半月経ってるじゃんね?
スバルに連れられてきた食堂。
アリウス生の何人もが長椅子に座って、これから来るであろう料理を待ちながら和気あいあいと話している。
私たちが部屋に入ってきたことすらも気づかない程に盛り上がっている会話。
そこに私たちが入り込む余地は、当然無い。
「皆さんお疲れ様です。夕飯はまだ時間がかかりそうですか?」
「スバル先輩! 夕飯はもう少し……す、スクワッド!?」
一人の言葉に全員が椅子から飛び退き、パジャマ姿のまま銃を構える。厨房から聞こえてくる調理の音も止まり、部屋に静寂が訪れた。
先ほどまでの緩い雰囲気は霧散し、殺気が充満する部屋へと早変わり。しかし、それはスバルが手を挙げて諫める。
「皆さん、彼女の言いつけを忘れましたか?」
「……いいのですか?」
「食事時ですから。平和に、平等に、そして楽しく。それが彼女から教わった食事の在り方です」
「……わかりました」
全員が銃を下ろすころには調理の音も再開し、再び会話の弾む和やかな部屋へと戻る。
多少の殺気を残したまま。
「これが今のアリウスです。ご理解いただけましたか?」
「……」
「まぁお座りください。少し話しましょう」
スバルに促されるまま席に着き、スバルを対面する。武器を手放して、私たちは食卓に……いや、対話するためのテーブルへと着いた。
視線が刺さる。スバル以外誰もこちらを向いていないのに、刺さり続ける視線。ここにいるアリウス生全員が、私たちを見ている。一言一句聞き逃さないぞと、圧がかかる。
「さて、先ほど言っていた『アリウスにも学生らしさを取り戻して欲しい』でしたか。随分上にいるのですね」
「上……?」
始まった対話。否、これは否定だ。
「あまり悪く言うつもりはありませんよ。私たちがあなたたちと比べ、下にいるという事実は間違いないですからね」
「待てスバル、それはどういう……」
「わからないワケでは無いでしょう? 流石のあなたもそこまで鈍感だとは思えません」
ここを出て行ってから多少は学んだのであれば、の話ですがとスバルはコップを傾けながら言う。
スバルは私たちのことをもうアリウスの生徒とは思っていない。話の節々、声色でそれは伝わって来た。では一体何に見えているのか。
当然、トリニティの生徒だろう。
「……すまなかった」
「何に対する謝罪でしょう。思い当たる節がたくさんあるので、私にはわかりませんね」
「全て……と言ったら、酷いな」
一人の生徒から差し出されたコップを手に取る。水面に移る自分の顔を少し見て、再度置いた。
私たちがここに来てしたことを思い出せば出すほど、私たちは来るべきではなかったのだろうかと思ってしまう。
スバルたちから向けられた憎悪。彼女から向けられた失望の念。
ここに来て、得た物は一つも無い。
でもそれは、今のところの話だ。
「私たちが学んできたことを知って欲しかった。もしそれで外の世界に繋がることができるなら……アリウスが孤独じゃなくなれば……そう思った」
「……都合のいいというより、夢見すぎですね。あなたを見るに、外の空気は中毒性がありそうです」
「どうだろうな。ただ、考えが甘くなったのは間違いない」
今度こそコップを傾ける。喉を潤す水がコップ目いっぱいに入っていることが、アリウスでは信じられないことのはずだった。
だが、今のアリウスにはそれがある。寝る場所もあり、寛ぐ場所もあり、浴室でさえ存在している。
私たちがいない間に、アリウスは確かな発展を遂げた。しかしそれがアリウス内だけで完結できるものではないのも、また確かだ。
「ここに来るまでの間に見たあの部屋、あれは彼女が?」
「提案は彼女です。作業自体は私達が」
「そうか……アリウスもここまで生活できる場所に変われたんだな」
先程は最後まで後姿しか見せてくれなかった彼女。その後姿から溢れ出ていた強さ、優しさは今、アリウスに全力で注がれている。
寄り添うべき相手として、救うべき相手として、彼女はスバルたちを支えている。
「他の子たちが着ているパジャマも彼女が選んだものなのか?」
「あれは私と彼女で。シャーレに行った帰りに買ったんですよ。パジャマって意外と良い値段するんですね。財布が軽くなりましたよ」
