さて、簪と楯無の和解が済んだ後……なんか恐ろしく鋭い視線を2人から向けられている。私が何かしただろうか?
「霞、教室の惨状見てきたよ」
……なるほどね、私が虐められているのが認められないってことか……
「なんで相談してくれなかったの?」
「私にだってそうよ?ルームメイトなのに」
まさかの頼られなかったことにご立腹?私自身の問題だし相談なんて必要ないと思ってたし、何より誰かに相談して解決することでも無かったから相談も何もしなかったんだが……
「……言いたいことはなんとなく分かった……ただ――」
「「ただ?」」
「これに各国の重要人物を出すわけにはいかないんだよ……特に専用機持ちには」
「……そういうことね」
「なんで?」
流石は楯無、理解しているな。簪には少し難しい話かもしれないが……話さないことには始まらないな。
「簪、私は経緯はどうだったのかは分からないが織斑一夏に庇われる形になってるのは凡そ理解してるな?」
「うん」
教室の惨状を見てきたんだし当たり前のことだが一応確認した。
「織斑一夏の周りに専用機持ちもしくは特殊な人物が多いことも何となくは理解してるな?」
「私が知ってるのはイギリス代表候補生と篠ノ之博士の妹だけど」
「それで十分、そして私の方にも簪と楯無……私の周りには専用機持ちが多く存在している」
簪はコクリと頷く。さて、ここからが本題だ。
「私のやったことは……分かるか?」
「霞の研究物に手を出した馬鹿5人に銃に対するトラウマと人間不信を植え付け、その全員を自主退学させた」
理解しているようで何よりだな……
「聞くだけならばそうだな……しかし、現実はそこまで甘いものではないよ」
「?」
簪が首を傾げる。
「問題なのは私自身じゃない……外野だ」
「外野?」
「外野には、私という『専用機持ち』が一般生徒を虐め返して退学させただけにしか見えない」
「あ………………」
ようやく簪が理解した。そう、私がやっていることが専用機持ちのやり方に取られかねないのだ。
「つまり、そういうことなんだ」
「でも!」
「でもで済まされないから私は困っているんだよ」
私はISのソフトウェアを調整するための椅子に座り額に手を当てる。
「霞?」
「霞ちゃん?」
「裏で虐めの糸を引いてる奴が居る」
「「っ!?」」
これが私の悩みの種だ。しかもそれが……
「中学時代の友人だ。それを先と同じように自主退学なんてさせてみろ……一体去り際に何を言いふらされることか……」
「霞ちゃんでも誰かの心配をすることもあるんだ」
「楯無、まるで私が冷酷無比な人間の様に見ていたみたいな言い方だな」
「いや……そんな訳じゃ……」
私はフッと笑った。
「冗談だ。それに、楯無の言うこともあながち間違いじゃない」
そう、間違いではない、事実そうなのだから否定のしようがない……否定することが出来ない。
「私の温かい一面を二人共見たことないだろ?私はそれだけ冷たいんだ。何事にも興味が薄く、人間関係すらどうでもいいと感じる私の心。人間らしいところなど1つもない」
二人共押し黙る。考えればいくらでもその感覚はあったのだろう。さて、これで離れてくれれば多少面倒は少なくなるんだが……
「えー……人間らしくないって自分で言うの?」
「そういうわざとらしいところが人間臭い」
作戦失敗。駄目だこりゃ……専用機持ちと一般生徒の溝が深くなりかねないから2人には離れて欲しかったのだが……
「はぁ……出来れば2人を引きずってこの問題には直面したくなかったがな」
私は座りながら2人の方に体を向けた。
「……まず、言っておくがこれから起こることに対して一切口を出さないで欲しい。二人の立場を酷くはしたくないからな」
「え?どういうことなの?」
「説明がほしい」
「説明はできない。が、頼む……この願いを聞いてくれないか?」
2人は互いに頷くとこっちを向いた。
「終わった後で説明してもらうわよ」
