越えられなくて、転げ落ちていく。
「――テストプログラム終了。ステータス、オールグリーン」
「お疲れ様です。これで“
キヴォトス某所、カイザーインダストリー。特殊兵装開発部――研究所。
「装甲や武装の修理。問題なく行えましたね、チーフ」
「図らずしも我々の研究が正しかった事を確認できたのは、不幸中の幸いでした。部分的とは言え、リバースエンジニアリングも行えましたし。無意味な損傷ではなかったと言えるでしょう」
部門責任者である男は、差し出された資料を受け取ると、パラパラとその中身を確認してから――それをそのままシュレッダーへと流し込んだ。
「デカグラマトンの預言者。想定以上に厄介な相手ですよ」
「
男は、強化ガラスの先に鎮座するパワードスーツ――“
「彼女には過ぎた代物か、それとも……」
無機質な瞳は、ただそこに光を反射させ、あるがままのモノを映す。
「どーなんですかね。ログをみるに、適合率は高かった様に見受けられますけど。……“CAUTION”やら、“Accept”やらの表記だけ見てアレだけ察し良く動けるパイロット、ほんとに他に見ませんし」
「“機械の声が聞こえる”のだそうですよ」
「なんだそりゃ。……“
「ええ。そうですね」
淡々とした返しに、スタッフの男は肩をすくめて首を横に振るうと、己の作業へと戻るべく、目の前のモニターへと視線を戻す。
「そーいや。どーするんですか、チーフ」
「何がですか?」
「“
「私は好きでしたよ?このご時世に“刀”に拘ったアレは」
「いや俺もイジってる時は楽しかったですけど」
「ならそれでいいではないですか」
“
「で。どーするんです。そろそろ限界だと思いますけど?」
「“Vtユニット”が完成すれば、十分納得はしてもらえるでしょう。……その為の“
“Vtユニット”。その単語にスタッフの打鍵する指が止まり、モニターに向けられていた視線は、“
「それまで持ちますかね。彼女」
「さあ、どうでしょうか。彼女はどこまでいっても“ただの学生”です。戦士ではないのですし、戦士になる必要があるとも思いません」
「勿体ないなぁ……。ちゃんと育てたら、
「冗談を。私達は“先生”という柄でもないでしょう?」
「そりゃ、そう、だ」
カタンッと、キーボードが一際大きな音を立てる。
「それに」
「それに?」
チーフは、どこか楽しげに声を弾ませて――。
「彼女が“
荒唐無稽な、根拠のないその言葉に、スタッフの男は苦笑を漏らす。
「チーフ。ますます先代に似てきましたね」
「そうですか?……まあ――」
「――“ヤナギさん”には、お世話になりましたから」
「またねー」
ある日の夕方。数人の少女たちが手を振りながらそれぞれの帰路へ着く。
雑踏の中、人混みの向こうへ歩き去っていく彼女たちを見送るのは、二人の少女だった。
「今日も楽しかったね、ヒスイ」
沈みかけた赤い夕日に照らされて、端正な顔立ちの少女の笑顔が輝く。そんな彼女に名前を呼ばれた、翡翠色の髪の少女は、ほんのわずかに頬を緩めて応えた。
「そうだね、エンジュ」
――
当然、逃げるヒスイを
だが、今までとは比較にならない損傷を受けた“
「しかし、驚いたなぁ。まさかヒスイが一緒に来るなんて」
「なにー?その言い方ー。誘ってきたのはエンジュでしょ?」
「でも、ここ最近ずっと付き合い悪かったし。……新しく始めたバイトが忙しいんだっけ?」
「あー……。うん、まあ。……ちょっとね」
ヒスイがエンジュの問いに、煮え切らない答えを返すのは今に限った話ではない。少しでも都合が悪いことがあると、にごったような返事で誤魔化し、話したがらない。それが、“陽風ヒスイ”という少女だと言うことを、太刀川エンジュは知っていた。そして、それを深く追求しても、なんだかんだと、エンジュにはよく分からない話をされるだけなので、深くは聞かない。そういう距離感で二人はこれまで過ごしてきていた。
だが。
「……ヒスイ、何かあった?」
「えっ」
一歩。エンジュがヒスイへ歩み寄る。
「何か変だよ。ヒスイ」
「そう、かな?……私って、いつも変じゃない?」
にへら。と、下手くそな笑顔を浮かべて、ヒスイはエンジュの顔を見た。
その下手くそな笑顔も、エンジュにとってはよく見慣れた表情だ。
エンジュに無理に連れ出された時のヒスイは、決まってそんな顔をする。つまらないならつまらないと、そう言えばいいのに。なんて、そんな事をエンジュはいつも考えていた。
けれど、今日のは違う。何となくだが、
エンジュはそう確信して、ヒスイに問い続ける。
「やっぱり。何かあったんだ」
「何も無いってば」
