もしもあの教室を、飛び出さなかったら。
「はぁぁぁぁぁぁ…………」
大きくついて出た溜息に、またもや隣の子が驚いた。今度は、肩をビクリと震わせて。それはもうはっきりと。
普段の私なら、「ごめん」の一言も、息をするように出るのだが。今日ばかりはそうも行かない、気が利かない。
昨日。結局私のガレージの天井を突き破って、空から降ってきたあの“物体”の正体は、何一つとしてわからなかった。
“
ソレは、白く、無機質な表面を持つ、私の体より二回りほど大きい縦に長い立方体の様な外見をしていた。
滑らかで、汚れやくすみの一つも無い純白の外装に、いくらかの黄色いラインがあしらわれており、その表面をよく見れば、接合部のような“溝”が見て取れる。
おそらく、それが“ナニカ”を封じた“箱”であるという事は、すぐに分かった。
特殊な合金で生成されているらしいその外装は非常に堅牢で、軽そうな質感の割に非常に頑丈な素材で出来ている。そして、それが何らかの機能を秘めた“マシーン”である事が私には感じ取れた。
けれど、何処を探しても製造番号の記載もなければ、アクセスするための端子も見当たらないし、そもそも起動の為のスイッチに当たるもの無い。
製造元でもわかれば、大本に問いただして損害賠償を叩きつけてやろうと息巻いていたのに、その為の情報の欠片も出てくる気配はなく。ペタペタと機体の表面を触っていくばかりで、過ぎていく時間ばかりが私の虚しさを加速させていた。
結局。天井に穴のあいたガレージをそのままにするわけにも行かず、私は調査を切り上げてから、ビニールシートを拡げてどうにか穴を誤魔化して……。昨日に出来たことは、そこまでだ。
「……なんだよ。なんで、頑張ってためたお金で買ったのにさ。そんなのって、ないじゃん」
机に突っ伏しながら、小さな声で不満を漏らす。声に出さなければ、その淀んだ気持ちの逃げ場が見つからなかったからだ。……吐いた所で、晴れはしないけれど。
粉砕されたパワードスーツだって問題だが、ガレージに空いた大穴も洒落にならない。だって、これからこの地域はもうすぐ梅雨の時期が来る。そうなってしまえば、降り注ぐ体力の雨粒が、ポッカリと空いた大穴から私のガレージに流れ込み、全てが水浸しになってしまうだろう。
それだけは避けねばならない。ガレージは私の仕事場であり、学び場であり、居場所なんだ。
「あ゙あ゙あ゙あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙……」
大枚をはたいて新型のパワードスーツに手を出した直後の今の私に、工事費を出せるほどのお金はない。けれど、どうにかしないといけないという現実ばかりが重くのしかかって、グリグリと額を机に押し付けることしか出来ない。
どうしたってこんな不幸な目に遭わなければならないのか。
誰に問いかけたって答えの見つかるはずのない、そんな言葉が頭を回る。どうしていつも、私は感じな所で上手く行かないのだろうか、なんて。
――キーンコーンカーンコーン。
私の憂鬱な時間は続いていたが。それでも時間は過ぎるもので、授業の終わりを知らせるチャイムが鳴り響く。
私は一人、机に突っ伏したまま動かずにいるが、周囲のクラスメート達は勉強を切り上げて、次々に立ち上がる。
もう、昼休みの時間だった。
「ヒースイっ」
明るい声がかけられて、私は机に突っ伏したまま、首を横に捻って、声の主の方を見る。
「どうしたの今日は。めっちゃキツそうじゃん。何かあったの?」
「そういうエンジュは、いつも元気そうでいいね……」
可愛らしいキャラクターのあしらわれた包みを持ったエンジュが、こちらの様子を伺うようにして私を覗き込んでいた。
大きく一つため息をついてから、私は仕方なく上半身を起こす。
「お弁当、一緒に食べよ」
