で、織斑を特訓し始めた次の日。朝にあんなことがあったが特に後は何も問題はなく(楯無は必死で簪の誤解を解いていたが)、私はいつも通り授業をサボっていたが……いつもの第9整備室でプログラムを組むでもなく部屋でネットに繋いだPCの前で調べ物をしていた。
調べ物の内容は各国家の予算案。特に軍に分配されている分の行方を見ていた。
無論、そんなものが調べて出て来る筈もなく、幾重ものプロキシサーバを通して各国家軍のサーバーをハック。
軍予算の洗い出しを行い、不透明な流れる先を追った結果見えたのがIS保有国の『IS傭兵』の存在だった。
各国の軍は傭兵という『実戦配備』ではない『雇う形のIS』で他国を牽制しつつ侵攻するためのイレギュラー戦力としてIS傭兵を使用していた。
『IS傭兵』、それがIS業界の闇……裏世界だった。
現在のIS保有国は白騎士事件によってもたらされたIS運用制限条約、通称『アラスカ条約』によって攻性兵器としての運用が出来ず、国防戦力としてのみ実戦運用が許可されている……が、実際には攻性兵器として運用が行われていた。
戦場において普通に使われるが故の抜け道、それが『IS傭兵』……という話である。
傭兵は国には属さない、だからアラスカ条約には抵触せずに攻性的な運用が出来るというわけだ。
「……『レイヴンズ・ネスト』か……」
半世紀以上も前に始まったアーマード・コアの初代、及びプロジェクトファンタズマ(PP)、マスターオブアリーナ(MoA)において使用された傭兵組織の名前だな……これの創設者がACを知っていたのかそれともその意味を込めて付けたのかは知らないが……ここに所属する傭兵は『レイヴン』、ワタリガラスと呼ばれるらしい。
はっきりと言わせてもらうがこの『IS傭兵』は世界ではあまり認められることのない非合法な存在である。故に暗殺や殺害対象になることも少なくは無いらしく、自分のことは自分で守らなければならないらしい……傭兵らしいと言えば傭兵らしいところだな。
「あら、霞ちゃん。今日は部屋にいるのね」
そんな声が後ろから聞こえた……
「楯無か」
「へぇ~……IS傭兵かぁ……」
楯無の目が少し細まる……ああ、対暗部家頭首の時の顔だ。
「入るの?この非合法組織に」
「ああ、入るつもりだ」
「戦場よ?戦えるの?人が殺せる?」
戦えるのか?人が殺せるのか?愚問だな、そんなこと……
「出来る出来ないじゃない、私はやるんだよ。自分の意志で」
「何のために?」
そんなの考える必要もない。だから私は即答した。
「ISの進化する先を見てみたいから」
「……どういうこと?」
楯無が理解できなかったような顔をして私に聞く。
「ISは形態移行するのを知っているな?」
「ええ、知ってるわ」
ISの形態移行(フォームシフト)……ISを扱うものならば誰しもが知っていること……公には『操縦者との信頼関係構築』によって起こると言われているが実際には『経験の蓄積』である。
「なんでも操縦者との信頼関係の構築がトリガーだとか」
「正しくは操縦者と稼働した経験の蓄積だな」
「……まさか」
私がやろうとしているのは『実戦による実践データの蓄積を行った場合どうなるか』という実験である。
元々は空を飛ぶために造られたISは無駄とも思える進化機能が搭載されている。その機能は空を飛ぶためだけではなく攻撃を行う武装にまで及び『進化する兵器』とも呼ばれている。
現在確認されているISの形態移行は三次移行(サードシフト)までだが……まだその先があるはずなのだ……
「そのまさかだな」
「ISによる実戦は、基本的に対IS戦よ。それも、絶対防御すらも貫く攻撃をしてくるのだって居るわ」
「だからこそ……私は月光の進む先を見てみたい」
危険があるのは実戦なのだから承知のうえだ。
「裏の世界に居る私としては止めたいのだけれど……科学者や研究者の探究心って止められるものじゃないのよね……」
「分かってるな」
「私は何も言わないわ。探究心を満たせると良いわね」
「そうだな」
私は傭兵登録しようとしてふと手を止めて楯無に聞く。
「授業中じゃないのか?」
「会長権限」
「……職権濫用だぞ」
私はエンターキーを押す。
画面に表示される文字……
――ようこそ傭兵の世界へ『紅月(くづき)』様――
私の傭兵の名前『紅月』……スカーレットムーン……
「紅く無いわよね?」
「月光をそのまま使うわけにも行かんだろう」
もともと、用意していたものもあるしな……
・―・―・―・―・―・―・―・
「ーーーと、言うわけですよ」
「.....よく報せてくれた」
あの馬鹿者め.....誰がそんなことをやれと言った。私が外出許可を出したのはそんなことをさせるためでは決してない。
朝の騒動が収束し、落ち着いたと矢先にこれか。倉持の行動には理解しかねる。何故態々自分から死地へと赴くのだ? 『月光の先が見たい?』そんなことの為に自らを貶めるようなことをしたいのか。『傭兵』など進んで選ぶ道ではない。況してや未成年の学生の身分で.....
