「あっ、社用車、が……わたしの愛車が……ぁ……」
アリウス地区内にズタボロな車が一台。
カタコンベ内の壁面に擦って、打ち付けて、凹ませて……見た目が廃車寸前になっている車のドアに描かれているのは「便利屋68」の文字。
生気のない声で「むり」なんて言われたから他を当たろうとしたけど、報酬額のお話をしたら快く引き受けてくれた。
流石アウトロー。お金に目がない。
「ちゃんと新しい車買ってくれるんでしょうね!? それも報酬とは別で!!!」
「いいよー。次はSUVにする? それともミニバンがいい?」
「セダンよセダン! アウトローに合うのはセダンに決まってるでしょ!」
セダンってどちらかというとヤカラな人たちの車なんじゃ……なんて言うのは無粋な気がしたから口を噤む。
半泣きで自暴自棄になりながらズタボロの車の扉を開けるアルちゃん。あ、ドア取れた。
「ドアァ──ッ!!!」
「社長、どうせ廃車なんだから……」
「アルちゃん、さっさと作業進めるよ~」
「あ、アル様……その、えっと……おまわりさん、倒しましょうか?」
「ダメよハルカ。あの子倒したら新しい車を買ってもらえなくなるもの……ぐすん」
情けない顔を晒しながら荷物を下ろすアルちゃん。かわいいね。
下ろされた荷物には、頼んでいた通りの物がちゃんと揃っている。大量のカレーを作るための材料だ。
アリウスの子たちは「こんな量の食糧は見たことがない」と驚いているが当然だろう。私だって見たことないもん。
「おまわりさん、これは……?」
「見てのとおり、カレーの材料だよ」
「それはわかります。ただ、どうして今……? というか、これだけの量をこんな短時間で……」
「便利屋68。ブラックマーケットで仕事したことあるなら一度は聞いたことあるんじゃない?」
「……なるほど、アレが例の」
スバルちゃんの瞳が鋭くなる。便利屋の皆の所属はゲヘナ。つまり、アリウスにとってはベアトリーチェに植え付けられた憎悪の対象の一つ。
洗脳教育された彼女たちが、ゲヘナの人間がアリウスにずかずかと入りこんできてどう思うかなど、想像に難くない。
しかし、だ。
「ステイだよスバルちゃん」
「……」
「彼女たちはあくまで仕事をしに来てもらっただけ。今はゲヘナとは何の関係もない」
睨まれているアルちゃん。しかし、当の本人は「およよ」と涙目になりながら具材を運んでいる。気にする風もない姿に、スバルちゃんが大きく息を吐いた。
そして、背後から声。
「気が済んだ?」
「っ……!?」
「あんま殺気立てないでよ。こっちは仕事で来てるんだから」
「お疲れカヨコちゃん! 荷下ろしは終わった?」
「うん。それと、行き先がアリウスって聞いたからさ……」
カヨコちゃんがハルカちゃんの方を指さす。ハルカちゃんが抱えているのは武骨な箱。
食糧が入っていそうもないその箱に何が入っているのか聞くと「何がってわけじゃないけどさ」と前置きした上でカヨコちゃんが言った。
「使えそうなもの、事務所から持ってきたんだ。ガムテープとかロープとか、雑巾代わりの布とか……そういう日常で使いそうなものだけど」
「ほんとに!? ありがとうカヨコちゃん~!!!」
「いいよ。大変でしょ? 先生には話してるの?」
「ううん、言ってない。しばらくそっちに戻るつもりもないから」
私の言葉にカヨコちゃんが目を丸くする。
そっちに戻る気がない。つまりそれは、アリウスに居座るということを意味する。
「先生には言わないでほしいな。きっと、あの人は来ちゃうから」
「どうしてか聞いていい?」
「私は向こうになくても問題ないけど、先生はそうもいかない。だから、アリウスの復興顧問は私が務める……的な?」
「なるほどね。わかった、皆にも伝えておくよ」
「ありがとカヨコちゃん」
「別に大したことじゃないしいいよ。頑張ってね、おまわりさん」
小さく手を振って別れを告げて、便利屋の皆の作業に戻っていくカヨコちゃん。
(スゥーッ……)
は??? 何今のイケメン行動最高すぎるんだがもはや彼氏じゃんいやカヨコちゃん女の子だから彼女かそんなことどうでもええんですわ行動がイケメンすぎるってお話でつまりメロすぎるんですよその上声までイケメンとか最強すぎんかというかあの声マジで私好きなんですよ実はサオリもイケメン声してますがねカヨコちゃんのはもうレベチなんですよ普通にお話してるだけなのに実質ASMR聞いてるようなもんだよね個人的にカヨコちゃんの吐息がマジで本当に大好きで私が男だったらもれなく告って爆散していたところだし男じゃなくても告白して今すぐにでもお付き合いして膝枕してもらったうえで耳元でカヨコちゃんからいろいろ囁かれたいとか思ってみたりもしてるんですよ更に考えてみてほしいのがあのビジュアルでしてお話するくらい近くでカヨコちゃんを見ると本当に透き通ってるくらいお肌が真っ白でツヤツヤで美しいんですわそこにあの鋭くも優しいお目目があってそれが私を見つめてくれるんですよ最高とは思いませんかそうなんです最高なんですお前もカヨコちゃん最高と言いなさい。
「……あの、どうしたんですか?」
「ごめんねスバルちゃん。ちょっと限界突破してただけだから」
「何を……?」
頭を支配するカヨコちゃんスマイルを目の前の現実で追い出す。本当は10年くらい頭の中で私に微笑みかけてきてほしいけど、今はやることがあるから致し方なし。
頼んでいた荷物が全て置かれて、便利屋の皆が撤収していく。無事に帰れることを祈りつつ、目の前の大量の食糧を眺める。
