報復をした次の日、その日も一般教科があるため教室に来た私だったが……
「やっぱりか……」
昨日織斑一夏以下数名が協力し新品に取り替えた机にはまた落書きがされていた。別にそんなことをされてもどうとも思わないが……これでは毎度机を取り替える奴らが不憫でならんな。
そう言えば私が昨日報復した奴らが来ていない……休んでいるだけでは無いんだろうな……あれだけやったしな……
・―・―・―・―・―・―・―・
で、朝のSHRで学校に来ていない5人についての連絡があった。
私が報復した5人は人間不信及び銃などのトラウマ(PTSDに該当)で自主退学とのこと……クラスの凡そ1/3が私の方を見てきたが私が悪いわけではない。あいつらが悪い、虐めは良くないとここの奴らは教わらなかったのだろうか?
そしてSHR終了後またなんか変な奴らにつるまれた……現在机をぐるりと囲むように包囲されてる……はっきり言ってうざい。
「おい」
話しかけてきようが無視。こんな奴らに構う必要性はないし、第一こんなバカのような有象無象にかまけていられる程暇ではない。
「おい!無視すんなよ」
「あれだよ、私達が怖くて怖気づいてるんだって」
「そうそう、ISが無ければ弱いもんね。研究者だし」
「どうせあの時使った訓練機も中弄って自分だけ性能良くしてたんだろうさ」
「正々堂々も何も無いな!それ!」
……まぁ、関係ない。私の研究物に手を出さなければ視界に入ろうが耳元で煩くしようがどうでもいい。元に小中学校じゃこんなの日常茶飯事だったし。今更大して変わらない。
・―・―・―・―・―・―・―・
人生とは思い通りにいかないもの。生きとし生ける全ての人間の思惑が入り乱れて形成されるのが社会であり、自然の摂理でもある。
何が言いたいかというと、今俺の目の前に繰り広げられている光景に対しての『答え』である。
「そんな……なんでこんなことに……」
絶句する箒。……無理もない。昨日あれほどの『警告』を見せ付けられたにも関わらず、『結果』が何一つ変わっていない。寧ろ悪化したと言えるだろう。
昨日箒やのほほんさん達と代えた筈の机は交換前と遜色ない変わり果てた姿となっていた。
「全員席につけ」
教室に入ってきた千冬姉と山田先生は再度倉持の置かれている悲惨な状態を目の当たりにする。あからさまで陰湿な苛めに対して千冬の瞳には怒りが込められ、山田先生も唇を噛み締めていた。そんな二人を尻目にクスクスと笑う影がちらほら。二人の態度に気付いていないのか、それとも自分達だとはバレないことにたかをくくっているのかは本人達にしかわからない。
「……先ずはお前達に残念な報せがある。これは全員に関係ある内容だ。心して聞け」
千冬姉から告げられた昨日の事件の『もう一つの結果』が俺達に針のように鋭く突き刺さった。
昨日倉持を苛めていた五人組が銃に対するトラウマと人間不審を募らせ、学園を自主退学したそうだ。昨日の模擬戦で精神的に深い傷を負った五人組は暫くの間精神病院に入院するようだ。
仲間が一度に五人も消え、全員が精神を病んでしまったという後味の悪い最悪の結果であった。にも関わらず何故俺は冷静なのかというと、心の奥底で今日の結果を予見していたからだ。起こり得る最悪の結果……本来ならば限りなく低い確率での結果なのだが、相手が悪すぎた。一切の情の欠片もない倉持が相手だったのだから、こうなることは当然の結果だったのかもしれない。
もしあの時止めに入っていれば……たらればの話は止めておこう。どれだけ悔やんでも起きてしまった事実であり、『過去』のことだ。どうすることもできない。今は出来る限りの手を尽くして事態の収拾に尽力を尽くさねばならないな。
それよりも心配なのは、更なる苛めの悪化である。現状を鑑みれば、苛めが悪化するのは避けられないだろう。あれだけの実力を見せ付ければ、収束すると踏んでいたがそれは叶わないようだ。
「……それと倉持の机を破損させたのは誰だ?これは学園のモノであって私物ではない。実行者には厳しい処分が待っている。正直に名乗り出れば多少の考慮はしてやらないではないがな。いいか、これが最後のチャンスだ」
昨日に引き続き今日も同じことご起きたのだ。それを黙って見過ごすような千冬姉ではない。なにより机の交換時の報告で、倉持に苛めが発生しているのは耳にしている。