「あー……。ごめん、私今日購買なんだ」
普段なら節約を兼ねてお弁当を持参している私だが、昨日の今日でそんなものを作る気力がある訳もなく。無理と割り切って購買でパンでも買って済ませる予定だった。……というか、なんなら食欲が無いので、適当にふて寝でもしていようかとすら思っている。
「購買?珍しいじゃん、何かあったの?」
「べつに……、ちょっと昨日、面倒な事があっただけ」
“空から見たこともないマシーンが降ってきて、後片付けが大変だった。”なんて、正直に言えるわけもなく、私はエンジュの追及から逃れるために、首の向きを反転させて視線を彼女から窓の外へと移す。
何気なしに変えた視線の先に、ふと、見慣れない物体が映った。
「……ヘリ?」
「カイザーの所のヘリらしいよ。なんだか昨日からチラチラ見かけるって、皆言ってる」
私の視線の先を追うように覗き込み、テーブルに片手を付いたエンジュがそう語る。
エンジュはクラスの中心的な人物だ。だから、彼女は“皆”の話をよく聞いているし、聞かされている。……私個人としては、あのヘリに気づいたのは今日この瞬間が初めてだったが、彼女が言うのであれば間違いはないのだろう。
「カイザーのヘリかぁ……何してるんだろ」
カイザーグループ。キヴォトスに存在する様々な商業施設を経営している会社であり、私達の生活においても身近な所でその名前を耳にすることは少なくない。
何かと黒い噂を持っていることもある会社らしいが、そんなところに所属するヘリが慌ただしく空を飛び交うなんて、まるで――
「探し物だったりして」
エンジュのそんな言葉が、ひどく耳に鮮明に聞こえた。
――探している?何を?
その答えを。私は知っている気がした。
――ひびっと、きた。
「!!!!」
「うわぁっ!?何!?」
飛び上がるようにして立ち上がった私に、エンジュが驚きの声を上げながら、手に持っていたお弁当を落としそうになる。
私はそれを右手でキャッチして、エンジュへと差し出した。
「あ、ありが――」
「ごめん!帰る!」
「はぁッ!?」
素っ頓狂な声を上げるエンジュにお弁当を押し付けてから、私は着の身着のままその場を駆け出す。
教室から飛び出して、廊下を走って、外へと向かう。
「ちょっと、ヒスイ!!」
「体調不良!よろしく!!」
取ってつけた言い訳が、エンジュの問いかけの答えとして口から反射で飛び出した。
その勢いのまま、私は階段を駆け下りてゆく。
確かめずには。いられなかった。
「……そんな元気な体調不良者がいますかって話よ」
そんな彼女の背中を見送って、呆れたように少女は苦言を漏らした。
「はあっ……はあっ……はあっ……!!」
日差しを受けてギラギラと輝くアスファルトの道を、私は全速力で駆けてゆく。息が切れて、苦しくなりながらも、走りは止まらない。
――カイザーの探し物。
カイザーグループは、兵器開発にかなりの力を入れている。それは、お金になるからと同時に、自社の私兵組織を保有しているからだ。
そんな彼らにとって、“秘匿された最新兵器”の存在があるとすれば。それは重要な意味合いを持つだろう。たとえそれが自社で作られたものでも……
だとしたら。
私のガレージに降ってきた、
「――最新技術の……塊なんだ!!!!」
構造がわからなくて当たり前だ。だって、
だから私は、
期待に膨らむ胸の内に押されて、私の口から興奮のままに声が出る。
「まっ……てて、ね!!私の……王子様!!」
息を切らせながら、私は道を急く。何かに強く引き寄せられる様にして、私の足がぐんぐんと身体を前へと運んでゆく。
高鳴る鼓動を感じながら。私が目指すのは、いつものあの場所。
「お、ま、た、せぇ〜〜〜〜♪」
ガレージへとたどり着いた私は、シャッターの鍵を開けると、全力でソレを押し上げた。
そして私は、眼の前に広がる光景に胸を膨らませ――。
