都会の喧騒から一歩引いている私がいる。
うだるような暑さから少しずつ解放されつつある9月。
過去最高と言われた去年の夏に比べれば少しは和らいだというが、体感は全然変わらない。
夏休みも明けて2学期が始まる。
高校2年生である私は来年迎えるであろう受験に向けて考える時期に差し掛かっている。
連れ歩く2人の友人も最近はその話題ばかりだ。
私は一歩引いて二人の後ろを歩く。
視線を左右に振る。
人々の生活の営みの息吹が見られる。
私たちのように友達と帰宅する高校生。
買い物袋と小さい子供を連れたお母さん。
ポケットティッシュを配る人…
いつだって変わらないこの風景。
なんだか感傷に浸っている自分がいる。
ところどころにやたらモノトーンのロゴが目に付く。
SMARTBAIN
スマートブレイン。
今や世界を牛耳ると言っても過言ではない企業。
いや…
もう事実として牛耳っているのだ。
都会から拡がってきたこのスマートブレインの商品やロゴが氾濫する現象はようやくこの街に定着してきている。
先ほど都会とかほざいた私だが、一地方都市の中核市にしか過ぎない。
人口もかつては20数万人この街だが、現在は5万人前後にまで激減している。
変わっていないように見えて、変わってしまった世界。
その象徴が…
「あっ、
前を歩く友人の一人が声を上げる。
スマートブレインがプロパガンダのために各地に設置したビジョンに投影される映像には、6人組のアイドルが映し出されている。
かのスマートブレインの象徴として今や世界のトップアイドルと言っても過言ではない、K-POP系のアイドルだ。
この世界になってしまった要因の一つである。
ORΦHIAの新曲のアピールとMVが繰り返し流されている。
スマートブレインが影響力を大きく発揮してからもう一年になる。
一時期は経済も停滞し、荒廃しかけていた各地の都市を復興させたのもスマートブレインに他ならない。
しかし、その原因を作ったのもスマートブレインである。
地面に無数にあるマンホールですら、この最近でスマートブレインのロゴのモノに取り換えられた。
足元のそれを見ながら私は唇を噛む。
すれ違う人の影、前を歩く友人たちの影、そして、私の影。
それをぼんやり見ながら歩を進めていく。
ずっと見ていると、その影がだんだんと輪郭がぼんやりとなってくる。
ぼわっと、青白くなり…
生身の裸身が浮かび上がってくる。
すれ違う人、前を歩く友人、そして私…
ブンブンと頭を振るとそれは消え去った。
そして、私には嫌悪感だけが残る。
別に変な妄想癖があるわけではない。
これは幻覚。そう。幻なのだ。今までの経験に基づいた幻。
もし1年前に住んでいる人を今この瞬間に連れてきたのであれば、違和感の塊であろう。
ほとんどベースは変わらないのに違う。
そういう印象を抱く。
やはり変わってしまったのだこの世界は。
事実変わってしまった。
この世界は…
人類の進化形・オルフェノクによって支配されていた。
オルフェノク。
いつしか、どこからか現れた種族。
その出自をたどれば、元人間なのである。
死を経験した一部の人間が蘇るようになった。
その蘇った姿はウロコのようで騎士の鎧のようである分厚い灰色の皮膚に全身覆われて、個々によって様々な動植物由来の能力を持っている。
身長は2mを軽く超し、体重も100㎏以上あるものの、人間を遥かに凌駕した筋力と身体能力のおかげで、軽々と身のこなしをみせているのだ。
死の淵から蘇ったその者たちは自らをオルフェノクと呼び、人類の進化形を自称するとともに、オルフェノクが世界を支配する野望を抱き始めた。
かつて、80億を数えた人類のほとんどは死に絶え、今では世界人口のほとんどがオルフェノクと化している。
ほんの一年前まで世間はオルフェノクという怪人の存在自体を認知していなかった。
それがごく一部の自然にオルフェノクと化した者――
いまではオリジナルと呼ばれる者たち。
病気や事故などで死を経験した後、誰の手も借りずに自らの力のみでオルフェノクに覚醒した者を指す。
スマートブレインはそういった者たちを庇護していた。
オリジナルのオルフェノクが人間を襲い始めた。
仲間を増やすために襲う。
ただ襲うだけでは人間をオルフェノクに覚醒させることはできない。
オルフェノクは人間を襲う際に特殊なオルフェノクエネルギーを人間に注入する。
そのエネルギーを注入された人間は心臓を破壊されて、強制的に死を経験させられることで、人間をオルフェノクにすることができる。
しかし、すべての人間がオルフェノクに覚醒できるわけではない。
エネルギーに適応できなかった人間は、そのあと全身が灰と化して完全に死亡してしまう。
そういった人間がいる中で、適応できた者のみがオルフェノクとして蘇るのだ。
使徒再生と呼ばれるこの行為が繰り返されたことで、オルフェノクは徐々に勢力を伸ばしていった。