が、依然として実行者は名乗りでない。集団の前で苛めを認める根性など『卑怯者』でしかない。上手く逃れようと身を隠しているつもりだろうが、千冬姉にはお見通しだろう。
「そうか、自ら名乗り出ないというならば致し方ない。私の最終通告を無視した者に容赦はしない。後で個別に呼び出す。楽しみにしていろ」
クスクスと笑っていたクラスメートを鋭く睨み付ける。途端に笑顔が消え、恐怖の色に染まっている。哀れ過ぎて言葉も出ない。あるまじき所行を働かせた者達への然るべき報いというものか。
・―・―・―・―・―・―・―・
「結局何も変わらなかったな」
「こんな目に会うのは昔から慣れている。別にこの境遇を変えようとも思ってはいない。ただ邪魔をしたから消しただけだ」
表情も口調も何一つぶれずに淡々と倉持は俺と言葉を交わす。『昔から慣れている』……倉持はこれが自分の当たり前の日常だと割り切ってしまったのか。今の本人は辛そうな様子を微塵も見せないが、幼少期はそうではなかったはず。倉持の周りは誰も手を差し伸べてはくれなかったみたいだな。
「これからも続けるのか?」
「当然だ。邪魔者は誰であろうと消すだけだ。尤も私の邪魔さえしなければ、私から手を出すことはない」
「また同じことを繰り返すのか?」
「それをさせるのは周りの連中だ。私の責任ではない」
そう。倉持自らが手を出すことはほとんどない。壁を作り他人との関係を絶っている倉持が他人に興味を示すこと事態ほぼないだろう。『自業自得』、倉持を苛める側はそのことを理解していない。勝手に自分達で自滅しているだけだ。
「倉持の責任ではないかもしれないが、同じことを永遠に繰り返しても倉持の邪魔をする人間は減らない。自分の邪魔をされたくなかったら、変えていこうぜ」
「何故他人の為に自分を変えなければならない?私は自分に従うだけだ」
「……人が信じられないのか?」
「人が人を信じなければならない理由でもあるのか?それに何故お前はそこまで人を信じられるのだ?」
俺は認めたくないだけなのだろうな。人の綺麗な面しか見たことがなく、負の面を認めたくない。知りたくない。認めてしまえば、人を信じられなくなる。それが怖いだけなのかもしれない。だから抗うんだ。人を信じることで抗い続けるだけだ。人が人を信じられなくなれば絶望しかないと思っている。
「人が人を信じるのに理由はいらないさ」
「理想主義者(アイディアリスト)で楽天主義者(オプティミスト)なのだな。生憎私は超現実主義者(シュールリアリスト)なんでな絵空事など考えてはいない。それとお前のようなタイプの人間は非常に脆い。精々現実に打ちひしがれないようにしとくのだな」
「……肝に命じておくさ」
例え過酷な現実に直面しようが、抗い続けてやるさ。難しいことを考えられない俺に出来ることは目の前のことに全力を尽くし、抗うことだけなのだからな。
一先ず倉持の今後に関しては様子見だな。昨日のようなことを繰り返さないためにも、もっと倉持を気にしやり過ぎないようにストッパーにならないとな。
・―・―・―・―・―・―・―・
今日の朝のSHRから織斑一夏が私のことを監視というか気にしているような気がする……端的に言えば他の奴らとは違う目で見られている気がする。あとついでに私の行く先々に着いて来ているような気がする。
私はアイツにそこまで心配されるようなことをしたのだろうか。答えはNOだ。多分私が虐められている時に報復でやり返しすぎないようにストッパーになるつもりなのだろう。
なんというか、面倒だな……この分だと私の研究室にまで来かねない。そんなことになったら私の研究が進まないどころではない……面倒な奴らが出てきて邪魔しに来るに違いない……さて、どうしたものか……
「はぁ…………」
「どうしたんだ?倉持」
私はすぐそばに居た今の私の悩みの元凶である織斑一夏を睨んだ。
「な、なんだよ」
「……別に」
私は席を立った。
「どこ行くんだ?」
「トイレだ。さすがにここまで着いて来るなら私はお前のことを変態と呼ぶからな」
「さすがにそこまでは……」
「……ふん」
私は織斑一夏とそんな短い会話をすると教室を出て、トイレに向かうと見せかけて研究室に向かった。着いて来るなら撒いてしまえばいい……とてつもなく簡単な事だった。
