「皆、準備はいいか」
アリウスの装備を全て身に纏い、ある程度の食糧や日用品を詰め込んだカバンを背負う。
握っている銃たちの手入れも事前に済ませてあり、いつ、どこであっても即座に臨戦態勢になれる状態。
私たちはこれから、アリウスに向かう。
ここはティーパーティーのテラス。
厳かな空間の中、一人キャンプ椅子に座ってカップ麺を啜るミカが言った。
「久しぶりに見るね、サオリ達のその姿」
「ミカ……その、随分庶民的になったな?」
「ゲヘナで暮らしてたからね。悪くないよゲヘナ、美味しい物がいっぱいだし」
「彼女も同じことを言っていたな。メーテル次郎だったか、格安で美味いと聞いたぞ」
「あーあそこね。お店がギトギトしてる以外はコスパ最高だよ」
「いつか彼女と行きたいものだ。だが、今はこっちが優先だ」
ミカの姿を見て頭を抱えるナギサ。私たちの視線に気づいて、姿勢を表情を正す。
あの後、ティーパーティーの面子だけでなくシスターフッド、救護騎士団のリーダーであるところのサクラコとミネを交えて「アリウスの今後」についての話を繰り広げた。こういう件は当然一朝一夕にはいかないもので、気づけば協議だけで一週間が経ってしまっていた。
方針が決まるまでの間、私たちはアリウスに赴くことが確定していたことも踏まえ、各々が部活に休部届を出して訓練に励んでいた。
アツコはアリウス代表として協議に出席していたため訓練に顔を出すことは少なかったが、その穴を埋めるためにも心強い仲間がアリウス出向に志願してくれた。
「サオリ、私の準備は万端だ」
「あぁ。改めて来てくれてありがとう、アズサ」
そう、来てくれた仲間というのはアズサ。
かつてのアリウススクワッドの一員であり、アリウスとトリニティを繋ぐ希望としてトリニティに送り出し、エデン条約で一度は敵対したものの、全てが片付いた後に再び同じ関係に戻ることができた私たちの家族。
エデン条約直後はどうしてもギクシャクしてしまい、会話どころか目を合わせることもできなかったが、例の彼女に泣きついた日から再び会って話すようになった。
アズサは普段は補習授業部の一員として日中は活動しているためそう頻繁に会うことは無いのだが、こうして元の関係に戻れたこともあってか、放課後や休日は同じ時間を過ごすことが多い。
「補習授業の面子には話してきたのか?」
「うん。ちゃんと話してきた。無事に帰ってきてって言われた」
「そうか……抵抗は、無いか?」
「……少しだけ、あるかもしれない」
私の言葉に、アズサはそう言って目を閉じる。
瞼の裏に浮かべているであろうアリウスという私たちの故郷は、全員が口をそろえて地獄と評するに値する場所だ。私たちよりも長くトリニティにいるアズサには抵抗があるかもしれない……そんなことを思っていたのは、私だけだったようだ。
「だけど、それがアリウスを放っておく理由にはならない」
「……そうだな」
どうやら私は心配性のようだ。アズサのまっすぐな瞳を見て、少し安心する。
アズサはアツコたちよりも先に私の手を離れていった。あの時はそれを「裏切り」と見なして憎しみの視線でしか見れなかったが、こうして改めて共に過ごすようになって気づいた。
私たちよりも、ずっとずっと成長していることに。
「どうやら心配は無用だったようだな」
「いや、そんなことはない」
お節介だったと声に出して言えば、アズサの口から反射的に出てきたのは否定。
「抵抗も少しはあるし、不安だってある……だから」
「……あぁ。だから、一緒に行くんだ。私たち『全員』でな」
「うん……! 行こう、アリウスに!」
アズサが銃を抱えなおす。意気軒昂な様子に、私たちも拳に力が入る。
これから向かうべき場所に必要なのは「力」。先生は極力避けたいと言っていたが、確実に避けることができない武力衝突。
「アリウス流」。ファーストコンタクトで発生するであろう、私たちを受け入れさせるための戦闘。
今のアリウスを率いているのはスバル。アイツに勝つための体力は、十分だ。
「皆さん、準備はよろしいでしょうか?」
「うん。大丈夫だよナギサさん」
「アツコさん……アリウスのことを、頼みます」
「任せて。アリウス分派代表として……ううん、アリウス分校生徒会長として、必ず」
幾ばくかの笑顔を取り戻したナギサに、三日月のような笑みを見せて身をひるがえす。重厚な扉のこちら側、トリニティのティーパーティーという大きな庇護から離れて、私たちは戦いに行く。
誰からの支援も、誰からの応援も得ることのない、私たちだけの戦い。
アリウスを救うための戦い。
「サッちゃん」
「どうしたアツコ?」
「私たちにできるかな。アリウスに外の世界みたいな普通を作ることが」
歩きながら目を合わせる。ナギサに対して見せた笑顔は鳴りを潜め、気丈に振舞っていた瞳は揺れている。
過ぎていく外の景色を、天井の模様を、人の流れを見て、私は「そうだな」と言葉を繋いだ。
こんなにも世界は目まぐるしく変わっていく。でもきっと、それは後にも先にも変わらずにあるもの。変わらずにあり続けるもの。
見たこともなかったこの青空が、ずっとずっとそこにあったように。
「できるさ。アリウスにも、ずっとあったはずだからな」
「……?」
よくわからないと首を傾げるアツコ。意図の紡がれない私の言葉にハテナを浮かべるのは当然だろう。
そんなアツコの手を握って、前を向く。
「取り戻そう、私たちの普通を」
