キミとNEX→T!!   作:Ziz555

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第9話:ふつうのおんなのこ

 

「はじめまして。……貴女が、この子のパートナー?」

 

 少女のその言葉は、今までの誰のどんな言葉より、スッとクリアに私の耳に入り込んだ。

 一人の少女がそこに居る。ただ、たったそれだけの光景が。今の私にはとても非現実的で、曖昧で、幻想的に見えていた。

 

「……ふふっ。驚かせちゃったかな、大丈夫ですよ。私は貴方達の事が知りたいだけですから」

「えっ、と……」

 

 彼女から敵意は感じない。私の方へと向けられるその視線には、興味と優しさが込められており、初めて向けられる種類の感情に、私は思わずしりごみしてしまった。

 私がもたついていると、少女は再びくすくすと笑ってから、ゆっくりと私の方へと歩み寄る。

 

「陽風ヒスイさん、ですよね?」

「私の名前……、なんで」

「あの子が教えてくれましたから」

「ネクスが?」

「そう。あの子が」

 

 少女の示した指の先を、自然と視線で追いかける。

 そこには、修理から帰ってきて、万全の状態で鎮座しているネクスがいた。

 

「素直で、いい子ですね、彼。貴女のことを聞いたら、すごく楽しそうに話してくれましたよ」

「ちょ、ちょっと待ってください。何の話ですか?」

 

 私はつい、彼女の話を遮った。だって、そうだろう。彼女の話し方は、まるで――。

 

「ネクスは、ただの機械で……」

 

 ――ネクスと、話せているみたいで。

 

「……?」

 

 少女は、私の言葉に目を丸くして、首を傾げた。

 

「“あなたも”聞こえているんでしょう?」

 

 さも当然のように、少女はそう言い放つ。

 

「なん……で……」

 

 ――この人は。

 

「大丈夫ですよ。わたしにもわかりますから」

 

 この、少女は。

 

「仲がいいんですね、お二人」

 

 

 

 “機械の声が聞こえる(わたしとおなじ)人”――。

 

 

 

「あの子は、ずっと貴女の話をしていたんです」

 

 知らない。

 

 ずっと、一人だと思っていた。

 ずっと、分かり合えないと思っていた。

 ずっと、ずっと、ずっと。

 

「貴女は優しくて、面白くて。ちょっぴり向こう見ずで、やんちゃで、放ってはおけないって」

「あの!」

「……?」

 

 どうにか絞り出した私の声は、初めて好きな人に告白する女の子みたいに震えていて。ドキドキと高鳴る心臓が、自然と呼吸を荒くする。

 

「あなたは……誰、なんですか……?」

 

 知りたい。聞かせてほしい。目の前にいる、私の前にいる、貴女のことを。

 

 私の言葉に目を丸くした少女は、一転してクスリと笑う。

 

「どう、見えますか?」

「どう、って……」

「貴女から見て、私はどんなふうに見えますか?」

「え、いや。先に聞いたのは私で……」

「いいから。……ね?」

 

 そう言って、少女はその小さな口を閉じて、笑みを浮かべて私を見つめる。きっとその口は、私が答えを返すまで開くことはないのだろう。

 我儘で、ズルいと思った。こちらの気持ちをまるで見透かしているようで。私は、答えるしかなくなってしまった。

 

「……不思議な、人だと思います」

「不思議?」

「はい。……ネクスと話せるみたいですし。その、そもそもどうやって私のガレージに入ってきたんですか?だって、一応鍵はかけていましたし」

 

 ネクスが墜落した際に空いた大穴は、チーフの計らいによりひとまずの補修を完了している。だから、そこからの進入というのはできないし、修理の完了したネクスが納められた後にガレージの鍵を開けたままにしていたとも考えにくい。

 

 魔法でも使ったのだろうか、なんて、そんな気すらした。

 

「勝手に入ったのは……、ごめんなさい。どうしても彼とお話したくって、つい」

「“つい”って……」

「でもでも!何かを盗んだりとか、壊したりとか、そういう事はしてません!本当ですよ!」

 

 口を大きく開いて、それとともに両掌を開いてこちらへ向けながらブンブンと振るう少女は、まるで叱られる直前の言い訳をする幼子の様にも見えた。

 その素振りは、見た目相応の幼さがあり、けれど、彼女の纏う神秘的な雰囲気とは不釣り合いな素振りで。

 