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そうして到着した第9整備室のドアはペンキで書いたような落書きが無数にあった。教室の机の落書きとは違う筆跡の文字だから恐らく上級生の仕業だろう。同級生で整備室を使うのはもう既に専用機を持っているかISの整備に興味を持っているやつだからだが……現状そんな奴は1組と2組、4組にしか居ないしかも専用機持っている奴で私のことを知っている奴らのみ。
「あら、これは随分な歓迎ね」
「更識楯無」
「楯無で良いわ。一々フルネームで呼ぶの面倒でしょ?」
ルームメイトとしてしばらく行動していたのだが如何せん私との会話がなかったためなんというか……関係がそこまで良くない気がする。こいつはそれを解決しようとしているのだろうか……私と居てもあまり面白くなかろうに。
「で、生徒会長の楯無が何のようだ?」
「別に?あなたが教室から居なくなったって話を風のうわさで聞いたからここだろうと思って来ただけよ」
「つまり?」
楯無はにこりと笑って言った。
「授業を受けなさい」
「断る。それはお前が生徒会長権限で免除しただろう。見返りもしっかりとやっている」
見返り、生徒会庶務としての仕事だ。今のところ空月の馴染ませるていてやることが無いためしっかりと協力しているのだ。
「やっぱり?」
「予想していたなら聞くな」
私は整備室のドアを開けて中に入る。
「あれ……こんな設備あったかしら?」
楯無が見ている方向には私が設置した簡易キッチンがあった。
「いや、初めは無かったぞ。あると便利だから量子プリンタで作って設置した」
「……量子プリンタ?」
ああ、楯無に言ったのは初めてというか人に言ったのは初めてだな。
「簡単にいえばISの量子化技術を元に作った無いものを作る機能だ」
「そんなことが出来るの!?」
「ISの使い道……の1つだ。無能どもは戦闘にしか能が無いがな」
私は簡易キッチンでコーヒーを淹れるとコップを楯無に渡した。
「あ、ありがとう」
「ミルクと砂糖はお好きな様に」
私は何も入れずにブラックで飲んだ。口の中に苦味が広がるが……香りは良い……このコーヒー豆は当たりだったな。
「量子プリンタ……ね……やっぱり発表するつもりはないの?」
「アリーナに使われているエネルギーシールドのように量子プリンタ技術はISコア無しでは使えない。もしこれを発表するならISコア無しで使えるようになってからだ」
政府の馬鹿共に渡した日には兵器ばかりを作り始めるに違いないしな。2020年代にあった3Dプリンタの二の舞いになるわけにはいかないのだ。
ん……ISの量子化技術はISを待機状態にするにも使われている……IS本体はISコアも含まれているからISコア自体も量子化技術で作ることが出来る……?
「……すまん、楯無……量子プリンタを世界に発表することはない」
「……何故?」
「先にも言った通り量子プリンタにはISの量子化技術が用いられている。対してISの待機状態はコアも量子化している……つまり?」
「ISコアも量子プリンタで作れる?」
「そういうことだ」
そんなものを出した日には束博士がISを発表した時以上の問題になりかねない。ヘタをしなくても世界各国でアラスカ条約破棄して戦争をしかねない……それだけは避けなければならない……だからこの技術は発表できない。
「霞ちゃん」
「なんだ」
「自分が開発したものを人に自慢出来ない気持ちってどんな気持ち?」
唐突に何を聞きたいんだ?こいつは……
「何のことだ?」
「あなたは研究者でしょ?自分の作ったものには自信を持って発表したいわよね」
「勿論だ」
「じゃあ、それを発表できない時の気持ちは?」
なるほど、そういうことか。確かに、大手を振って自分の作り出したものを発表できないのは――
「あまり嬉しくないな」
「そうよね」
これまで、いくつも作り出して発表できなかった物はある。だが、私はそのことについては特に何も思わなかった……違うな、思っていないと勘違いしていただけなのだろう。
だが、これまでも……そしてこれからも私は発表し難いものを作り続けるだろう……利点とは殆ど悪用できるものが多いのだ。
「それで、ストレスは溜まらないの?」
「世界が狂うよりはマシかと思って飲み込むことが多いな」
「じゃあ、私にそれを発表しなさいな」
こいつは今何といった?私に発表しなさいな?なぜこいつはそんなことを言った?
