寝転んで見上げた空には、逆立ちしてもとどかなかったけど。
空を飛んでいた。
どこまでも高く、雲を突き抜けて、その先へ。私の視界を遮るものは、なにもない。
自在に海を泳ぐ魚のように、スイスイと空を進んでいく私の身体に吹き付ける風が心地よかった。
このまま、どこまでも飛んでいってしまいたい。高く、高く、空の果てまで。
そうして私は、感じるままにその体を――――
ゴチン。と、頭から何処かにぶつけた。
「あ、痛ァ!?」
強い痛みに悲鳴を上げて、私は両手で頭を抑える。
大空を映していた筈の視界は、今は何処かの部屋を映しており、それらが逆さである事で、私はようやく現状を理解する。気づけば、私の体は頭から転げ落ちるように、ベットから転落していたらしい。
「おや。目が覚めましたか」
そんな聞き覚えのない声のした方向を向けば、そこでは、椅子に腰掛けた一人の大人が本を片手に私の方を見ていた。
「おはようございます。お身体の調子は如何ですか?」
「え……っと……?」
彼が本を閉じる、パタン。という音が部屋に響いた。
私が、逆さになった視界のまま、状況が理解しきれずに呆然と大人を眺めていると――。
「……まずは体を起こしていただいてからで構いませんよ。時間はありますからね」
「あっ」
自分が今、下半身だけがベットに取り残されたまま、上体を床に落とした様な変な姿勢で固まっている事を改めて認識した私は、間抜けな声を上げるのだった。
「……以上が貴方がここに運ばれた経緯となります」
「なる、ほど?」
“チーフ”と名乗ったその男性アンドロイドは、私に事のあらましを語った。
まず、ここはカイザーPMCの駐屯地であり、その医務室。“チーフ”は、カイザーインダストリーの兵器開発部門の開発責任者であり、理由あって私が乗っていたパワードスーツであるネクスを追っているそうだ。
そして、そんな中。突如ロストしたネクスの反応が再びキャッチされ、現場へ急行してみれば私とあの航空機やドローンとの戦闘を確認し……、気絶した私を保護してくれた。という話らしい。
「えっと……。その、助けていただいて、ありがとうございます」
私はまず、気絶した私を救助してくれた事について頭を下げた。私の誘拐が目的であるような素振りもなければ、真摯に事情を説明してくれる姿勢に偽りがあるとは感じられなかったからだ。
「構いませんよ。私達としても、“
「“
「ネクス?……ああ、成程。貴方はアレをそう呼ぶのですね」
「?」
「お気になさらず。こちらの話です」
「はぁ……」
まるでこちらが踏み入る事を許さないその言葉に、私は追求することを諦めた。多分、この人はその事について決して話してくれないだろう。そして、それはきっと私が聞いた所で関係のない話なのだろうな、と、ぼんやりと感じた。
そんな風に様子をうかがっていると、チーフは軽く椅子に座り直しながら、「さて」と口を開いた。
「貴女はコレから、どうするおつもりですか?」
「はい?」
意図の読めない質問に対し、私は思わずそう返した。
「簡単な話ですよ。貴女は確かに、
「……ネクスを、譲れって言ってるんですか?」
「譲るも何も――アレは貴女の所有物では無いでしょう」
チーフの言葉は正しかった。私にとってネクスは、突然空から降ってきた謎のパワードスーツでしか無い。買ったわけでも、貰ったわけでもない。
ただ、私の所有する敷地に落ちてきただけの、文字通りの“落とし物”だ。
落とし物は、拾って、交番に届ける。
それが、普通の人のやるべきことだ。
――だけど、私は。
「……いや、です」
はっきりと浮かんだ私の内側の声を、自分でも確かめるようにして。もう一度口にする。
「嫌です。私は……ネクスを手放しません」
その言葉に、チーフは微動だにせずに私の顔を見つめた。
「今回の件とは比較にならないほどの危険があるかもしれません」
「ネクスがあれば、私は負けない」
「得体のしれないパワードスーツです」
「だから、私はもっとネクスを知りたい」
「その先にある物が希望とは限りませんよ」
「誰も知らない未知の技術に危険は付き物です」
「なら」
目の前の大人の言葉は、とても正しい事だった。
「それでも」
私の意思は、ゆらがない。
「私は――“
はっきりと、私の意思を、声にした。
彼は、私のそんなワガママを聞いて――。
「では、その方向で調整しましょう。まずは、
「……へ?」
叱りも怒りも、諫めもせずに、淡々の仕事の話をするかのようにタブレットを開いたチーフに、私は思わず姿勢を崩す。
「どうかしましたか?」
「えっ……いやっ。だって、え?……怒ったりとか、強引に諦めさせようとしたりとか」
