天実李信教──。
信者数は五十万人を超え、日本有数のカルト宗教団体である。文部科学省からも「指定宗教団体」に認定されており、その活動は苛烈を極める。
熱狂的な信者たちによって莫大な資金を集め、芸能人、政治家、一流企業の社長、さらには警察関係者までを信徒に抱える巨大組織。
もはや警察ですら軽々に手を出せない“厄介な存在”だった。
そして──神村信(かみむら しん)は、その天実李信教の教祖の息子である。
彼の育った環境は、常人とはかけ離れていた。
権力者たちが、自分よりはるかに年下の“教祖の息子”に深々と頭を下げる。
そんな異様な光景が、彼の日常だった。
宗教の持つ圧倒的な力と、そこに潜む狂気。
神村信はそれを誰よりも理解していた。
だからこそ、決めていた。――いつか自分の手で、新たな宗教を作る、と。
高度育成高等学校
東京湾の埋立地に建てられた、日本政府直轄の名門校。
「未来を担う人材の育成」を目的とし、希望する進学・就職先にほぼ100%応えるという異例の実績を誇る。
3年間は外部との連絡が一切禁止され、完全な寮生活を送ることになるが、60万平米を超える敷地には住宅、商業施設、公園などが整備されており、一つの“街”のような空間が広がっている。
学生たちは、まるで楽園のような閉鎖都市の中で生活するのだ。
神村信がこの学校を選んだ理由は明確だった。
「外界と隔絶された閉鎖空間」──それは新たな宗教を築くのに、これ以上ない環境だったからだ。
入学初日。
黒塗りの高級車から降り、軽く別れを告げて正門をくぐる。
昇降口前の掲示板にはクラス分けが張り出され、多くの新入生が群がっていた。
信も人の波の中に入り、自分の名前を探す。
「……Bクラスか。知ってる名前は……まあ、あるわけないか。」
同じ中学からの進学者は自分一人。知り合いなどいるはずもなかった。
教室に入り、指定の席に座る。まだ席はまばらで、静かな空気が流れている。
そこへ隣の席の女子が、明るい声で話しかけてきた。
「にゃはっ! 初めまして! 私の名前は一之瀬帆波。これからよろしくね!」
「初めまして、神村信だよ。こちらこそよろしく。いやぁ、知り合いがいなかったから、声かけてくれて助かったよ。」
「えへへっ、どういたしまして!」
少し話しただけで、信は彼女の本質を見抜いた。
――圧倒的な善性。そして、人を惹きつける力。
無邪気さと純粋さを兼ね備え、自然と周囲に人を集めるまさに“光”のような存在。
案の定、二人の会話に気づいた周囲の生徒たちが集まり始める。教室は瞬く間に明るく活気づき、一之瀬の周囲には小さな集団が形成された。
(……いいな。ああいう“光”は、利用価値が高い)
心の中でそう呟く信。だがその表情は外見上、ただの穏やかな少年のままだ。
教室が賑わい始めたその時、チャイムが鳴った。
「はーい、みんな注目〜! 席についてー!」
朗らかな声とともに入ってきたのは、若い女性教師だった。
「今日からBクラスの担任を務めます、星之宮りえです! よろしくね!」
明るく笑うその姿に、クラス全体が自然と静まる。
だが、信はその“張り付いたような笑顔”の奥に別の顔を見た。
――人を操る者の顔。
幼少期から、そんな笑顔を嫌というほど見てきたのだ。
「さて、この学校には“Sシステム”という、ちょっと特殊なルールがあります。
今から配る学生証カードで、校内のすべての施設を利用したり、売店で買い物をしたりできます。いわばクレジットカードみたいなものね。」
そう言って、教師はわざと声を強める。
「ただし注意点が一つ。このカードの“ポイント”を消費して利用するってこと。そして――このポイントで買えないものは、校内にはありません。
……そう、“なんでも”買えます。」
“なんでも”。
その一言が、信の頭の中で何度も反芻された。
(もし本当に何でも買えるのなら……僕の宗教の種を、この中で蒔けるかもしれない。)
「ちなみに、ポイントは毎月1日に自動的に振り込まれます。
みんなにはすでに、平等に10万ポイントが支給されています。1ポイント=1円の価値よ。」
ざわめく教室。
