風紀委員モブの昼休み   作:ふゆうさぎ

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サオリの勘づき

 夜明けに控えている任務。

 私たちは標的に気づかれないように、全員で周囲の警戒をしながら徒歩で目的地へと向かっていた。

 暗闇は私たちの来ている正実の制服を景色の一つへと隠し、闊歩する私たちに気づく人間はいない。

 もう少しで日が昇る。その時間帯が標的たちが動き出す時間だそうだ。

 私たちは木の陰に隠れ、その服の迷彩を存分に生かしながら、標的が動き出すのを待っていた。

 

 イチカが突入し、標的たちを攪乱する。そして、私たちが逃亡する標的を一人残らず逮捕する……そういう任務だった。

 そうなるように計画していたんだ……だが。

 

 

「さ、サオリ! ちょっと来てくださいっす!」

 

 

 イチカの叫び声に、私たちは影から飛び出してイチカと合流する。

 不良たちがたむろしているスーパーマーケットの正面入り口。激しい銃撃戦の痕が残るこの場所にいたのは、イチカだけではなかった。

 縄で幾重にも縛られた不良たち。顔には痛々しい痣がいくつか残っており、周囲の状況も相まって激しい戦闘が繰り広げられていたことを物語っている。

 武器は全てバラバラに分解された状態で放置されており、戦闘中にやられたのか、はたまた完全な無力化を図って行われた行為なのか……そこまでは読み取ることができない。

 しかし、何者かによってこれがされたのは間違いない。

 

 

「こんなこと……一体誰が」

「もしかしたら不良同士の喧嘩だったり? どう思うっすかサオリ?」

「……わからない。ただ、ここまで徹底的に銃を分解している様子を見るに、一般人よりも深く銃に触れている人間の仕業だろう」

「同意見っす。ただのチンピラならここまでしないっす。無力化なら、銃を壊してしまえばいい話っすからね」

 

 

 イチカの言葉に頷く。その通りで、普通に無力化をするならば銃を破壊するのが一番手っ取り早い。しかし、そうしなかった。

 そこに何か意味があるのか……想像もつかない。

 しかし、任務は既に終了したと言っても過言ではない。誰がこれをやったのかは、不良たちに聞けばいい。そう思って、こいつらをどう輸送するかを話し合おうとした、その時。

 

 

「ぅ……ぅう」

「あ、一人起きたっぽいっすね」

 

 

 一人が苦しそうに呻きながら意識を取り戻す。自分が縛られていることは自覚しているのか、私たちの姿を認識するまでモゾモゾと動く。そのたびに呻きを上げていたから、全身にダメージがあるのかもしれない。

 やがて意識が覚醒してきたのか、目の前にいる私たちの姿を認識する。そして、号泣。

 

 

「やめ、やめてくださいまし! もういじめないでくださいぃっ!」

「ちょ、ちょっと落ち着くっすよ! サオリ、縄を!」

「わかった!」

 

 

 嫌だ嫌だと動かせる首だけを振り回す。完全に錯乱状態に陥っている彼女を落ち着かせるために縄を解く。物理的な緊張状態が弛緩したおかげか、正気に戻るまではそう時間はいらなかった。

 他の不良たちも同じように縄を解き、一人ひとり丁寧に拘束していく。誰も反抗してこなかったことを見るに、相当な仕打ちを受けたうえで縛られていたのだろう。私たちのやっていることが、マシに思えるほどに。

 

 

「一つ聞かせてください。誰にやられたんすか?」

 

 

 イチカの声で肩が跳ねる。震える声で、ぽつりぽつりと語る彼女の言葉には、あまりにも思い当たる節があった。

 

 

「盾を……盾と棒を持った女の人が……先頭きって私たちに来て……」

「盾と、棒……? 銃は?」

「持ってなかった……大人の、女の人……」

「その人だけで、これを?」

 

 

 首を横に振る。思い出したくもない、そんな声色。

 彼女が口に出した言葉は、かつて私がいた場所の兵士の標準装備。

 何故こんな場所に、しかも、何故彼女と……おまわりさんと一緒にいるのか、理解できなかった。

 

