夢中で彼女を追いかけているとバスに乗り込むことになってしまった。
彼女は相変わらずイヤホンで周囲の音を遮断して自分の世界に入り込んでいる。
これだけを見れば「お昼休みを満喫している生徒」としか見えないだろう。
事実、ハルナの言葉を聞く直前、私はそう思っていた。
だけど、彼女が今向かっているのは便利屋68がいる場所。
彼女は自分の意志でテロリストであるハルナから情報を聞き出し、自らその場所へと赴こうとしている。
便利屋と自ら接触しようとする生徒が、果たして普通の生徒だろうか?
否であることは言わずもがな。
彼女が何者であり、何を目的にして動いているのか。
何かと彼女に相手されることの多い美食研ならば多少知っていると思ったが、顔見知りのはずのハルナですら首を振った。
今のところ、私の持っている伝手で彼女の行動原理の手がかりを得ることは難しいようだ。
委員の子たちもそれらしい情報を入手できていない。
手詰まり……そう思った所で、便利屋の名前。
怪しい、そう思うのは普通のことだろう。
今はエデン条約を直近に控えている。
万魔殿はそこまで関心があるかというと、ゼロではないがトリニティ側よりも関心がないのは確かだろう。
どちらかというと、風紀委員たちの方が当事者意識がある。
どうしてだ。
……そんな愚痴は今はいいとして、とにかく不穏な行動をしている者を嫌う節が今の風紀委員にはある。
今の彼女が他の風紀委員の目にどう映るか、火を見るよりも明らか。
金さえ払えばどんな依頼もこなすと掲げる便利屋すら大人しくしているこの時期に、彼女はひとり動いている。
昼休みに必ず姿を消す、それを周知させることで可能になる密会。
疑いたくはない……だけど、彼女の優秀さが疑いを加速させる。
彼女がバスを降りた。
バレないように追跡する。
本格的な調査が、必要になるかもしれない。
「……アコ行政官、どう思います?」
「正直、今すぐにでも捕らえて問いただすべきだと私は思います」
「でも証拠無いじゃん? どうやって拘束するのアコちゃん?」
「ええっと……職務放棄?」
「そもそもあの子がいなくなるのお昼休みだし。休んでない私たちがおかしいだけでしょ」
「う、うるさいですねイオリ! アイツを野放しにしてもいいんですか!?」
「よくは無いけど……どれだけ仕事振ってもすぐ終わらせるじゃんあの子」
「多分風紀委員の中では一番の事務処理能力を持ってますよ」
「チナツまで! ええい、こうなったら私が直接!」
「無茶だってアコちゃん!」
「っらーせー!」
元気の良い店員に迎えられお店の中へと入る。
彼女は数分前に既にお店へと入っており、私はタイミングをずらして今入ったところだ。
外からではわからなかったがお店の中は思ったよりも広く、彼女を探すのに素振りが必要だった程だ。
しかし彼女が見当たらない。
「カウンター席へどうぞォ!」
「……どうも」
言われるがまま座ったカウンター席。
声で気が付いたが、私の背後のテーブル席に彼女がいた。
(こんな近くに……向こうも変装しているわね)
彼女は風紀委員の服を脱いでYシャツ姿となっている。
風紀委員であるための装備を全て外している彼女を風紀委員と認識することはできないだろう。
しかし、便利屋メンバーはそのことを知っている様子だ。
「遅れて申し訳ありません」
「構わないわ。食事は先に頂いてるけれど」
「食べながらで構いませんよ。店員さん、私チャーハンのニンニク抜きで」
「……ニンニク抜きのチャーハンって美味しいの?」
「問題ありませんカヨコさん。この後も仕事があるので、あまり匂いを持ち帰りたくないだけなので」
「わ、私のラーメン、一口いりますか……?」
「ありがとうハルカさん。後で頂くよ」
「くふふ~。みんな優しくしてるけど、みーんな彼女の奢りなの忘れてない?」
彼女の奢り……? 便利屋に奢る? どういうこと?
