彼女(メカニック)は空を舞う   作:地雷伍長

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第18話

「大盛況で大成功」

 

 『大満足』と描かれた扇子を従者達二人の前で広げ微笑む。成など毎年の恒例なのだが世の中の情勢とかもあって、こうして無事に開けたらこうして喜ぶことにしているの。

 

「はしたないですお嬢様。ドレス姿だというのに.....」

「その格好で大股になるのはちょっとアレですね」

 

 だからドレスというのは苦手なのよ。堂々と足を広げることさえ気を遣わなければいけなくなるから。

 学園の制服を着ているときも特に足を広げて堂々と立つことに違和感や恥ずかしさなどこれっぽっちも感じないし、ドレス姿だろうがスタイルを変えるつもりもない。

 更識家であると同時にIS学園の生徒会長でもある私が、堂々とせずに誰が学園の顔としてもの腰を高くするのだか。嘗められたらそれまで学園の威厳を保つためにも必要なスタイルの一種よ。

 性別的に考えてみたらまぁ、まともではないわね。ただ性別上の恥ずかしさを持つか、己を捨て学園のために骨身を削るかの2択。本音に指摘されるのは私としてもショックだけど。

 

「お嬢様、幾ら学園の為とはいえそのような格好では逆効果だと思いますが」

「そうかしら?」

 

 一部を除いて女子しかいないのだからそんなことはないんじゃないかしらね?

 

「お、お姉ちゃん!」

「あら? どうしたの簪ちゃん?」

 

 非常に慌てた様子で私達の待機する舞台裏に駆け込んできた簪ちゃん。かなりの慌てようだから穏やかなことじゃないのは確かね。

 それよりも簪ちゃんのドレス姿は眼福ものね。ドレス姿にちょっとしたプチメイクが簪ちゃんの魅力を更に引き立たせてくれている。薄く塗られた口紅にファンデーション。マスカラもバッチリ決まっている。普段は校則違反だけどパーティーぐらいはねぇ? おめかしぐらいしてもバチは当たらないし。

 話が逸れちゃったけど、何か不祥事でも起きたのかしら? 滅多に訪れない男性の訪問者が学園の生徒に手を出すことは珍しくない。幸い被害者は出てないけどどうやっても根絶が出来てないのよね。教師や私達が目を光らせていても人間だから、どうやっても穴が出てくる。狡骨な狩人はそこを狙ってくる。

 簪ちゃんに手を出したのなら『失踪者』が出るだけだけどね。失踪者なんて珍しいことじゃないから平気よね。

 

「お、お姉ちゃんから黒いオーラが.....」

「お嬢様落ち着いてください。先ずは話を聞いてから行動するのはその後で」

「虚さんも変なこと言わないでよ」

「かんちゃんに手を出した悪人は成敗~」

「本音も違うから!」

 

 虚も本音も従者という立場だけでなく、親しい者の身内が毒牙に掛かったとなれば黙ってはいない。全力で排除するわね。

 

「実は霞が変な二人組に絡まれたの」

「霞ちゃんが?」

 

 あ~、これは私達が手を出すまでもなく霞ちゃんが自分で解決するわね。霞をねらった二人組も愚かな選択をしてしまったものね。自らの行いに後悔することは目に見えている。

 

「で? どうしちゃったの?」

「あんまり驚いてない.....霞が実害を受けた訳じゃないんだけど.....」

 

 だけど? 簪ちゃんが恥ずかしそうに顔を赤らめながら俯く。

 

「男の人の『アレ』を潰しちゃったのよ」

「「「南無三」」」

 

 男の人のアレ....羞恥心を捨て必死に伝えた事項も私達三人にはそれほど恥ずかしがることではなく、潰された男の『性命』を哀れんだ。

 男性性器を蹴られただけで鶏を絞め殺す時のように悶絶するのに、潰されたとなるとショック死してもおかしくはない。その痛みを女の私が知るわけがないが.....

