風紀委員モブの昼休み   作:ふゆうさぎ

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あっぶねぇ仮眠して起きたら夜中の3時じゃんね…
今日も普通に仕事よ?


スバルとこれから

 カレーを煮込むという最終工程を、マイアちゃんたちアリウス下級生たちに任せていた時のこと。

 突如小さな悲鳴が上がって、誰もが絶句したかのような沈黙が訪れた。

 

 スバルちゃんと部屋の簡易改装について話し合っている最中に起きたそれに駆けつけてみると──

 

 

「あっ……おみ、ず……」

 

 

 震える手で計量カップを落とすマイアちゃん。何かをやらかしたようだ。

 全員がショックでフリーズしてしまっている中、何が起きたのかとカレーの鍋を覗く。

 そこにはとろみのあるカレーではなく、見ただけでもわかるくらいシャバシャバなカレーがあった。

 おそらく、水の入れすぎだろう。

 

 

「大丈夫マイアちゃん?」

 

 

 わなわなと泣き出しそうになっているマイアちゃんの手を握る。

 目尻に涙をためて泣く寸前になっている様子を見れば、この状況に陥った原因がマイアちゃんにあることは間違いないだろう。

 背中をさすりながら震える肩を収めようとしている中、震える声でマイアちゃんが語ってくれた。

 

 

「わたしがっ……わだ、じ……がぁ……うぇえ……!」

「マイアちゃん、何があったか教えてくれる?」

「わたしがっ……量増やせたらいいねって……お水いれれば増えるかもって……余計な事、言わなければ……!」

「……なるほどね」

 

 

 このシャバシャバの原因はカレーの量のかさ増しのために入れた水が原因だったか。

 他の子たちがマイアちゃんを責めないのは、おそらく全員で同意して行った行動だからだろう。

 

 

「ごめんなさい、ごめんなさい……ごめんなさいぃぃ……!」

 

 

 遂に大泣きを始めてしまうマイアちゃん。それに共鳴するかのように他の子たちも泣き出しそうになって……だから私は、声を張った。

 それは怒るためではない。諦めるにはまだ早いと、それを教えるためにだ。

 

 

「マイアちゃん、大丈夫だよ!」

「……?」

「カレーは大丈夫! どうにでもできる……だから安心して!」

 

 

 私の言葉に、マイアちゃんが首をかしげる。この状況から、どうやったら「大丈夫」と言えるカレーにできるのか。きっとその想像ができないからだろう。

 口をへの字にして目をうるうるさせるマイアちゃんの頬を、私は指で持ち上げる。

 下向きの口を、上向きに変えるために。暗い顔を、明るくするために。

 

 

「……???」

「大丈夫だよマイアちゃん。調理実習はね、間違えてもいいんだから!」

 

 

 立ち上がる。

 そして、シャバシャバなカレーと向き合う。

 確かに水っぽい。とろみはほぼ無いが、多少は残っている。つまり、まだ救いようはあるということだ。

 

 

「みんなも覚えておいてほしいんだ。お料理はね、失敗することもある」

 

 

 使わなかったジャガイモ。皮すらも剥かれていないそれをみんなに見せて、笑顔を作る。

 そう、料理は笑って作るべきなんだ。

 そうしないと、美味しいごはんは絶対に作れないから。

 

 人の笑顔が生み出した料理こそ、最強で最高で至高の料理になるって……それを教えるのが、この調理実習なんだ。

 

 

「だからこそ、その失敗から何を学ぶか。そして、その失敗をどうカバーするか。料理は、人生の勉強なんだよ!」

 

 

 ボウルとすりごきを用意して、ジャガイモを5個ほど。

 カレーを煮ているコンロの火を弱火にして、私は説明を始める。

 

 

「じゃあこれからお勉強だよ! シャバシャバになったカレーにとろみを戻す方法のね!」

 

 

 デデンと効果音を口で言いながら、爆速で芽を取って皮を剥いてジャガイモをボウルに突っ込んで、早速すりつぶす。

 スバルちゃんにはカレーをゆっくり混ぜてもらいながら、私は下級生の子たちにその説明を始めた。

 