「別にその技術を盗もうなんて思わないわ。でも、研究者のあなたがとても可哀相なのよ。自分の作ったものを自分でしか評価できないなんて」
「………………」
「もしかしたら信じられないのかもしれない。でも、私はあなたの理解者になりたいわ」
……私は、楯無を信用しても問題無いんだろうか?
小さな頃から虐められ、信じられるものは自分の作ったものと家族、そして倉持で働く社員……それ以外は信じられずに生きてきた……だが、私は信じてもいいのだろうか?更識楯無という他人を……
「簡単にはきっと決められないんでしょ?昨日の一幕はあなたの会話も聞いたわ……」
「布仏本音か」
「あの子はのほほんとして居るけれど殆どの物を受け入れる心を持っているわ。全てを割り切るあなたとは全くの真逆のようにね。だから、初めは本音に話してみるのも良いと思うわ」
楯無の言葉は小中学校の頃から聞いてきた声より信頼できて、目は全くの悪意も無く真っ直ぐだった……
「……分かった……お前に発表してみる」
「そう、嬉しいわ」
「ついでに簪や布仏本音も呼ぼう」
「え……簪ちゃんも?」
何故か露骨に嫌な顔をする楯無……何かあるのだろうか?まずは聞いてみる。
「簪を呼ぶことに何か問題でも?」
「え、えっと……」
顔を引き攣らせながら楯無は言葉を紡いでいく。簡単に要約すると……
「お前の遠回しな言い方で簪を傷付けたんだな?」
どうにも自分に追いつかないことを私がやってあげる的な意味で言ったようなのだが……それは悪手だろう。
「き、傷口に塩を塗らなくても良いじゃない……」
「……しょうがない……間を取り持つか……」
「えー……それは…………」
「心配するな。経験者だ」
「経験者?」
楯無がキョトンとした顔でこちらを見ている。
「私には姉が居てな……姉が随分と自分のことを過小評価する天才で……」
「え、霞ちゃんが天才って呼ぶ姉って……」
「楯無、お前勘違いしてないか?」
「勘違いって?」
ああ、この勘違いは親密になった奴に毎度説明しなければならないのか……
「私は天才じゃなくて努力家だ」
「努力家?」
「そう、努力家。天才は姉」
「天才はよく変人だと言われるけど……?」
つまり楯無は私を変人と言いたいのか……
「私が変人に見えるのは虐めをそういうものだと割り切って行っての結果だ。それ以外は普通だろう」
「え……でも研究物は……」
「私の研究物は全て知識からくるものだ。あとは私の努力次第だろう。そして人はその努力を出来るか出来ないかで決まる」
「じゃあ、お姉さんは?」
あの人は……多分私が潰したんだろうな……
「姉さんはひらめきが凄かった。あれこそ天才と言えるレベルで」
「じゃあ、あなたとお姉さんの違いって」
「膨大な知識から来るものか自分自身のひらめきか……姉さんは私の膨大な知識からくるアイデアを天才のひらめきと勘違いしてた」
幼稚園児の頃から私は本が好きで、漢字も英語も分からなかったから親や姉に聞いたり国語辞典や漢字辞典。英和和英辞典片手に様々な本を読んでいって小学校に入る頃には家にあったありとあらゆる本を読み終わっていた。
そのおかげあってか小学校に入る頃には文が書ける様になったし英語も片言ではあったものの話せるようになっていた。周りの大人が皆神童だ神童だと言ったせいで恐らく私は虐められるようになったのだろう。
姉さんも天才だったのに誰も姉さんの凄さには目を向けず私ばかりを見ていた。きっと突飛な発想の天才より小さな頃から知識を蓄積しそれを活かせる私のほうが素晴らしく見えたんだろう。今になって思えば天才とは生きている内は大多数の人たちには認められることは少ない……それが姉さんのいい例だったのだ。私は少数の姉さんを認める側だったけど……
「結果的に姉さんは天才だと言われることもなく普通となってしまった」
姉さんが中学1年、私が小学6年になると更に私の虐めは酷くなったが別に虐めなんてもうどうでも良くなってたな……テストでも姉さんのテストが解けて差が確実なものになってしまったし、姉さんと話す機会は少なくなってすれ違いの日々が始まった。