「じっくり詳しく」
「……多分聞いてるだけで分かるだろうさ」
私は二人の方に向けていた体をドアの方に向けると言い放った。
「そこで聞き耳立ててる奴、出てこいよ」
その声が聞こえたのかは分からないが整備室のドアが開いた。
そこに立っていたのは私の中学の頃の友人、風見(かざみ) 理恵(りえ)だった。いやま、知ってたけどね……中学の頃からこいつは友人のふりして私のことを虐めてた訳だし。
ちなみに小学の頃虐められてた理由は私の容姿(白髪アイスブルーの瞳)と勉強の出来だった。その頃から周りには無頓着だったし虐めの感覚もなかったが。
「なぁーんだ、気付いていたんだ」
黒かった髪を茶色に染めている不良のような馬鹿(事実高校入試の模擬試験の偏差値は23)が何故IS学園に居るのか……と考えればかなり単純で親が家の倉持技研の部長だからなんだよな……親の七光りで入った馬鹿には興味を持つ必要性すら感じないな。
「で、なんの用だ……って私を虐めに来たんだろ」
「なんでそれを……」
「あのさ、企業のトップになるってやつが人の見方も知らないでなれると思ったのか?」
というか、話すのも嫌だな……どうにかやめて欲しいものだ。
「虐めるのも勝手だが、いい加減気づかないか?お前の考える虐めでは私には響かないって」
「………………」
「なぁ、なんで私を虐める?こんな虐め甲斐のない奴虐めても面白く無いだろ」
自分から虐めを煽っているが……ま、私に対する虐めの意味を考えてもらうだけでもマシかな?エスカレートしようが問題はないだろ……
理恵の目が何かを捉えるとニタリと笑った……一体何を見つけた?一体何に笑った?
「うーん、そうだね。霞の反応ちっとも変わらないから飽きてきてたところなのよね……まぁだけど簡単に止めれないのも事実。だからさ、苛め止めてあげるからさ、そこのIS頂戴?」
智恵が整備室の奥にある馴染ませている途中の空月を指さしてそう言われた瞬間、ブチリとナニカが切れる音がした。恐らくキレたという時の音なのだろう。本当に聞こえるとは思わなかったが……まぁ、まずは……
「はい、分かりましたって言って渡すと思うか?」
理恵はキャハッと笑うと答えた。
「冗談冗談。そんなに本気にしなくてもいいのに。本当に昔から冗談が通じないんだからぁ」
理恵はそう言うとニヤニヤ笑いながら更に言った。
「虐めはやめないよ。無反応な霞がちょっとだけ出す感情を見るの楽しいもん」
理恵はそう言って整備室から出て行った。アイツが虐める理由が分かったのはいいが……
「そんなくだらない理由で虐めてるのかよ」
なんか、知りたくもないことを知ったような……そんな気がする。
・―・―・―・―・―・―・―・
「風見理恵?」
「調べてみたら3組の生徒だった」
倉持の苛めが再発してから1日明けた今日。更識簪さんが、倉持の苛めに裏で糸を引いている人物について告げてきた。内容は、風見理恵は倉持と中学時代の同級生兼親友だったが、その親友こそが中学時代から倉持の苛めを取り締まっていた張本人。親友であったのも一番近くから倉持の反応を見るための自演。今回の苛めも同じくIS学園に進学してきた、風見の差し金らしい。既に風見の息の掛かった生徒が何人もいるみたく、その全てが配下になっているようだ。
更に更識さんが言うには、風見は倉持の苛めから手を引くと言っていたのだ。中学時代から今日まで苛めをしていた奴が急に手を引くのも妙な話。倉持の机に何もされていなのを見るとそれが一層際立つ。まるで昨日までのことが嘘かのように、誰も倉持の話や気にする素振りを見せてない。本当に何事も無かったかのように過ごしている。俺にはそれが気味悪く、嵐の前の静けさを予感させていた。
「犯人が解ったのなら乗り込んで、直接話を付けに行けばよいのではないのか?」
「残念だけどそれは無理」
「何故無理なのだ?」
箒は場所も犯人も特定出来たのだから乗り込もうと、提案するも更識さんが待ったをかける。