聞こえてくる言葉一つ一つに首を傾げていると、目の前にいる店員が目に入る。
「お客さん、何にするか決まった?」
「えっ。え、えと……うーん……しょうゆラーメンで」
「麺の硬さは?」
「ふ、普通で」
「油の量は?」
「……少なめで」
「ニンニクは?」
「抜き」
「あいよぉ! オーダー入りましたァ!」
厨房に引っ込んでいく店員さんに軽くため息を吐く。
そういう系のお店だったかと、軽く後悔した。
この距離で私の声が少しでも届けば、私が変装してここにいることがばれてしまう。
恐る恐る後ろを覗くと、その心配は無さそうだった。
「こ、こらムツキ! ご飯粒残ってるわよ!」
「もー! アルちゃんお母さんみたい!」
「誰がお母さんよ! カヨコも、ちょっと残ってるじゃない!」
「このお店、量が多いんだよ……」
相変わらず便利屋は賑やかだ。
これで凶悪犯扱いされてるのだから、世間というのはわからないものだわ。
……と、聞き耳を立てていると、小声で彼女が話し始めた。
「本題、そろそろよろしいですか?」
「あらごめんなさい。ええ、いいわよ」
「では、以前頼んでいた資料は」
「こっちにあるよ」
「ありがとうございますカヨコさん。拝見させてもらいます」
鬼方カヨコ……便利屋の中では最年長だったか。
彼女がカバンの中から取り出したファイル、その中には何枚かの紙。
ペーパーレス化が進む現代で紙という情報媒体を取り扱うということがどういう意味を持つか。
それを知らない私ではない。
「なるほど。今先生はトリニティに泊まり込みの仕事を請け負っているのですか」
「らしいわ。なんでも、補習が必要な生徒につきっきりで勉強をするのだとか」
「あぁ……
「それ、どういう意味?」
「いえ、こちらのことです。期間は……」
「多分エデン条約が終わるまで。トリニティの首脳陣、ティータイム」
「ティーパーティーだよアルちゃん」
「……こほん。ティーパーティーの意図はわからないけど、先生の動きを拘束しようとしてるように見えるわ」
「ま、社長の憶測だけどね」
浅黄ムツキや鬼方カヨコが補足やツッコミを入れながら説明しているが、これは明らかにトリニティの情報。
それも公になっていない、エデン条約に向けての内容……だと思う。
しかもそこには先生の情報も入っている。
彼女が先生と面識が無いことは先生自身に確認済みだ。
であれば、何故彼女は先生の動向をも探っているのか。
「なるほど……今のところ、エデン条約を妨害しようとしている勢力は見られないですね」
「案外すんなりいくんじゃない? その後は知らないけど」
「トリニティだしね~!」
トリニティを何だと思っているのか……と言いたいが、彼女たちが生粋のゲヘナ嫌いなのは今更。
そのことを考えると、エデン条約を推し進めてきたティーパーティーの桐藤ナギサは何を考えているのだろうか。
と、そんなことを考えていると、鬼方カヨコが推測を語り始める。
「内部で謀反を働く可能性のある人たちを先生の監視下に置く……多分、そんな所じゃない?」
「自分もそう思います。ゲヘナ生はそこまでトリニティに関心持ってる人いませんし。となると、反旗を持ちたがるのは……」
「トリニティ自身……やっぱ、アナタ頭切れるね」
「カヨコさん程では無いですよ。では、報酬を」
切り替えが早い。
彼女、こういうのに慣れている。
手持ちのポーチを漁り、中から分厚い封筒を取り出す。
まさか、あれは……
「いつもの額です。またお世話になるかもしれませんので、その時は」
「任せて頂戴。便利屋68はお金さえ貰えばどんな依頼もこなすんだから」
「頼りにしてます。ハードボイルドな社長さん」
「ッ!!!」
「では、私はこれで。書類はいつも通り焼却してください」
「了解。気を付けて」
「皆さんもお気をつけて。特に……委員長には」
……コレ、バレてるんじゃないかしら。
それにしては私の方を一度も向かないし、便利屋のメンツも私の方に気を向ける様子はない。
彼女は便利屋の分も合わせた会計を済ませてお店を出て行った。
お昼休みの時間もそろそろ終わりに近づいている。
バスに乗って学園に向かえば丁度いい時間だろう。
「さて、大きな依頼も終わったし、私達も帰りましょう!」
「大金だねアルちゃん! これでしばらくご飯には困らないよ!」
「良かったね社長。太客なんだし、大切にしないと」
「そ、そうですね……やさしいし。風紀委員とは思えませんね」
「そうね! さ、彼女が会計を済ませてくれたし、さっさと帰りま──」
「デザートはいかが? このお店には美味しい杏仁豆腐があるの」
私は席を移り、先ほどまで彼女が座っていた席へと腰を下ろす。
全員が立ち上がるその瞬間を狙った行動。
当然、誰も動かない。
「……聞こえてないのかしら。デザートはいかが、って」
「……まさか、彼女が」
「私がここにいるのは彼女を追いかけていたから。あなたたちは、偶然ここにいた」
「……じゃあ、見逃してくれる?」
「教えなさい、彼女の事。そうしたら考えるわ」
全員諦めたのか、ほんの少し浮かせた腰を再び席に降ろす。
重い沈黙が流れる。
鬼方カヨコが机の下に隠れて資料である紙を丸めようとするのを、私は掴んで止める。
しまったと、顔に書かれている文字が表情になって滲む。
「……杏仁豆腐、5人前で」
「オーダー入りやしたァ! 杏仁5人前ェ!」
質問は既に、尋問へと変わっている。
方向性がわからんぞこの小説。