聞こえて。目指して。届いてほしくて。
その日は、澄み渡る青空が広がる、清々しい天気だった。
そんな天気に負けず劣らず、私の心も晴れ晴れとしている。
だってそうだろう。今の私がいるのは、夢にまで見た理想の地。私が焦がれて止まぬ、期待の世界。
「――ミレニアムだぁぁぁぁ!!!!」
両手を握り、腕を振り上げ、体を大にして声を張る。
興奮の限り、暴れる気持ちを抑えられずに、身体を通して世界へ示す。それでも全然、足りないぐらいに。
「ヒスイさん。もう少し落ち着きましょう。周りの方に迷惑ですよ」
「アッ……スミマセン……ツイ……」
溢れんばかりの興奮をチーフに指摘され、冷静さを取り戻した私は、体を縮めて周囲を見る。通りがかる人々からは、異様なものを見るような視線が向けられており、私は先ほどまでの行いが途端に恥ずかしく思えてきてしまった。
とても顔が熱い。
そんな私を見て、後ろの方でチーフが快活な笑い声を上げていた。
――――ミレニアムEXPO。それは、ミレニアムサイエンススクールで開催される、技術と文化の祭典だ。
新進気鋭の
だが、“EXPO”は文字通りの“見本市”である。
優劣ではなく、日頃彼女たちの追い求める“
そこに求められる優劣はなく、あるのは溢れんばかりの情熱。
自由に、それぞれの
活気と熱気に溢れた会場は、確かに私の
「――と言うわけで、私は毎年。プライスよりEXPOの方が楽しみなんですよね」
「随分熱心に語りますね。ミレニアムサイエンススクールに興味があるとは仰っていましたが……まさかこれほどとは」
「私の熱意は伊達じゃありませんよォ!」
思わず、私の鼻がフンフンと音を立てる。そんな私の調子に、チーフは変わらない調子で笑みをこぼすのだった。
私たちは今、ミレニアムEXPOの会場内を二人で歩いていた。右を見ても左を見ても、最新鋭の技術に満ちあふれた空間は、私に常に新たな刺激を与えてくれる。
家電、銃器、ゲームに、新しい素材等。“テクノロジー”に関していれば、その展示物には規則も制約も存在しない。
海洋に関する展示があったと思えば、キヴォトスの過去に迫る展示もあり、それら全てに計りしれぬ“情熱”を感じられた。
関係者限定の公開日である為か、意外にも会場の人混みは酷くなく、私は興味の惹かれるままに、様々な展示物を体験していた。
「エンジュさんもご一緒できれば良かったんですがね」
私がEXPOの
「友達との約束があったんじゃあ、仕方ないんじゃないですか?先約すっぽかす訳にもいかないと思いますし」
私は、AI研究部の展示物である、VRシミュレータに挑みながらチーフへと言葉を返す。
装着されたゴーグルの先に展開された空間に、“ダルマ”が現れ、私はそれに備えられたVRガンで狙いをつけた。
「エンジュは私と違ってクラスの人気者ですから、どうしてもしがらみが多いんですよ」
「ヒスイさんは違うのですか?エンジュさんとは特別仲がいいようでしたが」
「まさか。こんな性格の女の子。ウケると思います?」
ガチガチとVRガンのトリガーを引くと、ダルマへと向けて弾丸が発射される。
ダルマは、私の挙動を読んで回避行動をとりながら距離を詰めんとするが、弾丸が命中すると押し返される。そして、私は規定距離までダルマに近づかれたらGAMEOVER。というルールだ。
「……なかなか難しい話かもしれませんね」
「でしょう?」
私の動きを学習し、どんどんとダルマの回避速度が上がってくる。
私の攻撃パターンを学習し、最適な回避行動を叩き出し、“どんな生徒が相手でも”、最終的には適応するというのが“ウリ”のAI。とのことだった。
「まー。それは慣れてるのでいいけど。……それに」
「それに?」
ダルマの動きが、いよいよ目では捉えられなくなってきた。飛んだり跳ねたり、単なる横移動ではなく、上下左右に奥行きも加えた軌道は、現実ではありえない動きをしている。ここまでの成長に辿り着いたのは、私の前には二人だけだったらしい。
オーディエンスと、開発チームから歓声が上がる。
私の動きに注目が集まっていた。
「――エンジュはこういうの、興味無いですから」
ズガガガガッ!!