さて、どうしてやろうかと。
「……うん、そうだね」
豚肉も生。玉ねぎニンジンじゃがいもは素材そのままの姿。カレーだってレトルトじゃない固形のもの。
そしてカレーを作るための必要な調理器具も揃っている。
ここで
「みんな、これから何を作るかわかるかな?」
食糧の前に群がる皆に問いかけると、一人が元気よく手を挙げて答えた。
「カレー!」
「正解! これから作るのはド定番のカレー! お肉入りだよ!」
「おっ、お肉……!」
全員の声がワントーン上がった。目を輝かせてお肉のパックを見つめる皆に、自然と頬が緩む。
お肉でテンションが上がるのはどこの子供も一緒。アリウスでは別ベクトルな気はするけれども、お肉は少年少女の心を躍らせる力がある。古事記にも書いてあったから間違いない。
それは当然、スバルちゃんも──
「……」
「あれ、スバルちゃんのテンション低くない?」
「……施しのつもりですか?」
キッとスバルちゃんの瞳がこちらを睨んだ。睨みすぎだよスバルちゃん。美人なお顔が台無し……いや睨んでも美人だなこの子。
「施しなんかじゃないよ。だって、私だって食べたかったし」
「口実なんて聞きたくありません。そういうところが」
「大人の嫌いなところ?」
「……そうです。そういうところが、偉そうで嫌いなんです」
「まぁ、偉そうっていうのは否定しないよ。ぶっちゃければ施しなのも間違いない」
「だから……!」
「でもさ、あの子たちの前でそれ言える?」
あの子たち。「カレーだ! お肉だ! お水だ!」と人数に似合わぬ声量を出し続けて賑わいを見せるマイアちゃんたち。
彼女たちが浮かべているのは心底の笑顔で、今にも涎を垂らしそうな勢いで口を拭い続けている。まだカレーの匂いすら漂っていないというのに、素材を見ているだけであの様子。
目を輝かせて喜ぶ姿……それを、スバルちゃんに言う。
「スバルちゃんはリーダーで、あの子たちはスバルちゃんの言葉を拒否できない」
「……」
「もしスバルちゃんが嫌だっていえば、あの子たちは従うと思う。スバルちゃんは、それでいいの?」
私の言葉に押し黙るスバルちゃん。今のあの子たちに向かって「外の人間からの施しなんか受けるな」なんて言えるような冷たい子じゃないことは、この短時間で理解しているつもりだ。
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるスバルちゃんに、私は続けた。
「このまま私が全て作って皆に振る舞えば、それは間違いなく施しだよ。でも、それを施しじゃなくす方法がある」
「施しじゃ、なくす?」
「そう。見てのとおり、便利屋の皆に持ってきてもらった材料は全部未加工。さらに、調理道具も揃ってる」
「……まさか、あなた」
「そう、そのまさかだよ」
スバルちゃんから離れてマイアちゃんたちの下へ。和気藹々とした雰囲気に割って入って、私は皆に問いかける。
「みんな、カレー食べたい?」
全員が高速で首を上下させる。飢えている、それは間違いではない。
でもこれは食への挑戦だ。自分で作る……それこそが、施しじゃなくすただ唯一の方法。
「食べたいなら、みんなで作ってみよう!」
上下させていた首がぴたりと止まる。目を点にしてこちらを見つめる瞳たちに、優しく問いかける。
「みんなは料理したことある?」
「料理……ない、です」
「そもそも料理っていっていいかわからない……」
「草から作った縄を茹でて非常食にしたのは料理なのかな……?」
なんかとんでもねぇの出てきたぞ? やっぱ過酷すぎる……料理スキルというかサバイバルスキルの方だよそれ。
ともあれ、誰も料理ができないのであれば教え甲斐があるというもの。
見せてあげよう、そして教えてあげよう!
食べることが大好きな人間による調理というものを!
「じゃあみんな、調理実習の時間だよ!」
夕刻。今日はバイトも休みで、久しぶりに学業終わりにゆっくりできる日。
私は彼女の部屋を訪れ、扉を叩く。
久しく作っていなかったカレーを作ろうと、一緒に食べようと、材料を詰め込んだ袋を片手に提げて、私は期待を胸に扉の前で待った。
数秒、数十秒、そして一分。
返事がない。
「……おい、いないのか?」
再度扉を叩くが変わらず返事がなく、まだ帰宅していないとわかった。
「まぁ、仕方ないか。連絡もなしに押し掛けたのは私だからな」
緩む頬を「いけない」と正し、スマホで彼女に電話をする。いつもならワンコールが終わるうちに出てくれるのだが……出なかった。
どうしたのだろうかと思いつつモモトークでも連絡をするが、既読もつかない。
きっと忙しいのだろうと思いながら、彼女の帰りを待つか否かを判断するために先生に連絡する。すぐに出てくれた先生に彼女のことを聞くが、良い返事をもらうことはできなかった。
「先生、彼女を知らないか? まだ帰ってきてないらしくてな」
『おまわりさん? そういえば、朝から見てないな……』
「朝から……? シャーレには行っていないのか?」
『連邦生徒会に行くとは聞いてたけど、こっちには顔を出さなかったよ。依頼を受けてそのまま出ちゃったんだと思う』
「……そうか」
どんどん暮れていく太陽。暗くなっていく周囲に、私はぽつりとつぶやく。
誰に拾われるわけでもない、暗闇に消えてく独り言。
「……早く帰ってこないかな」
彼女はその日、帰ってくることはなかった。
カレーめちゃすき、具合悪い時に食べるのが最強。