 

「髑髏の腕章と、ガスマスクを着けた連中……それを、大人の女の人が指揮してた……」

「髑髏の、腕章……!? サオリ、それって!」

「あぁ、間違いない……!」

 

 

 

「アリウスの生徒だ……!」

 

 

 


 

 

 

 部屋に充満するから揚げの匂いが鼻孔をくすぐる。

 小さな調理室。買い物を終え、例の不良集団を簀巻きにして帰路に着いた際に連絡して、先んじて用意してもらった部屋だ。

 私たちよりも先にアリウス地区に戻ってきていたスバルちゃんたちが作ったこの部屋はアリウスの中でもかなり綺麗であり、皆が食事に重きを置き始めたことが目に見えてわかった。

 買ってきたばかりの天ぷら鍋に油を注ぎ、唐揚げ粉にまぶした鶏肉を一つずつ入れていく。私が一度見本を見せて、後は任せるだけ。皆、勉強熱心だ。私の盾を使って跳ねる油から身を守っている。後の私のことを考えてくれ。

 

 こういうことは本来、先生の役目なのだが……アリウスというこの場においては、私の方が適任なのかもしれない。

 教え導くなんてなことは私にはできない。見せて、真似させて、できるようになるまで一緒にいる。悪いことをした人が正しい道に戻るまで隣にいるように、できるようになるまで生徒たちの隣に立ち続ける。

 人に何かを教えられるほど、私は立派な人間ではないから。

 

 

「お、おまわりさんの盾があってよかった……!」

「お鍋の蓋じゃ守れるものも守れないもんね……」

「美味しいから揚げ作れれば皆喜んでくれるかな?」

「当然でしょ! 私たちが選んだんだから……あ、言っちゃいけないんだっけ?」

「食べたこと以外はいいんじゃない?」

「口滑らせないようにしないと……」

 

 

 跳ねる油にキャッキャしながら料理を楽しむ子たち。いくつか焦がした唐揚げを生成しつつも、徐々にちゃんとしたものを揚げられるようになってきた。

 最初の物よりも鮮やかなこげ茶色。香りも良く、今すぐにでも白米が欲しくなる。そんな思いを抑えつつ、私は調理室を後にする。後は任せても大丈夫そうだから。

 

 少し離れた部屋。ここもまた綺麗に清掃された部屋で、そこにはドラム缶が二つ並んでいる。レンガを積み重ねた上に置かれたドラム缶の中には水が貯められており、下には薪がくべられている。そこに息を吹き込んでいるのは、スバルちゃんとマイアちゃん。

 

 

「お疲れ様二人とも。どう、お湯わかせそう?」

 

 

 額の汗をぬぐって顔を上げるスバルちゃん。煤が頬についている。

 

 

「なんとか、ですね。拾った薪がこんなところで役立つとは思いませんでした」

「よかった。皆には温かいお風呂に入ってほしかったから」

「お湯に浸かる……夢のようです。こんな贅沢に水を使っていいものか」

「カタコンベの湧き水だし気にすることないよ。ある程度浄水したとはいえ、飲めない水だしさ」

「それでもです。私たちにとって水は貴重でしたから。あの小さな機械があれば、カタコンベの水をたくさん使えるようになるなんて……思いもしませんでした」

 

 

 少しだけ頬を緩めるスバルちゃん。隣を見れば、必死に息を吹き込むマイアちゃんの姿。汗を垂らすことなど厭わないと言わんばかりの懸命さに、スバルちゃんと顔を見合わせる。

 自分たちの生活。それを必死に自分たちで良くしようと努力している。その姿が、あまりにも健気だ。

 だからこそ、微笑ましい。

 

 

「最初、あなたが来たときは、こんな風になるとは思いませんでいた」

 

 

 スバルちゃんが私の方へ振り向く。背後のドラム缶の下で揺れる火が、スバルちゃんの顔全体を暗くする。

 

 

「私たちは私たちのやり方で生きていく、そう決意していました。だから、私たちを無理やり変えようとしてくると思って、あなたを拒否していました」

「……うん」

「……ごめんなさい」

 