私のトリガーを弾く指が、さらに加速する。
ターゲットの動きは、もう完全に目では追えない。
だが――見るまでもない。
歓声が、どよめきに変わる。
「私、人に合わせるの――苦手なんですよ」
今の私に――“避けなくていい”なんて、簡単すぎる。
見る必要が無いのであれば、VR世界を見せるゴーグルは必要ない。
私はゴーグルを外してから、チーフの方へと振り向いた。
「ね?」
銃を肩に担いで、最後のトリガーを引いた。
それと同時に、モニターからブザーが鳴る。
「――お見事」
タイムオーバー。……だるまさんは、転んでしまいましたとさ。なんて。
呆気にとられるみんなの中で、一際驚きと、悔しさをにじませている子を見つけた私は、ゴーグルとガンを定位置に戻すと、その子へ声をかけた。
「ねぇ。この子を作ったの。キミ?」
「えっ?……いや、みんなで作ったから、べつに私のじゃ……」
「でも、一番力入れてたんじゃない?」
「それは――」
なんで。という視線が私へ向けられた。それを問われた所で、“なんとなく”なんていう、技術者としては失格な答えしか返せない私は、「ビビッときたから」なんて言葉で彼女の線をはぐらかす。
「この子、少し素直すぎるんじゃないかな」
「素直、ですか?」
「うん。たぶん、強い乱数とか殆ど入れてないでしょ。だから、読みやすかった」
「えっ。いやっ、でも――」
「……なんて、口出ししておいて悪いんだけど。私、プログラム詳しくないから」
そこまで話して、私は自分の失敗に気づいた。素人のアドバイスほど、下らないものはないというのは、私にだって分かる話なのに、プログラムのプの字も理解していない私に言われた所で、それは邪魔以外の何物でもないだろうに。
「じゃあ……!わ、私はこの辺で!」
いたたまれなくなった私は、思わずその場から逃げるように駆け出した。
変わった気でいても――カッコ悪いのは、相変わらずだなぁ、私。
AI研究部のブースからしばらく離れたあたりで、ようやく私は足を止める。
「はぁ……やっちゃった」
作品に込められた情念と、私が攻略した時に見せたあの子の執念のような悔しげな感情に、思わず余計な口出しをしてしまった。知ったかぶりの、気持ち悪いオタクの早口は悪い事だと知っているのに。
「会場を走ると危ないですよ」
膝に手を置いて、少し上がった息を整えていると、追いついてきたチーフの声が聞こえた。
「すみません、つい」
「衝動的になってしまうのは、それだけの熱意の証左ではあります。これ以上は何も言いません」
チーフはいつもと変わらない落ち着いた声で私を諭す。
本当に、この人は――“大人”だ。
「しかし。なぜ分かったのですか?」
「へ?」
唐突な問いに呆ける私を置いて、チーフは歩き出す。そんな彼に置いていかれないよう、私もあとへと続いた。
「貴方は時折、“全てを見透かした”ような動きをする。今回のゲームにおいても、貴方はターゲットの出現位置が分かっていたように見えます」
「まあ……なんとなく」
「“なんとなく”。ですか」
振り返らないチーフの表情は、私には見えない。けれど、納得はしていない事は分かる。
この人になら、話してもいいかもしれないと、そう思った。
「聞こえるんですよ、“声”が」
「声?」
「はい。“機械の声”です」
「――ほぅ」
私には、みんなには聞こえない“声”が聞こえることがある。
ヤナギさんの元で長く機械に触れていた私は、いつからか“機械の声”が聞こえるようになっていた。それは、心を持たないはずの物質の中に秘められた、不思議な彼らの“意志”のような物。
……本当は、周りの人の“心の声”も少し聞こえているんだけど。それはまあ、今回話さなくてもいいかなって。
「曖昧ではっきりとはしないんですけど、何となくわかるんですよね。その子が“どう動きたい”のか。何でしょう、メカニックの勘……なんですかね?」
