「ごめんねスバルちゃん、痛かったでしょ……?」
彼女の介入によって強制的に終わった、スバルたち残留組との戦闘。
幕が閉じられてすぐ、彼女とスバルによって案内されたのは「シャーレ警察アリウス派出所」という立札のある部屋。
彼女が従えるアリウスと私たちの話し合いが始まるかと思ったのだが、先に行われたのはスバルの治療だった。
「問題ありません。多少痺れただけですから」
「撃ちたくなかったんだけど、どうしても間に合わなさそうだったから……ごめん」
「大丈夫ですから。そう謝らないでください」
弱気な姿をしている彼女をスバルが宥める。私たちが見たことの無い、飾り気のない生の感情を表に出している。
アリウスにいる間の彼女は、こんな風にスバルたちと向き合っていたのだろう。
包帯と湿布をスバルの腕に貼り、これで良しと包帯止めクリップを点ける。腕を少し動かして生活に何の支障も出無さそうだと判断して、彼女が「さて」と言葉を区切った。
私たちがここにいた時よりも遥かに綺麗だが、まだ外の世界の屋内と比べれば程遠いほどボロボロの部屋の中。
彼女が瞳をこちらに向けた。
「アリウスへの干渉は控えてって言った記憶があるんだけど……どうしてここに?」
無表情とは言わないが、それでも感情を押し殺しているような表情。いつもの笑顔など欠片も無く、されど威圧するような雰囲気はなりを潜めている。
彼女の内側に、確かにそれがいることを感じつつも、私は彼女の対話に応える。
「アリウスに普通を……私たちが取りこぼしてきた物を取り戻すために来た」
「……トリニティに入れただけじゃ不満だった?」
「そうじゃない。私たちは取り戻したいだけなんだ。トリニティで学んで、私たちにはそれが必要だって……アリウスでの青春が必要なんだってわかったから」
「そう」
私の言葉を話半分で聞いている彼女。救急箱を片しながら横目で私をみつめるその目には見覚えがあった。
先日のシャーレでの邂逅。それは怒っている時の彼女の目だ。表情こそ違うものの、私にはわかる。
「……怒っているのか」
「……私が頼んだのはあくまで『トリニティ側で発生してしまっている件』についてだけ。こっちの件は頼んで無いよ」
「それは……すまない。だけど、アリウス復興を邪魔していた人物たちを糾弾して、気づいたんだ」
一歩前に出る。変わらず顔をこちらに向けてくれない彼女に、私は息を吸った。
「アリウスのことは……自分たちのことは、自分たちで解決しなくちゃいけないんだって」
自分の人生の責任は自分で負わなければならない。それはこの前知ったばかりだ。それなら、自分以外のことは放っておいていいのか?
それは絶対に違うはずだ。私達アリウスは、個人個人では生きていけない。スクワッドのリーダだった私ですら、一人では生きていけないんだ。
アリウスは、全員でアリウスなんだ。
「……それで、こんなことになったワケ?」
彼女はガムテープが窓ガラスの役割を担っている窓枠を開け、そこから見えるアリウスの景色……先ほどまで私たちが戦闘を行っていた場所を見下ろす。
私たちが来たときは見違えるほど綺麗だったはずのその場所は、また記憶通りのアリウスのようになってしまっていた。それは当然、私達が行った戦闘のせいだ。
癖が抜けていなかったんだ。アリウスだから問題ない。アリウスでの戦闘は今までそうしてきたから大丈夫。そんな「私の記憶にあるアリウス地区で許されていたこと」が、こんな状況を招いた。
「……すまない。原状回復は必ずする」
「別に大丈夫だよサオリ。それはあの子たちがやるから」
「……すまない」
小さく息を吐く彼女。ため息にならないように細く長くする吐息に、落胆の気持ちが伝わってくる。
こんなことになると思っていなかった、まさか来るとは思っていなかった。どこまで彼女が考えているかわからない。でも、明確に。
私への失望の念は、伝わって来た。
「サオリ」
「……スバル」
彼女が外を見つめて黙る中、静寂を破ったのはスバル。包帯で巻かれた手を左右に揺らしながら、私に近づく。
反射的に警戒態勢を取る私に反して、スバルはいたって自然体。シャーレで出会った時とは真逆の立場に置かれている私達に、スバルが少し口角を上げた。
「夕飯にしましょう」
「……?」
「歓迎はしません。でも、食事は大切です。ですよね?」
スバルが彼女に話を振る。振り返った彼女は──
「わかってるねスバルちゃん。慣れてきた?」
「貴女に散々言われてきましたから。カロリーバーで済まそうとした時に本気で怒って来たの……忘れてませんからね?」
「若者がそんなモノに手を出しちゃいかんのよ、ホッホッホ」
「……おばさんですね」
「私まだ29なんですけどォ?」
見慣れた笑顔を浮かべていた。
スバルに……いや、ここに残っているアリウス生たちに向けられたその笑顔が、羨ましかった。
どうしてその笑顔が私に向けられていないのか。どうして私には、私達にはそんな冷たい目を向けてくるのか。
理由なんてわかっている。彼女の考えと私たちの望みが相反していることだってわかっている。だけど……だからこそ。
「……っ」
悔しい。ずっとずっと、私たちのことを肯定して……いや、応援してきてくれた彼女が、向き合わなきゃいけない側にいることが、悔しくてたまらない。
