僕が導いた熱狂は、火の粉より炎へと変じた。
僕はそれを遠きより見ていた。イオの宣教という熱意が、フィサリスという乾燥した木々に火をつけ、急速に燃え広がっていく様を。
イオは何の効果もない右手の二重の円を翳し、神秘の右手と言った。
かつての僕だったのならば、この光景に心底より歓喜したかもしれない。
復讐という飢餓に満ちていた頃ならば、この熱狂の波を自らの力と同一視し、自己陶酔に酔いしれたに違いない。
「されど、今はただの救世主」
明かりに照らされて、見えた口元に浮かんでいたのは慈愛の笑みというよりも、深い疲労。
僕は幸福を知ってしまった。僕は確かに、あの時に目的を失ってしまった。
あのとき抱いた底なしの憎悪、世界を呪うエネルギーは、
確かに僕を突き動かす燃料だった。だけど、幸福によってその燃料は尽き、残されしは慣性の法則のみ。
この革命は僕の過去が求めた、復讐の成就にあたる。
ただ、過去の我自身が積み上げた巨大な憎悪の清算。
今回でこの勢いを使い切って、過去の全ての因果を断ち切れなければ
僕は今、幸福に満ちた生へと進むことができない。
この破壊の衝動を、一度、全て吐き出さなければどうにもこうにもならない!
僕がイオに施した魔法は、TIPSと協力して作った魔法。
聖なる痕、これの効果は多岐に渡るが……ただのペテンに過ぎない。
1つめの効果は、この魔法を使われている者の魔力を利用し、聖なる痕の周りに、少しづつ輪を追加していく。
まるで年輪のように、吸い取った魔力の分だけ、輪を追加する装置にすぎない。
2つめの効果は、輪をすべて使用し、本人に全く魔法の素養がなくとも輪が全てを肩代わりし、僕の意志に従ってドラゴンブレスを発動する。ちゃんと僕の意志でしかできないように絶対に解けない暗号を用いてパスを作成した。
3つめの効果は、輪を刻まれた者の同士で位置を共有する。
これは輪の魔力でも使えるが、いつもは周辺の大気に含まれている魔力で行使している。また、意思疎通もできるようになる。
4つめの効果は、輪の魔力徴収を自在に僕が操作すること。
これでいつでも枯れ果てさせることもできる。
5つめの効果は、輪の上限を50に設定し、それを超過した分は僕の魔力として、距離を無視して使えるようになる。
まあ聖なる痕なんて言ってるけど……実際は神聖さなんて欠片もない。まあ怠惰なやつらにはピッタリだ。
ま、信者たちはカスのバカだとしてもさ、使徒はマシなやつを選んだ。イオは怠惰ではあったけれど、他力本願なやつではない。
幸福を知るほど、僕の心の復讐心は冷めていく。これこそ、僕が最も避けたいことだ。
避けたいこと? 僕は本当に幸福を知りたくないのか?
いや、そんな事はありえない。
僕は満ち足りていて、完璧なんだ。
過去の清算なんてしなくても、ずっとワフルたちと過ごしていれば良かったのではないか?
僕は……誰だ?
────────
僕は信者たちを引き連れて、フィサリスの街を離れて再びエイラスへと戻った。
僕たちが求めんとしたのは、エルフの支配構造そのものではない。エルフの監視網の穴であり、ヒューマンの絶望の記録だ。エルフは利権の心臓部を独占し、シャットアウトされた閉鎖的な官僚制によってエルフ以外、ヒューマンを関わらせない。
故に、ヒューマンの裏社会は、エルフの憲兵隊の末端の腐敗によってのみ存続する。そこを叩こう。
路地裏を、ライカンスロープの身体能力と浮遊魔法を組み合わせた静かな動きで進む。まるで、僕自身が風と一体になったようにホバリングしている。
信者が語った目的の高利貸し、ギルマンが潜む、エイラスの地下にある秘密の裏口に辿り着いた。
たどり着いたはいいけれど、扉の前にかかった鉄の錠前は、我の指先一つで抵抗を諦めた。この世界にて、物理的な障壁が、僕の行く手を阻むものなんて存在するわけもあらず!
