彼女に頼まれていた「もの探し」。
予想に反して多くの成果を持ち帰ることに成功したものの、披露するための相手である彼女は、その日帰ってくることはなかった。
いつまでも待つのは得策ではないと判断を下し、全員で眠りにつくことにした。
うつらうつらする思考の中におまわりさんの姿が浮かぶことはなく、脳裏によぎるのはいつももう一人の大人の女性。
マダム。
「全ては虚しいのです」
「はい、マダム」
「あなたたちは等しく虚しい存在。幸福を願うことも、望むことも許されない。最後まで、消えゆくその時までも虚しいあなたたちは、決して幸せになろうとすることを赦されない」
「はい……マダム」
「憎悪と嫌悪の中に生き、そして死ぬ。ただただ消費する魂に、幸せは無用」
「……はい……マダム」
「自らが幸せになれるなどと、思わないことです」
「……はい……マダ──
「スバルちゃん!」
大きな声に目を覚ます。止まっていた呼吸が急に再開するように、意識が夢の中から一気に引き揚げられた。
状態を起こす。魘されていたのか、肌には汗が滲んでいる。
落ち着かない心配は呼吸を急かしてきて、過呼吸とは言わずとも荒い呼吸が繰り返される。
「大丈夫、スバルちゃん?」
「……」
「魘されてたよ? 嫌な夢でも見ちゃった?」
私の額に布を当てられる。滲んでいた汗は拭きとられ、少し気持ち悪さが軽減された。
ぼやける視界の中、聞き覚えのある声は優しく私に問いかけた。
「起きれそう?」
「……はい、大丈夫です」
おまわりさん。マダムとは真逆の優しさを持った大人の女性。心配そうな顔で私を覗いて、額に手を当ててきた。
それが熱を測るためというのはわかる。しかし、まだ汗で湿っている肌だというのに、何のためらいもなく彼女は行動した。自分が汚れることなど、厭わないように。
「熱は無さそうだね。夢見が悪かっただけかな?」
「えぇ……心配をかけました」
「ううん、スバルちゃんに何もなくてよかった。皆朝ごはん食べてるから、スバルちゃんも食べよ?」
「……そうします」
差し伸べられた手を無意識のうちに取ってしまう。昨日の今日でもう絆されてしまったのかと、呆れる自分に笑いがこみ上げた。
不思議そうな顔を見せる彼女に「なんでもない」と告げ、昨日の残りのカレーが入っている鍋を囲って食事を取っているみんなの中に交ざる。
「あっ! おはようございますスバル先輩!」
「おはようございますマイアさん。それに、皆さんも」
朝からカレーを頬張る彼女たちに挨拶を交わし、私もお皿にお米をよそってカレーをかける。昨日よりもドロリとしたカレーに、朝から食欲をそそられる。
手を合わせて食べようとしたところに、マイアさんが待ったをかけた。
「スバル先輩! これを!」
「これは……卵?」
「エッグカレーだそうです! 朝は卵を食べなさいって、おまわりさんが」
「……ありがたく頂くとしましょう」
マイアさんから卵を受け取り、皿の端で叩いてからカレーの上で卵を割る。中から出てきたのは、見たことがない半生の白い物体。
「美味しいですよ、温泉卵!」
「おんせん……?」
「よくわかりませんが、美味しかったです!」
「そ、そうですか……」
白い物体をスプーンで刺してみると、中からは半熟くらいの黄身が現れる。とろりと垂れる黄身に、ごくりと唾を飲み込む。
カレーの上に乗った黄身、それをご飯と一緒に一すくい。スパイシーな香りに隠れそうで隠れない卵の存在感に、今すぐ寄越せと言わんばかりに舌が先行する。
焦らすようにスプーンを口に運び、口の中で混ぜ合わせて咀嚼。
電流走る。
(これ、は……ッ!? ただのカレーじゃ、ない!!!)