 

「お、落ち着いているわね.....」

「潰されただけでしょ?」

「倉持さんに被害がなくて良かったです」

「くらみーやる~」

 

 反応が薄いことと重大さを軽視しているのに簪ちゃんが諦めたのと嫌気が差したのかガクンと項垂れる。

 だって霞ちゃんが自分で解決しちゃったんだら私達の出る幕じゃないし.....なんてね♪ ちゃんと真剣に考えているわよ。学園の生徒が危害を加えられそうになったのだから。

 

「嘘よ簪ちゃん。その二人は今何処に?」

「分からない。潰されたのは一人だけでもう一人が抱えて去っていったのを見ただけ。多分どっかの企業かなんかの跡取りかも」

「虚、現場に向かって口止めと証拠の隠滅を。本音は二人組の調査を最悪『武器』の使用を許可するわ」

「わかりました」

「任せてください~」

 

 二人には荒事に備えてIS以外の『武器』の携行が義務化されている。尤も学園内での使用は基本厳禁だが、このような場では私の判断の元で使用の有無を決定できる。武器と言っても従者としての最低限の武装だけどね。

 さてさて、お痛が過ぎた坊っちゃん連中にはキツイお仕置きによる制裁が待っているわよ。精々楽しみにしておくことね。

 

「簪ちゃんは見ていただけで何もしなかったの?」

「私が目撃したときは全部終わってたの。だから立食会の運行役のお姉ちゃんに伝えたの」

「先生達には?」

「伝えてあるわ」

「偉いわ簪ちゃん。上出来よ」

 

 また上から目線で簪ちゃんの反感を買うかもしれないけど、今は姉妹間ではなく生徒会長と生徒の間柄だから余計な私情は邪魔なだけ。

 この手のバカは何時でも現れては勝手に自滅したり、相手に深い傷を与えてのこのこと生きていたりと、しきりなし。学園内でそのようなことを未然に防ぐためにも教師陣が見回っているのだが、危機感が無いのかそれともISがあるからといって自惚れているのか。

 そもそもこの規模と扱っている物が物なのに、個人装備が貧弱だったり授業のカリキュラムに全くといっていいほど生身での護身術が含まれていない。

 ISは操縦者の動きが反映されるというのに教師も生徒も生身の鍛練に主眼を置かずにISばかりしか脳にない。ISがメインなのはわかる。だが、そのメインを支えるためのサブがなければメインなどとるに足らない存在になる。

 たまたま今回は専用機持ちだったからいいけど、そうじゃない生徒が巻き込まれたときにどう対処するつもりなのか。女尊男婢を口だけで掲げても地力の力ではISがない女性など一部を除いて敵うわけがない。

 根本的に教育カリキュラムを見直す必要があるわね。今の今まで何もしてこなかったけど、そろそろ変革をもたらしてもいい頃合い。

 

「轡木さん。そこで聞いているのでしょう出てきてください」

「いやはや筒抜けでしたか」

 

 物陰で聞き耳を立てていた初老の男性こそ、IS学園の裏の支配者で委員会所属の轡木十蔵氏。表向きの学園の運営は奥さんが担っているけど、裏の事情や荒療治には同氏が対応している。

 

「良からぬことを考えているのは手に取るようにわかりますよ」

「学園に変革をもたらそうかと」

「具体的にはどのように?」

「先ず全校生徒に学園に在学中には個人防護火器の携行と、それに基づく訓練と訓練場所を新たに増設を提案します」

 

 警備がザルではないのだけれでも最低限自分の身は自分で守れるようになっては貰わないと、教師や一部の強者に依存してはいつまでたっても他人に頼りっぱなしになってしまう。

 

「ふむ、結論から言わせてもらえば非常に難しいことですね。何処の国家にも属していない中立とはいえ、各国からは非難が相次ぎますね。仮に携行が出来たとしても規律と秩序を彼女達が守れますかね? 軍人ならまだしも学生でそれらを監督する存在が欠けています。しかも外や内で乱射事案などの危険性もあります」

 

 正論ね。言っていることは何処も間違ってはいない正真正銘の正論。これを論破するつもりはないけれども何かあっては遅く、非常時に備えた個人の対策案は絶対に必要。

 一度ドンと決めて運用さえすれば向上や改善は幾らでも出来る。何もしなければそれすら出来ないまま、また何かの事案が起きたときに被害を受けるのは生徒達。

 

「監督は織斑先生が適任でしょう。二年間だけですが、ドイツ軍で教官も務めているだけではなく学園の管轄の評価は内部での評価は高いです。彼女の言うことなら在学生は勿論、教師達も従います。なので織斑先生を推します」

