一之瀬はくもってるぐらいがちょうどいい
一之瀬帆波の過去を知ることができた。
不登校の原因は色々考えられる。母子家庭であることもひとつの要因だろう。いじめ、飲酒喫煙、軽犯罪、あとはまぁ…売春とか……確かに一之瀬帆波は客観的に見ても優れた容姿と身体を思えば、まあありえなくは無い。いずれにしろ隠したい過去に違いない。
思っていた以上に、つつきやすい弱点を持っているようだ。本来なら色々と策を巡らせ、マッチポンプを演出しなければならないと思っていたが、これならどうとでもなる。
初めは自分自身が教祖になるつもりであった。信の父親は圧倒的なカリスマ性を持ち合わせており、多くの人間を導くのに適した人物であった。そんなに父親を見て育ってきた自分も自然と人を導くことができると思っていた。だか現実は違う。信には大勢を従えるカリスマ性はない。彼は幼少期から父親に近づく様々な人間を観察してきたことによる観察眼と、限定的な範囲の人の心をつかむ技術だけであった。
だからこそ一之瀬帆波の存在は彼にとって紛うことなき幸運であったと言える。
暫くはクラスの関係が形成されるまでは様子見だ。
4月も後半に差し掛かったころ。
入学当初の緊張もようやく抜け、日々の授業にも慣れてきた頃だ。
クラスの空気にも少し余裕が出てきて、最初のぎこちなさが消え、どこか穏やかな時間が流れていた。
教室の中では、自然といくつかのグループができている。勉強に真面目な優等生組、部活仲間の男子グループ、女子だけで集まっておしゃべりしている輪──。
その中で一番大きな勢力は、やはり一之瀬帆波が中心となっているグループだ。
一之瀬は明るく、話しかけやすく、どんな相手ともすぐに打ち解ける。空気を読むのが上手くて、誰に対しても自然に振る舞える。
彼女の笑顔一つで、その場の雰囲気が変わる。その明るさは作り物ではなく、本当に人を惹きつけるものだった。
神村信は、今その一之瀬のグループに所属している。
表面上は、ただのクラスメイト。一緒に昼ごはんを食べたり、雑談を交わしたり。周囲から見れば、ごく普通の高校生の人間関係だ。
だが、信にとってそれは“目的のための立ち位置”に過ぎない。一之瀬を「中心」に据える以上、彼女の交友関係は正確に把握しておく必要がある。
この数週間、信は一之瀬の行動を注意深く観察してきた。
昼休み、誰と話しているのか。放課後、誰と一緒に帰るのか。彼女が発する言葉、相手の反応、その場の空気。
そうした何気ないやり取りの中に、人の関係性は如実に表れる。ほんの少しの沈黙や笑いのタイミング、視線の流れ。そういった断片から、信は人の本音を読み取るのが得意だった。
(一之瀬周りの関係は単調だな)
彼は心の中でそう呟く。
彼女を慕う者、表面上合わせている者、内心反発している者。それぞれの立ち位置と感情が、ゆっくりと形を取り始めているのが分かる。
一之瀬のグループの中心には常に笑顔があり、それに引かれるように人が集まり、また離れていく。彼女は意識していないだろうが、クラスの空気を支配しているのは間違なく一之瀬だ。
──だからこそ、そこに価値がある。
神村信は静かにそう考える。
一之瀬を動かせば、クラス全体が動く。彼女を掌握すれば、他の誰も抵抗できない。クラスという小さな社会の中で、
それに確信した瞬間、信の中で何かが静かに噛み合った。
そろそろ、仕掛けるか。
机の上で指先を軽く叩きながら、
信は教室のざわめきの中で小さく笑った。
授業が終わり、放課後、教室も人がまばらになり始めたころ、帰りのホームルームで使用し、星乃宮先生が消し忘れていたホワイトボードの文字を綺麗に消している生真面目な一之瀬に気を見計らって話かける。
「ねぇ一之瀬さん」
「どーしたの神村くん?」
そう元気な声で返す一之瀬
「君の中学時代についてちょっと聞きたいことがあるんだけど」
この言葉を口にした途端一之瀬帆波の表情が凍った。目で見てわかるほどに息が浅くなり、動悸が激しくなっているのがわかる。同様している一之瀬に信はやさしく囁く。
「ここじゃ色々と話にくいね。……………僕の部屋で話をしよう。部屋407号室明日土曜日の18時に……」
言い残し立ち尽くす一之瀬帆波を背に、信は歩き出していった。
次の日18時少し前に信部屋のチャイムがなる。ドアを開けると暗い顔をしながら俯いた一之瀬がたっていた。寝不足なのか目の下のクマがはっきりと見え、およそ健康的な見た目には見えない。
「ほら中に入って。……何も無い殺風景な部屋だけど。」
