乙女ゲームのバッドエンド世界線で、断罪された悪役令嬢が俺の遺書を拾ったら【病みルート】に突入した   作:メソポ・たみあ

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第12話 〝断罪ルート〟は終わっていない

「なん……だよ……コレ……!?」

 

 そこに書かれてあったのは――俺の知らない俺の〝遺書〟。

 俺自身の――〝新たな遺書〟だった。

 

「どういうことだ……!? こんな〝遺書〟、俺は書いた覚えないぞ!?」

 

 誰かが悪戯で書き足したのだろうか?

 しかしそれにしては筆跡というか、文章の書き方が俺自身のモノと似ている。

 

 だが『黒のアネモネ』という単語が書かれている以上、俺以外の誰かが書き加えたとは考え難い。

 この世界が乙女ゲームの世界であると知っているのは、俺以外いないのだから。

 

 ――いや、いいや。

 そんなことはどうでもいい。

 

 問題なのは――

 

「シャルロッテが……また命を狙われる……? 〝断罪ルート〟は、終わっていないだって……?」

 

 俺の知らない俺の〝遺書〟には、シャルロッテが再び何者かに命を狙われること。

 そして〝断罪ルート〟は終わっていないということが書かれてある。

 

 そして――俺が何者かに憎まれ、死地へ赴くことになるという旨も。

 

 ……〝奴〟?

 ここに書かれてある〝奴〟って、誰のことだ?

 

『黒のアネモネ』の登場人物ということが書いてあるが、具体的な名前は伏せられてある。

 シャルロッテに知られてはならないからという理由で。

 

 どういうことなんだ……?

 ここに書かれてあることは、一体……――。

 

「――アドニス、どうしたのです?」

 

 そんな時だった。

 床に片膝を突いて手帳に目を凝らす俺に対し、女性の声が話しかけてくる。

 俺がバッと顔を上げた先にいたのは、

 

「――! か、母様……!」

「廊下に膝なんて突いて……どこか痛むのですか?」

 

 やや不安そうに尋ねてくる、ドレスに身を包んだ黒髪の美女。

 その立ち姿は如何にも上流階級の大人の女性といった雰囲気で、おっとりとしてアダルトな感じだが、容貌は非常に若々しい。

 また見る者を吸い込んでしまうかのような、深い紫紺色の瞳も特徴。

 

 彼女はミュラ・マクラガン。

 マクラガンの姓が示す通り、俺の母親(・・)だ。

 

「母は心配です。あなたは大怪我から回復したばかりなのですから……」

「大丈夫ですよ母様。えっと、ちょっと落とした物を拾っていただけです」

 

 俺は手帳を慌ててポケットにしまい、母に心配をかけまいと立ち上がる。

 

「それより、今から父様と母様の下へ伺おうとしていたところです。こうして義手が着いたので」

「あらあらまあまあ、(たくま)しいのね」

 

 ミュラ母様は俺に近付き、優しい手つきで義手を撫でてくれる。

 

「アドニスが片腕と片目を失って帰って来た時は、本当に気を失うかと思ったのですよ?」

「アハハ……ご心配をおかけしました」

「あなたの腕一本、骨一つ、血の一滴も、私がお腹を痛めて産んだ、神からの祝福なのですから。健やかに産まれてくれた身体を、どうか無碍に扱うことのなきように……」

 

 穏やかな言葉遣いで説教してくれるミュラ母様。

 この説教も、心から俺を心配してくれているからこそのモノ。

 

 俺が隻眼隻腕となってこの家に帰ってきてのを見たミュラ母様は、本当に失神しかけてその場に倒れ込んでいたものだ。

 

 身を挺してシャルロッテを守ったことに後悔はないが、母から貰った身体を欠損させてしまった点に関しては、やはり残念というか後悔はある。

 

「さあさあ、お父さんに見せに行きましょう。きっとあの人も喜んでくれるはずだわ」

 

 ミュラ母様はどこか心弾んだ様子で俺の手を引き、歩き出す。

 

 この時、俺の頭の中はまだ手帳のことが気がかりで仕方なかったが――これ以上彼女を心配させるのも気が引けたので、一旦考えないことにした。

 

 俺はミュラ母様に手を引かれ、父様の書斎にまでやって来る。

 彼女は〝コンコン〟とドアをノック。

 