「彼女一人でその重荷を背負わせるのですかね?」

「いえ、外部から専属のインストラクターを呼べば事足ります」

「何処からだね? PMCは荒くれ者が多く少女達に危険が及びますが?」

「『レイヴンズ・ネスト』から要請するつもりです」

「ISを中心とした新興傭兵会社ですか。彼処なら幾分はましですが、つてはあるのでしょうかね?」

「えぇ、ありますとも」

 

 丁度最近つてが出来たばかり。例の二人だけでは心もとないかもしれないから霞ちゃんにはアッチでもヘッドハンティングして貰わないとね。

 

「課題はまだ残りますが越えられなくもなさそうですね」

「卒業生には各方面とも即戦力を要望しているはずです。個人能力のステイタスとしても評価はされるかと」

 

 ISだけでなく生身の能力が高ければそれだけ評価されるだけではなく、安心と信頼も勝ち取れるはず。甘い考えかもしれないが合理的。

 

「出資者や委員会に掛け合ってみます。上からの許可が降りてから生徒達に話を進めてくださいね。それ以外では他言無用で」

「勿論ですとも。無用な誤解と混乱は招きたくありません」

「えっ? えっ? 話についていけてなかったけど大変な事になってる.....」

 

・―・―・―・―・―・―・―・

 

「どうだアレン。今日は楽しめたか?」

「はい! 師匠! 美味しい料理もたくさんありましたし!」

「しばらくは霞嬢の近くに居る形になる……あと2週間程度は日本だな」

 

 アレンは腕に抱えた饅頭を食べながらクロスの後ろを歩いて行く。

 

「その間どれだけ美味しいものが食べれるんでしょうねぇ……」

「……それも良いか」

 

 アレンのその言葉にそれも楽しそうだと感じるクロス。

 

「霞嬢と話してどう思った?」

「あんな子が……と思わずには居られませんでしたね……ほんとにあの子が新人なんですか?」

「まぁ、そうだろうな。だが送られてきたデータを見たら納得できた」

 

 アレンは専用機を頭部を部分展開し左目のモノクルでクロスの言うデータを確認する。

 それは楯無がクロス宛に送った霞の部屋での楯無との話している様子だった。

 

「随分様子が違いますね」

「情報提供者曰く『普通の女子とは違う特殊な育ち方をしたみたい』という話だ。恐らく多重人格などではなく並列人格とでも言うのだろうか……口調自体は違かったが中身そのものは霞嬢そのまま、だが性格自体も違う感覚がするのも事実だな」

 

 霞自身も知らない霞のこと。クロスは科学者として研究者として霞のことを考えていた。

 

(……家では特に不自由は無かったのだろう。となると外、エレメンタリースクールやジュニアハイスクールでの対人関係が原因か……)

「でも、確かに霞ですね」

 

 クロスはアレンの霞の呼び方に少し驚きを感じながら言った。

 

「随分気に入ったようだな」

「料理上手みたいですしね……タイプですよ」

 

 クロスは弟子のその言葉に嬉しさを感じつつも大丈夫だろうかと心配になってきた。

 

「いつそんなの聞き出したんだ?」

「世間話程度に話してただけですよ」

 

 二人は満月輝く暗い道を並んで歩いていた。

 

「その饅頭寄越せ」

「良いですよ」

 

・―・―・―・―・―・―・―・

 

『委員会内での審議の結果貴公等の進言を全面的に認め可決し、ここに設備補充と教育改革を制式に採用することをここに通達する』.....これはどういうことですか?」

 

 早い.....余りにも早すぎる。轡木氏に私が提案したのが先週。同氏が委員会に申告したのがその翌日でこの通知書が届いたのが二日後の今日の昼下がり。

 幾らなんでも委員会の決定は急ぎ足過ぎる。本来ならば委員会内での議論をするだけでも幾ばくかの時間を有し、そこから細部に不備がないか等の再審議が行われあらゆる状況を想定した後に、然るべき結果を下すもの。

 なのに委員会からはそういった背景の見られない即決の採用通知。提案した身であるのだが長丁場を予期していた。日本の国会でさえ、事務官会議から政策調査から総務会を経て閣議決定まで持ち込めるのに。

 何をそんなに急いでいるのか。そう言わざる得ない予想の斜め上をいく結果に私は舌を巻くことすら儘ならなかった。

 