「そんなアニメや漫画の典型的な反応を期待されても困りますね。そんな事をしても話は進まないでしょう」
「それは、そうかも知れませんけど……」
いつの間にか警戒で強張っていた私の身体を、肩透かしによる脱力感が襲う。そんな私の様子を知ってか知らずか、チーフはタブレットから視線を上げる。
「それに」
「?」
急に向けられた視線に、私は首を傾げる。
「言ったでしょう?“
「…………あー」
一番最初に伝えられたその言葉を、私はたしかに思い出す。
つまり、このおとなが私の意思に何度も疑問を投げ掛けたのは、諌めるためでも、説得する為でも無く――。
「――試しましたね?」
「さて。何のことでしょうか」
相変わらず、こちらの問いに言葉で答えを返すつもりはないと。そんな態度を示しながら、眼の前の大人は私の追求の視線を無視してタブレットへと視線を落とすのだった。
「ヒスイッッッ!!」
「うわぁっ!?……っとと、どしたの。エンジュ?」
翌日、私が教室の扉を開けるのと同時に、大きな声で私の名前を呼んだエンジュが飛びついてきた。
突然の出来事に、私は空っぽのカバンをその場に捨てて、両手でエンジュの事を受け止める。
「大丈夫!?怪我とか無い!?」
「ちょっ……声大きい……みんな見てるから……」
私に抱きついたまま、なぜか必死の形相で大きな声を出すエンジュに、私は思わず眉間にシワを寄せる。
周囲の視線が痛い。
私とエンジュが幼馴染みである事を知っているクラスメートは多い。けれど、それを快く思っていない生徒もその分多く居る。
エンジュは明るくて、可愛くて、誰にでも優しい人気者だ。そんな彼女と仲良くしたいと思ってる人は多い。
けれど、私はそんなエンジュとは大きく離れた日陰者。エンジュに言われるから、最低限の清潔感は守ってはいるけど、面倒だから髪も短く切りそろえてるし、クラスの皆んなと話が合うこともない。
そんなわたしがエンジュの隣を独り占めするような状況は、みんなにとって面白くないんだ。
ひそひそと、私の事を批難する内容の薄い言葉が聞こえた。わかってるよ、わざわざ口にしなくったって、視線で十分私には伝わってる。
「大丈夫だって。ほら、怪我も病気も何処にもないよ。いつも通り」
力を込めてエンジュの両肩を押して、私は彼女を引き剥がす。
「私が学校に来ないなんていつもの事でしょ?気にし過ぎだよ、エンジュは」
昨日はチーフの下で色々と今後の話をしていたので、私は学校を丸一日すっぽかしていた。
だが、別に私が学校に来なかったと言うのは、昨日今日に始まった話ではない。
「でも、だって!一昨日裏山で暴走ドローンとカイザーの戦闘があったって言うし、昨日はヒスイ、家に居なかったから……!」
「あー……」
なるほど。
私はエンジュの言葉に二つの合点がいった。
一つは、エンジュが心配する理由。たしかに、私のガレージのある裏山であんなに派手な戦闘があったのだから、巻き込まれたのでは?と思うのは自然な事だ。と言うか、実際巻き込まれている訳だし。
二つは、チーフの言っていた“機密保持”に付いてだ。どうやら本当に、ネクスの事は内密にしておきたいらしい。
と、言う事は私がするべきは――。
「大丈夫、一昨日から私、ちょっと新しい“仕事”始めたから、それで家にいなかったんだ」
「仕事……?」
「そ」
揺れる瞳で私を見上げるエンジュに、静かに頷きを返す。
ウソは――ついていない。
「結構大きな仕事でさ、慣れないことも多かったから昨日は学校来れなかったワケ」
「そ、そうなの……?」
「そうなの」
「で、でも――」
そう言葉を続けようとしたエンジュの声を遮るように、始業の予鈴が校舎に響いた。
「ほら、チャイム。準備しないと」
「…………」
不満げな様子のエンジュの腕を軽く叩き、離すように促す。彼女の手は、私をしっかりと捉えていたが、諦めたように力が抜ける。
「お昼」
「はいはい、今日はお弁当用意してるから、一緒に食べよう」
「……約束だよ」
「うん、約束」
そう言葉を交わして、私達はそれぞれの席へ向かう。
――面倒くさいなぁ。
私の背中に向けられた、チクチクとした敵意の視線に、私は朝から気力を削られながら、授業の支度を進めるのだった。
__2日と2時間34分ぶりですね。
「細かいよ、ネクス」
学校が終わり、エンジュからのカラオケのお誘いを断ってから、家にも寄らずにガレージへ向かった私は、荷物を放り投げてからネクスを起動させた。
チーフとの相談の結果、ネクスは私のガレージで管理する事となった。
どのみち、現状のネクスを動かせるのは私だけの様子だったし、いちいちネクスをPMCの駐屯地に受け取りに行くぐらいなら、私がネクスを装着して向かってしまう方が早いからだ。