「倉持はまだラボか?」
「まだいると思いますよ?」
「山田君.....済まないが少しの間クラスを任せる。直ぐに戻ってくる」
「わ、わかりました!」
一旦山田先生にクラスを預け、私は職員室を飛び出し倉持が拠点を置くラボへと急いだ。
「では、私も授業があるのでこの辺で」
「礼を言う」
「いえいえ、『生徒会長』なのですから当然ですよ。それと霞ちゃんを夜に呼び出しておいたので、詳しくは夜に」
煙のように姿を消した生徒会長の更識。ふっ、『生徒会長』か今は生徒会長の立場なのだな。然り気無くゆっくりと話す機会をセッティングしている辺りも抜け目がない。
夜ならば、私も業務を終えて自由に動ける。更識の方もなにかと夜の方が都合が良いのだろうな。『二重の顔』を持つ更識なのだからな。
私も詳しくはないが、更識の家がどの様なものなのかは聞かされている。更識としても倉持の行動を看過するわけにはいかないようだ。
「ここか.....」
話には聞いているが、足を踏み入れるのは初めてだな。そもそも、担任である私が今まで立ち寄らなかったのが間違っていた。本人が望んでいたからといって自分の受け持ちの生徒を蔑ろにしすぎだったな。反省と改善をしなくては。
「いるか倉持?」
断りもなく入り込む選択肢もあったのだが、生徒で年下で学園の敷地とはいえ、現在は倉持が管理を委ねている。本人の了承も無しにプライベートの部屋に入り込むのは大人としてどうかというところだ。
軽いノックと名前を呼び出すことで在室の有無を確認する。すると扉のロックが解除され重厚な扉が内側から開かれた。呼び出しには応じてくれたようだ。
ラボに足を踏み入れると、直ぐに扉が閉じられロックが掛かる。ラボ内は薄暗く、照明が一つだけでそれ以外に灯りは点けられてなかった。薄暗くも室内は見渡すことが可能で、周囲を一瞥すると学園の機材ではないものが縦列されていた。倉持の個人的な所持品であるようだが、一体いつの間に此だけの機材を集めたのか.....