「アルバイト?……カイザーグループと関わるの、辞めたほうが良いんじゃない?」
「チーフはそう言うのじゃないよ」
「最近、ガレージも閉めっぱなしらしいし、やっぱり何か――」
「うるさいなぁ!!」
拒絶するようなヒスイの声に、エンジュは息を呑む。
「……なんでも、無いってば」
視線をそらし、エンジュに決して目を合わせようとしないヒスイの表情は、エンジュにはうかがいしれない。
どんな気持ちで、何を考えていて、何に苦しんでいるのか――。
「……帰るね。今日は誘ってくれてありがと」
「あっ……」
ヒスイは、まるでその場から逃げるようにして踵を返し、走り去ってゆく。
そんな彼女を呼び止めようとして手を伸ばし、けれど、かけるべき言葉を見つけられなかったエンジュの手は、空を切る。
「――言葉にしてくんなきゃ、何もわかんないよ。ヒスイ」
視線の先で小さくなっていくヒスイの背中が。どこか、もっと遠くにあるように見えた。
はしる。
――ああ。
はしる。
――なにも、知らないくせに。
はしる。
――私の寂しさも、息苦しさも。
はしる。
――何にも知らないくせに。
はしる。
――エンジュは、私に無いもの、全部持ってるくせに!!
ゆっくりと、私の足が止まる。
むしゃくしゃとした心のままに、俯いたまま全力で走っていた私は、膝に手をついて、乱れた息を整える。
――エンジュには……感謝している。
エンジュは、みんなとどこか致命的に“ズレ”ている私を、みんなと一緒に過ごせるように気を使っていることは、昔から気づいていた。
共通の話題ができるように、ショッピングにも誘ってくれるし、遊びの機会があれば必ず私にも声をかけてくれる。
今日だって、私がいつもと違うことに気づいて、心配の声をかけてくれた。そんなことは、痛いほどによく分かっているんだ。
言葉にしなくったって、伝わっているんだ。
俯いて、目を合わせられない私に向けられたエンジュの視線は、憐れみのソレなんかじゃない。心の底から、私のことを心配してくれている。そんなの、見なくたって分かってしまう。
でも、それでも。
エンジュには関係ない。言ったって、わかりっこない。
誰も――私の言葉を、理解できない。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
周りの音が五月蝿くて。人の声から逃げたくて。私に向けられる無数の視線が煩わしくて。がむしゃらに走り続けた私が立っていたのは、私のガレージの前だった。
人気の少ない裏山に建てられたガレージの静けさは、私の心に落ち着きをくれる。
ここは、静かだから。
「すぅ……ふぅ……」
バクバクと音を立てていた心臓が、ゆっくりと落ち着きを取り戻す。
深呼吸をして顔を上げると、ガレージのシャッターの下から、光が漏れていることに気がついた。
――そう言えば、今日はネクスが帰ってくる日だったっけ。
……
理由は……なんとなく、だ。
何となく、ネクスに会うのが……怖かった。
かと言って、ガレージに帰ってきているはずのネクスを放置するわけにもいかない。ちゃんと直っているのかが気にならないかと言えばウソになる。
心臓の五月蝿さは鳴りを潜めたが、心のソワソワは収まりきらない。
けれど、踏ん切りをつけて、私は一歩を踏み出した。
シャッターへ近づいて、その下に指をかける。
「……?」
クスクスと、小さな笑い声が聞こえた。
「中から?」
聞いたことのない声だった。特装隊の人の声では、明らかにない。
鳥が囀るような、可愛らしい印象を受ける、そんな声。
私は、ガラガラと音を立ててシャッターを持ち上げながら、ガレージの中を覗き込んだ。
「誰かいるの?」
すると、そこには、
「……ああ、ごめんなさい。お邪魔してます」
最初に受けた印象は、とにかく、“蒼”だった。
小柄な背丈のその少女は、蒼い、鮮やかな髪をしていた。
腰に届くのではないかとすら思える程の長い髪は、絡まる様子もなく、柔らかな印象を受ける。
白いワンピースに身を包み、そのワンピースに負けず劣らす白い肌をしている少女は、まるで妖精のようにも見える。
幻想的で、神秘的で。どこか、現実離れ雰囲気のある……そんな少女だった。
彼女は、淡い水色の瞳を私へ向けて――優しく、微笑んだ。
「はじめまして。……貴女が、この子のパートナー?」
ストックが尽きたので次回更新は未定となります……。なるべく早く書こうとは思っていますので、ご容赦を……。
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