乙女ゲームのバッドエンド世界線で、断罪された悪役令嬢が俺の遺書を拾ったら【病みルート】に突入した 作:メソポ・たみあ
《シャルロッテ・グラナート
「あーあ。アドニスがご両親に会ってる間、なにしようかしら」
マクラガン家が用意してくれた自室へ戻り、ドサッとベッドの上に寝転ぶ私。
そしてアドニスとご両親が親し気に親子の会話をしている風景を思い浮かべて、不意にハッとした。
「そ、そうだわ……私ってアドニスのことが大好きだし、よく考えたら私にとって、アドニスのご両親は
私、アドニスのことが大好きだもの……!
ご両親も快く私を屋敷に泊めさせてくれているし……!
こ、これはもう、アドニスと結婚してもいいってことよね……!?
ご両親の承認を得たも同然よね……!?
いいえ、違う……私とアドニスは、なんならもう結婚していたのよ。
私が気付いていないだけで、私たちはもう夫婦だったのよ。
そうよ、だって愛し合っているのに夫婦じゃないなんておかしいもの。間違っているもの。
ウフフっ、どうして私ったら気付かなかったんだろう?
そうだわ、夫婦ならやるべきことをやらなくちゃ。
順序が逆になっちゃったけれど、結婚式の予定を立てましょう。
子供は何人作ろう?
最初の子は女の子かな? 男の子かな?
ウフフ。
ウフフフフっ。
ああっ、考えるだけで昂ってきちゃう……!
私って、本当にアドニスのことが大好きなんだ……!
「――あっ、でも……」
私……アドニスに謝らなくちゃならないことがある。
私、一度だけ彼の物を盗んだ。
一度だけ彼に
アドニスが〝遺書〟を書いた手帳――。
あの手帳は、まだ私の手元にある。
私はあの手帳を彼から盗んでしまった。
手帳のことなんて知らないと嘘を吐いてしまった。
結局彼が書いた遺書は遺書としての役割を果たすことはなかったけれど、私はまだ大事に保管している。
今は戸棚の引き出しにしまわれ、私以外の誰に知られることもなくひっそりと眠っている。
「……やっぱり、アドニスに返さなきゃだよね」
――彼は誰にも言えない秘密を、あの手帳に〝遺書〟として書き記した。
たぶん私は、書かれてあった内容の半分もちゃんと理解できていないと思う。
『黒のアネモネ』、乙女ゲーム、主人公、メインヒーロー……。
そしてバッドエンドと〝断罪ルート〟。
未だによくわからない。
乙女ゲームってなに?
私が主人公ってどういうこと?
ただ一つハッキリとわかるのは……それらがアドニスにとって、誰にも言えない秘密であったということ。
……〝遺書〟に書かれてあった内容を知っているのは、アドニス以外には私だけ。
彼しか知らない彼の秘密を共有できるだなんて、考えるだけでも恍惚としちゃう。
私の、私だけの特権だって、勘違いしそうになる。
でも、その特権はアドニスに嘘を吐いて手に入れたモノだ。
私は……真実の愛が欲しい。
ただ本当に、彼を愛したい。
ただ本当に、彼に愛してほしい。
偽りの愛なんて、そんなのいらない。
骨の髄まで染み込むような愛さえあれば、他になにもいらない。
「アドニス、怒るかな? きっと怒るよね」
ううん、怒られたっていい。
顔を叩かれたって仕方ない。
それでも私は彼のことが大好きだから、嘘を吐いたままにしておきたくない。
「うん、そうだわ。後でちゃんと謝って、アドニスに手帳を返そう」
そう決意して、私はベッドから立ち上がる。
そして戸棚の前へと歩いていき、隅の方にある鍵付きの小さな引き出しに手をかける。
ハンナの隠れ家からここへ移った時に、アドニスの手帳はこの引き出しの中に隠しておいた。
ここは鍵が掛かっているしハンナも触れていないはずだから、誰かに手帳の中を読まれていることもない。
私は小さな鍵を手に取り、引き出しの鍵穴へと差し込む。
〝カチャッ〟という鍵が外れた音を聞いて――私は引き出しの取っ手を引いた。
――――しかし、
「…………あ、れ……?」
私は瞬きする。
一回、二回、三回。
本来瞳に映るべき光景を、私の眼球が捉えてくれなかったと錯覚して。
ただ一瞬、私が見えなかっただけだと思って。
しかし何度瞬きしようとも――目の前の事実は変わらなかった。
「な…………い…………。アドニスの手帳が……彼の〝遺書〟が、ないッ……!!!」
――ない。
どこにもない。なくなっている。
引き出しの中にあるはずの物が。
確かにここにしまった、絶対にここにあるべきはずの、アドニスの〝遺書〟が書かれた手帳。
それが――跡形もなく消えてしまっていた。
▲ ▲ ▲
「コレ、俺の手帳じゃないか……!」
俺は驚きを隠せなかった。
俺が手帳――もとい〝遺書〟を紛失したのは、隠れ家の中での話。
まかり間違ってもこの家で無くしてはいない。
そもそも怪我が酷くて、隠れ家のベッドから碌に動くことすらできなかったのだから。
だから、こんな場所で見つかるはずがないのだが――
「変だな、どうしてこんなところに……?」
漠然と違和感を覚えながらも、俺は手帳を左手で拾い上げる。
こうして手で持ってみても、間違いなくあの時無くしたモノだとハッキリわかる。
いや、もしかすると、極めてよく似た類似品という可能性も……?