「担任様自らやってくるとはな.....何のようだ? 授業は良いのか? 授業は?」
座椅子に座り込んでいる倉持が当たり前のことを質問してくる。とっくに授業は始まっている時間帯なのに、受け持ちのクラスをほったらかしにしているのだから、聞かれて当然だ。
「山田先生に一任してきた」
「職務放棄か?」
「引きこもりの生徒の身を案じて、訪問して様子を見るのも職務の一つだがな」
倉持を一人特別扱いする気はない。教師として私は差別・区別をせずに、全員を対等に扱うつもりだ。その過程で、問題児や不安がある者に対しては他よりは相手にする頻度は増えるかもしれないがな。
「はぁ.....訪問の見当はついている。余計なことをしてくれたよ更識は。この分なら夜も面倒なことになりそうだ」
更識に夜呼び出されている理由も察しがついているだろう。私が訪ねてくることは予想外だったみたいだけどな。大方私が軽く受け流すとでも思っていたのだろう。私も随分と下に見られているな。
「お前の言いたいことはわかる。それでもお前には関係のない私個人のことだ。お節介焼きは程々にしてもらいたい」
否定され説教でもされる心配でもしているのか。普通に考えれば倉持の行動は万人に理解されず、普通の価値観を持っている教師なら、正面から否定するだろう。
しかしだが、それは本人の意思を尊重していない頭ごなしの否定でしかない。何事においても、先ずは当人の話を最後まで聞き、充分に話し合った上で否定するなら否定する。賛同するなら賛同するの結論を出すべきだ。
「.....私はここに来る以前にドイツ軍に教官として招かれたことがあった」
「..........いきなり何を言い出している?」
「まぁ、最後まで聞け」
これは私の経験談。二年前の事件後にドイツ軍にいたときの話だ。全てを話すつもりはなく、簡単に触るだけだが、倉持には良く聞いておいて貰いたい。
「私も人生で初のことで、戸惑っていたがモンド・グロッソでの経験があったことで、内心甘く見ていた」
「それで?」
「『アレ』は全く『別の世界』だ。まともな訓練も何も受けてない者が安易に踏み込める世界でも、踏み込んでもいい世界ではない。モンド・グロッソでの私の経験などはっきりいって、何の役にも立たないぐらいにな」
ISの操縦技術等のIS関連では、私も役には立てとは思うが所詮はその程度。本物の軍人達の足元には遠く及ばない。生の戦場と実戦を経験したわけではないが、既に訓練の段階で軍人は違った。私の想像を遥かに越えた組織と世界が広がっていた。生半可な気持ちでは耐えきるのは不可能だ。
何が言いたいかと言うと、学園程度で教わってきたことだけで、戦場に出れるなどの甘い考えは捨てろということだ。倉持が専用機持ちで群を抜いていようが、絶対的に倉持が軍人達に劣っているものがある。私もドイツでそれを痛感した。
「あんた程の実力者が言うことだ、相当なのだな」
「ルールありの試合形式での実力など本物ではない」
倉持に実力が無いわけではない。ただそれだけでは無理だと言っているのだ。
「お前にサバイバルが出来るか? 極限状態まで追い詰められても自我を保っていられるか? ISが手元にない状態で戦闘が出来るか? 死ぬ覚悟はあるのか?」
言いたいことはまだ山ほどある。説教をするつもりも毛頭ない。私はただ倉持の意志の確認をしているだけだ。時間は夜にたっぷりある。それまでにもう一度倉持に考える時間を与えるだけのこと。
「その事を良く考え、身内にも相談した上で結論を出せ。お前の人生だ、生きたいように生きればいいが、身内を心配させるようなことだけは絶対にするな」
私は倉持の返答を待たずに踵を返し、ラボから去る。これだけで倉持が揺るぐはずはないが、少しは考えるだろう。勢いに任せた生き方ではいつか後悔する。若気のいたりも分かるが、それでも良く後のことを考えて貰いたい。倉持もまだ若く人生も先は長い。生き急ぐ必要などどこにもありはしない。
.....もう一人の馬鹿にも言えることだな。アイツにもタイミングを見計らって伝えなければならない。
カツカツと廊下に響く軽快な足音とは裏腹に、織斑千冬の表情は何処か虚しいものであった。
・―・―・―・―・―・―・―・
ラボで織斑千冬から聞かれた質問について私は少し考えていた。
部屋で楯無が私の傭兵登録を見ていたから織斑千冬から何かしら言われるのは覚悟していたが……あれはあれだな……
織斑千冬は軍での教官をしていたにも関わらずISをスポーツだと考えている節がある。
そこに私と織斑千冬の考えの違いというものが出てくる。