私は姉さんの様々な突飛な発想が羨ましいと感じたのにね……姉さんは私の努力という影に埋もれちゃったんだ。
「それ以来姉さんとはすれ違ってね……和解したのは私が中学3年の時だった」
「ほんのすこし前?」
「1年も経ってないから少しか……」
あれは……冬休みの半ばだったろうか。高校の勉強まで理解できるようになっていた私は高校を受けること無く家の仕事に就こうと思っていたから冬休みはたっぷり時間があった。
激しい論争だった。3日ぐらい寝ないでいた気がする。でも、とても充実してた時間だったと思う。最期の論点は私と姉さんの違いだった。そこでようやく姉さんは理解してくれた。私は知識の蓄積、姉さんはひらめきだったと……姉さんのひらめきに私は知識で対抗できた……とても嬉しかったし、姉さんと和解できたのがその時一番嬉しかった。
努力は天才に届き得る……それを実感した時であったし、私は努力を続けていこうと心に決めた時でもあった。
「互いに天才と呼ばれる故に起こった悲しいことだったなぁ……」
「そんなことがあったのね」
「で、姉さんは元気?」
「え………………?」
あれ?聞こえなかったのか?
「姉さん、元気?」
「なんで私に聞くの?」
「姉さん、IS学園に通ってるから」
「あなたも通ってるのに会ってないの!?」
忘れてた……なんて口が裂けても言えない……姉さんも多分忘れてる。姉さん、記憶力が酷いから……多分私がIS学園に入学したことも覚えてないだろうな……
「会ってない」
「えー……」
「そのうち会うから良い。それから、今日の放課後簪をここに呼ぶから楯無も来るんだからな」
「う……はい……」
なんか楯無が乗り気でないが……まぁ、問題ないだろう。とにかくやるしか無いのだ。
・―・―・―・―・―・―・―・
倉持にしてやられたな。
トイレに行くと行っていながら一向に戻ってくる気配がない。女子トイレに確認に行けるわけでもなければ、捜索するのも面倒だ。それに俺が付いていたからなのか、誰も倉持に危害を加えようとしなかった。
俺がずっと引っ付いていれば倉持が暴走することもないかもしれないが、それでは何の解決にもならない。倉持本人も俺の思惑には気付いているみたいだし、もう少し距離を置いて監視したほうがいいな。
「一夏そう気負うな」
「そう見えるか?」
「とてもな」
「そうか……」
過去の事があるから余り干渉はしないと決めていたのに、結局俺はお人好しに過ぎず自分で知らない間に気負ってしまうようだ。
「無理もありません。あのような愚劣で野蛮な行いを許せるはずがありませんから」
「だからと言って私達まで潰れたら誰が倉持を助けてやれるんだ?」
「大丈夫だよー。私もいるから」
「鈴さん……貴女いつの間に」
神出鬼没スキルに箔が付いてきた鈴が、俺達の背後に立っていた。……もしかしたら鈴だったら倉持ももう少し心を開いてくれるかもしれないな。同じ境遇を経験した者として。……だけど、鈴をそんな都合の良い物のようには扱いたくない。その分別はつけないとな。
「なんだったら私から倉持に突撃してみる?」
「そんなに焦る必要はない。急ぎすぎて躓いてもあれだから、徐々にやっていくさ」
「なんか立ち上がったヒーローチームみたいで良いね!」
きゃっきゃっとはしゃぐ鈴を見て少し昔を懐かしむ。鈴は今こそこうして屈託の無い笑顔ではしゃいでいるが、ほんの2年前では今の姿は考えられなかった。鈴は救われたが、『こうなってしまった』とも言える。どちらにせよ救われたことに変わりはない。だから倉持もきっと救われるさ。この境遇から。
「あ、あの……すいません……」
「一夏誰か来たぞ?」
「……ん?」
1組の扉から教室をキョロキョロと見回す女子生徒が一人いた。俺達のクラスでは今まで見たことがないから他クラスの生徒なのだろう。キョロキョロと見回していることから誰かを探しているのか?