「安物はすぐに痛むからな。それなりに丈夫な物になれば値段も上がる」
「貴女方は簡単に買えそうですよね」
スバルの口から急に飛び出た皮肉。すらすら出て来ていたはずの言葉が詰まり、言葉を発そうと開けた口はそのままになる。
アツコたちもスバルの言葉の意味がわからないわけでは無い。特にミサキは見えない場所で拳を握っている。アズサがそれを諫め、沈黙だけが訪れる。
「……それはどうだろうな」
巡らせた思考が選んだ言葉。スバルが「トリニティである私達」を想像して放った言葉に対して返せるのは、笑いだ。
「私達もアルバイトをしているが……これがまぁ薄給でな」
私の笑み交じりの言葉にスバルは眉間に皺を寄せる。しかし、隣で頷くミサキとヒヨリに、スバルはとうとう首を傾げた。
それはそうだろう、トリニティと言えばお金持ち、ブルジョアというイメージだろうから。
「聞くか? 時給800円の私たちのバイトの話を」
「じ、時給800円!? そんな、最低賃金切ってるじゃないですか!」
「ほう、スバルも最低賃金を知っていたか。その通り、私たちが出来るバイトは最低賃金を切っているものばかりだ」
「どうして……貴方方はもうトリニティ生でしょう? であれば、何故わざわざそんなブラックな場所に?」
「……簡単さ」
自然と笑みが零れる。何が可笑しいとか、そういうのじゃない。
私達もスバルたちも、まだそこまで遠いわけではないと知れたから。
「アリウススクワッドの錠前サオリ。顔が割れてて、何をしたか皆知っている。そんな人間を、普通の店は雇いたいと思うか?」
「トリニティの庇護下であれば、そうでもないのでは?」
「学園の政治的権力は学内にしか及ばない。周囲にあるのはお嬢様をカモにしたいあこぎな商売をする連中ばかりだ」
「……意外と、そういうモノなんですか」
「そういうモノだ。世間は、意外と俗なのさ」
何度も頷くミサキ。採用試験で私と同じ苦い経験をしたと相談された時、世界は思ったよりも優しくないことを知った。彼女にもそれを話したことがあったが、残念ながら「そういうものだ」と諭されてしまった。
彼女でさえそう言うのが商売の世界らしい。
「経営者はグレーでも、店員はクリアであることが条件。だから、私たちがいることは悪評に繋がる……そんな理由さ」
「……やはり、世界は優しくないですね」
「あぁ、優しくないな……だけど」
少しだけ目を瞑る。瞼の裏に映るのは、たった800円の時給のアルバイトでも共に汗を流し、苦楽を共にする友人たち。
訳アリな子たちばかりだが、それでも皆が皆を支えあっている。全員で800円の時給を得ようと、向く方向を揃えて進み続ける──優しい仲間たちだ。
「優しい人はいる。世界は、彼女だけが優しいわけじゃない」
「……にわかに信じられません」
「今はいいさ。いつかわかる日がくればいい……そう思っただけだ」
「……来なければいいです、そんないつかは」
真っ直ぐ見つめる私の視線から顔を逸らすスバル。まだそれを受け入れられる状態でないことを、先ほどから肌で感じていた「ここだけが居場所」という雰囲気が理由として張り付く。
彼女が私たちを拒絶し、私たちに来るべきではないと言った理由がようやくわかった気がした。
重苦しい雰囲気が私たちの周囲に漂う中、何人かの生徒が私たちに寄って声を上げる。
「スバル先輩、パスタ出来上がりました!」
両手に湯気が立つお皿を持ち、私たちの前にそれを置く。掛けられた声の通り、お皿に乗っているのは山もりのパスタ。
乳白色のソースが乗っているそれはクリーミーなチーズ系の香りがしている、カルボナーラだ。
スバルの物には卵が乗っているが、私たちの所には乗っていない。ヒヨリが絶望顔を浮かべたのも束の間、持ってきてくれた生徒が思い出したかのように口を開いた。
「卵が無いのは数が足りなかっただけです。文句は言わないでください」
「出してくれただけでもありがたい。感謝する」
「感謝ならおまわりさんに。私たちは……いえ、今は言うべきではありませんね」
そう言い残し自分の席へ戻っていく。濁されはしたものの、言おうとしていた言葉の全貌は容易に想像ができる。
スバルは彼女たちを少し目で追ったものの、すぐに私たちに視線を戻す。こうなるのも仕方がない、そう言いたげな表情を、一瞬で引っ込めて。