「私にもわかりません。ただ委員会からはこの通知書による解答しか来ませんでした」

 

 轡木氏も頭を抱えるほかないみたいだ。それもその筈。提案を可決しておきながら具体的な方針は提示せず私達任せな記載しか記されていないのだから。

 委員会と出資者の資本から成り立っているとはいえ、管轄内の案件には触れないスタンスを取っているのは納得しかねない。IS学園の管理者としての在り方を問われても文句は言えないわね。

 

「提案したのは私です。私の方で所要の業務は果たしていきます」

 

 責任は果たさなければならない。轡木氏に非はない。非難雑言を浴びるのも私だけでいい。

 

「この通知書以外での委員会の動きはどうなっているのですか?」

「出資者達を通して余り物となった銃火器を武器商人から買い占め、此方に仕入れる手続きを済ませているようです。近いうちに物は届くでしょう」

「生徒総会を開いて早急な説明をする必要がありますね。訓練場所の件はどうですか?」

「そればかりは業者の作業によるものなので、今すぐにとは新設することはできないので既存のアリーナを使えとのことです」

「インストラクターや授業予定も全て作り直して早急に用意しなくてはいけませんね.....」

 

 委員会が決定に踏み切ったのは口だけの女尊男婢からの脱却と見て間違いはなさそうね。より発言力を高めるためだという安い物言いから来るもの。私が言えた義理ではないのだけれど都合が良くなったのも事実。それとは別の『何か』でもあるのかしらね?

 出資者も神輿を担ぐことになったのだけれども、出資者達にとって利益があるわけでもない。彼等からしてみれば刺激の強くなりそうな道楽。大方目ぼしい人材をピックアップしては、賭博や引き込みでもしようという魂胆。

 リーグマッチは出資者も委員会も会場でモニタリングをする。重要人物達の安全を考慮した上でのモニタリング。金持ち達はスリルを求めて危険であろうが、現場で生の出来事を見たがる。その癖いざ危険になると我先に逃げ出す。学園のセキュリティに不備があるわけでもないが、出席者に乗じて目の敵をどうにかしようとする輩も少なくはない。どちらかと言えばそちらの方が上の人達からすれば一般的。SPや付き人に扮して暗殺する殺し屋とかもいる。学園側も全員のパーソナルデータを細部までチェックするのが常識だけど、そんなことには疎くいい加減なところがみられるからあまり賛成ではないのよね。

 

「生徒総会を開いての発表は、リーグマッチ終了後の方が良いでしょうな」

 

 もとよりそのつもり。

 

「学園外での携行となると各国政府との調整並びに警察組織にも一連の説明もしなければいけません」

 

 問題は武器の学園外での携行。警察や一部を除き現代社会は武器の携行は認められていない。欧米諸国では所持はしているが持ち歩きはほとんどしていない。

 IS学園の生徒も例外ではなく一歩学園の外に出れば民間人。外で問題を起こせば外での法令によって裁かれる。それを例外化しなければならないのだが、生半可なことではない。特に日本となるともみ消しがやりづらいため面倒。

 末端の警察官にも汚職こそあるが、賄賂や政治的圧力に中々屈しない素晴らしい優秀な警察官が揃っている。正義の味方・市民のヒーローとしては満点。だからこそ厄介。これが東欧辺りになれば金や裏取引で幾らでも自由にできるが日本では通用しない。

 上司に頼めば法務省と警察のキャリア組は抑えれるが、現場の刑事組はキャリア組を嫌っていることから独立して動くこともある。キャリアだけ抑えれても下を抑えれないのであれば意味はない。二つを抑えてこそ意味がある。現場で事件を取り締まるのは彼等なのだから。

 

「私も手伝いますよ」

「いえ、後は私達にお任せください」

「そうもいきませんよ。経営者は私なのですから『何も知らないでした』では済まされません。私も委員会の人間として、一人の理解者として協力しますよ」

「.....感謝します」

「礼を言われるようなことでもありません。.....私にも孫娘がいましてね。娘に限らず子を持つ親や身内なら誰もが身を案じます。私の孫娘は運が悪かった.....命こそは助かりましたが心の傷は大きかった」

 

 徐に口を開き、窓から遠くを見つめながら轡木氏は身の上を話してくれた。多くは語らず私も深くは詮索しない。一つ言えるのは責めて学園の生徒達にはそんな目にはあって欲しくない。