私なんて、街の小さな修理屋さん程度のアマチュアなのだが。
……しかし、この話は。私にとって当たり前の“
チーフなら、子供の戯言と流してくれるだろうか。なんて、そんな事を思いながら、いつの間にか俯いていた視線を上げると――。
「……道理で“
感心した様子でこちらを振り返るチーフの姿が、そこにはあった。
「――信じるんですか?」
「“
「で、でも!」
「ヒスイさん」
チーフは、私の言葉を遮った。
「我々の様な“探究者”は、この世界にない物を作り出す事が使命です。探し出し、発見し、解析し、理解する。それこそが、我々の命題です」
ぐるりと、周囲に設けられた数々のブースを示しながら、チーフは続ける。
「御覧なさい。此処にある全ての要素は、“あり得ない”と笑われた“
「それは――」
「良いではないですか。ならば、共に笑いましょう」
「――え?」
チーフは、表情の見えないそのフェイスカバーの奥で――確かに、笑っていた。
「開発には――思わず笑顔になってしまうような“ロマン”が必要ですから」
その言葉に。
――メカは“ロマン”だぜ、嬢ちゃん。
「――――はいッ!!」
「ははは、いい返事ですね。やはり子供は、元気に笑っている方がいい」
「チーフもよく笑いますけどね」
「ええ。“ロマン”には、少年の心も大切ですので」
チーフは、はっはっは。と、冗談めかした笑い声を上げながら踵を返して進み始める。
特装隊のみんながチーフを慕っている理由が、なんとなく私にも理解できた。
そんなチーフの背中を追いかけて進むと――、ふと、一際大きなブースが目についた。
他の出展より、明らかに大きく確保されたその区画の中心には、大きな“ナニか”が鎮座している。
「……鉄の、箱?」
複数の角張ったユニットの集合体であるそれは、私に無骨な印象を与えた。各ユニットがケーブルで接続されていなければ、それが何らかの機械であるとは気づけなかっただろう。
――なんだろう。なにか、気になる。
「気になりますか?」
いつの間にか、チーフの視線も私と同じ方向へと向けられていた。
「はい。……アレ、多分、パワードスーツ……ですよね?それも、ミレニアムの最新式、“
「その様ですね」
私とチーフの足は、いつの間にかその展示物の前で止まっていた。
私の知らない、けれど、どこか、なにか。自分の中に“引っかかる”ものを感じるその機体に、私の視線は釘付けとなっていた。
「……こんなパワードスーツ、見たことない。私の知る“
「説明や解説が必要ですか?」
ふと、背後からそんな声が聞こえた。
「――“
その声の持ち主は、つらつらと慣れた様子で“
「そしておそらく、お二人は目の前の“コレ”が、“
私たちの疑問に対し、過剰とまで言える説明をするその少女は、ミレニアムの生徒証を首からかけていた。
ミレニアムの制服を独特な着崩し方をした、その金髪の生徒は、自慢げにそのメガネを輝かせながら、豊満なモノをもつその胸を自慢気に膨らませた。
「えっと、あなたは……?」
「おおっと!すみません!申し遅れました!」
私の当然の疑問に対し、少女は「私としたことが……」等と溢しながら照れくさそうに頬を掻いた。
「はじめまして。私は、ミレニアム・サイエンススクール二年。エンジニア部所属の豊見コトリと申します。以後お見知りおきを!」
ようやく原作キャラが登場です。もう6話ですよこの作品。
ちなみに“二年”は誤字ではありません。この作品の独自設定です。
この作品のキヴォトスでは妙にパワードスーツ技術が発展していたり、エンジニア部がパワードスーツを開発しているのも、とある独自設定から来るものだったりします。とある事をやりたくて、その為にその要素が必要だったので……。
所謂“二次創作”とは少し毛色が違う拙作ですが、今後も是非お付き合い頂ければと思います。
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