理由はあとがきで。
彼女と共にシャーレに仕事を取りに行って早一週間。
新しい設備のある生活にも慣れ始め、さらなる快適を求めて各部屋の改装を進めている最近。
私たちの生活が安定するにつれて、彼女のアリウス滞在時間が短くなっていることに気が付いた。
「あれ、今日もおまわりさんいないんですか?」
「ゲヘナに行っているそうです。なんでも、指名手配犯の潜伏場所が見つかったとか」
「大人の人は大変なんですね……スバル先輩も、最近はバイト沢山してますよね?」
「ええ。どうしたらアリウスをより快適にできるか。その方向性が知れたので、後は資金面の問題を解決できれば今よりも快適に……ずっとアリウスで過ごせるようになりますので」
「スバル先輩……うれしいですけど、無理はしないでくださいね」
「ふふ、心配ありがとうございます」
マイアさんと共に顔を洗い、彼女が用意してくれた基礎化粧品で軽くスキンケアを済ませ、皆が集まる食堂部屋に足を運ぶ。
そこには今日の朝食当番の子が忙しなく動き回っており、他の子はパジャマ姿のまま寛いでいる。かく言う私もマイアさんもパジャマのままだ。
皆で机を囲んで朝食を摂る。そんなことが当たり前になってきた目の前の光景に、自然と口角が上がる。
冷たい空気は温かい物へ。静寂は賑わいに。
アリウスは、確かに良い方向へ進んでいる。
最近私はアリウスの外へ、ブラックマーケットに頻繁に出入りしている。それは仕事をするため。
マイアさんとの会話では「アルバイト」という言葉を使っていたが、当然アルバイトなどと安易な表現をできるモノでは無い。そう称しているだけの「危険な仕事」だ。
その内容はアリウスで学んだことを存分に発揮できる「アイツを消してほしい」という依頼に応えるだけの、私たちにとっては造作もない内容。
彼女が聞いたらすぐに辞めるように言ってくるだろうが、今のところ、これが一番の稼ぎ頭なのは間違いない。
「今日の朝食は……卵かけご飯ですか」
「おまわりさんの言いつけで『朝は卵を食べるべし』を守ってますので。でも普通の卵かけご飯だと飽きちゃうので、スバル先輩がアルバイトで頑張れるようにアレンジしようって話してたんです!」
「アレンジ? 何か入れたのですか?」
「えへへ……完成してからのお楽しみです!」
事前に当番の子たちと話し合っていたのだろう。私にだけ内緒にして食で楽しませようとするマイアさんたちの健気さに、ありがたさを感じる。
確かにマイアさんたちと「支えあって生きている」という実感を得られるから。
少し前までは、私が頑張って皆を守らなければ、巣を守らねばと意気込んで疲労感を隠す日々を送っていたが、今ではお互いがお互いのためになることを努力している。
お互いに死なないようにするための努力ではない、お互いが楽に、少しでも楽しく生きていくための努力。きっと、心の余裕ができたからこそできるようになったのだろう。
いつ訪れるかわからない死に怯え、飢え、渇きに嘆く日々が終わったからから──今のアリウスは、良い方向に向かっているのだろう。
「できました! スバル先輩専用特製卵かけご飯です!」
「私専用?」
「はい! まだアルバイトできない私たちの代わりに、たった一人で頑張ってるスバル先輩のために作りました!」
「……嬉しいですね、ありがとうございま──」
私の前に置かれたトレー。そこに乗っているのは一風変わった卵かけご飯。それと、かきたまスープと牛乳。
眼前で燦然と輝く朝食たちに、私は言葉を失った。
何故……何故、卵かけご飯にサラダチキンが入っているのですか!? それにこのスープは一体!? 朝から贅沢すぎませんか?