「……やっぱり、変です」

「変、ですか」

「はい。変です」

 

 私の率直な物言いに、少女は肩を下ろして露骨にしょぼくれた。

 

「変、変。ですかぁ……そっかぁ……」

「えっ、と。いえ、その!別に悪いとか、そういうんじゃなくて!」

「大丈夫、大丈夫ですよ。分かっていますから」

 

 落胆した様子のまま、けれど少女は苦笑を浮かべたまま首を振り、改めて背筋を伸ばして私に向き直った。

 

「貴女は、他人思いで、向こう見ずで、それでいて優しい子なんですね」

「え?」

「あの子がどうしても貴女に熱を上げているのか、私にも何となく理解できました。……すこし、似ています」

 

 ――“似ている”?一体、誰に?

 

「ヒスイさん」

 

 不意に少女に名前を呼ばれ、私は自然と、彼女の瞳に視線が吸い寄せられた。

 

「あの子の事、大切にしてあげてくださいね」

「ネクスを?」

「ええ、そうです」

 

 ゆっくりと、一歩ずつ、少女が私に近づいて。そのまますれ違うようにして私の横を通り抜ける。

 

「この子は、あなたと空を飛びたがっていますよ」

 

 その声は、まるで囁かれるように、静かに優しく、けれどはっきり私の耳に滑り込む。

 

「それじゃあ、私はこれで」

「まっ――」

 

 別れの言葉を耳にして、私はすぐさま振り返る。

 

 いつの間にか、少女はそのままガレージの外へと踏み出していた。

 

「あなたは、誰なの――!?」

 

 せめて一言。いまだに答えのもらえぬ問いが、私の口から飛び出して。

 

「ああ、すみません。結局答えていませんでしたね」

 

 少女はクスリと微笑んで、いたずらっぽく、人差し指を口元に添える。

 

 

 

「――なんてことない、普通の女の子。ですよ」

 

 

 

 そんな言葉とともに、突然ぶわりと風が吹く。

 突如感じた空気の壁に、私は思わず目を閉じて、そのまま右腕で顔を覆った。

 

――次会う時を、楽しみにしていますね。

 

 そんな声が、私の頭に焼き付いて。

 

 瞳を開けたその先には、もう、影も形も存在しなかった。

 

 

 


 

 

 

 ――結局。私はネクスに触れること無くその日はガレージで眠りについた。

 

 ネクスがちゃんと修理されて届いていたのは確認したし、別にそのまま家に帰ってから眠りについても良かったのだけれど。何となく、“彼女”のことが気になって、ガレージを離れるのは気が引けた。

 

 ……いいや、違う。そんなのは、言い訳だ。

 

「…………」

 

 私の目の前には、何も言わない鉄の塊が鎮座している。

 合成プラスチックと金属でできた、物言わぬ無機質な機械であるそれは、私が指示を出さない限り、決して動くことは無い。

 

「私、は」

 

 ――怖い。

 

 彼に触れることが、その、冷たい“武器”を手に取ることが。彼を纏って、“戦場”に飛び立つ事が。

 どうしようもなく――恐ろしい。

 

 たった一回。たった一回だ。

 

 ほんの一度、撃墜されただけ。ただ、それだけ。

 

 それだけ、で済んだことが奇跡だと。そう感じてしまった。

 

 私に向けられる無慈悲な銃口を思い出すと、今でも背筋が冷たくなる。

 自然と心臓が早鐘を打ち、呼吸は浅く、速くなる。

 

 

 

 “死”

 

 

 

 キミとなら……ネクスとなら、どんな敵も怖くないと思ってた。勝てると思ってた。

 

 どこまでも、飛んで行けると、思っていた。

 

「……私は」

 

 自分が特別だと、思っていた。私に足りないものは、劇的な運命だとか、戦う為の力だとか。そういうものだと、思っていた。

 

「私は…………」

 

 なんてことのない。

 

「普通の、女の子……」

 

 そっと、そのパワードスーツに手を触れる。

 

 

 

 ――何も、聞こえない。

 

 

 

 “(ネクス)”は、何も語りかけてはくれなかった。

 

「…………ネクス。私」

 