「……え?」
まず、耳に入ったのは、甲高いモーターの駆動音。
視界に映っていたのは、これまた見たことのないドローンが、二機。彼らは私のガレージに降ってきた“箱”の周囲で、ふわふわと宙を浮いていた。
奥を見やれば、掛けておいたはずのブルーシートが無造作に引き剥がされており、その穴からこのドローンが侵入してきたことは明らかだった。
私の存在に気づいたのか、ゆっくりとドローンが姿勢を制御して――私へとカメラを向ける。
「……え、えっと」
無機質な視線を向けられ、私は思わず半歩後退る。
そんな私に向けて――、ドローンの下部に備えられた機銃が火を吹いた。
「うわぁぁぁっ!?」
「けほっ……けほっ……いきなり何!?攻撃!?」
こちらを確認してから即射撃。というのは、引き金の軽いこのキヴォトスにおいても穏やかとは言い難い。
まるで、“あのマシーン”に近付くものを排除するように仕向けられているようにすら感じるドローンの挙動に、私は迷わず愛銃――“マスターギア”を取り出した。
「もう……戦闘は苦手なんだけどなぁ……ッ!」
背中に背負うほどの大きなその銃を、私は右側で小脇に抱えるようにして構え、左手で補助グリップを掴む。
悪態を吐きつつも、私は視線をドローンへと向けて、マスターギアをの銃口を向けた。
そうして、私の中の意識が切り替わり、自分を中心とした感覚が広がってゆく。
クリアになる思考と視界の中で、私は標的であるドローンの姿を捉える。数は二つ。間違いない。
「――見えた!」
そうして私は、標的に目掛けてトリガーを――
引くよりも前に、ドローンの銃器が再び火を吹いた。
「――だけなんですよねぇっ!!」
攻撃を察知した私は、狙いを定めようとしていた姿勢を解いて、その場を大きく飛び退いた。
瞬間、再び無数の弾丸が、私のいた場所をずたずたに粉砕した。
「ひぃぃぃん!!やっぱり無理だよぉ!!」
襲いかかる銃弾の破壊力を目の当たりにし、それが直撃した時に全身を襲うであろう激痛を想像した私は、瞳に涙を溜めながら、構えていたマスターギアを背負い直すと情けない悲鳴を上げてその場から駆け出した。
言った通り、私は戦闘が得意ではない。出来の気配を察知することは出来ても、それを攻撃することがどうにも出来ない。
向けられた銃口から放たれる弾丸のイメージが、私の体を強張らせ、一瞬の隙を産む。そして、戦闘においてその“一瞬”は致命的な差となってしまう。
痛いのは誰だって嫌だ。だから、仕方ない。
きっと、あのドローンの目的はあの“箱”なのだろう。ならば、ここから離れてしまえばもう狙われることは無い筈だ。……と、そう思っていた。
ブィィィィン。と、無機質な飛行音が背後から響いた。
「うそっ……なんで!?」
まばらに生える木々の合間を走り抜けながら背後を振り向くと、ドローンがこちらへと向かっていた。
「ああああ!ごめんなさいごめんなさい!もう深入りしませんから!あの子もあなた達に上げますから!許してぇ〜〜!!」
向けられた銃口から逃げる為に、私はジグザクに森を駆け抜ける。
私の背中目掛けて放たれた銃弾は、樹木の盾に阻まれて私に直撃することは無い。だが、わたしを狙うことをやめようともしなかった。
どうしてこんな事に。
私の頭は、そんな考えでいっぱいだった。
「だ、誰か……」
息を切らせて走りながら、私は大きく息を吸う。
「助けてぇぇぇ〜〜〜〜!!!!」
瞬間。
風を切る音とともに、大きな質量が、強い衝撃と共に私の背後へ落下した。
強烈な風と、大きな振動に、私は思わず足をもつれさせ、その場に倒れ伏す。
「あだっ……!?何ッ!?」
振り返った私の眼の前にあった物。それは――白く、大きな鉄の箱。
そう。あの、私のガレージに落ちてきた。“あの”マシーン。
「なんで、ここに――」
私が疑問を感じた瞬間。箱が唸りを上げて、ガスを吹き出す。
