「――であるからでして、ISは道具ではなくパートナーのような関係だと考えるのが望ましいです」
ところ変わって、一時限目の授業。あの後鳩尾の痛みが引くのに時間が掛かり、数十秒だけだが授業に遅刻してしまい、千冬姉から愛の拳骨を頂いたのは言うまでもない。
さて、俺を沈めた幼なじみ様の様子を見てみると、SHR時と同様に俺の方をしかめっ面で見つめていた。
時間が経ってから、俺のデリカシーの無さにも問題があったのかもしれないが、鳩尾への一撃は酷い。
……一応後で俺からも謝っておくか。一日中あんな態度取られていたら、こっちもテンションが下がってしまう。
そんな俺達を尻目に、授業は淡々と進んでいく。
「先生、質問です。パートナーのような関係って要するに、恋人同士ってことですか?」
「こ、恋人ですか!?そ、そうかもしれませんけど私もそういう経験が無いので何とも……」
「あははは、先生赤くなっている」
「可愛い」
授業中にこういった会話になるのは、女子校のお決まりのようなモノだな。楽しそうで羨ましいよ。
教室中が笑いの渦に包まれるが、その中に俺は含まれていない。女子のペースに付いていけないのも理由の一つだが、それよりも重大な問題が俺に生起していたからである。
「先生をからかわないで下さい……それではここまでの段階で分からない所がある人はいますか?」
重大な問題とは、俺の学生生活を左右するとても大切なことであって、これを疎かにしてしまえばお先が真っ暗になってしまう。
「織斑君、何か分からないことはありますか?あるのなら遠慮なく先生を頼ってください」
山田先生が、屈託のない笑顔を向けながら俺に言葉を掛けてくる。山田先生のその無邪気の無い笑顔と、俺を気遣ってくれる優しさに感謝したいのだが、この厚意を素直に受けるには俺の抱えている問題は大きすぎる。
「せ、先生……」
「はい。何ですか?織斑君」
しかし、今のうちから解決しておかなければ後々になって響いてしまう。……えぇい、この際覚悟を決めろ!織斑一夏!
「全部わかりません」
そう。ここまでの授業内容が全部分からないのだ。言葉では分かってても、内容が理解できないのだ。当然と言えば当然である。男である俺にしてみれば、IS何て物は一生縁の無い代物で、そうなれば大した興味を抱いていなかったのだ。
そんな奴が、いきなりISの授業に付いていける筈がない。つまり俺は授業を受ける以前の問題である。
「ぜ、全部ですか……それは困りましたね……」
山田先生が本当に困った表情を取ってしまった。その表情を見て、俺の良心が若干傷付いた。悪いのは俺で先生ではなかったのだら。
「織斑。入学前に配布された参考資料に目を通したのか?」
あぁ、あれか……
話せば長くなる。確かに俺の元にIS学園入学に際して、ISの基本知識を纏めた参考書が届いていた。参考書と言うよりは、辞書だったな。あの分厚さ尋常じゃない。それだけISについて、覚えなければならない重要事項が載っているって証だったな。
まぁ、残念な事にその参考書は今俺の手元に無いんだけどな。今頃高温で焼かれちまったているだろうな。
「古い電話帳と間違えて捨ててしまいました」
何をどう思ったのか、学校の資料を間違えて捨ててしまったのだ。決して確信犯ではない。本当に間違えてしまったのだ。
「この馬鹿者が。後で予備を渡してやるから職員室に取りに来い」
そして何かヘマをする度に飛んでくる、愛の折半。今日一日で何回殴られるんだろうな?
「一週間で読み終えろ」
馬鹿な……あのページ数の資料をたったの3日で読み終えろだと?無茶だってそれは!一体何処の天才だよ!?
「何か文句でもあるのか?」
どうやら千冬姉は、俺の考えをお見通しのようだ。半端ない目力で睨まれた。全く今日は厄日だよ。俺が何をしたって言うんだ!
