乙女ゲームのバッドエンド世界線で、断罪された悪役令嬢が俺の遺書を拾ったら【病みルート】に突入した   作:メソポ・たみあ

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第2章 バッドエンドを超えた先で
第10話 バッドエンド後


 

「アドニス様、義手(・・)の付け心地は如何ですか?」

 

 右腕に大きな鉄の塊を装着し、感触を確かめる俺に対して、ハンナさんが尋ねてくる。

 

「ああ、悪くない。少し重いけど」

「現在、腕利きの義手職人に特注品(オーダーメイド)を依頼している最中ですわ。アドニス様の体格に合った物になれば、ずっと軽く感じられるでしょう」

 

 ハンナさんは少し申し訳なさそうに、そう言葉を返してくれる。

 

 暗殺者に右腕をやられて大事な利き手を失った俺だったが、とりあえずこうして仮の腕を入手することができた。

 今俺が身に着けている義手はさながら甲冑の籠手(ガントレット)で、鈍く輝く銀色が眩しい。

 

 ハンナさん曰くコレは軍向けの汎用品で、とても頑丈に作られてある物らしい。

 本当ならもっと軽量で扱いやすい民間向けや貴族向けの物もあったが、俺は「とにかく頑丈な物を」と所望した。

 ――どんな有事(・・)に遭遇しても大丈夫な物を、という所望を。

 

 結果、この鉄塊になったワケだ。

 確かにコレなら、どんな有事(・・)に遭遇してもちょっとやそっとじゃ壊れないだろう。

 

 それに()でもあるとないとでは大違いで、なんだか少しだけ腕を斬り落とされる前の感覚を取り戻せた気もする。

 

 流石に視力を失った左目は元通りにならず、眼帯で覆う以上はできなかったが、腕が戻ってきただけでも随分と気が楽だ。

 

「そいつは楽しみだ。それにしても義手ってのは凄いな……思った通りに指先が動いてくれる」

「遠隔操作系の魔法がかけられておりますから。ですがお気を付けを。充填している魔力が切れたら、本当にただの鉄塊となってしまいますよ」

「わかってる。俺には魔力がないからな、定期的に誰かに充填してもらわないと」

「魔力切れを起こしそうになったら、私に仰ってくださいませ。それか――」

シャルロッテ(・・・・・・)に、だろ?」

 

 俺が言うと、「ええ」とハンナさんは微笑する。

 すると、丁度その時――

 

「――アドニス! 義手が届いたんですって!?」

 

〝バンッ〟と勢いよく部屋のドアが開かれ、シャルロッテが飛び込んできた。

 

 そして俺の傍まで駆け寄り、愛おしそうに義手を撫でてくる。

 

「わぁ~……! コレが新しいアドニスの右手なのね! カッコいいわ!」

「そ、そうか……?」

「う~ん、でも少しアドニスらしくないかも? アドニスにはもっと細身でギラギラしていない色の方が似合うと思うの。その方がアドニスの魅力をもっと引き立てて……」

「いやあ、コレだって全然悪くないよ。俺は結構気に入ってる」

「――あっ、そ、そうだよね。私なんかが口を挟んじゃダメだよね……」

 

 一瞬で目が生気を失い、しゅんとするシャルロッテ。

 

 ――――しまった。

 

「そうだよねそうだよねそうだよね……元はと言えば私のせいでアドニスが右手を失うことになったんだもんね……そんな私がアドニスの義手に口出しする権利なんてあるはずないよね……そうだ全部私が悪いんだ私のせいで私のせいで私のせいで私のせいで私のせいで私のせいで私のせいで私のせいで私のせいで私のせいで私のせいで私のせいで……」

「シャルロッテ、シャルロッテ落ち着け!」

 

 俺は生身の左手と鉄塊の右腕で、ガシッと彼女の両肩を掴む。

 自らの発言が迂闊だったと反省しながら。

 

「……俺が右腕を失ったのはキミのせいじゃない。だから自分を責めるな」

「で、でも……」

「それにシャルロッテの感性は、俺も信用してる。だから実際、後で届く予定の特注品(オーダーメイド)にも色々キミの意見を取り入れたろ?」

「! そ、そうね、そうだったわ!」

 

 パアッと明るい表情になり、瞳が生気を取り戻すシャルロッテ。

 

「ごめんなさい、取り乱しちゃって。そうよね、自分を責めちゃダメって、いつもアドニスに言われてるもんね……」

「そういうことだ」

「うん、もう大丈夫! 後で届く義手も楽しみにしておかなくっちゃ! 励ましてくれたありがとうアドニス!」

 

 どうにか元気を取り戻してくれたらしく、彼女は俺に抱き着いてくる。

 同時にたわわな胸がムギュッと顔面に押し付けられるが、その感触に惑わされないよう俺は心を無にする。

 

 ……ハアアアアァァァァ~……。

 なんだか最近、シャルロッテの感情コントロールに慣れてきてしまった自分が憎い……。

 

 俺は、シャルロッテがちょっとだけ情緒不安定になってしまったのも、新しい彼女の魅力だと思っている。

 俺のことを想って病んでくれるワケだし、コレもシャルロッテの可愛い部分だよな、うんうん、と。

 

 ……そう思わないと、胃がストレスで千切れそうなのだが。

 

