二件の報告があった。
こんな忙しい中で書類による事後報告でなく口頭での即時報告だったことに、どうせろくでもないことだと決め込んでいた。
案の定ろくなものでは無かった。しかも、両方悪い意味でだ。
一つはゲヘナ郊外で起きた事件について。
大きな爆発があったとの連絡があり駆け付けた風紀委員が目撃したのは、温泉開発部と交戦していたトリニティ生。
その場所はトリニティと非常に近い立地であったことも侵入された原因だろう……そう思っていたが、真相はどうやら違ったようだ。
先生から連絡があり、その件についての話を聞いた。
補習授業部というトリニティの落ちこぼれ組に課せられたテストの場所が何故かゲヘナに設定されており、致し方なく侵入した、とのこと。
どうやら補習授業部の生徒たちの受けるそのテストには退学がかかっているらしく、場所がゲヘナだから受けない、という選択肢を取ることが出来なかったらしい。
その話を聞いて、例の彼女と便利屋の会話を思い出した。
直接そのことを先生に訊いてみると「なんでヒナがそれを知ってるの……?」と驚きの声を上げていた。
丁度いい機会だと例の彼女について先生にいくつか質問してみたが、先生はやはり彼女と接触したことは無いと。
便利屋、そして美食研との会話にも彼女の名前が上がったことは無いらしく、先生からしてみれば本当に名前すら知らない生徒。
当然、それ以上の情報を引き出せるわけも無いと、この話は打ち切った。
このエデン条約が終わったら先生とデートしてもらえることになったから、それを糧に仕事を頑張ろうと思う。
そして二件目。
例の彼女がついに行動した。
人気のないシャッター通りと化した商店街で、トリニティの正義実現委員会の生徒と接触していたという報告があがった。
やはりと思う気持ちと、彼女ほどの人材が裏切りを謀るのか? という疑問が脳内で競り合う。
こちらについては具体的な会話は聞き取ることが出来なかったようだ。
なんでもあの商店街に屋台を構えるおでん屋で会話をしていたようで、咀嚼交じりの口の動きでは読唇術が通用しなかったらしい。
後におでん屋の店主に話を聞いたらしいが主語が無い会話をずっとしていたそうだ。
つまり、彼女とトリニティ生の間では言葉を交わさずとも何の会話かわかるような共通点が存在するということ。
美食研、便利屋、そしてトリニティの正実……まともな風紀委員ならまず接触しないようなメンツと顔見知りになっている。
私やアコ、イオリみたいな幹部級なら顔見知りでもおかしくない、でも彼女は今年入ったばかりの一年生。
この短期間で裏ルートを含めたパイプをここまで増やすことが出来るだろうか?
わからない、わからないことが多すぎる。
優秀な一年生という彼女のガワがどんどん見えなくなってくる。
何者なのか。
今日の仕事はもう半分終わった。
久しぶりに彼女を追ってみることにする。
「最近あの子、変わった様子あった?」
「風紀委員の仕事中は相変わらずですが……普段の授業の時、どこか上の空といいますか……」
「何か考え事でもしてるんでしょうね。どうやったら委員長のことを困らせられるか、とか!」
「考えすぎだよアコちゃん」
「いーえ! 絶対にそうです! ここまで委員長を困らせた人がいますか!? いいえ、いません!」
「あっ、そういえばクラスの子が言ってたんですけど、どうやら最近、放課後にブラックマーケットの方向に行ってるみたいです」
「「それを先に言って!?」」
「で、でも本当にブラックマーケットに行ってるかはわからないと……」
「憶測でも十分です! 行きますよイオリ!」
「仕事投げないでよアコちゃん! もうちょっとで区切りつくから!」
お昼休みに突入してすぐ、彼女が姿を消した。
電光石火の速さで帽子と腕章を投げ出口へと向かって駆け抜けていく彼女の姿はまるで忍者。
しかし、今回は絶対に逃がさない。
潜入には絶対に向かない銃とロングコートを机に置いて、引き出しから取り出した非常用の拳銃を腰に突っ込む。
風紀委員の建物は出入り口は正面玄関しかないからわざわざ彼女追って階段を降りる必要は無い。
急いで窓を開けると、もう出口から離れた場所に彼女がいるではないか。
彼女、一体どれだけのスピードで駆け抜けていったのだろうか。
「い、委員長? 一体何を……?」
「ごめんなさい、ちょっと飛ぶわね。書類抑えてないと吹っ飛ぶわよ」
「りょ、了解! 全員、書類守れー!」
大きく翼を羽ばたかせ窓枠を蹴り私は宙に両腕を広げた。
重力が私を捕まえようとするがそれよりも先に空気を叩き付ける。
飛べッ! なんて小さく言いながら高速で翼を往復させて姿勢と高度を維持させ、彼女を宙から追いかける。
体力は大幅に使うことになるが、絶対に見失わない。
「彼女はどこへ向かうの……今は……ショッピングモール?」
ゲヘナには少し離れた場所に大きなショッピングモールがある。
