蝶が飛ぶ。
蝶がひらひらと舞って、やがて火の粉と同じになって消えていった。
その蝶は火に誘われ、この身を燃やした。
「早く─早く、早く早く!」
焦る声が聞こえる。ゴキ、パキと、隣の兵士の足を潰しながら迫るのは丸太。
逃げる兵士も、進んでくる兵士が邪魔となり、潰れた。
彼、あるいは彼女の後悔は分からないが、この地獄の道のひとつになった。
エルフたちは攻めども攻めども終わらぬ丸太による壊滅が相次ぎ、ヒューマンの門すら落とせず膠着した戦闘が続いた。
「クソ! ヒューマンのやつら、時間稼ぎに入りやがった!」
森に火を放った。だが矢が減ることは無かった。敵の使うクロスボウは、胸当てを容易く貫通し、一撃で死に至る。
「そもそも補給車列がなぜ届かない!!」
作戦立案総指揮司令官。豪華な名前こそつけども、考えた作戦は相手の丸太で粉になる。
だが、大前提となる戦線の突破は果たせず、補給車列すら滞る始末。
山を迂回するための大戦力を割き、麓から挟み撃ちにするはずが、主力本隊で突破できず、隘路と悪路、丸太如きに苦しむ。
「なぜだなぜだチクショゥがぁ……」
もはや突破できない。迂回するしかない!
「撤退だ! 本隊に撤退命令を出せ!」
本陣に動揺が走る。
その動揺の理由は分かりきっていた。だが仕方が無い。
「進んだ分隊のことは救助対象から外せ! もう敵の要塞を突破することは残念ながら限られた人員下では不可能だ」
「おい、伝令を走らせろ! 一刻の時間も我々は無駄にできないのだ!」
はっとしたような声で、私の部下は走った。
全くもって、誰も彼も使えない。
本国からの支援も薄い。本気で併合する気はあるのか?
だが疑うことは死を意味する。士気が死んだらその軍はもう使えない。
「悪辣なヒューマンどもめ……」
報告された戦術は悪辣極まる。
山壁が絶壁になり、本来の階段はクロスボウ兵が押し固められ、敵が常に上からクロスボウを撃ち、反撃すらできない。
散発的にクロスボウを撃たれるせいで組織だった反撃ができない。撃ったら逃げる、撃ったら逃げるの繰り返しだ。
撃った弓矢をクロスボウのボルトにして打ち込んでくる。
奴は恐ろしい鬼将だ。
とてもじゃないが進むことが出来ない。進んでも引いても犠牲が出る。
それならば作戦を放棄し、正面戦闘を辞めるしかない。
だが、そもそも行軍中に的にされるのだ。
クロスボウを量産しているのか、ヒューマンのくせにエルフの弓矢に匹敵する威力を持っている。
こうなれば新しい作戦を出すしかないが……この作戦は無理を強いるし、反発も大きくなるだろう。だがやるしかない。
「新作戦を発表する!」
分隊長や隊長が、私の言葉を傾聴する。
「早期の突破は不可能と判断した! よって電撃戦を諦め、再編成を急ぐ!」
分隊長たちが、ざわざわと騒ぎ出した。
「司令官! それは彼らを見捨てるということですか!?」
見捨てるのではない。見捨てるしかないのだ。
「ああそうだ。そうするしか、手段はない」
「帰投できた兵士をかき集めて招集し、再度突撃する」
次の悪路は死体の山か。最悪だな。士気が下がる。
「私の言葉を疑うのか?」
すると、隊長や、分隊長たちは複雑な表情を浮かべていたがなんとか収まった。
私だってこんなことを言いたくて言っているんじゃない。
むしろ言いたくない、むしろお前たちに私は言わせられているんだ。
7500の大隊は壊滅、か。
まだ中腹にすらたどり着けていないのに何たるざまか。
損耗率が30%など、恐ろしい。
何たる失点。
私のキャリアに大きな傷が着く……だが。
まだ次の大隊を要請できる。
山脈を迂回し、要塞の背後の補給を断つ。それしかない!
だから今は陽動のために突撃させるしかないのだ。
「配給長。今から新しい作戦のために昼食を前倒しにする」
「この作戦を遂行するものに優先的に配給を割り当てろ」
「最後の最後に摂る食事になるかもしれないからな」
「炊事係へと伝達しておけ。今日は激務だとな」
私の言葉ひとつで、同胞がこれほど動く。だがこの責任から逃げることなど出来ぬ。
だからやり遂げるしかない。なんとしても要塞を落とし、山脈を超えるのだ。
「作戦開始予定時刻に合わせ、大隊と混合部隊を作成する」
やり遂げる。遂行する。様々な言い方はあるが、これしかない!
全てもう終わりだ。
俺以外に、生存者はいない。
死体のフリをして生きている。でも、また丸太が転がってきたら終わりだ。
あのクロスボウ……あいつのせいで俺たちはみんな死んだ。
前の兵士が悲鳴を上げたと思ったら、気がついたら曇っていた。よく見たら曇っていたのではなかった。
あまりの多さの矢が降って太陽光が消えた。
矢が傘のようになって、俺たちに豪雨のように降り注いだ。
俺ももう助からねえ。
3本も腕に刺さって抜けない。鏃が折れるように作られてやがる。ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう!
あの上官の作戦のせいだ。俺たちは見捨てられたんだ!
誰も俺たちのことを救ってくれなかった。
俺たちは神に選ばれたはずなのに、死にかけても神は見渡しても来なかった。
どうしてだよ! どうしてだよ! 俺たちは神すら敵なのか?
ちくしょう……あいつだけは許せねぇ。
みんな死んじまったよ。
俺もあいつも、地獄に落ちろ────!
あっはっはっは! エルフが奇妙な程に死んでいく。
「あいつら馬鹿だ!」
「一直線になるしかないよなあ!」
「まんまと引っかかってくれた!」
ヒューマンの将軍、いや総司令官のパリゲタンは笑っていた。
「もっとだ。もっと丸太を転がせと門の奴らに伝えておけ!」
侯爵はエルフの死を肴に酒を飲んでいた。
酒は普通、控えるべきだが今日ばかりは飲んだ。
面白いくらいに壊滅したのだ。
馬鹿正直に攻め込んで、死んだ。
それは大抵が、丸太による轢殺であった。
「わが臣よ、我が豚の丸焼きでも振舞ってやろうぞ」
光栄身に過ぎます、と言った家臣団の1人と共に、焼いた子豚を食う。
勝利の餐は酒と、豪華な肉と決まっている。
「ははっ」
笑いが止まらない。いくら敵がこようが、丸太の重さには叶うまい。潰されて終いだ。
「はーっはっはっは!」
「全員潰れて死んでしまえ!」
我が要塞にすらたどり着かず、敵は半壊と言ったところか?
ふふふ。このパリゲタン侯爵を敵に回したことを後悔させてやるぞエルフ共……!
その顔はロウソクに照らされ、笑みを浮かべた顔が銀食器には写っていた。
「我が要塞は無敵だ」
そう言った侯爵の顔は笑みが満ちていた。
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