「言うは易し行うは難し。人はそう簡単に変われません」
「……時間はある。ゆっくりやるさ」
「時間が解決してくれるとはおもいませんがね。さて、食べるとしましょう」
スバルが立ち上がる。他の生徒たちは静まり、視線が集まる。
「それでは皆さん、頂くとしましょう。手を合わせて」
掛け声に合わせて全員が手を合わせる。アリウスにいた頃じゃ考えられない、感謝を伝える言葉。
外に出れば常識、されどここには無かったその常識。
彼女がアリウスにもたらした変化は、スバルたちにこの言葉を言えるくらいの余裕を生み出していたんだ。
『いただきます!』
スバルちゃんたちがどういう方へ向かっていったか、覚えていない。
モブ子だった頃はこの世界に関する記憶があったから「こうすればもっと良い結末に導ける」とか考えられた。悪用は絶対にしないって誓いつつ、それでも世界を都合よく捻じ曲げていた自覚は少しはあった。
でも今の私にはそんな最強のチートは無い。
「スバルちゃんたちはどうやって外に出るんだろう……」
考えることはそればかり。
本筋がどんな結末を迎えたか覚えてない以上、最善を選ぶのは事実上不可能だ。だから、ここから先の物語はアドリブ全開、つまり「普通の人生」と同じようなリスクを常時追うことになる。
それはつまるところ、私がキヴォトスを滅ぼしてしまうトリガーを引く可能性だってあるということ。
下手に動くことはできない。
「スバルちゃんが3年生……あと数か月で卒業。いなくなったら残されたアリウスの子たちはリーダーを失う……はぁ、間に合う気がしない」
背もたれに全体重をかける。軋む椅子を気にすることもせず、私はただ薄暗い天井を眺める。
間に合う訳がない。どうしようもなく頭を過るのは、アリウスが外に馴染む前にいなくなってしまうであろうスバルちゃんのこと。
サオリはベアおばの仕業で2年生だが、スバルちゃんは留年せず3年生。卒業はあっという間に来てしまう。
本音を言えば、サオリ達と凡その考えは一緒だ。スバルちゃんたちにもう一度外の世界を見てもらって、外に馴染んでもらいたい。
それを、できるだけ早く、スバルちゃんが卒業するよりも早く、スバルちゃんも含めたアリウスの皆を外の世界に適応させてあげたい。
でもそれは、叶うはずもない願いだ。
「急いて失敗は絶対に避けたい……今度こそ立ち直れなくなっちゃう……」
仰いだ顔に腕を乗せる。蛍光灯が照らす光を遮り、視界は暗闇に染められる。
サオリ達の来訪によって、スバルちゃんたちをどうするかよりも先に、私がスバルちゃんたちをどうやって導くかの結論を急かされている。
最初から決めていた「いつでも帰ってこれる家を作って、外の世界に適応するための精神的余裕を作る」という目標は、今や瓦解したと言っても過言ではない。
「ハァ──……」
隠すつもりも無いため息が地面に向かってゆっくり落ちていく。まるで負の感情が質量を持っているように、私の気分ごとどんどん落ち込んでいく。
先生との言い合いをしてからだろう、感情のコントロールが全くできない。
「……お酒のも」
ゆっくり椅子から立ち、引き出しに入れておいたお酒を取り出す。
アリウスは他の学園と比べて常に気温が若干低い。そのせいだろうか、お酒は少しだけ冷えていた。
栓を開けて、瓶のまま口を付ける。こんな姿、あまりにも下品で人にはとても見せられない。
「おまわりさんって豪快に飲むんだね」
喉が止まる。ボヤかせるために入れていたアルコールは全く効果を成さず、逆に視界と思考は冴えていく。
声の持ち主がどこにいるのかと、瓶を咥えたまま前を向く。
「こんばんは。晩酌中にごめんね?」
ピンク色のパジャマを着たアツコちゃんが、そこにいた。
このオラトリオ編、どうやって進めるべきか悩んで悩んで…なんとなーくの方向性がようやく見えてきました。
原作は外の世界に行けるわけがない!とスバルが意固地になって拗らせた結果のあんな感じですが…こちらのスバルにはもう少し柔軟に考えを持ってもらった上で…という方向に変えます。
ぶっちゃけ何も考えずに書ける内容じゃなくなってきたので…チョイとプロット書いてみます。
あと次回はスクワッドたちとおまわりさんの考えの違いを言い合う回にします。