「私達は迂闊に手は出せない。いや、出してはダメなの」
「手を出してはダメ?犯人も居場所も特定できているのに何もせず指をくわえてろと?」
「……もしや私達の立場の関係ですの?」
「正解。セシリアの言う通りだよ」
私達の立場の関係?益々意味が解らなくなってきた。俺達の立場に一体何の問題があるんだ?何処にでもいる只の学生で、特別な人間でもなんでもないだろ。
考えても皆目見当がつかない。ここは気付いているセシリアに答えを聞いた方がよさそうだ。
「セシリア、どういうことなんだ?」
「簡単に言えば、私達はこのクラス、この学園で置かれている立場は?」
「只の生徒ではないのか?」
「いいえ、良く考えてみてください。ここはIS学園で、私達が肌身離さず身に付けているものは何ですか?」
肌身離さず身に付けているもの? ……俺は白式だよな。白式は倉持技研からの専用機……専用機? まさか……
俺はセシリアが何を伝えたいのかをやっと理解した。箒に顔を向けると、箒も気付いたらしく二人で憤りを露にした。
「お気付きになられたようですね。私達は只の生徒ではありませんでしてよ。私や一夏さんや鈴さん、そしてそこにいる簪さんは、周囲から違う目で見られているのです」
「更識さんも専用機持ちだったのか!?」
「今驚くことじゃないと思うわ」
余りにも意外すぎて本題を忘れて驚いてしまった。意外すぎるってのは本人に悪かったな。それよりも、周囲から違う目か。つまり俺達は『専用機持ち』のレッテルを張られている状態で、下手な行動をすれば良い目で見られないことになるのか……気に入らないなそんな考え。
「ならば、私なら問題ないだろう。私は一夏達と違って専用機を持っていないのだから」
専用機を持っていない自分なら或いはと、主張するがセシリアは首を横に振る。俺としても箒一人だけにそんなことを背負わせたくはない。問題が無くとも俺が止めている。
「箒さん。貴女がある意味では一番厄介かもしれません」
「何を馬鹿な! 私の何処に厄介なことがあるというのだ!」
その性格なんて口が避けても言えないし、真面目なこの空気の中でそんな爆弾発言を投下するほど勇気もなければ、空気が読めない訳でもない。これは俺の心の奥底にしまっておこう。
「『篠ノ之博士の妹』である貴女が厄介でないと?」
「…………っ!?」
篠ノ乃博士の妹。箒が一番気にしている事であり、嫌悪感を示していることだ。入学初日も篠ノ之博士の妹と好奇心の目で見られていたのを箒は一蹴し、自分とは関係無いと否定していた。
箒から聞いた話では、束さんが姿を眩ませたのせいで自分や家族が政府の保護プログラムに勝手に組み込まれ、良い思いをしてこなかったと。それは箒が転校後の話。当然それを箒から聞くまで俺はそんなことを知るよしもなかった。どれだけ箒が重圧のストレスを感じながら過ごしてきたかなんて、俺にはわからない。それがまたのし掛かってきたのだ。箒が顔をしかめるのも無理はない。
「何度も言うが私には関係「無くはないのです」何だと?」
「箒さん。貴女がどれだけ否定しても、世間はそれを否定をしないのですよ。貴女がどれだけ事実から逃げ回っても、一生付きまとう定事項です」
「……だから何だと言うのだ?私が何かする度に姉さんの妹の癖にと受け取られるのか?」
「その通りです」
箒が明らかに不機嫌になってきた。箒の意思とは関係なしに見比べられ、不祥事を起こせば指を指される。不祥事……それが例え正しいことであっても、周囲がそう感じなければ俺達が悪いことになる。そう今の俺達のように……
俺はここまでの会話の中でその事実に気付いた。いや、気付いてしまった。俺達のしようとしていることが与える周囲の影響を察してしまった。
「篠ノ之さん気にしなくてもいいよ。私もそうだから」
「…………?」
更識さんも同じ?更識さんにもお姉さんがいて、似たような環境を取り纏っていたのか?