我……いや僕は、信者の目の前で引き裂いた鉄の錠前を浮遊魔法で浮かせてみせた。
面白いくらいに歓声が上がった。
鉄の扉の覗き窓から両手を入れて、バリバリと扉を割いた。
そこは、ランプの油の煤けた匂いが充満する薄暗い部屋。
ギルマンは、ヒューマンたちより取り立てた借用書の束と、憲兵隊の末端兵士への賄賂の記録を記した紙切れに囲まれ、独り酒を呷っていた。その仕事は、エルフの支配下にて、同じヒューマンからお金を絞り取って、憲兵隊の腐敗に油を注ぎ火をつける悪徳の高利貸しにすぎない。
「なっ!? 誰だ!」
僕が1歩進むごとに、ギルマンは激しく動揺している。
「汝の世界など存在しない」
その言葉に、ギルマンは酒が醒めたるがごとく、椅子から立ち上がった。
「ライカンスロープ……か? ここは、お前らが来る場所じゃねぇ。とっとと失せろ、エルフの仲間め。は、ついに俺は終わりってことか」
ギルマンは、諦めたような表情で言った。
「汝、憲兵を呼ぶなりや?」
「呼べばよろしかろう。汝が日夜、コロシアムの賭博で身を崩したヒューマンより金を絞り取り、その稼ぎの一部を、エルフの下級官僚や憲兵隊の末端に渡し、黙認させている証拠を、全て明るみに出すのみ」
ギルマンの顔が、恐怖にて引き攣った。彼は自身の存在が、エルフの支配層にとって汚い証拠でしかないことを知っていたればこそか。
「お前……なぜ、そこまで……」
「汝は理由を問わん?」
「理由とは、我が光の下において明らかである」
我はテーブルの引き出しの中に置かれた、ギルマンが一瞬で隠した賄賂の記録を、浮遊魔法でテーブルごと浮かせて回収した。
「エルフの傲慢なる官僚制は、ヒューマンに利権の核は渡さざりき。末端にばかり関わらせ、甘い汁など吸わせはしない。
汝のような蛆の毒を許容せしは、ヒューマン同士の憎悪と絶望を深めさせ、エルフたちへと向かう憎悪を軽減させるため。そして、我は、その絶望の記録と、腐敗の証拠を全て手に入れんがために来た」
我はギルマンを見下ろす。彼の金銭欲は、我の清算を果たすための、最も信頼できる動機たり。
「取引の内容は簡単なり。汝は、死か、それとも魂の救済か、どちらかを選べ」
ギルマンは息を呑んだ。明るいランプに照らされて青ざめた顔がよく見える。
「魂の……救済だと? お前、まさか、エルフ側ではなく……」
「そうだ。我は、汝のような根腐れしたヒューマンの魂すらも、救済するために来たのだ」
そして我は冷たく言った。
「汝が知る全ての借用者、賄賂の提供先、取り立てた金の総額、全ての情報を渡せ。汝にとって同胞たるヒューマンを絶望に陥れし汝の全ての罪を、一言一句、文として書き記せ」
「汝は、悪徳の高利貸しとして死ぬのではあらぬ。我、救世主の慈悲によって生まれ変わった使徒として生きるのだ。
汝の過去の罪こそ、我の寛大さを証明する元となる。
「選択せよ。今、蛆のごとく死ぬか、それとも我と共に立って、我の慈悲の証として生き延るのか」
ギルマンの目には、未だに金銭欲と恐怖が渦巻いていた。死の恐怖は、彼に我の提示せし役割を受け入れさせた。
「……書く。全てを告解する。俺を……生かしてくれ」
「賢明な選択なり」
我は、ギルマンが震える手にて、彼の悪行の全てと、
自らの犯したと感じている罪の列挙、そしてエルフの名を悪用した恫喝を詳細に書き記すのを、信者と共に囲んで眺めた。
その告解文の最後には、「この全ては救世主によって暴かれ、私は許されざる者でありながら許しを請う」という一文が付け加えられた。
これにて、ギルマンは屈服した。
