまった。今更追加で渡すのも変だろうし、先生は聡明な人だから、誰かに渡す予定だったものとすぐに見破られてしまうだろう。
一人で食べるには多い。スバルとマイアに渡すか……そんなことを思っていた。
冷たくなってしまっている耳に、妙な音が聞こえてくるまでは。
「……なんの、音だ?」
ドコドコと連続した不協和音。後ろから迫る音に目を向けると、そこには錆びや傷が目立つ、ボロボロの車が一台。
白と黒のツートンカラーで、天井には割れて動かなくなったであろう赤色灯。それがパトカーであることに気が付くのに、そう時間はいらなかった。
私のすぐ隣で止まって、窓が開いた。
「こんばんは、サオリ!」
「あっ……あなた、は……」
「ふふ、驚かせちゃったね。隣乗りなよ、アリウスまで送ってくからさ!」
ボロボロの車の運転席に座っていたのは、彼女だった。
どうしてこんな車に乗っているのか。そもそも、仕事の終わる時間ではないはずだ。色々な事が頭の中を巡るけど、一度考えるのをやめて彼女の隣に乗る。
ドアの建付けが悪い。何度閉めても半ドアになる。なんだこの車は。
「大丈夫だよサオリ、全力で閉めな」
「こ、壊れないか……?」
「壊れたっていい車だからね!」
「そういう問題じゃ……はぁ、まあいい」
言われるがまま全力で閉めると、見事にドアが閉まった。その代わり、何か折れるような音もしたが、気にしないことにした。
彼女はレバーを操作してから車を動かした。ゆっくり、そして調子の悪そうなエンジン音を奏でる車が走り出す。
「マニュアル車なんだな」
「ふるーいからね! ヴァルキューレの校舎裏の納屋で眠ってたんだ。何年前の車だろうね?」
「……仕事はいいのか?」
「コノカちゃんが代わってくれたから大丈夫! 今日のお仕事は、もう終わり!」
「……そうか」
窓の向こうに視線を向ける。それは、私の口角が上がってしまっているのを見せないためだ。
暫くの沈黙の後、彼女が口を開いた。
それは、謝罪だった。
「サオリ、ごめんね」
「……突然どうした?」
「最近さ、付き合い悪くなっちゃってたから」
「構わないと言っただろう? 仕事で都合が合わなくなることは『仕方のないこと』だ」
「それでもだよ。私は、大事なことを忘れてたから」
彼女は車を停めた。チカチカ鳴るハザードランプ。小さな光が、一定のリズムで彼女を照らす。
はっきりは見えない。だけど、なんとなくわかった。
彼女が、久しく見ていなかった笑顔を、必死に浮かべているのが。
「笑顔を、さ」
どんな苦難だろうと、苦境だろうと、彼女の顔から笑みが失われたことは無かった。
しかし最近の彼女は、それを失いかけていた。やっとの思いで会えた時にも、そこには必ずため息がいた。
疲れているのは承知の上だった。だからこそ、下手に労うことが出来なかった。
私にできることは、声をかける事だけだったから。
だけど、今は……今だけは違う。
手元にある物は、何のためにある?