「あなた、アドニスの右腕に義手が着きましたよ」

『おう、入ってくれ』

 

 ドアの向こうから男性の声が返ってくる。

 俺からしてみればとてもとても聴き慣れた、それこそ産まれる前から聞いているであろう声だ。

 

 ミュラ母様がドアを開けて部屋の中へ入ると、

 

「どれ――おお、それがアドニスの新しい右腕か! 実に勇ましいな!」

 

 そこには黒髪をオールバックにし、肩から真っ赤なロングコートを羽織った好青年――にしか見えない、俺の父親の姿が。

 

 キュニラス・マクラガン。

 俺の父親であり、母様と同じように非常に若々しく生気に溢れた顔立ちをしている。

 それも紛れもない美形。少々ワイルドな雰囲気のイケメンである。

 

 ……両親は既にそれなりにいい歳なのだが、美男美女夫婦として貴族の間では有名で、俺が生まれてから外見が変わっていないなんて言われたりすることもある。

 

 俺たちが家族三人で並ぶと父・母・息子ではなく、兄・姉・弟にしか見えないと専らの評判。

 

 まあ、なにせ乙女ゲームの世界だから。

 メインヒーローの両親となれば、そりゃ美男美女って設定にされるよなって。

 

 キュニラス父様は俺の傍まで歩いてくると、

 

「眼帯と併せて、随分男前になったじゃないか」

「ありがとうございます父様。確かにこれは、シャルロッテを守った勲章みたいなものかもしれません」

「そう言えるなら、もう一人前の男だな。父親として誇らしいぞ! ハハハ!」

 

 豪快に笑うキュニラス父様。

 そんな彼を見て「あなたったら」と少し呆れ気味に笑うミュラ母様。

 

 キュニラス父様は満足そうに腕組みし、

 

「それで――いつ(・・)にするんだ?」

 

 俺に尋ねてくる。

 

「……? いつ、とは?」

「決まっているだろう。お前とシャルロッテ嬢の結婚式(・・・)だよ」

「――ブフォッ!?」

 

 彼の口から出てきたあまりに予想外の言葉に、思わず吹き出す俺。

 

「け、結婚って……!」

「そりゃお前、女を命懸けで守ったんだから最後まで責任を取らなきゃイカンだろう」

「まあまあ! シャルロッテちゃんがアドニスのお嫁さんになってくれるなら、大歓迎だわ」

 

 突然キュニラス父様が言い出したことを真に受け、嬉しそうに両手を合わせるミュラ母様。

 しかしすぐにハッとしたような顔をして、

 

「あっ……でももし結婚してしまったら、私の可愛いアドニスが私だけのアドニス(・・・・・・・・)ではなくなってしまうのね……」

「あの……母様……?」

「アドニスは私が産んだ、愛しい愛しい、愛くるしい、可愛らしい、最愛の、寵愛の、唯一無二の、本当に本当に大切な……たった一人の我が子……。でも、でもシャルロッテちゃんになら……」

 

 どこかじっとり(・・・・)とした悩ましそうな眼差しで、彼女は息子である俺のことを見つめてくる。

 

「アドニス、ああアドニス、母の下を去ってしまうのですか……? ほんのついこの間のことなのですよ? まだ首の座らないあなたが小さな唇で私の乳房を咥えて、健気に母乳を吸っていたのは――」

「母様、ミュラ母様、お願いですそれ以上はやめてください」

 

 聞きたくない。キツい。

 自分が母親の母乳を吸っていた時の話を本人から聞かされるなど、キツすぎる。しんどすぎる。

 

 しかもそれを父親の前で聞かされる息子の気持ちになってほしい。

 もう死にたくなる。

 

「ハハハっ、そう照れるなアドニスよ! 男は誰しも皆、乳房が好きなモノだ! 男というのは所詮マザコンだからな!」

「……俺は自分をマザコンだと思ったことはありませんが」

 

 豪快に笑い飛ばすキュニラス父様に対し、微妙に呆れ顔を浮かべて見せる俺。

 

 そんな感じで、俺たちマクラガン家の団欒は賑やかに進んでいった。

 

 ――この時、俺は自分のポケットに入っている手帳(・・)のことを、ほんの短い間だが忘れることができていた。

 




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