カレーのスパイシーさ。カレーのおいしさの原点と言えばここだろう。しかしどうだ。一日寝かせたことによって引き出されるうま味……これは温めるために再度煮込んだことによりにじみ出た具たちのうま味なのだろうか。わからないが、確実に美味しくなっている。
スパイシーさは少し丸くなり、まろやかなうま味へと姿を変えたカレー。そして、追撃と言わんばかりの卵の優しいさはまろやかさを加速させて、もはや別次元の食べ物へと昇華させている。
急いで食べることがもったいなく感じてしまうほどの美味しさ、しかしそれを舌が、脳が本能が許さない。
もう一口、もう一口と急かす思考は手を強制的に動かして、理性に反してカレーを口にかき込む。
あっという間に食べ終わってしまった。
「お、美味しかった……」
驚くほど素直に出てきた言葉に、ふと自我を取り戻す。
これ以上絆されるわけには……そんなことを思っていたはずが、隣のマイアさんの笑顔がそれを打ち消す。
「えへへ、美味しいですねスバル先輩!」
「……えぇ、とっても」
頬にカレーを付けたままにへらと笑うマイアさん。ふと思った。
こんなのも、悪くない。
笑顔で朝食にありつくみんなの姿を見守っている中、背後から声を掛けられた。
「みんな、二日目のカレーは美味しい?」
おまわりさん。手にはいくつもの封筒を持って、私たちの前に現れた。
彼女の言葉に首を縦に振るみなさんを見て笑うと、一人一人に封筒を渡し始める。これはなんだと中身を見てみると……
「……お金?」
少ないながらお金が入っていた。もしや、全員に渡している封筒すべてに入っているのだろうか。
渡し終わった彼女が言った言葉。信じられなかった。
「昨日の夜、みんなにもの探しを頼んだから、そのお駄賃だよ!」
「お駄賃……」
間違いなく子ども扱いしている言葉遣いに少し引っかかりを覚えたが、その理由はすぐに語られた。
「昨日のは『お願い』だったからね! 今日は皆に『依頼』をするよ!」
あくまで区別しているということか。彼女は昨日集めた材料たちを見て、何度か頷く。向き直って、私たちに言う。
先ほどまでの笑顔を一転、真面目な顔でこれからのことを語った。
「今日はこの場所の簡易リフォームを依頼したいんだ。材料は昨日集めて貰ったやつを使って、穴の開いた壁や割れた窓、凹んだ床とかの補修をしてほしい」
言うは易く行うは難しとは、まさにこのことだろう。
この建物はアリウスの中では珍しく、原型をかなり保っていて、しかもこの人数が余裕で生活できるくらいには広い。ゆえに、補修個所など数えればキリがない。それを、彼女はやれと言ってきた。
「何を無茶を。この建物がどれだけ広いか──」
「この建物じゃなくって。スバルちゃんたちが寝泊まりする場所……この大部屋だけをやってほしいんだ」
「……なるほど、それなら」
「それと」
なんとかなります、そう言い切る前にまたもや彼女が口をはさむ。どうやら私の言葉は遮られやすいみたいだ。
こうして彼女が発した言葉に、先に事情を説明されていた私以外の子たちは絶句することになった。
私も、まさか本当にやるのかと、言葉を失った。
「アリウスの外に物を取りに行ってほしい」
「らららラブちゃん♡ラブちゃんラブちゃん♡チュキチュキラブちゃんチュッチュ♡♡♡」
「過去一気持ち悪いわ」
「ラブちゃん!?」
夜中。人気のないトリニティのある場所に呼び出されたかと思えば、いつも通り気持ち悪いアイツがいた。いつも通りが気持ち悪いのは大問題な気がする。
日をまたいで間もない頃に呼び出してきたってことは、それなりな事情があるはず。
ぬるくなってきたココアを片手に、少し疲れた様子のアイツを問いただす。
「で? 今回はあたしに何してほしいわけ?」
「ごめんねラブちゃん~! また今度、ご飯連れてくから許してぇ……」
「許すかどうかは内容次第。さ、話してみなさい」
「うん……実はね」
ぽつりぽつりと語り出す。
アイツが今、アリウス自治区の復興のためにそこへ赴いていることを。あまりにも酷い環境にも関わらず、そこに住まう生徒たちに無闇に施しをするわけにはいかず、言葉選びから行動までもを含むアイツの動き一つ一つに大きな制限が課せられていることを。
それと、アリウスの生徒たちがアリウスの外に対して抵抗を持っているということを。
トリニティが対外的に『エデン条約の件でアリウスは悪くない』って発信しているのは知っているけど、実情としてアリウスがやってしまったことは変えられない。過去は変えられない。
ミサイル4発もぶち込めば、そりゃ印象はどうあがいても最悪になるだろう。
「彼女たちは責められるべきじゃないんだ……でも、外に出るのはそのリスクを背負うってことになるし……」
「なるほどね……じゃ、要はアリウスってわからなければいいわけね?」
「それができれば……え、ラブちゃん何か案でもあるの?」
「まったく、そういうのには慣れてるわよ」
カバンから取り出す。予備用のもの。
何かあったときのために持ち歩いてるのだが、こんなことで使うことになるとは。
「あんたたちも、ヘルメット被るのよ!」
ヘルメット団カモフラージュ作戦、我ながら最高なネーミングね。
ラブちゃんチュキチュキ