私自身はISを兵器と思うことが多い、月光やアイツのレイヴンがそのいい例だな。逆に少なくはあるがISを昔の偉人が考えだして今日に至るまで様々な種類へと発展した飛行機に近いものだと私は考えている。まぁ、この飛行機とISの話はいつかするだろう……少なくともいまする話ではない。
「とは言え……ルール無用の戦争……か……」
実戦、という言葉は何度か聞くことがある。倉持で作られているISの一部は軍用の技術を使用した制限なしの機体が存在しないわけではない……少数ではあるが。日本の軍用ISの大半は神無月の方で作っているしな。
実際、実戦経験があるかどうか……ISで人を傷つけたことがあるかどうかという質問に答えるならば答えはYES。しかもつい2ヶ月ほど前に初経験したばかりだな。束博士の来訪による束博士捕縛のためのIS委員会の馬鹿共の襲撃……人を殺したわけではないがISで実戦に近い戦闘を行ったのは確かだ。
確かに、あいつらの殺気は凄いものだったな……実力行使を行うとは口だけかと思ったが違かった。濃密な殺気……でも、空月でやったのは痛かったな……空を飛ぶために空月と付けたのに戦っては良くなかった。
「……分かってはいるさ」
織斑千冬は説教をするために夜に話をするわけではない。私の覚悟があるかどうか確かめたいだけだ。
ならば私はそれにしっかりと応えよう……そうでなければ本気でアレは止めに来かねない。
・―・―・―・―・―・―・―・
「さて.....」
夜もいい具合に更けてきた。私は談話室扉を施錠し、外から誰も入ってこれないようにした。無理を言って深夜に談話室の使用許可を取ってあるから、時間はそこそこある。
室内には更識と倉持と私の三人のみ。この時間の生徒の出歩きも、私の監督の元での特例事項ということにしてある。更識の方も外に付き人の布仏虚を配置して部外者の接近と会話が外に漏れないように配慮されてる。
「こんな夜分に呼び出しちゃってゴメンね。『倉持』さん」
「随分と他人行儀じゃないか。普段の抜けた様子はどこにいった? それともそれが本来の顔なのか?」
「さぁ? どっちらでしょうか?」
小馬鹿にしたように、惚けた態度をとる更識。更識とはルームメイトの倉持は、その変わりように戸惑っているようだな。私も更識の腹の底は見えてはいない。本心で何を考えているのか皆目見当もつかない。
そんな更識の相手をするだけ時間の無駄だろう。倉持も無駄だと判断したのか、更識から目を離し私に視線を合わせてきた。どうやら朝から色々と考えてみたようだな。
「それで? どうするのだ?」
「私は考えを改めるつもりはない。私の生き方は私が決める」
決意は固まっているようだ。目を見れば良くわかる。願わくば、考えを改めて貰いたかったが頑固な倉持のことだから、余り期待はしてなかった。
元からの性格なのか、研究者の性なのか、はたまたはその両方なのか、一度決めたことを歪めず突き進むその様はある意味ではやはり、あの馬鹿と似ているな。
「これでは梃子でも動かないな。迷いがあるものが戦場に出ても死ぬだけだ。固い覚悟が出来ているなら多少はましだな」
「.....強引にでも止めないのか?」
止めれるものなら止めたいさ。倉持を無理矢理にでも止めるために、手傷を負わすことはやろうと思えば出来ないことはない。だが、それが果たして正しいことなのかは判断しかねる。
「お前の言う通り、お前の人生だ。お前が決めるがいい。私の判断でお前の人生に口出す権利などどこにもないのだから。勿論私に限らず、そこにいるさがでも他の誰でもそうだ。私はあくまでもお前に助言やアドバイスをすることしかしない。無理矢理にでもお前を止めたところで、それは私のエゴに過ぎないからな」
教師として、一人の大人として、人生の先輩としてある程度の助言やアドバイスはするが、最終的に決めるのは本人。本人が望むならそれ以上は口出しはしない。その代わり結果は全て自己責任。自分が選んだ道なのだから当然だ。
「はいはい、感動的なムードに水を指すようで悪いけど、ちょっといいかな?」
「.....なんだ?」
「私はね倉持さんの行動には反対なのよね」
薄ら笑いを浮かべる更識は何処か不気味だった。目元は笑ってはおらず、『生徒会長』としての更識楯無は何処にも居なかった。今目の前にいる更識はもうひとつ別の顔の『更識家当主』の顔だった。
この学園内で今の更識の『顔』を知っている人物がどれだけいるだろう。否、恐らく皆無だろう。私も初めて垣間見た更識の顔は異質な雰囲気を放っている。普段の生活から現在の姿を覚らせない辺りはプロの証。