「かくいう私も、母国を代表とする代表候補生。私の無鉄砲さで母国の名に傷を付けてしまうかもしれません」
「俺達が自分勝手に動けば『専用機持ち』『代表候補生』『篠ノ之博士の妹』が『何か』したことになる」
「霞もそう言っていた。だから私にも相談もしなかったし、あなた達を頼ろうともしなかった」
なんてことだ、俺は倉持のことをとんでもなく勘違いしていたのかもしれない。倉持は誰よりも俺達の身を案じていたのだ。俺達以上に俺達を気にかけてくれていたのだ。
「ではどうしろと? これでは全くの打つ手なしではないか!」
「先生方に掛け合いは?」
「風見さんの父親は霞と同じ倉持技研の技術者で、部長の立ち位置にいる人。日本を代表するIS企業の一人娘だから公にしたくないのかもしれない。現に私の申告にまともに取り合ってもくれない」
IS絶対主義の現状か。それとも大企業の圧力か、隠蔽し揉み消そうとしているのか。被害者であり、倉持技研の跡取りである倉持が直接申告すれば動くかもしれないが、倉持に限って自分から申告することはないだろう。このままでは風見のやりたい放題になる。
「なんとかして倉持さんを動かすしかありませんわね」
「いや、俺達も動こう」
「一夏さん!?」
「無理よ。私達が何かすればそれだけで「だから何だと言うんだ?」えっ?」
更識さんを通して、倉持の言い分を伝わった。俺達が無闇矢鱈に動くべきではないことも重々承知した。だが、だから何だと言うんだ?俺から言わせてもらえば、そんなのは所詮周りからの評価と周囲の目を気にしているだけだ。専用機持ちだからこそ、堂々としなければならないんじゃないのか?代表候補生だからこそ間違っていることは間違っていると証明しなくてはならないんじゃないのか?篠ノ之博士の妹?姉が凄かったら妹はビクビクしなければいけないのか?
「周りなんか知らねぇよ。何とでも言わせておけばいい。肩書きや周りの目を気にして、中途半端にしてしまうのが一番ダメだ! 出来ることを何もせず、黙って見過ごすのは何もしないより最悪だ」
「あなたは織斑先生の弟だったはず。織斑先生に迷惑を掛けることになるかもしれないことになっても?」
「迷惑を掛けたら全力で謝る! だけど常に迷惑を掛けないように最善の選択をする!」
俺は呼吸を整え、一旦間を取り決意を固める。
「俺は自分に出来ることを自分で考え、やり通す!」
行き着く先は箒と似ているが、俺は千冬姉の弟であることは否定しない。それを受け入れ、俺は俺の道を突き進む。千冬姉の威光も専用機も振りかざしたりはせず、一人の人間として。
「あなたの言い分はわかったけど、具体的にはどう動くつもりなの?」
「先ず風見が裏で手を引いている確実な証拠が欲しいところだ。倉持や本人が口で何を言おうが、第三者達からすれば与太話の域を出ていない妄言ととられる。全員が納得するのような『現物』を用意するしかない」
我を通すならそれなりの『誠意』を見せなければならない。『誠意』も何もなければそれは只の我が儘に過ぎず、場をごちゃごちゃに混乱させるだけだ。
「現行犯で捕らえるの?それとも誰かに口でも割らせるの?」
「それが難しいところなんだよな。風見が苛めを実行していれば現行犯で捕らえることが出来るかもしれないが、指示を出す側だと現場を押さえるのは難しくなってくる」
「誰か風見の配下を引き込むのか?」
「それだけじゃなく、味方がもっと必要だな。味方が多ければ俺達の行動の正当さが証明される」
物騒だが、これが現実的に考えて一番の方法だ。というよりもこれ以外に解決する方法がない。何よりも勝手に動くのだから、学園に迷惑は余り掛けられない。その為にもこれ等の方法を取るしかないのだ。
「大丈夫なの? こんなことをして……」
「何か良くないことになりそうですわ」
「一旦落ち着け一夏」
セシリアと更識さんと箒が難色を示すが、多少強引なやり方は仕方のないことだ。この問題を野放しにするわけにもいかない。