我は羊皮紙の告解文を手にし、ギルマンに最後の指示を与えた。
「汝は、この街を出で、西に向かえ。そこで、イオという我の使徒が、汝を迎え入れるだろう。そして、汝は我が同胞たるヒューマンたちに、我の慈悲の偉大さを説き続けろ。一瞬なりとも我を裏切る真似など、叶うべくもあらぬ。もし為せば、汝の魂は、生きたまま白昼の元に焼き尽くされん」
ギルマンは青白い顔にて頷いた。彼はもう、高利貸しではあらぬ。生ける屍だ。
そしてギルマンの額に、聖なる痕を刻んだ。
我は、イオの聖痕を通し、彼の意識へと直接、思念を流し込む。これこそ、我への告解を加速させるための、慈悲だ。
『イオよ。汝の魂に、我の言葉を宿せ。エイラスより、悪徳の象徴が来たらん。されど、悪は既に我の慈悲によって浄化されし。悪徳を清算し、それを光に変えることこそ、我の奇跡の証なり。彼を最初の改宗使徒として、群衆の前で迎え入れよ』
イオは震え、我の言葉を寸分違わず再現する。
『偉大なる告解の光! 理解した! 悪徳の象徴ギルマンは、私たちの信仰の最高の証となる!』
フィサリスよりエイラスに向かう道。
憲兵隊が到着する前に、高利貸しギルマンというヒューマンの絶望の象徴は、我の慈悲によって希望の使徒へと変化した。
ギルマンの告解と改宗は、ただの暴動よりも強力な、思想的な津波を引き起こさん。この奇跡は、ヒューマンの魂に深く突き刺さった。
我は、ギルマンが書き残した、エルフの腐敗の末端を示す情報と、ヒューマンの絶望のリストを手にし、暗い路地裏にて静かに笑った。
この革命は、飢えや理屈より生まれるのではあらぬ。
救世主という偶像と、熱狂という劇薬、そして過去の我の憎悪の慣性より生まれる、最も純粋で、最も確かな清算の総体。
そして、この信仰の波は、いよいよ都市庁郭へと向かわんとする。
執政官、そして異教徒。彼らエルフの支配者層に、この世の真理と名乗る、純粋な偽りの信仰を教えてやろう。
汝らの支配は、我が言葉で片付くほど単純なものなり。
だが、我の清算は、汝らの命を以てしても片付け難し。
我は人生で、我の清算によって、過去と決別せん。
この世界は、僕自身が幸福な生を送るための、世界。
遠くより、群衆の轟きが聞こえる。それは怒号ではあらぬ、歓喜と奇跡を讃える大合唱へと変わり始めている音なり。
信仰の熱狂は、今、ギルマンという告解の奇跡を迎え入れ、エイラスの街を宗教的な興奮の渦に巻き込み始めた。この衝撃、都市庁郭の分厚い壁の内側にまで届かん!
果たしてこの狂信と慈悲の波を前に、都市庁郭はいつまでもついのか。
革命は、始まったばかり。
そして、我は早くこの退屈な清算を終わらせん!
エイラスからフィサリスまで、救世主信仰で満たした。
ウスト教も、元々あった宗教も残らない。
全ての宗教と敵対し、僕の……? 我の宗教で埋め尽くす!
メイプル執政国を瓦解させる。ツァウスト帝国もできれば壊したい。
両方やれる道が、見つかった!
文章の1話辺りの量について(調整)
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10000文字ほしい←現在の基準
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3500以上ならいいよ
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5000文字くらいほしい
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6000以上ならいいよ