「倉持さんが、行った政府へのハッキング行為.....政府に対するサイバー攻撃と受け取っても過言ではないのよね。しかも、酷く利己的で浅はかな動機で傭兵になるなんて認めるわけにはいかないのよ」
「.....それで?」
「倉持さんは理解してるのかしら? 自分の専用機がどんなもので、貴女は何処の国に所属しているのかを」
笑みから一転。顔は険しくなり倉持に睨みを効かせた。普段のギャップもあって、凄味が一層増していた。
「つまり?」
倉持も若干たじろぎながらも、更識に負けじと睨みを効かせ、体勢を崩さなかった。
「困るのよねぇ。日本にとって害益になるような軽率な行動を取られては。貴女が何処で何をしようが勝手だけど、日本に不利益になるようなことだけは勘弁して貰いたいのよ」
「威圧的な物言いだな」
「事実を述べているだけよ。貴女の所持しているISは日本のコアではないかもしれないけど、使われている技術は貴女の技術で、それは倉持技研、総じては日本に帰化しているようなものよ。万が一にも技術が敵国に流失した場合に、悪用され日本に何らかの被害を被る恐れもある」
危険性か。倉持は複数の専用機を独自に所持し、独自の研究技術の結晶を組み込んである。開発者本人にしか解らない未知の技術。模擬戦でも脅威は身をもって体験済みだ。そう易々とは複製されるものではないが、悪用しようとする輩に一度渡ってしまえばどうなるかわかったものではない。
更識はそれを恐れている。日本にとってマイナスに働くことを良しとしていない。
「貴女が傭兵になるこは止めたりはしない。その代わりに、貴女が死んだときに技術が渡らないようにIS自壊機能を付けて貰うわよ」
「断ったら?」
「貴女を摘発して相応の処分に出るわ。貴女も私も余計な手間はかけたくないわよね?」
「.....そうだな」
「なら、言うこと聞いてちょうだい」
「.....まぁ、それもしゃーなしか……」
「それと、あっちで活動中は日本の利益になるような情報収集にも務めて貰うわよ」
「お前の狗になって諜報員にもなれと?」
「倉持さんの得意な対価の要求よ。そうすればハッキングの件は不問にするわ」
強かに出てきたな更識。これが本来の更識家の姿なのか。政府に不利になることを避け、有益になるように徹するその姿勢は本物だな。
「学園の特記事項は何だったのやら.....」
「あら? 『あんなもの』は何の機能もしてないわよ」
「.....なんだと?」
倉持は眉をひそめ、更識の言葉に過敏に反応する。学園に属する生徒の前で堂々と言うことではないのだが、更識はニコニコと言葉を続ける。
「だって、『目の前に証拠』がいるじゃない」
「..........そういうことか」
悟ったのか、倉持は一人納得した。私もそのことは把握はしている。何故ならば教師としての私の役目の中にはその事も関わってくるからだ。
「ちょっと、喋り過ぎちゃったわね。私の提示した条件には納得してもらえたかしらね?」
「.....癪だが、仕方ない」
渋々と更識の条件に合意した直後に、更識は普段の『顔』に戻り、満面の笑みと『分かればよし!』と記入されている扇子を広げた。
珍しく終始更識のペースだった。私が横から口を挟まなかったのは、更識楯無の出方と手法を伺うためだ。倉持を餌にしてしまったのは申し訳ないが、お陰で更識の一部に触れることが出来た。前々からきな臭かった更識家の闇は今後も介入してくる可能性があるからな。
「じゃ、私は先に失礼するわね。『霞ちゃん』の休校は海外への不定期研修ってことにしておくから」
用件が済むと更識は一人先に談話室から退出していった。
「倉持.....これからお前はこんな陰謀渦巻く世界に身を投じる。自分の意思とは無縁なところでな」
「.....楯無を見てよくわかったよ」
あれはまだほんの一部で、世の中の裏側にはもっとえげつないことが簡単に平気で行われているかもしれない。更識のがかわいいと思えるほどのものが。
「それから戦場は、訓練に訓練を重ねた精鋭が潰れてしまうようなところだ。砲弾ショックやPTSDを患ってな」
「.....偉く気にかけるじゃないか」
「教師が生徒を気にかけるのが変か? .....お前は生徒、私は教師。身を案じるには十分な理由だ」
生徒の身を案じないのは教師でも何でもない。教師は全力で生徒と向かい合い、時にはぶつかることもあるが、優先するのは生徒のことだ。私情や学園の評価などどうでもいいこと。
「最後に、お前は学園に属する間は私の教え子の一人だ。だからお前の帰ってくる場所はここで、居場所も残しておく。それだけを忘れるな」
幾つもの思想が交錯した密会はこうして終わりを告げた。更なる火種や不穏因子を残して..........