「ゆっくり焦らず、慎重に行動しよう」
・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
「ゆっくり焦らず、慎重に行動しよう」
一夏さんの熱意と信念は感服するものですわ。今時ここまで、はっきりと自分の意見を持つような方は少なくなってきてます。自ら率先して指揮を取るのも社会では必要なこと。
ですが、些か過剰になっている部分が見られますわ。今はそこまで目立ってはいませんが、理想が行き過ぎる危険性があります。私は友人として止めた方が良いのでしょうか? ……取り敢えず今は様子見としましょう。
・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
大勢で一人を寄って集って苛めるのは言語道断。人としてあるまじき行為。一夏は間違っていることは言ってはいないのだが、なんだこのモヤモヤ感は? 素直に丸飲み出来ない自分がいる。この違和感は何なのだ?一先ずは一夏に付くが、行き過ぎたら私が止めねばならないな。
・―・―・―・―・―・―・―・
理恵と再会した次の日の朝、私は今日も教室に来ていた。
とは言え今日は一般教科は無い……が用事があり教室に来ていた。多分話が長引くため結局授業に出るはめになるだろうが……ま、それは別にどうでもいい。
そう言えば教室に入って気づいたが虐め……というのかどうかは不明だが無くなっていた。アイツは辞めるのを冗談だと言っていたが……何か意図があるのだろうか?
「――――味方が多ければ俺達の行動の正当さが証明される」
ふと聞こえてきた織斑一夏の声。その方向に目を向ければ束博士の妹にイギリス代表候補、簪が居た。簪……無駄なことを話したな……わざわざ話さなくてもいいものを……
とにかく、これ以上話がややこしくなるのも嫌なので妨害するのと同時に用事を済ませてしまおう。
「ゆっくり焦らず、慎重に行動しよう」
「なら、まずは私に気付かれないように心掛けることだな」
話していた織斑、篠ノ之箒、セシリア・オルコット、簪がぎょっとしてこちらを見る。
「か、霞!?」
「よ、簪。このクラスで何してんの?」
「あ、えっと……その……」
なんでそんなに怯えているのだろうか。まるで怯えた子犬のような目をしているな……ちょっと脅かせば泣き出しそうな感じだな……なんだろう、無性に撫でたい。
そんなわけで私は右手を伸ばして簪の頭に乗せて撫でた。
「――ッ!!………………?」
今度は全員がキョトンとした顔をする。なんなんだ?顔芸ショーでもやってるのか?
「さて、織斑」
「な、なんだ?」
私は織斑の方を向きながらニッコリと笑って続けた。
「これ以上ややこしくなるのも面倒だ。今日の放課後から付き合えや」
「は?えっ?」
話が理解できてない織斑に畳み掛ける。
「集合は……そうだな、第9アリーナ前集合だ。今夜は寝かせるつもりはないから覚悟しておけ?」
私はそう言って席に座った。話してた連中?なんか固まってたよ。
にしてもそこまで時間掛からなかったな……ま、いいや。そのまま授業を受けるか……プログラムでもしてりゃ時間は潰せるし。
あ、ちなみに放課後やるのは特訓だ。これまで色々あって切り出せなかったからな。多分、終わる時間は午前0時を回る頃だろう。それまでは寝かせない。もしかすると寝れないかも知れんな。
・―・―・―・―・―・―・―・
「集合は……そうだな、第9アリーナ前集合だ。今夜は寝かせるつもりはないから覚悟しておけ?」
突然の来訪者がニコニコと女神のように微笑む。その仕草は美少女であることを更に引き立たせ、虜にしてしまうであろう。元々容姿だけみれば誰もが振り向くレベル。転入初日から今まで一度たりとも、見せたことのないギャップが俺達に与えるインパクトとしては非常に大きい……笑顔の持ち主が倉持霞でなければ。
蛇に睨まれたカエル。それが今の俺達の状態を表すのに適しているであろう。
