乙女ゲームのバッドエンド世界線で、断罪された悪役令嬢が俺の遺書を拾ったら【病みルート】に突入した 作:メソポ・たみあ
ベッドの上に二人一緒に座り、俺の義手に魔力補給をしてくれるシャルロッテ。
彼女はピッタリと俺にくっ付いているため、温かな体温や柔らかな肌の感触も伝わってくる。
……それと彼女の長い髪から、フワリといい香りも漂ってくる。
「はいアドニス、これで魔力を込め終えたよ」
「ああ、ありがとうシャルロッテ」
魔力の充填を終えたシャルロッテは、義手から手を離す。
ハンナさんが言うには、一度の魔力補給で二~三日は持つらしい。
ただあくまで使い方にもよるらしく、指先に神経を集中したりだとか、それこそ剣を振るうなどといった動作を続ければ、もっと早く魔力が尽きてしまうとか。
注意はしておいて方がいいだろうな。
鋼鉄の指先を五本それぞれ動かし、ギュッと拳を握る。
やはり思った通りに動いてくれる。
生身だった頃と大差ないくらいに。
頑強な鋼鉄で出来ていることを考えれば、むしろ生身より便利なのかもしれない。
まあ俺には魔力がないから、動かすために他者に頼らないとならないのは不便極まりないが。
ただ……それら頑強さや便利さの代わりに、失ったモノもある。
それは――
義手は生身と遜色なく動いてくれるが、触っているという感覚までは伝えてくれない。
だからなにに触れているのか、それが温かいのか冷たいのか、力を込めて握ってもいいのか、優しく触れないといけないのか――触れただけではなにもわからない。
目で直接見ないと、自分が今なにに触れているのかさえわからないのだ。
「鋼鉄の義手ってのは便利な物だが……シャルロッテに触れる感覚がわからないっていうのは、酷く残念だよ」
そう言って、俺は義手の右手でシャルロッテの頬に触れる。
できるだけゆっくりと、優しく。
魔力で動く義手は、それ自体が自壊しない限りどこまでも握力を出し続けてしまう。
鋼鉄製という耐久力を考えれば、握手した人間の手を握り潰すことなど容易い。
樫の薪を圧し折ることさえできてしまうだろう。
だから人に触れる時には、細心の注意を払わねばならない。
特に、シャルロッテに触れる時には。
鋼鉄の手の平は冷たいはずだが、彼女は触れられることを少しも嫌がらず、むしろ愛おし気に触り返してくれる。
「私にはわかるよ? 私に触れてくれるアドニスの手から、優しさが伝わってくるもの」
「……こうして触れていても、力の入れ加減を間違えないか俺は怖いんだ」
「私なら、アドニスに
クスッと、シャルロッテが微笑む。
「アドニスのためを想って、義手のことを色々本で調べたんだけどね? その昔、小さな女の子が事故で腕を失って義手に変えたんだけど、力の加減がわからなくて、大事にしていた人形を握り潰しちゃった――なんて事例があるんだって」
「そ、そうなんだ……」
「私もアドニスになら握り潰されてもいいよ? ううん、どうせ死ぬならそういう風に死にたいなぁ」
シャルロッテは俺の右手を両手で掴み、自らの首元へと誘う。
俺の鋼鉄の手の平は彼女の首を掴む形となり、より一層力加減を間違えられなくなった。
「女の子の人形だって……可愛がってくれる持ち主に壊されて、きっと
「そ、そうかな? そうかも、な……? アハハ……」
……怖い。
シャルロッテの瞳が淀んでいる。
怖くて直視できない。
とにかく、この話題を続けるのはやめよう……。
「それよりシャルロッテ、さっき随分取り乱していたけれど……なにか気がかりなことでもあったのかい?」
「! そっ、それは……」
途端に表情が強張るシャルロッテ。
やっぱり、本当は俺になにか別の用事があったんだな。
「あの……その……」
「言い難いことなのか?」
「……」
あれほど素直なシャルロッテが、ここまで言葉を濁らせるなんて。
どうも、なにか後ろめたいことか――俺に言いづらいことを抱えているらしい。
……そうだな、よし。
キュニラス父様に発破をかけられたことだしな。
少しは乙女ゲームのヒーローらしく振舞って見せよう。
「シャルロッテ、言い難いなら
「で、でもっ……」
「その代わり、明日もう少し話しやすい雰囲気のいい場所まで二人で行かないか?」
「――え?」
「明日、俺と
▲ ▲ ▲
マクラガン家の屋敷は、ゼノーヴァ王国の首都エギナにある。
エギナは人口約三十万人の大きな都市で、『黒のアネモネ』の世界観の中では世界で最も大きな都市の一つと説明されている。
あくまでファンタジー世界なので現代日本と比べれば人口は少ないが、それでも充分に人の数は多い。
ゼノーヴァ王国経済の中心地であり、金融や司法など国家機能の中枢が全て集中しているため、都市全体に潤沢な資金が回されている。
それ故に一度著名な地区の大通りへ出れば、目の前に広がる光景はまさに〝華の都〟。
絢爛な街並みの中を華やかな格好をした紳士や貴婦人、そして豪華な装飾が施された馬車が当たり前のように行き交い様は、慣れていても思わず目が泳いでしまいそうになる。
だが同時に、軽食を売る露店に親子連れが楽しそうに立ち寄る光景は、平和的でなんとも穏やかな気持ちにさせてくれる。
そんな賑やかな街の中を――
「アハハハっ! ねえアドニス、こっちこっち!」
満面の笑みを浮かべ、シャルロッテが軽快な足取りで進んでいく。
今この瞬間だけは、紛れもなく彼女は年相応のいたいけな少女だ。
「あんまりはしゃぐなよ、シャルロッテ。転んだら危ないだろ?」
「だってだって、アドニスとのデートなんですもの!」
彼女はいつになく上機嫌で、踊るようにステップを踏みながら俺の前を歩く。
「でもアドニスがそう言うなら……もう少しゆっくり歩こうかな」
ルンルンと鼻歌交じりに俺へと近付いてきたシャルロッテは、俺の右腕にギュッと抱き着いてくる。
確かにこれなら足取りを揃えて、ゆっくりと歩けそうだ。
随分リラックスしてくれているみたいだし、デートに誘った甲斐はあったかな。