まあ、中を読んでみれば一目で――
そう思いながら、俺はパラッと手帳を開く。
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〇月×日
この日この手帳に、俺は〝遺書〟を書き記す。
この〝遺書〟は誰かに読ませるために書いているワケではない。
だから死後の願いなど残さない。
もし今この瞬間、アドニス・マクラガン以外の誰かが誤って読んでしまっているなら、すぐに手帳を閉じてほしい。
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「……やっぱり、間違いなく俺の手帳だ」
手帳の中に記されたのは、なんとも下手くそな文字で綴られた俺の〝遺書〟。
利き腕を無くしたばかりで無理に左手で書いたから、改めて読むと本当にぐちゃぐちゃな文字だな……。
まあ、今となってはコレも過去の話……と感慨に耽りながら、さらにページをめくった――その時であった。
「……ん?」
俺の手が、不意にピタリと止まる。
それは俺が書いた〝遺書〟の数ページ、そのさらに先の白紙であるべきページをめくった瞬間だった。
「な…………んだ、コレ……?」
そこには文字が――
いや、
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〇月×日
俺はもう一度、この手帳へ〝遺書〟を書き記す。
まさか同じ手帳に二度も〝遺書〟を書くことになるとは、考えてもみなかった。
それも誰にも言えない、自分自身に向けた〝遺書〟を。
思えばあの日、この手帳が俺の下に帰ってきた時かもしれない。
なにも終わっていないと、俺が気付いたのは。
この手帳を拾うまで、俺はバッドエンドを超えた先にある平穏を手に入れられたと思っていた。
シャルロッテとの幸せな日常を手に入れられたと信じていた。
だが違った。
バッドエンドはバッドエンドのままだった。
〝断罪ルート〟は、終わっていなかった。
シャルロッテがまた命を狙われた。
再び暗殺者が――〝奴〟が彼女を狙ったのだ。
そして俺も命を狙われている。
いや、むしろ奴の本命は俺だ。
奴が憎んでいるのは、俺の方なのだ。
奴の正体はわかっている。
名前もわかっている。
俺は奴をよく知っている。
何故なら、奴も『黒のアネモネ』の登場人物だから。
だが、その名を書き残すことはできない。
誰かに言うことも許されない。
もし万が一にでも、億が一にでも、シャルロッテがその名を知ってしまったら……彼女は深く傷付くかもしれない。
今日、俺は脅迫文を受け取った。
指定の場所まで一人で来い、と。
もし来なければ、愛しいシャルロッテの命はないと。
俺は行くつもりだ。
たとえそこが死地だとわかっていても、行かねばならない。
俺が指定された場所へ行けば、きっと奴もこれ以上シャルロッテの命を狙うことはしなくなるだろう。
シャルロッテが傷付くくらいなら、俺が危険を冒した方がずっとマシだ。
俺は死ぬかもしれない。
未練はある。だがそれでもいい。
シャルロッテを守って死ねるなら、俺はそれでいい。
準備はできた。
〝遺書〟もこうして書き記した。
奴の襲撃からシャルロッテを守った際、俺は手傷を負ってしまった。
万全の状態とは言い難い。
だが抗えるなら、最後まで抗ってやる。
〝断罪ルート〟を、終わらせるんだ。
シャルロッテ――キミを愛してる。
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