倉持の笑顔から得たいの知れない恐怖が滲み出していた。あの笑顔の裏に何が秘められているのか。何か企んでいなくとも、自然に何か企んでいるのではないかと錯覚してしまう。
「何か変なものでも食べたのか倉持は?」
「……ビックリした」
「お、俺倉持になんかしたか?」
「ギャップが凄まじかったですわね」
密集体形をとり、顔を近づけひそひそ話を始める俺達。話の議題は当然倉持の仕草についてだ。ちらーっと静かに席についた倉持の様子を見るが、いつもと変わらない無表情に戻っていた。
「さっきのは目の錯覚だったと思うんだ」
「最近色々とありましたからね」
「……アニメの見すぎかな?」
「休養も必要だな」
本人に対して失礼極まりないかもしれないが、それだけ俺達にとっては信じらない衝撃的なことだったのだ。何て言ったて、あの倉持だからな。
だがしかし、笑顔を振り掛けられる心当たりが全くない。癪に障るようなことをした覚えもない。強いて言うなら前回の事件の時に突っ掛かった時の事の嫌がらせか? 嫌々、倉持が何時までも終わったことを引き摺るような奴には思えないからその線は無いだろう。だとすれば、このミステリーの真相は如何に。
倉持の唯一? の親友でもある更識さんも倉持の豹変には理解が追い付いていなく、未だにあたふたしている。
「それよりも一夏はどうするのだ?」
「夜のお誘いをお受けになられましたわね」
「……冷や汗と身震いが止まらない」
美少女からの積極的な夜のお誘い。しかも今夜は寝かせないときた。男ならこの誘いに跳び跳ねる勢いで喜び、期待と妄想に胸を膨らませるかもしれないが、相手が悪すぎる。況してや、あの倉持がまともな事を誘ってくるとは想像できない。大方何かの実験の被験体にされるのがオチである。
「女性からのアプローチを無下にするのは紳士としてあるまじき行為ですわよ?」
「霞に対しての偏見は良くない」
「気張れ一夏」
「薄情者しかいない!」
この場に俺の味方はいないのか……俺の身に何が起きても平気だというのか。 更識さんの言う通り今の俺の抱いているのは偏見からの妄想かもしれない。もしかしたら奇跡が起きて普通の誘いかもしれないが、奇跡が起きなければ普通で終わりそうもないことに立ち向かう程の勇気もない。人間だもの怖がったっていいじゃないか。
「誰か一緒に付いてきてくれよ!?」
「夜更かしは美容の天敵ですから」
「もうじき授業が始まるから……」
「夜食だけでも用意しといてやろう」
「畜生!」
更識さんは自分のクラスに戻り、セシリアと箒も自分の席へと戻っていった。
出された助け舟が、泥舟でも良かったから一人だけでもお供が欲しかった。誘われたのは俺だけだけかもしれないが、正直なところ倉持と二人だけとか色々と緊張もするからな。
作戦会議はメンバーの離脱により終了を余儀なくされ、残された俺は一人今夜のことに、頭を抱えていた。どうやって事なきに終えるか等の逃げることばかりに考えが周り、SHRの内容が頭に全く入ってこなかった。
SHRを犠牲にしたことで、俺は一つの結論を導き出すことが叶った。最も現実的でこれ以上もなく簡単で労力をそこまでかけることのない方法だ。
……仕方ない 。バックレるか。
・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・
一日の授業の終了を告げる鐘が鳴ると、学園の生徒達は各々の時間を過ごすべく、ゾロゾロと校舎から出てきだした。部活動に励む者もいれば、友人同士でお喋りをする生徒等々。その中でただ一人矢鱈と周囲を気にする影が一つ。
「よし……倉持はいないな」
結局俺一人で乗り切ることになってしまった。箒は剣道部の練習で、セシリアは図書室に勉強。更識さんはクラスが違うから予定が掴めず、クラスを覗いた時には更識さんの姿はなかった。
「ここから寮まで全力ダッシュだ!」
コソコソとかぎまわりながら移動しても良かったんだが、男が一人でコソコソと動いていると、非常に目立つ上に周りから奇っ怪な目で見られ兼ねない。学園内は下校や部活の生徒で賑わっているしな。
