PokéDun LEGENDS 風来のイーブイ 作:ゲーマーN
その後も歩き続けた一人と一匹は、とうとう限界に達しようとしていた。自分たちも飢えている身でありながら、オーガポンにオレンの実――なけなしの食料を譲ったのだから当然だろう。ふらふらした足取りで森を彷徨う二人のお腹の虫が、ぐぎゅううーと哀れな悲鳴を上げる。
『オイラ、もうおなかペコペコで歩けな⋯⋯あれ?』
「⋯⋯コッパ?」
『ハルト! あそこに見えるのって、もしかして村じゃないか?!』
え? とコッパの指し示す方をよく見れば、開けた土地に民家らしき建物が並んでいた。一軒だけであれば、それこそ旅人のために設けられた山小屋の類かとも考えられたが――
「ほ、本当だ⋯⋯!」
『やったあ! 食いもんにありつけるぞッ!』
――複数あるのなら話は別だ。ハルトとコッパは歓喜の声を上げて走り出した。あの場所に行けば、ようやく休める。あの場所に行けば、やっとご飯が食べられる。極度の空腹で思考が単純化した今の二人には、もはやそれ以外のことは考えられなかった。
――ナタネ村*1
「ここはナタネ村だ。お前さんたち、この村になんか用かい?」
村の入口で、ここの住民と思しき男が声をかけてきた。おそらく見張り番なのだろうが――見渡す限り、周囲に堀や柵といった防備の類は無く、ただ入口前に彼が立っているだけ。侵入者対策には些か心許ない。まあ、辺境の田舎ではありがちだが――今はそんなことよりも、とにかく腹を満たしたい一心をハルトは伝える。
「お腹が空いて⋯⋯その、何か食べるものはありませんか?」
「それなら、そこの橋を渡ったところに『むみゅう』ってうどん屋がある。村で評判でな、結構美味いぞ。ただし⋯⋯」
「ただし?」
「なるべく早く食えよ」
見張りの男は真剣な面持ちでそう付け加えた。何かを警告するようなその口振りに、ハルトは思わず首を傾げる。軽口のようでいて、男の声には妙な切迫感があった。もしや早めに食べないといけない理由があるのだろうか? 少なくとも、冗談か何かで言っているわけではなさそうだ。
「それはどういう⋯⋯?」
「それは⋯⋯まあ、そのうち分かるよ」
気にはなるが、このまま話し込んでいる余裕はない。一刻も早く何か食べなければ、空腹で倒れてしまうかもしれない。最後にお礼を言い、ハルトたちは教えられた店へと急ぐことにした。
「ありがとうございます! ⋯⋯行くよ、コッパ!」
「ブイ! ブイブイ!」
コッパもテレパシーを使う体力すら惜しむほどにお腹を空かせているようだ。短く鳴いてハルトを急かすと、その肩へぴょこんと飛び乗る。逸る気持ちを抑えきれず、ハルトもつい駆け足になってしまうが――件のうどん屋は思いのほか近く、一分も経たないうちにのぼり旗が見えた。
店先の腰掛け台に座ると、中から恰幅の良い女性が現れ、にこやかに迎えてくれた。割烹着に三角巾といういかにもな出立ちからして――おそらくは彼女が店主なのだろう。
「いらっしゃい!」
「うどんふたつ、お願いします!」
「ブイブイ!」
「あいよ!」
麺を茹でるにはどうしても時間がかかる。その間にも空腹は募るばかりで、ハルトたちにはうどんが出てくるまでの数分がやけに長く感じられた。特にコッパは目をバッテンにして、四つの脚を腰掛け台の上に投げ出している。「ぶい~」という鳴き声からは何が言いたいのか正確には分からないが、『だあ~。オイラ、腹が減りすぎてもう死にそう⋯⋯』といったところだろうか。
「はい、お待たせ」
待ち侘びた一杯がようやく届き、ハルトとコッパは同時に目を輝かせた。ハルトは左手で、コッパは両前脚を器用に使って、うどんの丼を抱え込む。立ち上る湯気とともに、香ばしい醤油の匂いが鼻をくすぐった。その瞬間、二人の我慢は限界を迎え――夢中で麺を啜り込んだ。
ガツガツガツガツ⋯⋯!