 ISのせいで失ったモノがある人達もいる。逆恨みから事件に巻き込まれる謂れは生徒達にはない。醜悪な欲望から犯行をするクズもいる。

 私の役目は国内での問題を取り扱うことではない。あくまでも私は対外政策が任務。国内は警察や公安に任せるしかない。学園の生徒の為なんて恩着せがましいけど、それで生徒の身を守れる手段となってくれるのなら多少強引でもやる価値はある。平和で安全な世界なんて知っている世界のほんの一部でしかない。

 見たことのような欲望と陰謀から自分の身を守れるのは自分だけ。危険な世界と平和な世界の両方が両立することで成り立っている世界なのだから。

 裏に関わる私だから言えること。生徒達からは理解されないかもしれないなよく刻んで覚えていてもらいたい。その時が来たときに各自が各自で戦えるように。

 私の視線には私が在学中にこれから入学、卒業する生徒だけしかない。他の外のことははっきり言えば眼中にない。そこまで全体に気を掛けることなんて出来ない。私が卒業した後もOGとなってもその代の学園には口出しする気もない。一つの伝統・風習として残っていれば跡を継いだ生徒会長が生徒達を守りやすい。

 

「貴女のような少女がこんな役目を背負うことはなかったのに.....」

「私が自分で選んだ道で、私達のような者が必要とされている以上責務は果たし、私のような者が一人でも必要とされないようになれば本望です」

 

 生徒達も例外ではなく、必要とされる世界に片足を突っ込んでいる。泥沼な世界に。

 

「女にそんな辛気臭い話は似合わないぜ」

 

 クロス・マリアン.....私情を交えていたから注意力が散漫になっていたのかしら? いつの間に部屋に? それとその隣にいるのが弟子のアレン・ウォーカーか。クロスとは真逆の中世的な顔立ちで母性本能を擽られる人達からしたら守ってやりたくなるキャラね。

 生徒会室には轡木氏と私だけしか在室してはいなかった。私達以外の声がする方向を見たらクロス・マリアンと弟子のアレン・ウォーカーが立っていた。

 私と轡木氏が扉に背を向け窓側で話している間に入ってきたのだろうが、声がするまで気配に気付けなかったとは.....まだまだね私も。これが敵だったら死んでいた。

 

「何時から聞いていたのかしらね?」

「ほんのちょっと前だぜ」

「どうしてここが?」

「日本人ってのはちょいっと道を尋ねれば何でも答えてくれるからな。それにお前から渡されているこの立ち入り許可書もまだ有効だしな」

 

 .....学園のことを嗅ぎ回れないように『枷』も着けていたから心配はないはずだけど、何もかも自分の望む展開に進んでいるような楽観的観測をするわけにもいかない。

 立ち入り許可書の有効期限は最高ランクで2週間。委員会や出資者達などの一般人では下りることのない許可書。クロス・マリアン達は委員会や出資者達と今のところ並ぶ存在。滞在期間中は見張りなどの枷が填められる。

 

「用が済んだのなら早急にお取り引き願いたいわね」

「つれないな。もう少しぐらいゆっくりさせてくれよ」

「残念ながら今はここは貴方の居場所でありません。それに学園内で女性をはべらかして淫らなことをされても困ります」

「粒揃いで目移りしちまうが、場所と時間は弁えるつもりだぜ」

 

 免疫のない女子や教職員はクロスの見た目と雰囲気に騙されてしまうわね。クロスは典型的な女誑しだろうから。

 

「.....倉持 霞の件は任せても宜しいのでしょうか?」

「あんな可愛子ちゃんのサポーターなんて願ったりだぜ?」

 

 霞ちゃんに限って過ちを犯すようなことはないと思うけど、戦場に行くと個人の正義感や倫理観や常識なんて脆く崩れ落ちる。

 そこから様々な欲に流されるようなる。例えば快楽なんてのは良い例ね。戦場で個人の欲求を満たされるのなんて珍しいことでもなく、戦場で生きる者にはそれが常識になっていても可笑しくはないのだから。

 完全に国際法違犯ではあるけど検挙されないのは、必ずと言っていいほど『後始末』が完璧にこなされているからだ。そしてその役も私が担う。

 

