今後のリアルの方の展望をあとがきで言うよ!
「おまわりさんも座って。お話しよ?」
私が動揺して硬直しているのもいざ知らず、アツコちゃんはルンルンと部屋に入ってきてソファーに座る。
そこはいつもスバルちゃんが教育BDを見るために座っている場所。私がスバルちゃんと交流を深めるために用意したその対話の為の椅子は、たった今外に出て行ったアリウスと対話するための椅子へと姿を変えた。
酒瓶のキャップを閉めて机に置き、アツコちゃんに誘われるがまま対面のソファーへ腰かけた。
常備菓子として置いてあるチョコを一つ、口に運ぶ。
冷静じゃない思考に糖分を与える為に。入れてしまったアルコールに感情を支配されない為に。
「こんばんは、おまわりさん。久しぶりだね」
「だね。こうやって二人きりで話すのは……もしかして色彩の時以来かな?」
「そうかも? 私とおまわりさんってサッちゃんほど会う機会無いからね」
「それは……ごめん。もっとアツコちゃんたちもヨシヨシするようにするね」
「嬉しいな。貴方の手はあったかいから」
これは世間話か、はたまた世辞か。その答えはアツコちゃんの目を見ればわかる。
トリニティの政界にちゃんと馴染んで来たであろうその瞳が「これはアイスブレイクだ」と訴えてきている。しかし急かしてこない落ち着いた声色は、アツコちゃんも私の様子を窺っていることの証左だろう。
「スバルちゃんたちとはどうだった? 喧嘩にならなかった?」
「スバル先輩がずっと喧嘩腰だったけど、仕方ないと思う。でも意外だったかな」
「意外?」
「うん。ここまで歓迎されてないのにご飯は出してくれたから。これもおまわりさんの教育だったり?」
「方針はそんな感じ。食事だけは平等にってね」
口酸っぱくスバルちゃんたちに言っていた言葉。食卓だけは幸せでなければならない。食事という生命エネルギーの根幹を不味い物にしてはいけないと思っているから。
だからこそ、少しだけ眉間に皺が寄ってしまう。スバルちゃんがサオリ達に対して喧嘩腰だったという言葉を聞いてしまったから。
「うーん、難しいかぁ」
「スバル先輩も言ってた。時間が解決してくれるとは思えないって」
「……そ、か」
チョコをもう一つ、口に放り投げる。絶妙な硬さが与える歯ごたえ。顎を動かすたびに回転する思考は、私の求めている答えを提示してくれない。
ただただ、思考をかき混ぜるだけ。そうなってしまう理由は至極単純。
私が迷っているから。
「……そろそろいいかな、おまわりさん」
「うん。本題に入ろう」
弧を描いていた眉は真っ直ぐになり、私とアツコちゃんの間に空気の壁が生まれる。
トリニティでアリウスを纏める為政者。ここアリウスで生活するアリウス生を纏める私という事実上の為政者。
それは、対話が始まった合図。
「私たちが来たのは、ここに残っている子たちを外に適応させるため。理由は簡単。ここに住んでいた者として、ここでの生活は人間が健康に過ごせるものじゃないから」
「一応聞くけど、現状のアリウスを見ても言える?」
「おまわりさんには申し訳ないけど、言える。ここのインフラ、おまわりさんしか整備できないでしょ?」
「教えれば他の子もできると思うけど」
「じゃあその部品や道具の調達は誰がやるの? それを買うためのお金の出どころは?」
「……」
「スバル先輩がどうやってお金を稼いでるか、おまわりさんは知ってるでしょ?」
目を細めるアツコちゃん。鋭い視線が私の内心を射抜いていることを、彼女は雰囲気で察している。
私が結論を出せないまま、迷っていることも。
「私はアリウスが、これ以上血で汚れて欲しくない。他人の血でも、自分たちの血でも」
「……外に適応する過程で流れる血は? 今それをすれば、間違いなく流れるよ」