・―・―・―・―・―・―・―・
「なぁ、世界最強」
私は楯無が居なくなってから織斑千冬に声を掛けた。
「なんだ」
「お前にとってのISとは何だ?」
随分と前から思っていた疑問、織斑千冬にとってのISの存在……私はそれが気になっていた。
「力でもあり……人々の楽しみといったところか」
「あんたはその考えか」
結局、束博士の親友と言えども人間は人間だったか……いや、ブリュンヒルデという世界最強の称号を得たが故かもしれないが……
「お前はどうなんだ?倉持霞」
ま、予想はしていた聞き返されるだろうとは思っていた。
すぐに返事をしてもいい……だが、これは私の考え方の根幹なのだ。故に外堀からはじめなければならない。
「……飛行機ってもともとは何だったと思う?」
「質問を質問で返すな」
「いいから答えろ」
織斑千冬は少し考えこみ、答えた。
「……分からないな」
「そこが限界だろうな」
私のその言葉に織斑千冬は眉を顰めた。
「15,6歳にして知ったかぶりか」
「それは人間の心理といういう意味でか? それとも、何かを知っているかのように見える姿にか?」
目尻が吊り上がる。まぁ、そうだよな……まるで自分が何も知らないかのように言われりゃ腹も立つよな。
「そこが、織斑千冬という『一個人の人間』の限界だ。思考も心理もな」
「何?」
「人間は得てして間違う生物だ。それがどうとは言わない」
「ここに来て哲学か?」
黙って聞けよ。
「だが、人間はその間違いから学び経験することが出来る」
「だから、何だと言うんだ?」
「今、人は間違いを認識する地点に立っている」
「お前は何を……」
私は月光に限定的に搭載した広域空間投影ディスプレイを起動し周囲に様々なISのデータを表示した。
「コアネットワークで接続されている450強の全ISのデータだ」
「お前……国家機密どころか軍事機密まで……」
「何を言っている、常にオープンな情報だぞ? 常人が潜れないレベルの無規制情報(オープンデータ)だがな」
織斑千冬がたじろぐが……まだ、足りない。
「ここにある全ISデータを知り世界は原点へと立ち還るべきだと私は思う」
「どういう意味だ?」
「科学者とは進む先を見失わないために原点に立ち還る、だからISという技術も一度原点に戻るべきだ……という話だ」
織斑千冬の顔を見て理解していないのだろうと私は分かった。
「さて……じゃあここで話の原点に戻ろうか」
「おい、いきなり……」
「だから、人は常に一度振り返る、立ち還る、戻ることをしないといけないんだ。話だってな……さて、元々はなんの話だったかな?」
「飛行機じゃないか?」
「そうだな、なんで私が飛行機をあの例に出したと思う?」
「分からないと私は言っただろう!!」
織斑千冬が叫ぶ。
だが、そんなことはどうでもいい。
「なら私が言ってやるよ」
「ああ、私を納得させてみろ」
上から目線が非情にムカつくが別に良いか。
「初め人間は空を飛びたいと思った……鳥のようにな。ほら、イカロスというギリシャ神話に登場する人が居ただろう。アイツは蝋で鳥の羽を固めて翼を作り飛んだが飛びすぎて太陽の熱で蝋を溶かされ墜落した人のお話だ。
人は空を飛ぶことを夢見ていた。だからライト兄弟は飛行機の雛形とも呼べるものを作り空を飛んだ……だがまぁ、今日では兵器として使われるのが普通だがな」
「……それで?」
「まだ、理解しないか」
私は息を吐くと続けた。
「ISは宇宙への進出を行うためのものだった。それが開発者の希望だったから。でも兵器として使われている……
人の希望は得てして人の欲望に利用される……それは他人だけじゃない、自分の欲望でだって希望がねじ曲がる事がある。だから私達研究者や科学者は自分の来た道を振り返り原点へと立ち返る」
「……だから、空を飛ぶISと戦うISという原点に立ち還りその進む先を見たいと?」
私は頷いた。
「科学者というのはそういうものだ。そしてそれは私自身でもある」
原点への立ち還り……これが私の心の奥底にあるもの。私の原石だ。