「これ以上可愛子ちゃんを怒らせたくないから、ここは素直に帰らせてもらうぜ」

 

 ソファーから立ち上がり私達に背を向けるクロスとアレン。終始アレンは一言も発してはいなかったが、私の心の内でも探り入れていたのかしらね? だとしたら可愛顔をして結構なやり手ね。男のハニートラップとして使えそうな技術ね。

 

「私よ虚。二人の様子に変わったことはあった?」

《いえ、特に変わった様子も怪しい素振りも見せていません。私の監視と尾行にも気付いてもいなさそうでした》

 

 とっくの前から気付いていても、敢えて気付かない振りでもしていたってところね。盗聴機にも妙な会話も無かったし。

 枷とは私の付き人の虚を通常の監視とは別に二人に付けることと、室内や衣類に盗聴機を仕込ませて貰っていた。

 人権侵害のプライバシーなど無視した対応だが、何かと秘密も取り扱っているから神経質になるのよ。勿論委員会や出資者達も私達が裏で監視しているわ。

 

「二人が学園から出るまで監視の手を緩めないで。学園の敷地から出たら戻ってきて良いわよ」

《かしこまりました》

 

・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

 

「師匠! あの人も綺麗な人でしたね!」

「バカ弟子が.....いちいち惚れまくってどうすんだ」

「ほ、惚れているわけじゃありませんよ! ただ綺麗な人や可愛人ばかりだから気になるだけですよ! って師匠も堂々と目移りするとか言っていたじゃないですか!」

 

 学園内の通路を歩く二人。周りを気にしない声量での会話は生徒達に筒抜けであり、生徒達も美男組の客に目を奪われていた。

 織斑一夏とはまた違うベクトルのイケメン二人が通りすぎれば、その後を追うように一斉に振り替える女子生徒達。男と女性別は違えど、追うものは同じようである。

 

「きゃっ! ご、ごめんなさい! 考え事していて前を見ていませんでした!」

 

 通路の突き当たりから飛び出してきた一人の女子生徒が、クロスとぶつかり女子生徒の持っていた紙の山が床に散乱し、女子生徒も尻餅をついた。

 クロスと女子生徒の体格差では倒れるのが女子生徒だけなのは当然。

 

「君みたいな子が、周りが見えなくなるなんて余程重要な考え事だったんだな。そんな考え事が忘れられるようにしてあげたいんだが、如何かな?」

 

 尻餅をついた箇所を擦る華奢な白い女子生徒の手を、そっと優しく握り甘い言葉を囁くクロス。

 ボフっと頭から煙を噴出し、顔全体を真っ赤に染め上げる女子生徒。

 自他共に認める女誑しが発動したのだが、餌食となった女子生徒は自分がたぶらかされるていることを理解できるわけもなく、女子生徒の中で人知れず春が訪れていた。

 女子生徒の頭の中にはこうなった原因である考え事が忘れ去られていた。今は目の前の良い男の顔しか頭に入っていなかった。

 

「おいコラ、アホ師匠.....なに手当たり次第に口説いているんですか?」

 

 無節操な師匠に般若のような表情で絡むアレン。実はアレンはクロスの女誑しやギャンブルや酒乱等の生活費に悩まされていた。

 ギャンブルや生活費のツケ等で発生した借金は勿論、高級酒の買い出しや自分が落としていった女性達の追っかけのスケープゴートにされることも屡々。ほとぼりが冷めてからまたアレンの元に戻ってくる始末である。

 

「なんだバカ弟子。邪魔するのか」

 

 アレンの身長でクロスの丁度胸元ぐらい。丁度いい高さにあるクロスの胸元を掴み上げては、日頃のストレスに支配された真っ黒なアレンが現れていた。

 

「あ、あの.....私がぶつかったりしたせいでご迷惑をお掛けしました!」

 

 アレンの表情に当てられた女子生徒が罪悪感に駆られたが、それに気付いたアレンの表情は一転。

 

「貴女のせいではありませんから気にしないでください」

 