「……極力無いようにはする」
「私はその血が一番流れちゃいけないと思ってる。だから今こうして、アリウスを少しでも──」
「その間にスバル先輩は卒業しちゃう。それでもいいの?」
「ッ……」
見透かされている。反射的に視線を逸らし、俯く。身体の動きが思考より早く、そして素直に動いてしまう。
アルコールが混じっているとすぐこれだ。
「私たちはスバル先輩にも外に適応してほしいからこうして『今すぐ』動いてる」
「……失敗するリスクが大きすぎる」
「何もしなかったらスバル先輩は今のままだよ? おまわりさんはそれでもいいの?」
アツコちゃんの言葉に、膝の上の拳に力が籠る。わかっている、本当ならそうしなくちゃいけない、そうした方がきっと良い結末になる……そんな言葉が私の頭の中で暴れる。当初抱いていた理想は、暴れる言葉たちによって既に曖昧になってしまった。
スバルちゃんは聡明な子だし、必要とあればどんなことでも割り切れる子だ。多少の我慢が発生したところで、きっと最後には「良かった」って言うんだろう。
でも、それで私はいいのか? 子供を守るべき立場である大人が、結果論で「良かった」と子供に言わせていいのか?
「私は……」
言葉に詰まる。出てこない。「私のやり方を貫きたい」、そう言えばいいだけのはずなのに。そうすれば今まで通りスバルちゃんたちと接することが出来るのに。
重すぎる責任。私の一言一句がアリウスの未来を変えてしまうという重圧に、私の口は開くことを拒否し始めてしまう。
肩に重くのしかかる「大人としての責任」に、私の身体は沈む。
「わた、し……は……」
「おまわりさん……ごめんね、急かしちゃって」
紡げない言葉にアツコちゃんが笑いかける。少し困ったように眉を八の字にして。
立ち上がり、扉に手をかけて振り返った。
「また聞きに来るから……その時までに答えを出して欲しい」
「……」
「おやすみ、おまわりさん」
おやすみを返す間もなく閉じられる扉。足音が遠のく。子の刻を過ぎた時計が小さな音で鐘を鳴らし、アツコちゃんがいなくなったことで訪れた静寂に木霊した。
酒瓶をもう一度手に取ることは無く、私はただソファーで項垂れるだけ。
責任を負うことを恐れた自分に失望したから。アツコちゃんに言葉を返せなかった自分に憤怒したから。
私は情けない大人だと、震える唇を噛む事しかできなかった。
薄暗い部屋の中。ヒヨリとミサキは既に寝息を立てている。
目の上に腕を乗せて、外からのわずかな光をシャットアウトして眠りに着こうと努力しているというのに、眠気は一向に来てくれない。それどころか、思考だけが加速していく。
彼女の言葉たち。たったそれだけから伝わる私達への感情。忘れたくても忘れられない、冷たく憤りの感情。
唇を噛む。震える唇を抑える為に。
「サッちゃん、起きてる?」
廊下から声。手洗いに云っていたアツコだ。
まるで私が起きていることを、寝れないことを知っているかのような声色。腕を下ろして目を向ける。
「ちょっとこっち来て?」
「……寝るべきだ。私達も消耗している」
「おまわりさんのこと」
「……行く」
二人を起こさないように静かに立ち上がり、パジャマ姿のアツコに連れられて廊下を歩く。
この時期のアリウスは少し風が冷たく、いくら慣れていると言えどいつもの服だと震えてしまう。私もパジャマに着替えるべきだったかと後悔しながらアツコについていくと、到着したのは先生の居る部屋。
数度のノックで帰って来た了承の言葉に戸を開けると、忙しなくパソコンを撃ち続ける先生の姿がそこにあった。
「こんばんは先生。サッちゃん連れて来たよ」
「ありがとうアツコ。ココアでも飲む?」
「うんと甘くしてね?」
「ココアはもともと甘いよ? サオリも飲む?」
