おぎゃあと生まれて早くも5回目の冬が来た。
幸いな事に、生まれた先は農村部だが裕福な家庭だった。
私の部屋には本が数冊置いてあり、家に窓がついていて、さらに机は木造ではあるが机の足は精緻なレリーフがついていて、鈍色な金の輝きから察するに真鍮製だった。
古ぼけた家のように見えるが黴の香りもせず、埃も見た限りではない。
暖炉の炎はあたたかく、素晴らしい家だ!
と、あなたは思った。
実際にこの家は地域を統率する領主であり、有力視されている家系であるようだった。
古くは公爵家の分家であったとTIPSが言っていた。
小さな自室のガラス窓の先を、父に抱き上げられながら見る。
この大きな邸宅から見える人物たち、は実に個性的だ。ここから見えるだけでも
洗濯物を干している女中はおおよそ5人ほど、造園を担当する中年のやせぎすの男が2人してよく分からない楕円形の立体モニュメントに、葉の多い木のようなものを切っていく。よく見ればそれはこの世界の文字が書かれているようだ。
ふむ、ウェルカムの意に近しいね。来客用にそこまで整えるなどよほど給金が有り余っているのだなあ。
ああ、なんと言うことだ、最高ではないか!
この家は恐らく、今後の生ですら珍しいほどのSSRだ。
香りからして恐らく蜜蝋ロウソク。それに今持っているこの紙の本。手触りは悪く、とても地球の100%再生紙とはかけ離れていた。だが、この本。手書きの写本ということは活版印刷前、つまり地球で言うところの15世紀末ほどの文明レベルで蜜蝋ロウソク!?
光は消耗品で庶民は煤の多いランプを使っているのが常識とTIPSが言っていた。ヒント機能は嘘を吐くか吐かないかだいたい分かってきた。
そしてこのヒントを作ったやつはよほど性格が悪いと見た。
基本的に上から目線だし、妙に馴れ馴れしい。だが愛着も芽生えてきた。
5年間もずっと目を閉じても見えていたから、最初のうちはとても困った。
だがもう慣れた。
クオリアに依存しない人間の認知機能では正確に表せない色とやらを使っているらしいが、ヒント機能は積極的にマウントを取ってきて悦楽を感じているようだ。
でなければわざわざ追伸をつけて語尾に、(笑)をつける意味が無い。というかコイツ、前々から思っていたのだが……自我があるよな?
自我が無ければポップアップウィンドウの×をずらしてくる妨害をしない訳が無い。
誰だってそうするし、俺だってそうする。
まあいいか。たぶんこいつも暇なんだろうし。視線を動かざるを得ないが一風変わった眼球の鍛え方とでも思えば良い。
そんなこんなで時間を潰していると、外の風景も見納めだ。
あなたは窓の下の景色に飽きたと言い、寒い風を浴びるのが本当は嫌なことを隠したつもりであなたの父に部屋の窓を閉めてもらった。
あなたの今世の名前はパラダイム・カウシン。
パラダイム家の3男である。
そんな事は些細なことであるが、最も重要なのはこの領を治めるパラダイム家の立ち位置だろう。
パラダイム家は王室に直接、商品作物たるトウモロコシや小麦を輸出し、その代わりに資金を得るという経済方式であり、これはモノカルチャーに近い。原材料の搾取とまでは行かないが、少し不便だ。
周作物の周期を変えるのには申請が必要だし、それをしないと……まあ、反逆罪で連座とはさすがに行かないが、罰金が1番ありえそうだ。
パラダイム領は悲しいことに主な産業は農業しかない。
海にも面していないため、陸路のみであり、湾岸を持たぬ、肥沃で平坦な土地が多いということしか誇りのなき悲しき領地だ。
我が領地ではトウモロコシ、小麦、そして豆類
これらの三毛作や三圃制を推奨している。
休閑期は短いものの、豆の窒素固定を活かして窒素肥料の効果を出しているようだ。あとは余ったトウモロコシ、主に飼料作物となっている地球で言う所のデントコーン種に近いものを緑肥にしたり、その他の植物を緑肥や草木灰にして作物の収入を一定にしている。
そして王室からは農作物を送る度に、支援金が出続けるので「公平に」再分配して、小作農たちを育てているようだ。
そもそも立場として王室が最大の貿易相手であり、農作物を王室の倉に収めることで減税されていたり、
農業以外の産業があまり育たなかったのかもしれない。
うちの土地は連作障害といったもの何ぞ、我が通るとばかりに育て続けている。土地は痩せないのか、とあなたは思考した。
すると、直ちに、視界の全てを占領するように半透明の、ティファニーブルーと葵色の混ざったような色のボードが出現した。
いつも5年間見続けたヒント機能のポップアップウィンドウだが……まあもう慣れた。
最初の頃は視界が塞がるのにも慣れず、眼球の視線と脳波を用いて操作する方法にも慣れなかったがすこしは使いこなせるようになった。
なにせ最初は透明率0%、コンフィグのUIがポップアップウィンドウのせいで押せないという地獄の詰み状態に陥っていた。
TIPS 汚職問題
汚職や賄賂といった嘘は物事を円滑にする力が存在します。公平性を疑うことは組織に硬直性を追加してしまうでしょう……
あー、なるほど、なるほどね?
まあそうか。何事にも潤滑油は必須だしな。特に、国家という大きな機械には必須だ。
パラダイム家は伯爵家で、王室とも通じているため実質的に影響力は伯爵家以上。
土地は平坦で肥沃、農業に適したなんでも土地だから、いわゆる家の地位もしくは家柄と呼ばれるものが大切だ。
まあ……私は三男だし、関係ないか。
そしてあなたは安堵した。実家の余裕があることにより、少なくとも飢えることはないし、三男という立場のために実務なんでやらない、と思考している。
まあ実際は父や兄たちのように積極的に社交に行く必要があるだろうが、あなたはまだ今回の周回では5歳。このパラダイム家では5歳というのは子供も子供。本格的に勉学なんてさせないし、やることと言えば屋敷内を女中たちの監視の元、歩いたり走ることだ。
長兄はいつも家に居ない。TIPS曰く、魔法の研究だとかなんとかで全くもって家に帰らないのだ。
次兄もいつも家に居ない。TIPS曰く、パーティーとか隣国の『学問都市』とかいう場所で博士をしていて居ないのだ。
最短で博士になって今は勉学に励んでいるらしいけれど……まあ僕には関係ないか。
というか相変わらず私の女中、ラヴィーナという名前の人は大きなガラス窓には近寄らせてくれないし、毎日ある勉強時間とかも読書というか絵本の読み聞かせに近い。
とてもつまらない。
と、そんなことを思っているあなたは今日も一日をベットの枕に頭を沈めて終わることにした。
夜間にもロウソクを光らせる必要は存在しないため、パラダイム家は、伯爵家と言えども浪費はあまりしたくないのだろう。
そう言ってあなたは、微笑んでベットの傍に居る侍女に、ロウソクの蓋を閉ざすように言った。
幸せとはこういう事を言うのかな、とあなたは思ったのだろうか。寝顔は年相応に穏やかなものだった。
文章の1話辺りの量について(調整)
-
10000文字ほしい←現在の基準
-
3500以上ならいいよ
-
5000文字くらいほしい
-
6000以上ならいいよ