増えつつあるオルフェノクに人間社会が気付き始めた頃にはすでに手遅れなほど、一般市民の間でオルフェノクに覚醒した者が増えていたのである。
なぜそこまで気付けなかったのか。
それはオルフェノクは普段は生前の人間時代の姿をして、日常生活を送っていたからである。
つまり、必要な時だけ。
人間を襲う時、オルフェノクを害する者と戦闘するときなど、必要な時だけオルフェノクの姿へと変貌させるのだ。
だからある程度オルフェノクの数が増えるまでは世間はオルフェノクの存在を認知できなかった。
そして、人間VSオルフェノクの戦争となるきっかけ。
ORΦHIA。
ユナ・ソヒ・ジウォン・ミユ・エリカ・アヤカの6人で構成されるグループだ。
新都心にあるアリーナ―をスマートブレインが買収し、増改築を実施。
収容人数はそれまでの約3万7千人から10万人まで増設された。
スマートブレイン・スーパーアリーナと名を改められたその会場で、こけら落としとしてORΦHIAの公演が行われたのだ。
当時からスマートブレインの芸能事務所に所属していた彼女たちはすでにオルフェノクだった。
しかし、世間はオルフェノクの存在も事実として認識せず、スマートブレインがオルフェノクの支配を野望として活動していることも知らなかった。
人間社会でも世界的名声に手を届かせようとしていた彼女たちのライブは毎回人気で、チケットを取るのはかなりし烈な争いを繰り広げていた。
その公演のチケット倍率は100倍を超えていたようだ。
転売も横行し、一番最安値の座席でも10万円以上で取引されていた実績もある。
スマートブレイン全面バックアップで行われた公演は全世界で配信されていた。
最初は普通のライブと変わらず進行し、演目を消化していく。
終盤に差し掛かったころ、突如として彼女たちは宣言する。
『人類の時代は今夜終わる』
高らかに宣言されたあと、彼女たちの身体はオルフェノクに変貌遂げる。
観客は一瞬の沈黙ののちざわめく。
『騒ぐな。お前たちにいい夢をみせてやる』
リーダー格の女。
その影に青白く裸身を投影させる。
メンバーたちを見渡し、全員が頷きステージを飛び出す。
観客席に飛び込んだORΦHIAのメンバーたちは、作戦を開始する。
周囲にいるファンたちに襲い掛かった。
そう。オルフェノクが人間を襲う意味だ。
仲間を増やす―――
素質のある人間をオルフェノクに覚醒させること。
ORΦHIAたちによってどんどんと人間が殺害されていく。
立ち席まで増設されていた当日は15万人以上の人間がスマートブレイン・スーパーアリーナに来場していた。
最初の一分間で300人以上がORΦHIAによって殺された。
ぴったり一分だ。
息の揃った動きで、そこからORΦHIAの6人はステージ上へと戻る。
倒れた人を介抱する周囲の人々をよそにORΦHIAは中央のステージで仁王立ちをしている。
その表情は見えないが、不敵な笑みを浮かべているように感じられる。
倒れている人たちがむくりと起き上がる。
周囲の人たちは喜ぼうとしたがすぐに悲鳴へと変わった。
ザザッと身体が折れ曲がり、灰色の粒子となって崩れ去る。
灰色の粉塵が舞う中、一部の者は同じ灰色の異形と化した。
そう。オルフェノクに覚醒したのである。
突如、自らの身体が異形と化した観客たちは最初は戸惑いを見せ、周囲の人間は避けるように後ずさる。
『弱者の時代は終わりだ』
『進化を受け入れ意志に従え』
『力を手にしろ。人間の叫びを沈黙させろ』
『人間を狩れ。弱者を滅ぼせ』
『力を振るって進化の証を見せろ』
『オルフェノクの時代が始まる』
ORΦHIAのメンバーがオルフェノクに覚醒した者たちへ語り掛ける。
覚醒した者が頭を抱えるように震えだし、周囲の人間に襲いかかった。
後はもうその連鎖を繰り返すだけだった。
オルフェノクが人間を襲う。襲われた人間もオルフェノクに覚醒する。その覚醒したオルフェノクがほかの人間を襲う。襲われた人間は灰になったりオルフェノクになったり…
アリーナ内の扉は固く閉ざされ人間の力では到底開くことはできない。
すべての観客が亡き者にされるまでの30分間、人間の悲鳴とオルフェノクに覚醒した者の咆哮が響き渡った。
全てが終わった時。
固く閉ざされた扉が開く。
次の獲物を求めて、スマートブレイン・スーパーアリーナから飛び出していく。
画面の向こう側では、視聴者たちは困惑していた。
時のアイドルORΦHIAが怪物に変貌し、観客を襲う。
襲われた観客の一部も怪物となって蘇り、別の観客を襲う。
その映像をずっと流し続けていたのだ。
それがすべて終わったあと、画面には『ORΦHIAの進化を讃えよ』と表示されている。
都市伝説や噂程度で流れていたオルフェノクの姿が確実に世間に姿を現した初めての瞬間だ。