高校生にとって10万円は大金だ。
だが、裕福な家庭で育った信は驚くこともなく、冷静に全体の反応を観察していた。
星之宮は続ける。
「この金額は、みんなの“価値と可能性”への評価です。思いきり使ってもいいし、使わずに他の人に譲っても構いません。」
その時、手を挙げる声があった。
「質問です! 来月も同じ10万ポイントがもらえるんですか?」
質問したのは一之瀬帆波だった。
星之宮は、どこか嬉しそうな笑みを浮かべる。
「それについては……今はまだ答えられないかな。」
要領を得ない答えだが、星之宮の目はどこか嬉しそうであった。
まるで、重要なことに一之瀬が気づいてくれたことを喜んでいるように見える。その笑みには、何かを“期待する”ような含みがあった。
その後教室で自己紹介やなんやらあったが、特に何事もなく入学式が終わった。
神村信はあることを聞くために職員室に向かった。そして星之宮先生ののもとへと歩み寄る。
「星之宮先生、少しお話ししたいことがあります。できれば、二人きりで。」
「んー、分かりました。もう少しで今仕事が終わるのでの、教室で待っていてくださいね。」
夕暮れの教室。
誰もいない空間に星之宮が入ってくる。
「こんな場所に先生を呼び出すなんて……もしかして愛の告白かしら?」
にやりと笑う星之宮に、信は静かに言った。
「単刀直入に言います。
この学年の全生徒について、学校が持っている情報をください。入試の際の資料や内申書……全部です。」
その言葉に、星之宮の表情が凍る。
「……っ!? そ、そんな大がかりなもの、私の一存では……。
確かに“なんでも買える”とは言ったけど、これはちょっと……全生徒の情報なんて前例もないし……私はてっきり……」
「じゃあ、Bクラスの分だけでいいです。担任の先生なら、そのくらいの裁量はありますよね。」
信が妥協したこともあってか星ノ宮先生は考え込んでいるようだ。短い沈黙の後、星之宮は薄く笑いながら答える。
「……いいでしょう。Bクラスの情報だけなら特別に。
価格は……そうね、出血大サービス10万ポイントにしてあげましょう!」
「案外、ふっかけませんね。先生にとっても何かメリットがあるんじゃないですか?」
「それは、ひ・み・つ!……でも、君には期待してるわ。」
「明日、職員室に来てください。そのとき資料を渡します。」
そう言い残し、彼女は去っていった。
信はひとり、薄暗い教室で呟く。
「やっぱり、この学校……明らかになにかがあるな。普通クラスメイトの個人情報くれって言ってOKする教師なんて、どう考えてもまともじゃない。」
翌日、星之宮から受け取った資料には、Bクラス全員の詳細な個人データが記されていた。
放課後。
入学早々金欠になってしまったこともあり、スーパーの無料コーナーで少し食料を漁った後、自室に戻る。確実に自分一人しかいない部屋に戻ってから資料を開く。
人を支配するには、その内面を知らねばならない。
そして、最もその人の人間性、行動理念が現れるのは「過去」だ。
――それが、神村信の信条だった。
そのために有り金をはたいて資料を購入した。
ページをめくり、クラスメイトたちの個人情報、成績、家族構成、経歴を順に確認していく。本来ただの学校の個人データにしてはやりすぎなくらい詳細な情報が書かれており、この学校に対しての疑惑がより一層深まった。
しかしながら、どれも平凡で、特に目立ったものはない。
そう思った矢先、ある一文が目に止まった。
一之瀬帆波 追記:中学3年時、半年ほど不登校。非行等が原因の可能性あり。
信の口元が、ゆっくりと吊り上がる。
「……一之瀬帆波。 君が、教祖だ。」
僕が君を支配し、君がクラスを導く。
やがてこのBクラスが、狂気に染まった宗教団体へと変貌していくことを
まだ誰も知らない。
神村信くんは学力と運動神経とかはまぁ平均ちょい上くらいで普通です。ずばぬけてるのは人間観察力と人心掌握術。以外とこういうタイプのオリキャラあんまいない気がする。だいたいあくどいことする奴らはみんな全部のステカンストしてる奴らばっかな気がするんすよね。