乙女ゲームのバッドエンド世界線で、断罪された悪役令嬢が俺の遺書を拾ったら【病みルート】に突入した 作:メソポ・たみあ
――ディード・マクスウェル。
『黒のアネモネ』の
年齢は二十二歳。真っ赤な髪と絢爛な軍服に身を包んだ偉丈夫で、先祖代々王国軍に勤めるマクスウェル伯爵家の長子でもある。
軍人であると同時に剣術の達人でもあるディードは、サーベルを一振りしただけで大きな軍馬を仕留めてしまった。
気が付かなかったが、どうやら彼もパレードに参加していたらしい。
彼は鋭い目つきのまま、何食わぬ顔でサーベルを鞘へとしまう。
「失敬、少々馬の気が荒ぶってしまったようです」
「ディード様! お怪我はありませんか!?」
現場は完全に混乱し、部下らしき兵士たちが慌ててディードの傍に駆け寄ってくる。
野次馬をしていた民衆もすっかり物情騒然といった感じだ。
「パレードは一時中断です。他の将校たちにも急ぎ伝達を。それと斬り捨てた軍馬の処理と、騎手への事情聴取も忘れずに」
「か、かしこまりました!」
上官であるディードの命令を受け、近場にいた兵士たちはおおわらわで軍馬の遺体を片付けたり、伝達に走ったりし始める。
俺は突然の出来事に腰を抜かしてしまったシャルロッテに俺は手を差し伸べ、
「え……あ、うん……」
「シャ、シャルロッテ、立てるか……?」
彼女に立ち上がってもらう。
ディードの視線もシャルロッテへと向き、
「お怪我はありませんか?」
「だ、大丈夫……」
「ならば僥倖」
微笑を浮かべ、少しだけ表情を緩ませるディード。
――ディードとシャルロッテは
親密というほどではないが、お互いに顔見知りという程度の間柄。
『黒のアネモネ』の物語開始時、この二人の関係性は基本的に赤の他人。
ディード攻略ルートでは、王国軍の腐敗を目の当たりにしたディードがシャルロッテの語る変革に共感。
最終的にグッドエンドでディードは腐敗の根源たる悪の将軍を打ち倒し、自らが将軍へ出世することで軍の改革を進め、同時にシャルロッテとも結ばれる。
バッドエンドでは悪の将軍を打倒するところまでは一緒だが、ディードが過激な軍国主義的思想を持ってしまい、平和を願うシャルロッテとは決別してしまう。
いずれにしても、ディードとシャルロッテは物語開始時ではそれほど親密ではない。
ディードは攻略ルートに入って、徐々に距離感が縮んでいくタイプのキャラクター。
良くも悪くも大人びていて、少しツンケンした感じのお堅い雰囲気なのが人気のヒーローだった。
――しかし、今俺たちのいる世界線は〝断罪ルート〟。
ディードとシャルロッテの関係は当初のままで、顔見知りという程度に過ぎないはずだが……。
「えっと……助けてくれてありがとう、ディード伯爵……?」
「礼には及びませんよ、シャルロッテ・グラナート。そもそも軍馬が暴走したのは
ディードは「それにしても」と言葉を続け、
「まさか、あなたがパレードを見に来ているとは思いませんでした」
「え? どうして?」
「貴族社会の変革を語るあなたは、王国軍をあまり好いていなかったでしょう。てっきり、こういった権威主義的なパレードにも難色を示すモノと思っていましたが……」
「ああ、それなら――
「……はい?」
「貴族社会の変革なんて、もうどうでもよくなったの! アドニスが私の傍にいてくれれば、他にはなにもいらないって気付いたのよ!」
そう言って、シャルロッテはギュッと俺の腕に抱き着いてくる。
そんな彼女の姿を、ディードは驚いたような唖然としたような顔で見つめる。
いや、困惑したような顔と言うべきか。
「そ、そう、ですか……」
「なぁに? 私、なにかおかしなこと言ったかしら?」
「ああいや、失敬。なんと言うか……あのシャルロッテ嬢の口から出る言葉とは思えず……。いえ、これ以上このお話はやめましょうか」
ディードの視線はシャルロッテから俺へと移り、
「……アドニス・マクラガン、どうやら
「……」
無言で答える俺。
どうやら彼も、俺とシャルロッテになにがあったか知っているらしい。
いや、当然か。あれだけ話題にもなればな。
ディードは俺の眼帯と鋼鉄の義手に一瞥をくれると、一瞬複雑そうな表情をする。
「……それと噂には聞いておりましたが、その目と右腕は……――」
「――シャルロッテ! アドニス様!」
ディードがなにか言いかけた、その時だった。
彼と同じ軍服をまとった
その姿を見て、シャルロッテはパアッと明るい表情を浮かべた。
「! メーディア!」
「グラナート家の令嬢が軍馬に襲われたって聞かされて……! ああ、無事でよかった!」
赤髪の少女は安堵した様子で、とても親し気にシャルロッテへ抱き着く。
――そう、彼女こそシャルロッテとディードが
二人は何年も前から親友同士であり、そのよしみで顔見知りとなったのだ。
赤髪の少女の名前は、メーディア・マクスウェル伯爵令嬢。
ディード・マクスウェルの妹だ。
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