 

 突然の謝罪。隣にいるマイアちゃんが驚いて手を止めてしまうほど。

 立ったまま喋るわけにはいかないと、私はスバルちゃんと同じ目線になるように膝をつく。少しだけ俯くスバルちゃんの頬を撫でて、煤を取る。

 そして、指で頬を上げる。

 

 

「笑って、スバルちゃん!」

「ふぁ、ふぁい……?」

「謝罪なんていらない。私が好き勝手やってるのは事実だし……もし私の行為が皆に良い変化をもたらしたなら、それは皆が受け入れてくれたからに他ならない」

「……」

「皆の中にあるほんのちょっとの『アリウスを良くしたい』って思う気持ちが、皆自身を変えたの。そしてここを変えたの。最初のカレーを受け入れてくれたから、今の皆がある。だから、スバルちゃんが謝罪する必要はないんだよ」

 

 

 むにむにとスバルちゃんの頬を触れる。マイアちゃんがなんか羨ましそうな顔をしているが、一旦スルーする。

 笑ってほしいと思っていたけど、スバルちゃんの表情は少しだけ違った。指を離しても、口角は少しも上がっていない。

 私は先生のように生徒の求めていることが、言葉がわかるわけではない。そんな器用でもない。

 だから、私は私のやり方で。

 あの時の、サオリと同じように。

 

 

「スバルちゃん」

「……?」

 

 

 スバルちゃんをぎゅっと抱きしめる。なんとなく、こうした方がいいと思ったから。

 

 

「な、なんですか! いきなり──」

「頑張ったね、スバルちゃん」

 

 

 頭をなでる。数秒、数十秒と時間が経過して……やがて、スバルちゃんが小さな小さな言葉を零した。

 密着していないとわからない程小さな肩の揺れ。乱れる息で必死に絞った、たった一つの言葉。

 

 

「……うん」

 

 

 決して私を抱き返したりしない。ただ抱かれるがまま、身を委ねてくれている。

 アリウスの中で最年長。そして、ここに残り続けている子たちを見守る保護者であったスバルちゃん。

 その重荷は、スバルちゃんが背負うべきものでは無い。大人が背負うべきものなのだ。

 

 

「スバルちゃんが頑張りすぎなくてよくなるまで、私はここにいるから」

「……いいのですか、そんなに長く居ても」

「子供たちの心の中の『助けて』に応えるために私はいるんだよ。だから、大丈夫」

「いえ、そうじゃなくって。他の仕事とか……」

「……」

「……いいのですか?」

「の、ノーコメントで」

 

 

 なんてことを言うんだこの子は。今もなお溜まり続けているお仕事のことなんか考えないようにしていたのに。

 流石に何日も開ければ私でも苦労する量になることは予想に難くない。先生と違って手伝ってくれる人はいないし、更に言うと外回りの仕事が大半だから、デスクワークがいくら早くても時間的に無理があるというもの。

 せめてデスクワークだけでもここに持ってこれれば……持ってこれれば? 

 

 

「スバルちゃん!」

「な、なんですか急に?」

「一緒に外に来てほしい!」

「……は?」

「私の仕事、ここに持ってくるのを手伝ってほしいんだ!」

「……は!?」

 

 

 ふと思いついた。仕事をアリウスに持ち込んで、デスクワークをしながら皆を見守れれば完璧ではないか。かんぺき~な作戦である。私一人じゃここに持ってこれないという点に目をつぶればよぉ~! 

 だがその目をつぶらないといけない部分も、スバルちゃんに手伝ってもらえれば解決できる! 

 

 

「昨日の夜からずっと動きっぱなしだから、このあとご飯食べて、お風呂入って、昼間は休んで……今日の夜、シャーレ警察に行くよ!」

「そんな急に……!」

「お駄賃弾むから……ね?」

「くぅ……っ! い、行きます!」

 

 

 こちらシャーレ警察アリウス地区派出所、はじまるよ! 

 

 

 

「……スバル先輩の泣くところ……なんか、見ちゃいけない物を見た気がする……!」

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