無言で、ただ只管に目の前のご馳走を掻き込んでいく。口の中に広がるのは、シンプルながらもしっかりとした味付け。つるりとした喉越しと、コシの強いうどんの食感が相まって、二人から食べる手を止めるという行為を奪っていく。喉の渇きも忘れ、熱さすら気にならない。麺が口の中で消えては、また新たな一口が運ばれる。見事な食べっぷりは、多くの客を見てきたうどん屋のおばさんをも感心させるほどだった。
「よっぽどお腹が空いていたんだねえ。坊やたち、二人だけで旅しているの? まだ、ちっちゃいのに⋯⋯偉いわよねぇ~」
温かい眼差しで二人を見守るおばさん。昼下がりの穏やかな空気が流れていた――その時。
カンカンカンカン! カン! カンカン!
突如として、緊急事態を告げる警鐘の音が村中に鳴り響いた。
「鬼だ~っ! 鬼が来るぞ~~っ!!」*2
続いて轟いたのは、怯え切った男の叫び声。何事かと顔を向けたその先には――まさに百鬼夜行、それ以外の形容を許さぬほど夥しい数のポケモンたちが、激しい土埃を巻き上げながら押し寄せていた。いずれの個体も体のどこかに紫の注連縄のようなものを巻き付けており、体色は通常よりも一段と暗い。そして、群れの先頭にはひときわ大きな体躯を誇る3匹のポケモンが――
「イイネイヌ、マシマシラ、キチキギス⋯⋯!?」
抹茶色の模様が映える黒を主体とする大柄な犬の獣人――イイネイヌ。根暗そうにも気難しそうにも見える青い顔が印象的な黒い猿――マシマシラ。赤と黒を基調とした着物を纏った花魁を思わせる風貌の雉――キチキギス。それぞれ、結晶をあしらった木彫りの面でその顔を覆っている。
「ヌンダフル!!」
「マシキャー!!」
「キチキッチー!」
仮面越しにも、リーダー格の3匹が嗤っているのが見て取れた。配下と思しき縄付きのポケモンたちが村を蹂躙する様を愉しむように、彼らもまた、破壊と暴虐の限りを尽くしている。
「――コッパ」
『本気か? オイラにだって、万に一つ⋯⋯いや、億に一つも勝ち目がないのが分かるぜ?』
「だろうね。けど――義を見てせざるは勇なきなり。美味しいご飯をご馳走してくれた村を見捨てて自分だけ逃げ出すなんて、それこそ風来人の名が廃るというもの⋯⋯違うかな?」
『いいや、違わないさ! よっしゃ! オイラたちの底力、奴らに思い知らせてやろうぜッ!!』
闘志を漲らせたコッパの前で、三度笠の縁を指先で摘まむ。僅かに動かし覗かせたハルトの双眸には、いまや飢えの影など微塵もなく、凛烈たる覇気が宿っていた。決意のままに白と青の縞合羽を翻し、ハルトたちはイイネイヌ、マシマシラ、キチキギスの3匹の前へと立ちはだかる。
「⋯⋯ヌ?」
「キチ!?」
「ッシラァ!」
対して、イイネイヌたちは顔を突き合わせ、互いに目配せを交わす。人間の子供一人にポケモン一匹――たったそれだけで、果たして何ができるというのか。嘲るような視線を送りつつ、代表するようにイイネイヌが一歩前へ出た。
「――行くよ、コッパ!」
『応!』
「ヌンダ! ヌンダ! ヌンダッフル!!」
――鬼面のイイネイヌが 勝負をしかけてきた!
ハルトの手持ち
・コッパ (イーブイ) Lv25