――――箱が、開く。
「こく……ぴっと?」
ポッカリと口の開いた箱の中央には、人間が一人ちょうど収まるようなスペースが設けられていた。中央には腰を固定するアームのような装置を持ち、四肢を置くための空間も四方に広がっている。
それはまさに、SFアニメに出てくるロボットのコクピットを想起させた。
「乗れ、って言うの?私に?」
私のそんな声に、“彼”は静かに、その口を開けたままこちらを覗いていた。
そんな私の視界の端に、私を追うドローンの姿が見える。
このままでは、どのみちろくな目に合わない。
「だったら――ッ!!」
私は、一瞬の思考の後、迷いを振り切って。
私を誘うその“声”に、従った。
転がり込むようにコックピットへその身を滑り込ませ、背負っていたマスターギアを体の横へと滑らせてから、背中を彼へと押し付ける。
私が四肢を預けると、それらを何かが縛り付けるような感覚が走り。そのマシーンは広げていた蓋をゆっくりと閉じる。
「えっ!?これ、大丈夫なんだよね……!?」
拘束された身体と、閉ざされていく視界に、私は一瞬の恐怖を覚え、けれどそんな私の感情を置き去りにしたまま世界は闇へと閉ざされた。
__neural network check...
突如として、暗闇の私の視界に、そんな文字が浮かび上がった。
どうやら、何かのモニターらしいその表示は、様々な数値を上下させながら、表示を開いては閉じてゆく。
「起動処理!?遅いって!!!!」
眼前に表示されたバーが、ゆっくりと溜まってゆく。
しかし、敵はそれを待ってはくれない。
強い衝撃を伴い、世界が揺れた。
「いッ……!?攻撃!?」
周囲からガンガンと音を鳴らし、私はその衝撃と騒音に思わず顔を顰める。撃たれているのだ、ドローンに。
「はやくはやくはやくはやくはやく……っ!!」
そんな危機的状況を知ってか知らずか、マシーンのゲージがゆっくりと上昇してゆく。
そして。
__...complete!!
システムが正常を示し、私の手になにかのグリップが添えられる。
「――よしッ!!」
添えられた
瞬間。私の身体を縛っていた箱の外装が、音を立ててパージされる。
背中に背負う様な形で備えられた本体からは、私の胴体ほどの太さを持つアームが伸び、それは私の腕に握られた操縦桿に連動して動く。
私の足にはアームと同じ様な大きさの装甲が装着されており、それは膝から下を覆うように装着された、鋼のブーツ。
私の頭部には、ヘッドギアの様なバイザーが装着されているらしく、眼前にはバイザー越しに世界が映る。その視界には、このマシーンの状態を表すゲージが表示されている。
乗り込むというより、私の体に装着する様にして展開されたそれらの機体は、パワーローダの様な姿をしていた。
私の纏う白い装甲は、滑らかな光を放ち、あしらわれた黄色のラインがどこか無機質さに彩りを感じさせる。
軍用のパワーローダー、もしくはパワードスーツの主流である“ゴリアテ”と比べると、圧倒的に小型な姿は、まるで物語の中から飛び出してきたかにも思えてしまう。
半透明のバイザーに、この機体の名前が表示された。
「えっ……これは、えぬ、ゆ……ぬぇ……エックス……?」
一度に流し込まれる情報と、現実離れした展開に期待と困惑でぐちゃぐちゃになった私の頭は、表示されたその名前を正しく飲み込めない。
英語を学んでいればよかったと、余計な後悔をした次の瞬間に、表示は消えていた。
「あー……もうッ!!」
締まらないなどと思いながら、しかし、名前のわからないもやもやを我慢できなかった私は、心のままに“彼”の名前を口にした。
だって、こういう時はにロボット物の“
「――行くよ!ネクス!!」
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