 

「まず一つ、これが一番簡単なやり方。弱火でとにかく煮込みまくる!」

 

 

 スバルちゃんの方に注目が集まる。

 

 

「純粋に『水分を飛ばす』って意味では煮込むのがいいかな。でもこれは入れすぎたお水が少量の場合。今の状況だと、ただ煮込むだけじゃ時間がかかりすぎちゃう」

 

 

 そこで、と言葉を繋ぐ。既に原型を留めていないほどすりつぶされたジャガイモをみんなに見せる。

 当然、すり潰すことにも意味があるからだ。

 

 

「このすり潰したジャガイモを入れます!」

 

 

 スバルちゃんの手を止めさせて、ジャガイモをカレーの鍋に入れる。すぐに混ぜるのを再開してくれたスバルちゃんに小さく「ありがとう」と言い、みんなの方に向き直る。

 そこで、マイアちゃんが手を上げた。

 

 

「あの……どうしてジャガイモなんですか?」

「いい質問だねマイアちゃん! どうしてジャガイモか……それは、ジャガイモに含まれる『でんぷん』が、とろみを出してくれる成分だからなんだ!」

「でんぷん……?」

 

 

 またもや首をかしげる子たちに、説明を続ける。

 

 

「でんぷんっていうのは、植物が持ってる成分の一つなんだ! 簡単に言うと、ねばねば成分だね!」

「ねばねば……もしかして、お米のねばねばも?」

「正解! はなまる大正解だよ!」

 

 

 本当はもっと詳しく説明したいという欲があるのだが、今は必要ないと自制する。

 私が今すべきことは細かい説明なんかではなく、料理の失敗においての対策……つまりリカバーの重要性。

 そして、それに興味を持たせるためのわかりやすくとっつきやすい説明なのだ。

 

 

「でんぷんは水と合わさることで、はじめてねばねばになるんだよ! お米も炊いてないときはねばねばじゃないよね?」

「た、たしかに……!」

「水を吸ってねばねばになる……つまり、シャバシャバのカレーから水分を奪って、さらにとろみをつけてくれる! それが、今ジャガイモを入れた理由だよ!」

 

 

 みんなの顔がいっきに明るくなる。頭の中で点と点がつながった……そんな様子だ。

 全員がカレー鍋の周囲に集まり、スバルちゃんのスペースが圧迫される。狭苦しい中でお玉を動かし続けるスバルちゃんの顔には……ちょっと複雑そうな表情があった。

 みんなの様子、そして自分の感情。折り合いをうまくつけれていない……そんな表情。

 

 

「スバルちゃん」

「な、なんですか?」

「楽しい?」

 

 

 我ながら人の心が無いことをしていると思う。

 だって、今のスバルちゃんには逃げ場が無いことを理解していながらこの質問をしているのだから。

 一瞬眉間にしわを作るほど激しい睨みを見せてきたが、それも一瞬。他の子たちの目を見て、小さくため息を吐く。小さな小さな笑みを浮かべて、スバルちゃんは言った。

 

 

「……ええ、悪くはありませんね」

 

 

 


 

 

 

 正直、悔しいと思った。

 あれほどまでに大人に利用されて失意していた子たちをあっさり懐柔し、あまつさえ笑顔すらも作り出してしまう彼女の手腕は、私には無い。嫉妬……そう言い換えてもいいかもしれない。

 そして、悔しいと思った理由はもう一つ。

 

 

 

「どうスバルちゃん? 美味しい?」

「どうですかスバル先輩! 美味しく作れてますか?」

「……えぇ、とっても美味しいですよ」

 

 

 施しだと罵ってすらいたはずの彼女のカレーを、あまりの美味しさにあっという間に間食してしまったからだ。

 なんと今食べてるのはおかわりだ。おかしい、手が止まらないっ……! 