そこの治安も当然終わりかけてはいるが、観光として来る人たちもいるためか、ゲヘナ生もかなり自重してくれている。
行き先がわかれば後は体力温存だと、高度を下げて着地、彼女を足で追いかける。
予想通りで彼女は真っ直ぐショッピングモールに入っていった。
ショッピングモールの中には様々なお店があるが大きく分類すればイートインコーナー、ショッピングコーナー、ゲームコーナーの三つ。
彼女のことだから……というのはもう通用しないかもしれないけれど、おそらく向かっているのはイートインコーナー。
最新の情報によれば、あそこに新たにイタリアン系のお店が出たらしい。
ショッピングモールの中に入ってすぐに見失ってしまったが、そこに行けば……ほらいた。
例の彼女と……対面で座っているあの生徒は。
「アンチョビ……パスタ……ピッツァ……うーん定番だけど悩むな」
「あなたが食で悩むなんて珍しいわね。いつもすぐ決めるのに」
「イタリアンってあんま来なくてさ。それにお店によって味のバラつきあるじゃん?」
「そうねぇ。ここ、チェーン店では無いし、味はわからないわよね」
「そう! だから無難にパスタでいいかなって思うんだけど気分はアンチョビだしでもでも! やっぱピッツァは外せないでしょ! でもパスタ頼むとお腹いっぱいになるし……とはいってもおかず枠のアンチョビとかカルパッチョとかだけだと足りないじゃん? だからってピッツァ頼むと口の中が忙しくなりそうだし」
「ステイよ。ここは大人しくパスタにすべき。ほーら、だんだんパスタが食べたくなーる」
「たべたーい」
……万魔殿の京極サツキではないか。
サツキは万魔殿の中では情報を主に扱う仕事をしている議員で、ことゲヘナ内部事情やイベント、そしてエデン条約といったような行事の情報は現在のゲヘナでは一番知っていると言っても過言ではないだろう。
そんなサツキが例の彼女と共にいるということは……これは私の推察でしかないが、今まで美食研、便利屋、そして正実との接触で得た情報を彼女たち万魔殿に流すつもりなのではないだろうか?
もしそうなのであれば彼女はゲヘナの裏切者ではなく、むしろ忠誠を誓っている人物と言える。
しかし忠誠を誓っているのが風紀委員じゃないことは玉に瑕だ。
「注文も終わって……さて、あなたが求めるものは何?」
「勿論情報です。エデン条約当日の護衛の配置を知りたいです」
「それは……なぜ?」
「今のトリニティが信用ならないからですね。とある情報をキャッチしまして」
「その情報とは?」
「トリニティ生複数人がゲヘナに侵入しました」
なぜ彼女がそのことを!? 彼女はあの時現場にいなかったはず。
先生と共に行動をしていた補習授業部がゲヘナ地区に侵入した件は理由もあって、私はこの件を見逃すことに決めた。
しかし侵入されたという事実は決して消えない。でもそれは口を割ったとき限りなため、私はこれを少しでも知っている者たち全員に口外の禁止を言い渡した。
それを説明したその場に、そもそも彼女はいなかった。
彼女がこの件を知る由は無いはずだ。
「それはいつ!?」
「つい最近です。ことを大きくしたくないと、この件は幹部級の風紀委員しか知りません」
「門外不出ということ?」
「そういう事です。ま、サツキさんも例外ではありませんが」
「……いいわ。万魔殿の方でもトリニティとの境界線の防衛を強化しておくわ」
「頼みます。で、私の欲しい情報は」
「メールで送るわ。暗号化されてるから、パンデモアプリで読み込んでね」
「ありがとうございます」
パンデモアプリ……彼女、まさか万魔殿に既に懐柔されているの?
それにしてもどうして彼女はそんな護衛の配置情報など知りたがっているのだろうか。
妙な動きをいくらしたところで彼女は一風紀委員のはず。万魔殿の議員に直接会って話をできる生徒が一風紀委員とは思えないけど……でも、それは変わらない。
では何故? ……まさか。
「ねぇ。あなた本当に万魔殿に来ない? マコトちゃんも喜ぶのに」
「嬉しいですけど……でも、やっぱ風紀委員の方が何かと都合がいいので」
「ふぅん、残念ね」
今の彼女の話す「都合のいい」という言葉が、どこまでも怪しく感じる。
護衛の配置を教えて欲しい、その願いが彼女の手元に渡ったらどうなるか、その答えが正実の生徒との接触なのでは無いだろうか?
彼女の行動を限定的に捉えて今の彼女たちの会話につなげれば、かなり理屈が通るものになる。
でも全てを俯瞰的に見て今の会話を加えてもあまりにちぐはぐで統一感の無い情報ばかり。
どこを目指しているのか分からない以上、私は彼女を捕まえることはできない。
彼女とサツキは食事を始めた。彼女が目的を果たした以上、もうこの追跡に意味はない。
どことも繋がらない矢印ばかりが増えていく。
彼女の全貌は、わからないままだ。
風紀委員に帰る道中にあったドーナツ屋で野菜ドーナツを買って帰った。
あまりおいしくなかった。
プロットも何も無い小説を毎日書くのキチィ。