少し時間をずらしてからトンズラするのも考えたが、時間を掛ければ掛ける程逃げる余裕が無くなってしまう。それに、頭の良い倉持に時間を与えてしまっては勘づかれ、対策を取られてしまう危険性があった。倉持には俺が逃げることを放課後まで、気取られないように細心の注意を払っていたから万が一もないだろう。後は自分の部屋に戻るだけ。戻ってしまえばこっちのもんだ。
俺は二、三回寮迄の最短ルートに倉持の姿が無いかを確認し、いないことを確認した俺は見切りを付け一目散に走り出す。体育やISの特訓で鍛えているからそれなりに走れるようにはなっていた。このペースなら見付かっても女子相手なら振り切り、追い付かれる心配もなく寮迄然程時間が掛かることもないだろう。
抜かりはない。彼は自身の計画は完璧だと自負していた。それ故に最後の最後に気を抜き、木陰に潜む人物に気付くことが出来なかった。
「おわっ!」
全力ダッシュしたのも束の間。草むらから飛び出してきたモノに足を引っ掛けられた彼は転倒し、地面に叩き付けられた。体を擦る彼の前に彼もよく知る女子生徒が立ち塞がった。
「よぉ?そんなに急いで何処に行くつもりだったんだ?」
「ぐ、偶然の出会いだな倉持……」
最悪だ……最悪のタイミングで倉持に遭遇してしまった。逃亡の現行犯を取り押さえられた。現行犯だから言い訳のしようがなく、このままでは逃げ場がない。なんとか言いくるめないものか。
「い、一度に荷物を置きに行こうとしてただけだ。ほら、倉持との約束で何をするか聞いていなかっただろ?だから俺なりに考えて、要らない荷物を先に部屋に置いておこうと思ったんだ」
苦し紛れの言いくるめだが、即興で考えた割には出来映えは良いはず。倉持相手にこれだけで言いくるめられるとは到底思えないから、質問攻めされるのは目に見えている。そこを俺の華麗なトーク術でかわしていくしかない。
「そうか。それならさっさと荷物を置いてくるんだな」
しかし、彼の予想とは裏腹に彼の言い分が通ってしまった。余りにも予想外な展開に彼は一瞬狼狽える。
「えっ? 信じてくれるのか?」
「嘘だったのか?」
「う、嘘じゃねぇさ」
予想が大きく外れてしまったが、結果オーライ。良い方向に転がってくれた。
「じゃあ、さっさと置いてこい」
「そ、それじゃあな」
後ろを振り返るな。真っ直ぐに部屋に向かおう。そうすれば流石の倉持でも部屋の中までは入ってはこれないだろう。
立ち上がり、パンパンと土を払いのけた俺は転がった鞄を拾い上げ再び駆け出そうと足を踏み出した。
「……本当に私と会ったのが偶然だと思うのか?」
踏み出した足を止め、ゼンマイ仕掛けの玩具のようにギギギと首だけを傾ける。何やら恐ろしいことが聞こえ、鋭利な物で突き刺されたような衝撃が走り動きを制止されてしまったのだ。
「校舎から寮までの最短ルート。ごくごく一般的な考えだな。チャイムと同時に校舎を出なかったのは一応は考えていたみたいだが、欠点は私に十分な時間を与えすぎたことだな。それだけの時間があれば先回りは十分に可能」
「つ、つまり?」
「最初っからお前の逃亡などお見通しなんだよ」
……いつからだ? いつから俺が逃亡することを企てていたって気付いたんだ。
「『何でバレたんだ』って顔をしているな。言っただろ最初っからお見通しだと。お前を誘った時点で逃亡なんて簡単に予想が出来る。寧ろ逃亡されることを前提に誘っていたからな」
俺は倉持の手の上で踊らされていたのかよ……なんだよそれ。誘いながら内心では逃げられることを予見して、対策まで考えるかよ普通。それに逃げられることを前提にって、俺ってそんな奴に見えるのか……てか実行していた。
ここで俺は漸く自分の犯した過ちの罪悪感に囚われた。普通の思考で考えれば俺のやっていることは最低で最悪なやってはいけないことじゃないか。拒否権が無かったにしろ、何も言わずに黙って逃げるのは人としてどうなのか?