 ひんやりとした無機質な冷たさが、私の手のひらの体温を吸い上げてゆく。

 朝の静寂に、私の声が溶けて消えてゆくように。私の熱が、ネクスの中に消えてゆく。

 

 静かに、確かに、ゆっくりと。

 

 こつん。と、額を彼に押し当てる。

 

「私……、どこに行けばいいのかな」

 

 ぐるぐると、頭と世界が歪んで回る。どこを探しても、私の問いに答えはなくて、まともに言葉も纏らない。

 

 ――電話が鳴った。

 

「……エンジュ?」

 

 画面を見れば、そこには私の親友の名前が映し出されていた。

 とてもじゃないけど、誰かと話せる気分じゃない。……だけど、昨日のエンジュとの別れを思い出して、切断ボタンに伸ばした指が動きを止めた。

 

「……もしもし?」

『もしもし、ヒスイ?』

 

 自然とそのまま電話を取って、私はエンジュの声を聞く。

 いつも通りの、明るく、かわいい、ずるい声。

 

 どうしてこんなに、私とあなたは、違うのだろうか?

 

 どうすれば。私もあなたみたいになれたのだろうか?

 

 そんな問いが喉の奥につかえていて。声にならずに、ぱくぱくと口が開いたり閉じたりしていた。

 

『ヒスイ、大丈夫?』

「…………う、ん。大丈夫」

 

 エンジュの言葉に、私はどうにか喉の奥から答えをひねり出す。

 胸が、苦しかった。

 

『ねぇ。ヒスイ』

 

 電話の向こうで、エンジュが私に言葉をかける。

 

『無理やり誘って、ゴメンね』

「えっ……」

『昨日のこと。……どうしてもヒスイが、なんか。元気なさそうで。学校でも、落ち込んでるみたいだったし。少しでも元気出して欲しくて、さ』

 

 どうして。エンジュが謝っているのだろう?

 

『私なりに考えて、やっぱり、遊びに行くのが一番かなって!それで、誘ったんだけど。……ヒスイは、ああいうの、苦手だったよね』

「そんなの」

『ううん。謝らせて。……ごめんね、ヒスイ』

「違う……違うよ、エンジュ。あれは、あれも、あの日も。全部、全部、私が、悪くて」

 

 悪いのは、エンジュの気持ちを踏みにじったのは。間違い無く私のはずなのに。

 どうしてエンジュが謝るのか。あんなに酷いことを言ったのに。なんでエンジュがこんなに優しいのか。

 

 わからなくて、こわくて、かなしくなった。

 

『ヒスイ。……私は、さ。貴方みたいに、特別じゃないから。……話してくれないと、なんにもわかんないよ』

「特別だなんて、そんな……」

 

 私なんかより、エンジュの方がもっと特別だ。みんなに好かれて、みんなと一緒で、みんなに囲まれてて。ずっと、ずっと、すごい女の子だ。

 私なんて――

 

『だからさ。……私、待ってるよ』

「――え?」

『ずっと。待ってる。昨日のこと、仕事の事、……そして、ヒスイの事。全部、……とは、いかないかもだけど。とにかく、たーーーーっくさん。ヒスイが、私に話してくれるの。私、待ってるよ』

「エンジュ……」

『だって、私――。ヒスイの事、大好きだもん』

 

 ――エンジュは、私の唯一人の、大切な。大切な。

 

『幼馴染、でしょ?』

 

 いつの間にか、私の頬をつたって涙が地面に零れ落ちた。

 胸いっぱいの感情は、言葉にもならないまま、私はただ口を開いて、何も言えずに立ち尽くす。

 

 ひゅうひゅうと、まぬけな息の音がした。

 

「エンジュ、私――」

 

 どうにか、言葉を声にして。私がエンジュの名前を呼んだ時。

 

 

 

 

 激しい衝撃と、破砕音を最後に。私の意識は途切れるのだった。




 デカグラマトン編が終わったのもあり、ようやくの投稿再開です。長らくお待たせして申し訳ねぇ……。

 とは言えストックもないので、またしばらくお待ちいただくかもしれません。重ね重ねお詫び申し上げる……。なるべく早くできるよう頑張ります。

 感想、評価、頂けると励みになりますので、よろしくお願いします。
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