「鈴知っているか?」
「ううん?2組でも見たことないから3組か4組じゃない?」
3組か4組か……あんまり接点がないから言葉を掛けずらいけど、ずっとキョロキョロとされていても困るから用件を聞きに行くか。
「どうしたんだ?」
「ひゃぁ!……ご、ごめんなさい」
「別にとって食ったりしないから……誰かを探しているのか?」
「……うん。ここは1組でしょ?なら霞がいるかと思って……」
霞……倉持の下の名前か。下の名前で呼ぶ間柄と言うことは倉持と親しい人物だな。なんだかんだ言っても倉持にも友人と呼べる人物がいたことは嬉しいが、倉持のことだからこの子にも相談などしていないのだろう。
困った時に助け合うのが人間であり、友人である。友人に迷惑を掛けたくない気持ちも分かるが、相談も何もしないまま一人で抱え込まれることが友人にとっては何よりも辛いことだ。自分に相談さえしてくれないのか……と思い込んでしまう可能性がある。
「残念だけど今倉持は教室にはいない」
「何処に行ったか分かる?」
「いやわからない」
「そう……ってなにあれ……」
少女が指を指す方向は変わり果てた倉持の机であった。至るところに落書きと傷が付けられてある机を見た少女は大きく目を見開いていた。
「……君が倉持の友人ならよく聞いてくれ。倉持は今クラスメートから苛められている」
苛めの単語を聞いた瞬間に少女は手を強く握り締め、わなわな震えていた。
「貴方は知っていながら助けなかったの?」
震えながら発せられた言葉には明らかに怒りが滲みでており、温厚そうな少女がこれだけの怒気を発していることは相当レベルの怒りではないな。
「その事は、クラスメートであるにも関わらず今まで倉持のことに気付けず今日まで来てしまったことはあってはならないことだと自覚している。けど、現状で俺達は何も出来ない無力だ。君にも謝ることしか出来ない。すまない」
少女に対して頭を下げる。そんな俺に少女は何も言ってこない。頭を上げ少女の顔を見ると少女の目が点になっていた。
「……どうしたんだ?」
「貴方が自分の非以外のことで頭を下げることに驚いただけ」
「えっ……君俺のことを知っているのか?」
「今のは何でもないから忘れて。それよりここでも霞は苛められていたんだね」
しゅんと悲しそうに俯く少女。この反応を見る限りやはり倉持はこの子にも相談をしていなかったのだろう。
「言い訳にしか聞こえないかもしれないが、倉持はこのクラスの誰とも馴染もうとせず、寧ろ挑発的な態度を取っていた。それが苛めの引き金となったのだろう。その後もクラスの誰にも相談することはなかった。だから気付くのが遅れたんだ」
俺の言葉を終始俯きながら少女は耳を傾ける。悲しさと頼られなかった自分の悔しさが交錯しているのだろうな。このままでは倉持と少女の関係にも亀裂が入るかもしれない。それは避けなければならない。数少ない倉持の友人なのだから……
しかし友人がいたのは幸いだ。俺達には気を許さなくても気を許した友人の言葉なら倉持も耳を傾けてくれるはずだ。今の心情の少女には大変かもしれないが、倉持の為にも俺が後押しをするしかない。
「聞いてくれ。確かに『友人』の実態を知ったことは辛いかもしれないが、その『友人』を救えるのは『友人』である君だけかもしれない。だから君は下を向かず前を向いてくれ。そして倉持と向き合って真剣に語り合い、この問題の解決に勤しんでくれ。俺やあそこにいる俺の『友人達』も手を貸す。だから君から倉持にぶつかつてくれ」
全てを言い終えると少女は顔を上げ、俺の気持ちが伝わったのか一度目を閉じ、再び目を開けると決意のこもった強い目になっており、負の感情も消えていた。
「ありがとう……貴方の言葉が無ければ私は負の感情に支配されていたかもしれない」