親愛なる人への贈り物。
ホットチョコレートと、チョコバウムクーヘン。
バレンタインに渡すお菓子には、特別な意味が与えられる。
ホットチョコレートは「心まで温まって欲しい」。
チョコバウムクーヘンは「幸せが重なるように」。
今の彼女に想いを伝えるには、あまりに適任な組み合わせだと、口角が再び上がってしまった。
袋から取り出したそれを、私は彼女に差し出す。
「わ、わっ……え、サオリ?」
「ハッピーバレンタイン」
できる限りの笑みを浮かべて、私はそれを彼女に渡した。
辛うじて温かさを保っていたホットチョコレートと、もう固くなってしまったバウムクーヘン。
あの時のコーヒーのお返しを、まだしていない。
彼女が苦しんでいるのならば、私は彼女の助けになりたい。
彼女が私を助けてくれたのだから、私だって彼女を助けたい。
「い、いいの? 私なんかが貰っても……」
「なんか、など口にしないでくれ。私は、あなたを尊敬しているのだから」
「……ごめんね」
「そういう時は、違う言葉だと先生に教わった」
「……ありがと、サオリ」
声のトーンがどんどん下がっていく。いつもと雰囲気の違う彼女。笑みが薄くなって、口角はほどほどに。
なんとなくわかった。これが、彼女の素なのだと。
「……ちょっと、疲れちゃってね」
「知っている。あなたがどれだけ頑張っているかは、私がいつも見ている」
「……ありがと」
彼女が窓の方を向いた。私に顔を見せないようにして、数度、鼻をすすった。
そんな彼女の姿に、彼女も人間なんだと再認識する。先生とも違った、一人の人間。
誰よりも人を優先してしまうから、自分の悲鳴に気づくことが出来ない、優しい人間なんだって。
「ぁー……なっさけない」
目元を袖で拭おうとする彼女の代わりに、私がハンカチでそれを拭う。
支えてあげたい。支えあいたい。そんな思いが、勝手に手を動かしたんだ。
「無理は、しないでくれ」
「サオリ……」
「あなたの顔から笑顔が消えて欲しくない。それは、私だけの願いじゃない」
アツコ、ミサキ、ヒヨリ、スバル、マイア。彼女の笑顔に助けられた者たち全員の願い。
彼女の顔から笑顔が消えた時、私たちからも笑顔が消えてしまいそうな気がするから。
「私はまだ子供だ。だけど、子供が大人を支えてはいけない、なんてことはない」
「それは、そうだけど……」
「私にも……私たちにも支えさせてくれ。あなたが辛いときは、私たちが、あなたを支える」
「……でも」
「私たちでは力不足か?」
「……その言い方は卑怯だよ」
彼女はホットチョコレートの封を切った。車の中に、甘い香りが充満する。
今日一日中嗅いでいたはずの香りなのに、今は少し違った。
ほんの少しだけ、苦い香りもした。
「……あっまいね」
「甘いのは苦手だったか?」
「ううん、好きだよ。ただ、最近はお菓子とか、まともな食事も摂ってなかったから」
「……食べては、いるんだよな?」
「最近は一日一食かなー」
「食事は、ちゃんと取れ!」
思わず叫んでしまった。しかし、食事の重要性を軽視していることは看過できない。
あれほど食事にこだわっていた人間がそれをできなくなる、それがどれほどストレスになる事か。
ようやくわかった、彼女がここまで弱っている理由が。
あまりに意外な事実、そして無自覚な原因がわかったことに、私がため息を吐いてしまった。
だが、原因がわかったのならば、それを改めればいいだけだ。
「これからしばらく、あなたの家に泊まらせてもらうぞ」
「へっ? いやいや、ダメでしょ」
「無理は聞かん。アリウスに戻ったら準備をする。終わり次第、あなたの家に」
「待って待って待って、せめて理由を──」
「これから毎日、毎食! 私があなたの食事を作る!」
「……わぁ」
なんと気の抜けた声だろうか。ちゃんとした食事をとれば、きっとそんな間抜けな声を出さなくなるだろう。
彼女に笑顔が戻るのに、それほど時間はかからないだろう。問題があるとしたら……私の作れる料理のレパートリーが、極端に少ないことだろう。
だがそれは些細な問題だ。わからないことは、学べばいい。ただ、それだけなのだから。
先生が言っていた。人生は苦痛に満ちているけど、だからこそ、幸せになるための努力を……戦いをしなければならないって。
そして、そのためには笑顔が必要だって。
誰かが悲しんでいるとき、誰かが笑顔をわけてあげる。それだけで、人は笑顔になれる。
もし彼女が辛い思いをしているというのならば、私が笑おう。
彼女が、彼女の笑顔を取り戻すまで。
ぬるくなったホットチョコレートを一口飲む。
いつもより、少しだけ甘く感じた。
びっくりするくらい小説の腕が鈍ってて泣く。
昨日YouTubeに上がった絆ダイアローグのWalking NightのMVがあまりにサオリ好きの求めてるものすぎて泣いたよね。
あ、サオリの絆レベルは60です()