先生の言葉に首を縦に動かすだけで答える。ほほ笑む先生はパソコンを閉じ、机にあるポッドに向かった。
好き勝手に動くアツコに促されてボロボロのソファーに腰かける。若干埃臭いそれに鼻をつまみそうになるが、漂う甘い匂いに遮られる。
先生から手渡されたマグカップ。茶色い水面からは湯気。
「……どうだった?」
「おまわりさんも相当悩んでる。スバル先輩の件、把握してないわけじゃなかった」
「良かった。まあ、聞くまでもなかったかもしれないけど……」
「確認は大事だよ先生」
「だね。状況を把握したうえで、私たちは私たちにできることをしなくちゃいけない。そこで、サオリの意見を聞きたいんだ」
先生から突如振られる話。口を付けられないココアに映る自分から視線を上げて先生を見やる。
どこか不安げな先生、私がどう答えるかをじっと見つめるアツコ。
「私は……」
一度開きかけた口。金魚のように呼吸だけして、閉じる。言わなければいけないはずの言葉が出なかったから。
スバルの為にも強行突破しなければならない。アリウス生は強度の強い苦痛でも耐えられる訓練を積んでいる。だから、強引にでも外に出して適応の手伝いをしつつ、痛みを乗り越えられれば大丈夫だ。私達と同じように……そう言わなければいけなかった。
アリウスに来る前にも、残っているアリウス生たちをこうして外に適応させると方針を決めていたはずなのに。
彼女の背中が、彼女の言葉が。私の思考を、言葉を、口を遮る。
「……」
「サッちゃん……」
「サオリ……」
言えない、彼女と敵対したくないからだ。この考えは彼女の思惑から真っ向から対抗する考えだ。言いたくても、私が彼女に抱いている親愛感がそれを阻害する。口に出してはならないと、必死に止めてくる。
やるべきこと、やらなければならないことを私情で曲げようとしている自分に、私の頭はショート寸前。
「おまわりさんは『一番血の流れない方法』を取ろうとしている。それに対して、私たちは『一番血の流れる方法』を取ろうとしている。どちらも目標地点は同じ……でも、時間も痛みも違い過ぎる」
アツコは続けた。「最後にアリウスにスバル先輩がいるかいないかも」と。
彼女がそれをわかっていないわけが無い。それはスバルのことだけじゃない。きっと、他の子たちが抱えている傷たちもわかっているはずだ。それを踏まえて選択したのが、彼女のやり方なのだろう。
今のアリウスの核心の一番近くにいる大人は彼女だ。そして、ただ乱入してきたのが私達……どちらが正しかなんて、言ってしまえば彼女の考えなのだろう。
だがそれは、ここに残っているアリウス生全員を救えるものなのか? 時間という制限はスバルを今すぐに切り捨てようとしてくる。彼女のやり方で現状わかっていることは、スバルだけは救えないということ。
「……おまわりさんと、話がしたい」
「サッちゃん……いいの?」
アツコの言葉に頷く。渦巻く「たられば」の思考たちに抵抗するには、明確な言葉が必要だ。
あの言葉たちの真意を、彼女の口から直接聞くしかない。
「私は一度外に出る。必要な物ができた」
「サオリ?」
「安心してくれ、明日の朝には戻る」
ソファーから立ち上がり、コートを肩まで羽織る。急ぎで行かなければならないのは、カタコンベから出てすぐのスーパー。
用意すべきは、食材。
「彼女とご飯を食べなければならない……平等なテーブルに着くためにも」
用意して彼女と食べ損ねたカレー。では、リベンジマッチと行こう。
アリウスとのファーストコンタクトに使ったように。
対話のためのテーブルを作るためにも。
コミケ申し込みしました、漫画形式です。
ただ小説描いてから漫画にするので、その小説はそのうち公開します。
また投稿できない期間が伸びるかもしれない…