「どれだけ強がっていても人間は脆い生き物だ。倉持も例外ではない。だから誰よりも側で倉持の支えになってやってくれ」
「……うん、そうする。……霞の居場所に心当たりがあるから私行ってくる」
「そうしてくれ。後俺がこんなことを言っていたってのは倉持には内緒にしてくれ」
「……どうして?」
「恥ずかしさもあるし『また余計な事を』って思われるからな」
このような問題に直面しているのに恥ずかしとかメンツを気にするのは下らないかもしれないが、やっぱり思春期となると異性にこんな事を言ったり伝えたりするのは恥ずかしいんだ。
「……わかった。内緒にしといてあげる」
「頼むぜ。それと最後に名前を教えてくれ。もしかしたら今後も倉持関係で関わってくるかもしれないからな」
「……1年4組の更識 簪。……織斑一夏の印象を変えないと……」
「更識 簪……簪でいいか?」
「何でもいいよ」
青髪の眼鏡を掛けた少女は名前を伝えると、心当たりのある倉持の居場所へと向かっていった。名前の後に何か言っていたようにも聞こえたが、聞くだけ野暮だろう。だから敢えて何て言ったのかは聞かないようにした。
「倉持の友人か?」
「あぁ、更識 簪って名前だ」
「良かったですわ。倉持さんにもご友人の方がいらして」
「友達は大切だよ」
「私達も友達になれるかな?」
「大丈夫だよ。きっとなれるから」
「それよりもおりむーのカッコいいセリフ聞いちゃった~」
続々と通路に集まる皆。俺達の思いが全部とは言わないから少しでも倉持に伝わってくれればそれでいいさ。……それよりのほほんさん『おりむーのカッコいいセリフ聞いちゃった~』って俺のセリフ聞いていたのかよ!死ぬ!恥ずかしさで死ねる!
「あっ、私も聞いたよ。あんなこと言われたらメロメロになっちゃう」
やめてくれぇぇ!頼むから忘れてくれぇぇ!俺の傷口に塩を詰めないで!
「少しは男らしいじゃないか」
「立派な紳士ですわ」
「やっぱり一夏カッコいい!」
「畜生!戦略的撤退だ!」
余りの恥ずかしさから俺は皆の前から颯爽と逃げ出してしまった。思春期の男子の恥ずかしい一面を弄ぶなんて酷いぜ!これからは周りに目を配りながら、セリフも選ばなければな。毎回こんな目に合うのは辛いからな。
・―・―・―・―・―・―・―・
「なにこれ……」
私は絶句していた。つい先日までは無かった第9整備室の酷い落書きの惨状に。
霞が第9整備室のドアに『倉持霞研究室』と張り紙をしているのは前から知っていたし、整備室を使う人が知っていてもおかしくはないとは私は思っていたが……こんなことになるとは全く予想していなかった。
霞の性格は控えめに言ってもあまり良いものではなかったと私は思う。研究物に対する興味が霞の大半を占めていて他人はおろか自分にすら殆ど興味を持っていなかったと思う。
が、それ故に自分の研究物に対するプライドとも言えるものはとてつもなかった。それが昨日の惨状だったのは私がその報復を見ていたから知っている。
では、目の前のこれはなにか……書かれているものはただの誹謗中傷。謂れもないものだ……それは霞と一緒にISを作った私が保証する。
「でも……きっと霞は……」
どうとも感じないだろう。過去にオンラインゲームをやっていたという話でよく誹謗中傷を受けたと聞いたが霞はそれに対して何も言わなかったと聞いた。
霞曰く『学校の虐めと何ら変わらない。羨ましいだけだ』とのこと……話していく中で霞は小中学校の頃から虐められていたらしい。それがきっと今の霞を作り出したのだろう……つまり、虐めに負けること無くしっかりと自分を保っていた。
霞は小学校の時点で『自分』というものを確定させいたんだ……すごいなぁ……
「でも……今は?」
そう、今はどうだろうか?自分の研究したものが貶された今の霞は?