私たちが応援される側ではないことが、心の奥底から悔しい。
どうしてそこにいるのがお前なのか、どうして彼女に応援されるのがお前なんだと、スバルのことを見つめる。
「何をぼうっとしているのですか。食べたくなければ結構ですけど」
「いや……すまない」
「働かざる者食うべからず。後であそこの掃除は手伝ってもらいますよ」
「……わかった」
部屋から出て行くスバルに真っ先についていくヒヨリ。後を追う形でアズサ、ミサキ、アツコが順々に出て行く。
残っているのは、私と先生、そして彼女。
「……すまなかった」
彼女に声をかける。
「……私が悪かった。勝手なことをしたことは謝る」
彼女は外を向いたままだ。風に揺られる髪が、彼女の心情を表すかのように荒れる。
「だけど……私達にも『向き合わなきゃいけないこと』があるんだ」
私の言葉にピクリと身体が動いた。
「貴女がスバル側に付く理由を理解できないわけじゃない。だけど……それで私達とぶつかるのであれば」
踵を返す。アツコたちの後に続くために一歩を踏み出して……私は扉の外に飛び出す。
思わず駆け出してしまった足が最期まで言葉を紡ぐことは無かった。
だって……言いたくなかったから。
マジでありえんティ。内心はそんな感じ。
正直サオリ達が来たってわかった時点で嬉しかったし、こうやってサオリ達と対面できたことに飛んで跳ねてHAPPY!!! って叫びたかった。でも、そんなことできない。
だってスバルちゃんの前だから。
私の今の立場は「スバルちゃんたちアリウス残留組の味方」であることは間違いない。むしろ、私だけでもそうあるべきと思ってここに居座っている。
つまり、スバルちゃんたちと対立するであろうサオリ達とは、否が応でも私も対立関係になってしまうのだ。
サオリに思わず投げてしまった冷たい言葉たち。感情を処理できん人類がゴミだと某眼帯の貴族主義の兄ちゃんに教えてもらったんだけど、どうやら私はゴミのようです。
おまわりさん改めゴミモブ子を自称しますよろしくお願いします。
「……本音ですか、おまわりさん」
ずっと外を眺めていた。貰いものの煙草を吸うか迷って胸ポケットに手を当てたまま、ただ冷たい風に当たっていた。
先生の言葉に胸ポケットから手を放して振り返る。
怒っている様子の先生が、そこにいた。
「……6割くらいは。正直、来てほしいタイミングではありませんでしたから」
「だからってあの言い方は……! サオリが傷つくことを何とも思わないんですか!?」
「んなわけないでしょうが!」
思わず飛び出た怒声。いけない、感情をコントロールできない。
「私は誰にも傷ついて欲しくない! サオリにだって、スバルちゃんにだって……だから、来てほしくなかったんですよ!」
書類の詰まれている机を叩く。紙の山が傾いて、崩れる。
「スバルちゃんたちの心情を考えてくださいって……どういう経緯があってスバルちゃんたちが今の生活を送っているかを! 少し考えればわかるでしょう! 先生なら、大人ならわかるでしょ!」
「私はサオリたちのことを一方的に考えて行動したわけじゃない! アリウスの現状を見過ごせないから──」
「外の力を押し付けてアリウスの現状をなんとかするのが、スバルちゃんたちにとって良いことだと本気で思ってるんですか!? 違うでしょ! スバルちゃんたちが求めてるものが、そんなものじゃないってことくらい!」
風に吹かれて散らばる紙たち。私と先生の間に吹雪のように舞い込み、壁となる。
お互いに睨み合い、衝突する。こんなこと今まで無かったのに。
「……出て行けとは言いません。でも、長居はおすすめしません」
「それは……サオリ達とあの子たちが対立するから?」
「もうしてます。単純に、拗れる前にという意味です」
私は語った。スバルちゃんたちがサオリ達アリウススクワッドにどんな感情を抱いているかを。
アリウスから先生や私といった大きな力で直接救われて、贔屓するようにトリニティという天国に入ることを許された裏切者。それが、スバルちゃんが語ったサオリたちスクワッドへの印象。
これがトリニティに入らなかった放浪者だったりしたら、きっと印象は違っていただろう。でも、実際は違う。
サオリ達はトリニティに所属していて。
スバルちゃん達はトリニティを憎むアリウスに所属している。
既にサオリ達は憎悪の対象になっているんだ。
「スバルちゃんたちから幾ばくかの信用は貰ってます。でも、サオリ達と本気でぶつかる展開があるのなら……私が握れる手綱にも限界があります」
「……そうならないように、ですか」
「最悪のパターンですけど。こうならないのが一番ですが……今は、様子を見るしかできません」
スバルちゃんがサオリ達を連れて向かったであろう食堂。
今頃パスタを共に啜っている……はず。そうであってほしい。どれだけいがみ合っていても、食事の時だけは平等に、幸せにとスバルちゃん達には口酸っぱく教えたから。
でも、これはただの願いだ。その通りになれば誰も苦労なんかしない。
「もしサオリとスバルちゃんが拗れそうになったら……私は、サオリに嫌われる覚悟をしないといけませんね」
警察官は嫌われるのが仕事の一つだと、先生に笑いかけた。
上手に笑えていた自信は、無い。