「ここ座って」
と一之瀬帆波をベットの片側に座らせる。
「ごめんね 、本来なら紅茶かコーヒーでも出したいところなんだけど、あいにく金欠でね、麦茶で我慢してくれ。」
「あっありがとうゴザイマス」
完全に萎縮しきってカチコチになっている一之瀬の前にコップを置く。
しばらくしてから少し落ち着いたのか一之瀬野方から話を切り出しきた。
「あのっ…昨日ののことって……」
「あぁ………………………実は聞いちゃってさ……職員室に用事があって、その時に星之宮先生が「一之瀬さんが過去に不登校だったなんて信じられないよ」って他の先生らしきひとに言っている所を偶然聞いちゃったんだよね……。」
「あっ…………」
無論この信発言は根っからの嘘であるが一之瀬がこの嘘を見抜くすべはない。あえて1日時間を置いたことで一之瀬はでまともに眠れていないだろう。そんな憔悴しきってる一之瀬にとって信の言葉に疑問を持つ余裕すらない。
そんな一之瀬に優しい声でささやく。
「君の過去に何があったか教えてくれないか?どうして中学時代、不登校になってしまったのか、その理由を。」
「大丈夫、たとえ君がどんな姿を見せたとしても僕、僕だけは君を見捨てない。だから、僕を信じて。ほら話してごらん…。」
信の隣で縮こまってしまっている一之瀬の手をやさしく握り、吐露させるように背中をさする。
憔悴している一之瀬に、信がやさしさにみせている行為は相当堪えるのだろう。黙っていた一ノ瀬がこぼれ落とすように話し出した。
「………………私実はね……………万引きをしたの…………」
そう一之瀬帆波は過去こ罪を話しだした。家が貧乏なこと、妹の誕生日プレゼントをどうしてもあげたかったこと。万引きが母親にバレて学校中に広まってしまったこと。学校に行けなくなってしまったこと。
まるで神に懺悔するかのようにすすり泣きながら
「そうか………辛かったね…………」
「………神村くんは私のこと責めないの?」
「たった1度の小さな誤ちでその人間の全ての善行帳消しにするなんてちゃんちゃらおかしいさ。」
「大丈夫僕は君がいい人だって知ってるよ。」
「でもね、君以外がこの話を聞いたらどうだらうね。これは大変だ、偏見にまみれた罵詈雑言を浴びせられたっておかしくない。君だって中学時代に経験しただろう。仲良くしていた友達が君を軽蔑し離れて行くことを。」
それを聞き過去のトラウマを呼び起こしたのか一之瀬の顔が青く染まる。
その姿を見て信は少し大きな声で強調するように続ける。
「だから僕、僕だけを頼って。僕は絶対に君を見捨てない。大丈夫僕は君罪を赦すよ。」
その瞬間、一之瀬の瞳から力が抜けた。それと同時に今まで耐えつつも漏れ出ていた涙が一気にあふれだした。そんな号泣する一之瀬の背中を信はやさしくさするりながら大丈夫と囁く。
自分を赦してくれる人間がいる──その事実だけで、一之瀬帆波はもうどうしようもないくらいに神村信に縛られているのかもしれない。
「君は素晴らしい人間だよ。人の痛みを理解できて、人を導ける強さを持っている。だからね……僕は、君にこのクラスの“リーダー”を頼みたいと思っているんだ。」
その声には、優しさの裏に微かな圧があった。
拒絶を許さぬ、甘く強い支配の響き。
「できるよね?」
このやさしくも力強さを感じざる追えない質問に一之瀬帆波はこくりと頷く。
「……あぁ、そうだ。今日の話は、二人だけの秘密にしよう。」
「君がまた苦しくなったら、僕のところに来ればいい。そしてもし君が壊れそうになったら、僕が代わりに背負ってあげる。」
その言葉を聞いた瞬間、一之瀬の瞳が潤み、ほんのかすかに笑った。
まるで、生きる許可をもらったかのように。
信は心の中で、冷静にその反応を観察していた。
罪悪感を持つ人間は、理解者を失うことを最も恐れる。だから一度赦し、見捨てないと言えば、二度と僕を疑わなくなる。支配は単なる脅しじゃない。信頼の錯覚を植え付けることだから。
無論一人の人間を完全に支配するのはそう簡単では無い。が、今回で十分種はまけた。いやもう芽が出て一之瀬帆波に強く絡みついている。あと必要なのは時間だけだ。
一之瀬帆波をこのクラスのリーダー、教祖にする。そんな教祖を依存させ制御する僕はさしずめ神のような存在であろう。
いい響きじゃないか『神』、せっかく自分でつくった宗教だ傲慢に神とでも名乗らせてもらおうじゃないか。
よう実データベース
名前 神村信
身長 169cm
体重 59kg
学力 B-
知力 C+
判断力 C
身体能力 B-
協調性 B