少しだけ焦げ目がついてるからおそらく炒めたのだろう。何で炒めたのか? 香り的に、おそらくごま油。
鼻腔をくすぐられるいい香りに、思わず涎が垂れそうになってしまう。
「卵かけご飯に、ごま油で炒めたサラダチキンを細かくちぎってたくさん入れました! 朝からタンパク質豊富なご飯です!」
「かきたまスープにはネギも入れたので、朝から元気が出るはずですよ!」
「それと牛乳です! ネギはスープ作るときに茹でてるので大丈夫ですけど、ごま油は匂いが強いので……食べながら飲んでくださいね!」
栄養のことから匂いのことまで……ここまで想ってもらえる私は幸せ者ですね。
涙をホロリさせながら食べる卵かけご飯は最高に美味しく、しかし朝には少しだけ重かったかもしれないなんて口が裂けても言えなかった。
賑やかな朝食を終えて、私は皆に見送られながら仕事へと向かった。
いつもと変わらない仕事。相手に銃を突き付けて命乞いをさせて、今後の金蔓として機能するように痛めつけて依頼人に突き出す。
アリウス流と同じようなことをするだけの簡単なお仕事。いつしか手が赤く染まるのも、気にならなくなっていた。
仕事を終えてアリウスに戻ってきたのは時計の針が12を過ぎる頃。当然、夜のだ。
依頼が重なってしまったせいでブラックマーケット内を端から端まで走り回ることとなってしまったが、その分懐も潤った。
皆さんがちゃんと寝ているかの確認を済ませてから、この疲れ果てて重くなった身体を癒そうとお風呂場へ直行。
バスタオルと下着とパジャマを抱えて脱衣所に向かって歩くと、何故か明かりがついていた。
最後の人が消し忘れたのだろうか、そんなことを考えて扉を開けると、人影。
「あれ、スバルちゃん?」
そこにいたのは、おまわりさんだった。
「こんばんは。あなたもこれからお風呂ですか?」
「うん。たった今沸かし終わったところだよ」
頬に少しだけ煤を付けた彼女が笑う。足元には、ラベルが貼ったままの薪。おそらく、買ってきたばかりの新品。
彼女の向こう側を見ると、ドラム缶の足元で元気に燃えている薪があった。燃え方が私たちの物よりも激しいのを見るに、自前で買ってきたのを使ったのだろう。
私たちの備品を使わないようにするために、余った薪を私たちに使わせるために。
「スバルちゃんはバイト終わり? 随分遅くまで頑張ったんだね」
「依頼がダブルブッキングしてしまって。時間をズラしてなんとか両方こなせましたが……身体は堪えましたね」
「そっか、お疲れさまだね」
服を脱ぎながら労いの言葉を投げてくる彼女。分厚い青い制服を脱ぐと同時に香ってくる彼女の匂い。
マイアさんたちとは違う、ほんの少しだけ甘さのある香り。汗の匂いと混じったそれは、どことなく安心感を覚える匂いだ。
「臭くてごめんね。この歳になると体臭キツくなってきちゃって」
「いえ、全然臭くなんてないので大丈夫ですよ」
「そう? ならいいけど……体臭ケア、もっとちゃんとしないとなぁ……制服すごく蒸れちゃって」
「その制服、結構厚いですもんね……もっと薄いの使えばいいんじゃないですか?」
「私簡単に死んじゃうから手放せないんだ……ほんとは薄着したいんだけどね」
風紀委員だった時の方が戦いが楽だったとぼやきながら、彼女は服を全て脱いで生まれたままの姿になる。
私も彼女に倣って服を脱いで、共に風呂場へと足を踏み入れる。二つあるうちの一つだけが沸いている。必然的に、私は彼女と同じ湯船に同時に浸かることになる。
「一緒でもいい?」
「ええ、大丈夫です。お湯が溢れるのはもったいないので、先に身体を洗ってしまいましょう」
「だねー。洗いっこする?」
「……お願いします」
「ふふ、任せなさい!」
湯船のお湯を使っての洗いっこ。泡立てたシャンプーでお互いの身体の隅々まで汗や汚れを落とし流し、二人で湯船につかる。