完全に100%俺の自業自得なのだが、素直に納得できない自分がいる。
何だかんだて、時間は刻々と過ぎていきあっという間に殆どの授業が進んでいった。
――――――――――――――――――――
「ちょっとよろしくて?」
必死に授業に付いていき、半ば屍と化して机に突っ伏している俺に、誰かが声を掛けてきた。正直なところ応答する元気も残されていない。
「ん?何だ、いきなり?」
だけど、無視するわけにはいかないわけだ。なのでゆっくりと机から顔を上げ、声を掛けた人物の顔を見る。声を掛けた人物は、特徴的な金髪縦ロールの外国人の生徒で、見るからに高圧的な態度をとっている。
「まぁ!何ですのそのお返事は!このわたくしに、話し掛けられるだけでも光栄なことなのですから、それ相応の態度というものがあるのではないのでして?」
人の態度に文句を言う前に、自分の胸に手を当てて、一度自分を見つめ直して貰いたいものだ。幾らなんでも人を見下し過ぎだ。
第一印象は、最悪。勝手に話させておけば良いのだが、放っておいても永遠ひたすら小言を言われ兼ねないので、仕方なく相手をする。
「悪いな。俺は君が誰だか知らない」
「まぁ!イギリスの代表候補生であるわたくし、セシリア・オルコットを知らないのですか!?」
はいはい。名前はセシリア・オルコットね。他に例を見ない特徴的な容姿に、強烈な第一印象。一発で名前を覚えれるな。
名前とどういった人物なのかも分かったのだが、唯一、セシリアに関して分からないことがあった。
「なぁ、一つ聞いていいか?」
「何でしょうか?しもじもの者の質問に答えるのも貴族の務め……特別に聞いて差し上げましてよ」
どうして素直に返事が出来ないんだ?典型的な構ってちゃんじゃないか。貴族等の上流層の人間は皆こうなのか?
けど、答えてくれると言うのなら聞いておいた方が良いな。分からないことは直ぐに聞く。ずっと分からないままにしておいて、時間が経ってから知りませんでしたでは、恥ずかしいからな。
「代表候補生って何?」
俺とセシリアの会話を聞いていたクラスメート全員がその場にひっくり返った。自己紹介の時といい今といい、皆息がピッタリだな。
お笑い芸人じゃないかと疑いたくなるよ。
セシリアはというと、わなわな震えながら口角を上げ、顔をひきつらせていた。
「あ、貴方!本気で仰っていますの!?」
セシリアとクラスメートの反応からして、代表候補生ってのは大分有名のようだ。
「織斑君。代表候補生って言うのはね、国家代表IS操縦者の候補で選出されるのは一握りのエリートだけなの」
すぐ近くにいた、クラスメートの子が俺に助け船を出してくれた。IS操縦者にそんな制度があったのか……初耳だ。
「そう!エリートなのですわ!本来ならば、わたくしとクラスが同じになるだけでも奇跡、幸運なのですわ。その事をもう少し理解して頂けます?」
エリートねぇ……選ばれたことによる優越感と驕りか、どおりで態度がでかくなるわけだ。選ばれると言うことは実力も本物なのだから、天狗になる気持ちも分からないわけではない。
誰しもが、人より優れた立場に立てば自慢したくもなるよな。
「そうか。それはラッキーだ」
俺にしてみれば、別に興味が沸いた訳でもなくめんどくさいことには変わりはない。適当にあしらって話を終わらせよう。
「バカにしてますの?」
とんでもない。凄いことは分かったけど、だから何だ?というだけだ。
「……まぁ、いいでしょう。所で貴方はISを満足に扱うことが出来ないと見えます。ですから、代表候補生であるわたくしが、コーチをして差し上げましょうか?何せ入試試験で、唯一教官を倒し筆記では首席なのですから」
成る程。俺みたいな初心者を上手く懐柔して、自分の株を上げ、自分が何れだけ優れているかを見せ付ける魂胆だな。代表候補生の株が上がれば、それすなわちセシリアを選出し抱えている国家の有能性の証明にも繋がる。
甘いぜ、エリート。ここまでボロクソに言われて黙っている俺じゃないぜ?俺にも男のプライドってものがある。それにな……
「俺も教官倒したぞ?」
実際のところは、教官が勝手に壁に突っ込んで自滅しただけなのだが、エリートの鼻っ柱を折るには丁度良いだろう。
「はぁっ!?それはどういうことなのですか!?わたくしだけだと聞いていましたのに!」
俺の予想を大きく上回る反応だった。ついさっきまで、優雅に上品に振る舞っていたセシリアは俺が教官を倒したと聞いた瞬間に、すっとんきょうな声を出し目を血走らせ、俺に詰め寄ってきた。
……何気に顔が近い。
「どうして貴方のような方が教官を倒しているのですか!?」
詰め寄ってきたセシリアは俺の両肩を掴み、前後に揺さぶってくる。その手にはかなりの力が込められており、かなり激しく揺れる。
「お、落ち着け。倒したといっても、勝手に自爆しただけだ」
かえって面倒になっていることに、ようやく気付き即座に話のオチを伝える。
「これが落ち着いていられますか!」
見誤った!セシリアがこんな動きを見せるなんて……てか、セシリアのキャラぶれすぎだろ!