「……悪かった倉持。俺が間違っていたよ」
「むっ? なんだ? いきなり」
「俺、倉持のことだからどうせ酷い目に合わされるのだと、偏見の目で判断していた。本当は違うかもしれないのに、俺の目線で倉持のことを考えていた。それは一番やっちゃいけないことなにな」
倉持のことをまだ全然知らないのに、今までの態度とかで勝手に倉持の人物像を決めてしまっていた。もしかしたらそれも沢山ある倉持の一部分に過ぎず、まだ知らない倉持だってあるはずだ。今日の笑顔だって、俺の知らない倉持。それなのに、よく知りもしない相手を偏見だけで見ていたら、苛めっ子達と何ら変わらないじゃないか。
時間を戻せるなら今すぐにでも、逃亡を考えていた自分を殴り飛ばしにいきたい。他人を配慮する心がない奴に何が出来るってんだよ。
俺の勝手のせいで、倉持を不快な気持ちにさせてしまっただろう。謝って済むことではないが、先ずは自分の非を認めよう。
「倉持の言う通り俺は、逃亡を考えていた。許して欲しいとは言わない。 倉持の好きにしてくれ」
倉持に頭を下げる。今倉持がどんな表情をしているかは俺からでは見えない。
「そんなことされても何の意味もない。不快にもなってないし、こんなの慣れっこだ。だから早く顔を上げろ」
倉持に促され、俺は顔を上げる。顔を上げて倉持の顔を見ても、何時もと変わらない無表情のまま。怒りも悲しみも感じられない。怒ってくれたらどんなに良かったか。悲しんでくれたらどれだけ罪悪感が増したことか。
「因みに言っておくが、お前の考えは偏見でも何でもないぞ?」
「……?」
「お前の言う通り、私ははなっからお前を酷い目に合わせるつもりだったからな」
この流れでその発言はないだろ倉持。今完全にそんなムードじゃないのに。
……何だよこれ。俺の取り越し苦労で、何か損した気分になったぞ。俺が悪いことをしたのにそれが悪いように思えなくなってきた。てか、本人の口から酷い目に合わせるって言っちゃダメだろ!? ここまで公言されたら俺も逃げる権利があるはずだ。
「何か勘違いしているかもしれないが、私は別にどうとも思ってなかったのにお前が、勝手にベラベラと喋っただけだからな」
「返せ! 俺の純情を返せ!」
「だからお前が勘違いしていただけだ」
もう、どうしてこうなるんだよ! 俺が悪いで全部終わらせれば良いのに、何で一言余分に話すんだよ!?
「酷い目に合わせられると判明した今俺の逃亡は正当化される」
「『好きにしてくれ』って言ってたよな? まさか撤回するのか?」
「ぐぬぬ……!」
「それに、寮に逃げ込んでも私には"これ"があるからな」
「……なんだそれ?」
倉持は制服のポケットから一つの鍵を取り出した。俺の部屋の鍵は管理人に預けているから、部屋の鍵ではないはず。
「IS学園の寮官から借りたマスターキーでな。これで何処の部屋にでも入れる優れものだ。私が事情を話したら快く渡してくれたぞ」
「八方塞がりじゃねぇか! 畜生!」
寮の寮官は千冬姉。俺の逃亡を見越して、予めそんな奥の手を用意されたら俺の逃げ場は最初っからないことになる。
「身内に売られた……」
彼の、女子生徒に対する認識の甘さが招いたことであった。
「ああ、言い忘れたな。荷物を置きに行くならISスーツも着てくるか持ってくるかしろよ」
「はい……」
逃げ道のない俺は不本意ながら倉持の言うことを聞くことにした……逃げたことが後々のことを考えると労力を余計に使っていたとはこの時は知らずに……