 他の子たちも同様で、最早喋って口を動かすことが惜しいとすら感じているのだろう。黙々と、とにかくスプーンを口の中に運び続ける。何度も何度も何度もおかわりをして、今までの空腹すらも満たそうと腹にカレーとお米を詰め込んでいく。

 そう、私も同じなんです。

 

 

「よかった、スバルちゃんの口にも合ったみたいで」

「カレーなんて……はふはふ……嫌いな人いないですよ」

「私もそう思う。不思議とね、具合悪い時でもカレーの匂いを嗅ぐとカレーが食べたくなったりもする……それくらい、カレーは美味しいし、魅力があるんだ」

 

 

 彼女は私の横に腰かけて、まだ一杯目すらも食べ終えていない、そろそろ冷め始めたカレーが残るお皿を手に語る。

 それは、彼女がみんなとのお話を優先していたから……私には、そう見えた。

 

 

「カレーが嫌いな子はいない。だから、アリウスのみんなにはカレーを最初に食べさせてあげたかったんだ」

「……自分が食べたいんじゃなかったんですか?」

「それが口実だって言ったのスバルちゃんじゃん?」

「う……」

「ま、食べさせたいって思って、食べたいとも思った。順番は逆だけど、嘘じゃないよ」

 

 

 にししと笑う彼女。いじわるをしてきたり、すぐにケアしてきたり……何がしたいのかよくわからない。

 だけど、不思議と不愉快ではない。……いやちょっと不愉快。どうだ、まぁまぁ不愉快かもしれない? 

 わからないけど……嫌いではない。

 

 

「食べ終わったら、みんなにしてもらいたいことがあるんだけど」

「また施しの誤魔化しですか?」

「そう捻くれないの。今度はね──」

 

 

 何かを言おうとしたとき、彼女のポケットから音楽が流れ始めた。

 急いで取り出したのはスマホ。どうやら電話が来たようだが……彼女は画面を見つめたまま固まった。

 否。出るかどうかを悩んでいるのだ。

 

 

「出ないのですか?」

「あー……うん、今は出ない方がいいかなって」

「相手はどなたなんですか? 嫌いな相手とか?」

「まさか。スバルちゃんもよく知ってる人だよ」

「……まさか、スクワッドの」

「そ、サオリ」

 

 

 彼女は震えるスマホをそのままポケットに戻す。出るという選択肢を取らず、あくまで留守扱いにしたのだ。

 スマホの震えが収まったかと思えば、次はピロリピロリと通知音。モモトークでメッセージを送ってきているのだろう。彼女は、それすらも無視する。

 

 

「……どうして出なかったのですか?」

「サオリね、私がアリウスにいるって言ったら絶対に来るから。スバルちゃんは嫌でしょ?」

「……えぇ。今は、会いたくないですね」

「知ってた。だから、出なかった。後で『しばらく帰らない』って連絡は入れるけど、場所は教えないから安心して」

 

 

 皿に残っているカレーを一気にかき込んで、彼女は立ち上がる。

 未だカレーを次々に頬張っている子たちに向けて、次なる計画を彼女は語り始めた。

 

 

「みんな、食べ終わったらやってほしいことがあるんだ!」

「やってほしいこと……?」

「そ!もの探し、お願いしたいんだ!」

 

 

 彼女が語った計画……それは、私たちの拠点の改装計画だった。

 

 

 


 

 

 

「あ、リンちゃん! ごめんねー連絡遅くなって」

『いえ、どうでしたか?』

「アリウスから離れたくなさそう。だから、しばらくの間、私はこっちでみんなの面倒を見るよ」

『わかりまし……え、待ってください、あの環境で?』

「環境改善はしていく。だから、援助をお願いしたいんだ。貨物車とか、人手とか」

『……わかりました。要望があればすぐに用意します』

「うん、お願いねリンちゃん」

『いえ。彼女たちのこと、よろしく願いします』

「まかせて!」

 

 

「さて、サオリにはなんて言おうか……遠い場所で泊まり込みの仕事って言えば納得してくれるかな」




サオリチュキチュキでも仕事になるとドライになる、それが大人です
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