そんな俺に救いの神が舞い降りた。
「このお話の続きはまた後日に!」
今度は空気を呼んでくれた、授業開始を告げるチャイム。やっとセシリアから解放され、安堵につく。……あれ?これ確実にセシリアに目を付けられたのでは?
降りかかる火の粉を払っているつもりだったのに、俺の行動はただ単に、物事を悪化させただけではないのか?
――――――――――――――――――――
色んな意味で濃い一日だった。実の姉からは拳骨の嵐で、久しぶりに再会した幼なじみからは気さくな態度をとられ、よくわからないクラスメートからは、目をつけられる。
……幾らなんでも散々過ぎるだろ。
「おまけに、放課後も平穏は訪れない」
IS学園は全寮制。学園に通う者は皆、寮からの通学となり自然と学園からの帰路は重なるのだが、何名かのクラスメートが俺の後を数メートル離れた位置を維持し、付いてくる。
このまま行けば、俺の部屋までついてくることになる。彼女たちの目的は、俺の部屋を突き止めることなのかもしれない。学園唯一の男子ということで、都合のいいオモチャにでもするつもりなのか?
……やむを得ない。寮まで走るか。
息を整え、一気に寮まで走り出す。
「あっ!逃げた....」
長い学園になるわけなのだから、遅かれ早かれ部屋の場所は割れるのだが、今は一刻も早く心身を休ませれる空間に逃げ込みたいのだ。今日みたいな日は残りの時間をゆっくり過ごしたい。だから、これ以上の面倒事は御免だ。
――――――――――――――――――――
「着いた……ここが俺の部屋か」
なんとか追っ手?を振り切り、無事に部屋まで辿り着くことが出来た。
「お願いですから、部屋では何事もないように」
学園内の寮は、二人一組の部屋になっているためどう足掻いても、女子と同室になってしまうわけだがこの際仕方がない。
聞けば、本来入学出来る筈のない男子の入学など学園側も想定していなかったため、男子用の部屋が用意出来なかったようだ。
「あれ?誰もいない」
部屋の前で突っ立っているわけにもいかなから、部屋に入ってみたのだが、室内には誰も居らず静かな空間となっている。
「良かった。これで少しはゆっくりできる」
しかし、そうは問屋が卸さなかった。
「同室の者か?済まない。シャワーを浴びていたのだ」
こ、この声は……
聞き覚えがある。それも昔からの馴染みの声で、学園内でも聞いたばかりの声だ。恐らく俺の心拍数は過去に例が無いぐらいに上がっているだろう。
バクバクと心臓の鼓動する音が鮮明に聞こえ、恐怖からの冷や汗が背中に流れ、制服のYシャツに染み込む。
「私は篠ノ之箒という者だ。これからよろ……し……く……」
俺はゆっくりと首を後ろの幼馴染みに向ける。これがマンガならば、首を動かす時の動作に擬音が混ざっているであろう。
「よ、よぉ、箒。教室以来だな」
黙っていても何も始まらない。無駄に時間を経過させるぐらいなら弁明や会話をしてこの空気を和ませる方が賢い。
「……………………」
だが、箒は何も発することもなく俯いたままだ。
……い、いかん!このままでは俺の命に危険が迫る。早く何とかしなければ!
「し……」
「し?」
「死ねぇぇぇぇぇ!」
まさかの問答無用。箒は部活用の竹刀を取りだし、上段の構えから素早く竹刀を降り下ろす。仮にも剣道有段者で全国大会で優勝する実力者の本気の一撃を受ければ、只では済まない。
「まっ、待ってくれ!これは事故だ!」
「問答無用だぁ!」
「ギャアアアア!」
寮内に響き渡る俺の悲痛な叫び。
この時俺はこの世界に神はいないことを悟った。