私は整備室のドアを開けて中に入った。中には霞ともう一人居るようだ……でも、この声どこかで……
「か、簪ちゃん!?」
「お姉ちゃん……?」
私の姉……更識楯無……真命『刀奈』……。
・―・―・―・―・―・―・―・
整備室のドアが開いて誰かが入ってきた。ここに来るのはルームメイトの楯無に打鉄弐式の操縦者の簪だけ……つまり……
「か、簪ちゃん!?」
「お姉ちゃん……?」
この2人が此処で相対するということだ。
でも、まぁ丁度いいな。呼び出すの面倒だし楯無が来るとは限らなかったし……
「おー、簪。ちょうどいいところに……楯無が話あるってさ」
逃げ出そうとした簪を引き止める。私が虐められていて人を見る目が養われたという話は覚えてなかったのか?
「っ!」
思いっきりビクつく簪……そこまでか?そこまで怖いのか?
「な、何?お姉ちゃん……」
「え、えっと……その……あの……」
ビクついている簪に、オドオドしている楯無……普段は見れない2人の姿はとても新鮮だ。
だが、この2人全くもって話が進みそうにない。仲介役は私が受け持ったわけだし、しっかり仕事するかな。
「簪、楯無は謝りたいそうだ」
「何を……?」
「簪に言った過去の言葉」
「――ッ!?」
簪の顔に影が宿る。まるで今まで蓋をしていたものを思い出したような、そんな表情。
「か、簪ちゃん……あのね――」
「黙って!」
楯無が説明しようとしたところに簪が叫ぶ。
それはとても悲しそうな悲鳴にも聞こえる叫び声。
「お姉ちゃんのあの言葉で私がどれだけ傷ついたか分かる!?お姉ちゃんに追いつこうと必死に努力して、それでも追いつけなくて追いつくことなんて出来なくて……最期に言われたあの言葉で……」
「簪ちゃん……」
「お姉ちゃんのあの言葉の意味くらいは理解してる!でも、お姉ちゃんと同等のことが出来るようになるって目標をお姉ちゃんに攫われる気持ちは分かる!?」
……簪の心からの声。この声が出されれば後は成り行きに任せれば問題ないはずだ。現に私と姉さんはこうして和解したのだから……お互いがお互いの思っていることを全て吐き出させる。感情に任せて……
「でも、それからいくら頑張っても、死ぬ気で努力してもお姉ちゃんには敵わなかった……」
簪の目から涙が溢れる。ボロボロと、止めどなく……たくさん流れだす。
「天才に努力は届くんだって誰かが言ってた……なのになんで私はお姉ちゃんに届かないの?」
「それは……」
その答えは楯無自身がよく知っている、理解している。その言葉を言って簪が理解できるかは分からないが今は事実を言うべき時だ。
「私も努力するからよ……」
「お姉ちゃんも……?」
「それに私は天才じゃないもの、努力をする普通の努力家。努力をした年月が違うのだから届かなくて当たり前でしょ?」
「でも……それじゃあ……」
簪がその先を言う前に私が言葉を紡ぐ。
「届くさ。人間は1人じゃないだろ?」
「霞……?」
「人は助けあってこそ人間だ、1人で全てが出来る訳じゃない」
「霞ちゃんの言う通りよ。だから、一緒に頑張りましょう?簪ちゃん」
簪は楯無の顔を見ると更に涙を溢れさせて楯無に飛びついた。
「ごめん……なさい……」
「良いのよ、簪ちゃん。あんな言い回しをした私も悪いわ」
「でも……」
「私が悪いのよ……簪ちゃんは悪くない」
さて……これでこの2人の関係も修復完了……かな……?
「ところで簪、今はまだ授業中だったと思うんだが……大丈夫なのか?」
簪は楯無の胸からこちらに顔を向けると下を出して言った。
「仮病」
「……真面目な奴がそんなことをするなよ」
非常に不真面目な私が伝染ったんじゃあるまいな……もしそうなら洒落にならんのだが……