視聴者たちは事実と捉える者や都市伝説を利用した演出と主張する者、様々な反応がネットに流れている。
映像が終わった瞬間、都市部では異変が生じ始めていた。
密かにオルフェノクに覚醒していた一般市民たちが人間を襲い始めたのである。
彼らは意図的にライブ公演に選ばれなかった。
それはこの瞬間を待っていたからだ。
ORΦHIAのライブが終わった途端にオルフェノク側の戦力として蜂起した。
―――翌日
不気味なほどいつもと変わらない朝を迎えた。
しかし、SNSやTVでは昨日の出来事を報道している。
まだ人間側が社会を築いているようだった。
学校でも話題はそれで持ちきりだった。
お昼休みに入る直前だった。
窓ガラスが割れる音、悲鳴、非常ベルが鳴り響く。
オルフェノクが学校で暴れ始めた。
生徒や教師の一部に昨日の事件でオルフェノクに覚醒していた者がいたようだ。
スマートブレイン・スーパーアリーナに行っていたのか、街に溢れ出したオルフェノク襲われたのか、以前からオルフェノクだったのか…
それはわからない。
私はその時にオルフェノクに覚醒した。
前を歩く2人の友人がオルフェノクに襲われるシーン。
そして、オルフェノクに覚醒した2人がほかの同級生を襲うシーン。
自分がオルフェノクに襲われて、オルフェノクに初めて変化したシーン。
そこまで思い出すと、昼に食べたオルフェノクに覚醒している母親手作りのお弁当が胃から逆流しそうになるのを抑える。
社会は混乱を極めていた。
経済は徐々に停止し、人口の多い都市部から人間のオルフェノク化が進んでいく。
2日目には完全に社会は機能しなくなった。
オルフェノクに覚醒した者は力に溺れて、暴れまわり人間を蹂躙していく。
この時人口の3割は何らかの影響を受けていた。
オルフェノクになれなかった者は灰にオルフェノクに覚醒した者はオルフェノクとして――
人間は被害の少ない地方へ避難するがそれに紛れ、追いかけオルフェノクも勢力を拡大する。
荒れ果てた都市部は人間の姿のまま徘徊するオルフェノクや周囲を警戒するオルフェノクの姿の者、ビジョンにはORΦHIAのMVやプロパガンダのメッセージが表示され続けている。
日本において、7日目には人口は3100万人まで減少し、そのうち人口の95%がオルフェノクを占めるまでになった。
わずか1億2000万人もの人間が暮らしていた日本はわずか7日間で155万人まで減少していた。
そこからはもうオルフェノクの社会が出来上がるまでそう時間はかからなかった。
スマートブレインが主導のもと、軍事衝突が多く荒れ果てた都市部は急速に復興し、さらに1か月を迎えるころになると、オルフェノクに覚醒できた
このころには人口のほぼすべてがオルフェノクと化しており、数千人の人間を残して、3000万人以上がオルフェノクに覚醒して以前のように生活を再開していたのである。
私はそれをただボウッと見ていた。
倒れた同級生がオルフェノクに覚醒するシーンも灰になるシーンも。
それを見て私は別に人間を襲いもしなかった。
身体がそれを求めていないのである。
変わりゆく世界に取り残された私だったが、流されず、しかし、1か月も経てば元通り制服を着て学校に通っていた。
そう。すれ違う人、前を歩く2人の友人、そして私も―――
「何考えてるの~?」
「ん?何でもない!」
前を歩いていた友人が立ち止まり、私を呼びかける。
偽りの笑顔を作って、走って友人たちと肩を並べる。
ビジョンに映るORΦHIAが宣伝をしていた。
それを見ていた、街の人たちは立ち止まり歓声をあげる。
顔に奇怪な模様を浮かべながら。
オルフェノクが人間からオルフェノクの姿へと変化する際に起きる現象だ。
それがオルフェノクの証の一つ。
こうやって興奮するとその奇怪な模様が肌に浮かび上がることもある。
子連れのお母さんは立ち止まって連れ歩く子供にビジョンを指を差しながら顔に異形の模様を浮かべ、サラリーマンは歩をゆっくりとし異形の模様を浮かべる。
ポケットティッシュも配っている人も手を止めて異形の模様が顔にびっしりと。
もう誰も関係ない。
そして、2人の友人も数秒間だが異形の模様が肌に表れたのだ…
そう。みんなオルフェノクなのだ。
この街の5万人の市民も、この国の3000万の国民、世界の20億もの人がオルフェノク。
人間は全世界で数万にしか生き残ていない。
日本ではわずか5000人程度。
むしろここまで耐えてきたことが素晴らしい。
誰にも気付かれてはいけない。
私がオルフェノクでありながら、アンチオルフェノクであること、人間解放軍とつながりがあることを…
すべては生き残っている人間たちのためだ。
ギュッとこぶしを握り、ショーウインドウに映る私はボウッと瞳が灰色に発光し、異形の模様が浮かび上がった。
あるか分からない日常が続くことを祈って…
私たちと
さて、終わりまでかければいいですね…
見切り発車。
次は未定。