使いすぎたかと思ったが、結局溢れてしまった。勿体ない、そう思わないでもなかったが、見ているのが彼女だけだったこともあって言わないことにした。
彼女なら「気にしなくても大丈夫」と必ず言うだろうから。
「ふぃー、生き返るわぁ」
「同感です。疲れた体に沁みます……頑張った甲斐があったというものです」
「スバルちゃんの仕事、やっぱキツい? 態々人を追い詰めて痛めつけるのだって楽じゃないでしょ?」
「そうですね、そう教育されていたおかげで良心が痛むことはありませんが、やはり肉体の方は……──え?」
極楽と仰いでいた顔を彼女に向ける。極楽から一気に地獄へ突き落されたように、全身が一気に冷えていく。
何故彼女がそれを……そんなことを思っていたのに彼女はどこ吹く風どころか、関心すらないように目を閉じて天井を仰いでいた。
何がどういうことなのかと問い詰めると、彼女が眠たそうにふわふわした声色で答える。湯船で寝ようとするんじゃない。
「情報は色々持ってるからね。今日は万魔殿に行ってきたついでにサツキちゃん……情報部からいろいろ教えてもらってさ。そこでスバルちゃんがそういう仕事してるって知ったんだ」
「……怒らないのですか?」
「怒らないよ。だって、今スバルちゃんができる仕事はそれだけなんでしょ?」
「それはそうですけど……おまわりさん的にはよくないのでは?」
「私は代替案をスバルちゃんに提示できない。それだけだよ」
「……現実的なんですね」
「理想と現実を綯い交ぜにするのは時と場合を考えて。今は、しない時」
ドラム缶から腕だけ出して背中を伸ばす彼女。ポキポキ鳴る背中に「ゔぇ~」と変な声を出している姿が無性におかしく感じてしまう。
これだけ真面目な話をしているというのに、彼女は変わらずリラックスした表情を崩さない……否、崩そうとしていないのだろう。
「……いつか、普通のバイトもできるでしょうか?」
ふと零れた言葉。今の自分では想像もつかないような姿を思い浮かべた刹那、浮かんでしまった言葉は飲み込む暇も与えてくれなかった。
恥ずかしい、そんなこと叶うはずもないのに。俯いて、水面に映る歪む自分を見つめる。
そこに未来の自分が、理想の自分がいるわけでもないのに。
しばらくの沈黙。ため息が零れそうになった時に、彼女が口を開いた。
「できるよ。今すぐじゃなくても、必ず」
顔を上げる。
いつの間にか私の方へ向けられていた顔が瞳が、まっすぐ私を見つめていた。
「それは大人の私が保証する」
「……本当ですか?」
「だって変われたじゃん? それは、他のことだって変えられる証拠」
湯船の中。彼女が私の手を握る。
「だから、スバルちゃんはスバルちゃんの歩幅で変わっていけばいい」
「私の……歩幅」
「そっ。だから無理強いもしない。だけど、いつか変われるときは必ず来るから」
いつもに増して優しい笑顔が、私に微笑んだ。
「……その時が来るまで、見ていてくれますか?」
「もちろん。放置なんかしてやらないんだから!」
「じゃあ……」
彼女の手を握り返す。
「よろしくおねがいしますね、おまわりさん」
できるだけの笑顔を、私も浮かべることにした。
ごめんなさいメンタルやらかしました。
やるべきこととやりたいことを混同させて優先順位を見誤った挙句、全部をやるべきことと判定して全力で当たってたら体力が切れて、気力が切れて、体調崩し始めて、メンタル崩し始めて、全部ができなくなりかけました。
体と心が悲鳴上げてるみたいで、普通に歩くのにも足が覚束なくなってしまったし、食も細くなっちゃってる状態に陥ってまして…
休み休みい書いてはいますが、回復するまでは今までと比べて更新頻度落ちると思います。
週一以上の頻度は維持したいですが、あまり期待はしないでください…
よろしくお願いします…