__敵性反応、無し。危険は無い様子ですが。
「あー、違う違う。君を起こしたのは、戦う為じゃないの」
私は、起動したネクスへ乗り込みながら首を振る。
__では、なんの為に?
腰をネクスに預け、足に装甲を装着し、操縦桿を握った私に、バイザーが装着される。
「空」
ネクスの問いに、左手を操縦桿から離して、人差し指を突き立てる。
__空に、何か?
「何も無いから良いんじゃん」
再び、操縦桿をぐっと握りしめる。
「それじゃ、行こっか」
__PMCの駐屯地でしょうか。
「そーじゃなくって。散歩だよ、さ、ん、ぽ」
__はぁ。
要領を得ない様子のエクスに、私は苦笑をこぼしてから、ネクスをガレージの外へと移動させた。
そのまま、ネクスを操作して飛行翼を展開し、スラスターの火を入れる。
「飛ぶよ!ネクス!!」
グッ、と、全身に力を込める。
ジェネレーターが唸りを上げて、スラスターが火を吹いた。
全身にかかる重力が、普段の倍以上に感じられる一瞬。
ふわりと、その抑圧が――消える。
「――――あっははっ!!」
眼下に広がる街並みと、どこまでも開けた視界、全身に満ちる浮遊感に、私は思わず笑みをこぼした。
ここには、私を縛るものは――何も無い。
「やっぱ、空はいいなぁ!!」
誰にも聞こえることのない声を上げる。歓喜に震える私の体の奥から飛び出した、心の底からの言葉。
「ネクスはどう?空は、好き?」
__わかりません。
「ありゃ、残念。勿体ないなぁ」
この良さがわからないなんて、人生の半分以上を損している。いや、ネクスは機械だから、機械生になるのか?
「ま、なんだっていいや!行くよ!」
私はそのまま、全身を前へと倒し、体を滑らせるようにして前進させてゆく。
文字通り、空を滑るように滑空――いや、“飛んで”いく。
空気が流れてゆく。風となって、私を包み込む。
地上とは違う、少し冷たく感じるそれは、私の体の熱をより一層強く感じさせた。
「ネクス!バイザー、外して!」
__推奨されません。視覚情報をカットしてしまうと――
「いいの!空を全身で感じたい!」
__かしこまりました。
ネクスは、私の声に応じて、渋々と言った様子でバイザーを退かす。
瞬間、人気は強い風に、私は思わず目を細めてしまう。
強烈な風を全身で受けて、息が少し苦しかった。
「……ははっ」
けれど。
「あっ、はははははーッ!!」
私は。
「自由だーーーーっ!」
空が、大好きだ。
――――空を飛びながら、私は昨日のことを思い出す。
“ネクス”を手にした私は、一昨日のように狙われる事になるだろう。“ネクス”には、それだけの価値があるからだ。
超常の力を有するパワードスーツである“ネクス”。それを生み出した存在が、私から彼を取り戻そうと、刺客を送り込んでくる。それが、チーフの見解だった。
だから私は、そんな彼らから“ネクス”を守る為に、強くならねばならない。知らなくてはならない。
私を、ネクスを、そして――“敵”を。
チーフの言葉を、思い出す。
“ネクス”を産み出した張本人であり、キヴォトスに潜む、世界を揺るがすほどの危機の根源の名前を。
その名は――
「――デカグラマトン」
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