 

 

 ――俺は現在、シャルロッテやハンナさんと共に俺の実家であるマクラガン家の屋敷に滞在している。

 風穴が空いた俺の胴体もすっかり傷が塞がり、概ね自由に動けるくらいには回復。

 こうして仮の腕を手に入れることもできた。

 

 隠れ家を出てきたのは、今からだいたい五日ほど前。

 俺が死んだと思っていた両親やマクラガン家の使用人たちはとても驚き、涙ながらに俺の帰還を歓迎してくれた。

 

 ……何故、俺やシャルロッテが堂々とマクラガン家に戻ることができたのかと言うと、追われる身(・・・・・)ではなくなったから。

 

 今から十日前――ダニア・パスティスの屋敷が全焼し、彼女の遺体が発見された。

 

 屋敷の燃え方は明らかに放火で、見つかった遺体も何者かに殺されたことは明白だとされたが……表向き、これら全ては事故(・・)として処理されている。

 

 仮に犯人(・・)がいたとしても、永遠に見つかることはないだろう。

 その理由は二つある。

 

 まず一つ目。

 有力な貴族たちが、今回の一件を事実上揉み消してくれたから。

 

 パスティス公爵家の令嬢であるダニアは、多くの貴族たちから嫌われていた。なんなら恨まれていた。

 公爵令嬢という立場を利用して好き勝手に振舞い続け、彼女の横暴によって失脚させられた者も少なくない。

 それに同じ爵位である他公爵家の者たちから見ても完全に目の上のたんこぶで、ハッキリ言って消えて欲しい(・・・・・・)人物だったのだ。

 

 だから今回の一件は、多くの権力者たちにとって棚からぼた餅だったのである。

 ならば棚ぼたのまま終わらせておくのが、誰しもにとって都合がよかった。

 

 二つ目。

 俺たちの隠れ家を襲った暗殺者が、ダニアに雇われたことを世間に打ち明けたこと。

 

 シャルロッテによって完膚なきまでに叩きのめされた暗殺者たちを捕縛した俺たちは、彼らを法廷に突き出した。

 そこで暗殺者たちは自らの雇い主がダニア・パスティスで、シャルロッテ・グラナートの屋敷に火を放ったのもダニアの命令によるものと自供。

 

 当然であるが、貴族が貴族を殺害するのは重罪。

 少なくとも表立ってやるなど絶対に許されない。

 

 その悪行は瞬く間に世間に広まり、ダニアは同情を買うどころか批判の的となって、パスティス家は没落の一途を辿っている。

 パスティス家という名前が消滅するのは、時間の問題だろう。

 

 おそらく民衆がパスティス家全焼の真実を探ろうとする動きは、これからも発生しないと思われる。

 もっとも、それ自体もダニアを恨む貴族たちが情報操作をした結果なのだろうが。

 

 そんなワケで俺もシャルロッテもダニアから狙われることはなくなり、晴れて表舞台に戻ってくることができたのだ。

 

 ホント、自由に動けるってのは気分のいいモノだな。

 

 この世界線がバッドエンドである〝断罪ルート〟だと気付いた時は、もうなにもかも終わりだと思ったが……まさかこうして、平穏な日常を取り戻せるとは。

 

 バッドエンドの先にハッピーエンド(・・・・・・・)があるなんて、きっと『黒のアネモネ』のシナリオライターが今の俺たちを見たら、驚いて腰を抜かすだろう。

 

「さて」

 

 俺は座っていた椅子から立ち上がり、上着を羽織る。

 

「せっかく義手を着けたんだし、父様と母様に見せてくるよ」

「かしこまりました。きっとお二人共お喜びになりますわ」

「それじゃあ私たちも自分の部屋に戻ろうかしら、ハンナ!」

 

 グラナート家の屋敷は建て直している最中であるが、なにせ一度全焼している上に数日前に建築が始まったばかり。

 

 しばらくの間シャルロッテたちは家がない状態となるので、その間はこの屋敷に居候してもらうことにした。

 

 俺の両親もシャルロッテのことはずっと子供の頃から知っているから、快く彼女の部屋を用意してくれたよ。

 

 まあ、可愛いシャルロッテと一つ屋根の下で暮らすっていうのは嬉しい反面、異性として色々と意識もしてしまうが……。

 

「それじゃあシャルロッテ、ハンナさん、また後で」

 

 俺たち三人は部屋から出て廊下をそれぞれ逆に向かい、別行動を取る。

 

「しかし、こうして義手を着けて歩いてみると、重さもあってやっぱり違和感はあるな……。まあその内慣れるだろ――ん?」

 

 義手を弄りながら、コツコツと足音を立てて廊下を歩く俺。

 しかし――

 

「……あれ?」

 

 ふと、ある物(・・・)が視界に入って立ち止まる。

 決して、ここにあるはずのない物が。

 

 それは、廊下の中央にポツンと落ちていた。

 

 オレンジ色のなめし革カバーで、少し厚みが出るくらい多くの紙を閉じた、やや使い古された片手サイズの薄い物体。

 

 間違いなかった。

 紛れもなかった。

 

 疑いようもなく――それ(・・)は俺が隠れ家で紛失した、〝遺書〟を書いた手帳だった。

 




第2章スタートです!

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