あの日、ブラックマーケットで私たちに「学生」を取り戻そうとしてくれた、彼女のように。
学生らしく……そんな、年相応な私たちに、アリウスになるためにも。
「うげ、切らしてるじゃん……」
シャーレ警察アリウス派出所と書かれた看板が立てかけられている彼女の仕事部屋。彼女の傍らで「ゲヘナ学習用BD」を閲覧していると、彼女がしかめっ面を浮かべてうめき声を上げた。
何事かと視線を向けると、何度も何度もペンの頭をノックしている彼女。どうやら芯が切れてしまったようだ。
机の中を漁って予備のケースを取り出すも、音の一つも鳴らないそれに中身があるとは思えない。祈るようにふたを開けて逆さまにするが、落ちてきたのは指先にも満たない折れた芯だけ。ため息を吐きながら項垂れる彼女は、唸りながら立ち上がった。
「ごめんスバルちゃん。買い出しに行ってくるね」
今日一日、アリウスに引きこもって書類仕事をしようと画策していた彼女は上下スウェット姿。そのまま外に行くわけにもいかないと私の目の前で着替えを始めた。
真っ青なパジャマを机に放って、下着姿のまま壊れかけのタンスを開けて着替えを取り出す。スキニーパンツにスウェット、そしてその上から重ね着するためのカーディガン。
彼女の私服姿も、もう見慣れた。
「今日は制服じゃないんですね」
「ん、仕事で外に行くわけじゃないし。今日はオフの日なのよ~」
「仕事しているのに?」
「リモートワークってやつ。自室で仕事してるのに制服なんか着たくないよ、動きにくいし」
あと蒸れるんだよねーと着替え終わった彼女は小さなカバンを提げて手を振った。
「ちょっと出てくるね。お昼前には帰ってこれるようにするから」
「わかりました。何かあったらすぐに連絡します」
「りょーかい! あ、何か食べたいものとかある? 材料買ってくるけど」
「えっと……乾麺パスタをお願いできますか? マイアさんが食べてみたいと言っていたので」
「おっけー。何味のソースがいいとか聞いてる?」
「確かカルボナーラのページを見ていたので……それでいいかと」
「カルボナーラね、じゃあ卵も買ってこないとだね。それじゃ、行ってくるねスバルちゃん」
「お気をつけて」
彼女が扉の向こうに姿を消す。足音すらも遠くなって建物から出ていったのを見送って、私はモニターの電源を切ってBD教材をしまう。部屋から出て向かうは、既に訓練を始めているマイアさんたちの場所。
射撃訓練場。
特に新しい設備などなく、清掃されて綺麗になっただけのこの場所。
ほとんどの子たちが紙の標的に向かってサイトを合わせている中、マイアさん含める数人が銃弾の組み立てを行っていた。
「お疲れ様ですマイアさん。弾の制作は順調ですか?」
「スバル先輩! いっぱいできました!」
「ふふ、ありがとうございます。完成済みの弾丸は私たちのお財布には痛手ですから、非常に助かります」
「えへへ、これでしばらくは困りませんね!」
「えぇ。ご褒美に、今日のお昼はパスタにしましょう」
私の言葉に目を輝かせるマイアさんに、他の子たちの目も釣られて輝きだす。パスタを食べかがっていたのはマイアさんだけではない。
射撃の音に負けず劣らない声量でパスタパスタと叫ぶ子たちに集中力が切れたのだろう。訓練中の子たちも中断してこちらに寄って来る。こうなってしまえばもう訓練には戻れないと、潔く休憩を言い渡す。
「パスタ……パスタ……えへへ、楽しみですね!」
「茹ですぎないように注意しないとね!」
「私硬めの麺がいい!」
「カルボナーラって柔い麺の方が合うんだって!」
「うそ、じゃあ柔い方がいい……?」
話題がパスタで持ち切りになっている最中、マイアさんが思い出したかのように私に聞いてきた。
私にとっては不必要であって、必要だからやっているフリをしていただけの物。しかし、マイアさんたちにとっては興味の的だったらしい。
「スバル先輩、教育BDはどうでしたか?」
「……私たちには殆どが不要な物でした。戦術関連の物は学びになりますので、一般教養については見ても見なくても構わないと思います」
「そ、そうですか……じゃあ後で皆で戦術のBDだけ見ますね!」
少しだけ残念そうな表情を浮かべたマイアさんから目を逸らす。どうしてか、マイアさんは外の世界に対しての興味が私よりもはるかに強い。
おまわりさんから外からの物を渡されるたびにどうだったかを聞かれて……正直、少しだけ疲れてしまう。マイアさんと私に、明確な境界線がある気がして。
「……外の世界のことなんか、最低限でいいのですよ」
誰にも聞こえない声量で呟く。私たちの居場所はここだけで、ここにいれば外の世界のことを気にする必要なんか無いのだから。
食糧や消耗品を調達するためだけの場所、そんな風に外の世界を思っているのは、私だけなのだろうか。
だとしたら、少し──思考が遮られた。
交代しながら外の様子を監視していた生徒が、訓練場に飛び込んできたから。
「スバル先輩、大変です!」
肩で息をする勢いで呼吸を荒らしている子が転がり込んできて、視線が集まる。
何事かと私が聞くよりも先に、その子が声を張った。
聞きたくもなかった……というよりも、まさか聞くとは思わなかった。
あれだけの拒絶を前に、あいつらは、サオリはここに来るという選択肢を取ったのだから。
「アリウススクワッドが、アリウスに侵入してきました!」
お絵描きもしたいね…薄紫の水玉模様の萌袖パジャマ着たスバル描きたい…