 ニコッと悪魔顔から天使スマイルで微笑むアレンにクロスとは違う宛てられ方をした女子生徒の脳の許容がオーバーし、その場に倒れ込む女子生徒。

 無意識の天然の女誑しが発動。クロスは自覚しているが、自覚していないアレンも罪な男である。ちゃっかり師匠の一部分を受け継いでいる。

 いきなり倒れた女子生徒。これには二人も初めての経験らしく慌てて寄り添い介抱しようとした。

 二人とも女性と接することは多かったが倒れるのは今まで無かった。大抵の女性はそのままクロスの誘いに乗る余裕を兼ね備えているが、この女子生徒には分からない大人の世界で、夢見がちな年代の日本女子は初なのであった。

 

「あっ、大丈夫ですよお二人さん」

「後は私達がやっときます」

「書類も私達が集めておきます」

 

 寄り添ろうとする二人の行く手を阻むように割り込む周囲の生徒達。同志が一人だけ甘酸っぱい思いをするのに見かねたのだろう。抜け駆けはさせないといった嫉妬心が目に見える。

 

「.....行くぞバカ弟子」

「えっ? あっ、はい!」

 

 立ち去る二人とニコニコと手を振る複数の生徒達。なにやら笑顔から何か恐ろしいものが滲み出していることに一人恐怖するアレンであった。

 

「良かったのですか?」

 

 実は師匠もあの女子達の気に当てられたのではないかと疑うアレン。なんだかんだ言っても女性の恐さが解っているのだなと。

 

「バーカー。よく見ろバカ弟子。嫉妬から争う女の構図.....絶景だろ?」

 

 心底呆れ果てるアレン。

 

「どうしようもないクズ師匠で、少しは改善の余地があるかと思っていた僕が師匠の言う通りバカでしたよ。地獄に落ちた方が世のため女性のためですね」

「おぉ? いつからそんな偉そうな事が言える立場になったんだ?」

 

 食って掛かるアレンを冷ややかな目であしらうクロス。色んな意味で二人は似た者同士の良い関係なのかもしれない。

 

「ふん! そうやって倉持さんにも毒牙を剥けるんでしょう」

「当たり前だ。良い女を俺がほっとくわけないだろ」

「未成年ですよ」

「15になれば立派な女だ」

「警察に突きだそう」

 

 女と見れば未成年だろうが年輩だろうが関係なしに紳士的に出るクロスは女性からしたら魅力的なのだろうが、不誠実なクロスの実態を知っているアレンはクロスのそういったところが嫌いであった。

 

「仕事とプライベートは弁えるだけじゃなく無理強いはしないのが俺のモットーだ。しつこいのは嫌われるからな」

 

 女性関係も仕事も引き際を心得ているクロスだからこそ、今まで女性関係で大きな事件も仕事での大きな負傷もなかった。前者の方は泣かせることが多かったが.....

 

「更識 楯無さん.....強いては日本の外務省からの依頼でしたね」

「政府連中の考えていることなんて知ったことではないが、引き受けたからには最高の結果を出さなければならない。それよりもバカ弟子.....お前あわよくば更識とも仲良くなりたいとか思っているのか?」

 

 同組織内でもアレンは男性女性関係なしに人間関係は良好なものを形成している。仕事仲間だけではなく共に生活するもの、気を許し合える対等の友人関係を築き上げたいアレンの下心のない純粋さから来るもの。

 

「いけませんか?」

 

 まるで仲良くするなと言いたげなクロスに難色の色を出すアレン。人間関係に余り口出しをしてこなかっただけに疑問が浮かび上がっていた。

 

「今まで何も言ってこなかったのは特に問題が無かったからだ」

 

 アレンの心情を察したクロス。こういったところを見れば師弟関係は上手くいっているいるのだと言える。

 

「だが、アレは絶対に俺達とは仲良くすることのできない水と油な関係の人間だ。ああいった手合いの連中は信用も余分な感情も抱かないことだ」

 

 クロスが女性のことをもの扱いしたことにアレンは心底驚愕していた。

 クロスは更識のような立場の人間に言い寄っては取り入ることはするが、関係を築き上げようとは決してしない。何故ならば分かりきっているからだ。自分達は駒で消耗品。更識達は駒を動かす手だということに。

 

「わかったら行くぞ。どうせ近いうちにまたここに来ることになるのだから」

「いつもの勘ですか?」

「あぁ、それだけじゃなくもっと大きな何かが起こるぜ」

 

 空を見上げボソッと呟くクロスに合わせて強風が吹き荒れ、天候が崩れてきた。嵐ほどではないが一雨降りそうである。

 

 

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