神と遭遇した。
僕は日頃、あんまり徳というものも積んでいなかったけれど、偶然なんと神様に選ばれて、異世界転移をさせて貰える。
神様が居るって繰り返し繰り返し言ってた奴はいたけど、まさか実際に神がいるとは思いもしなかった。
神の存在は実感が湧かなかったけれど、今実際に体験していることが全ての証左!
ずっと憧れていた。別世界での無双。
チート能力は迷わず、カタログの中から超加速を選んだ。素早さは正義。
素早ささえあれば大体はなんとかできる!
僕……いや、拙者は決めたのでござる。
「この世界を無双してやる!」
風そよぐ草原。心地よい青々とした植物の香りと少しの湿り気。コンクリートジャングルとなり、すっかり減ってしまった現代では見えない、濃密な自然。
「おお……未知の植物だらけだ……まさに異世界って感じだ」
すぐ側に目を向ければセイタカアワダチソウと松の葉っぱを混ぜたような、そんな感じの植物が小さな川のほとりに生えていた。
くすんだ緑。深緑と緑の中間といった色合いで、匂いは特にしなかった。
「じゃあ早速……」
いや、停止したのではない。
あまりの速度に世界がついていかず、相対的に遅く見えるのだ。
「あれ? 早くならないぞ?」
濡れるのを覚悟して、川に足を漬けてみた。だけど、水は固くなっていて、波が止まった川の表面を横断できた。それはいいものの、自分の速度が変わった気はしないし、川の上にいたときは普通に地面いるのと変わらないような感覚だった。
少年は能力を解除した。
すると、少し遅れて川の植物たちは暴風によりなぎ倒され茎が折れて倒伏し、水飛沫を盛大に上げながら、水面が同時に大きく凹んで川底を破砕する音が対岸の少年まで届いた。
「え?」
少年は考えた。この能力は自分を早くするのではなく、思考と実際の動きを実現するまでに経過する時間を加速させるものだと。
少年は知った。この能力は破壊を齎すものだと。
能力発動中に蹴飛ばした石が通常の挙動で吹き飛んだが、解除した時にとてつもない破壊力を発揮した。
少年は思考した。
これだけのチート能力があれば、異世界でも無双するのは簡単で、勝てない存在はいない。
「最高だ!」
「じゃあ……とりあえず散歩でもするとしますか」
ビルドを考えた。双剣を持って、敵をかっこよく切り刻む姿……
魔法を使って、一瞬で大量の火の玉を放つ姿……
その姿はきっと無双の完成系!
少年は抉れ、底が煙で見えなくなった川底を見て、これからの期待を隠しきれない。
「超加速!」
試しに超加速を使っている途中で石を投げてみた。
うん。普通の挙動で平原に向かって飛んで行った。投げている途中で変に力が加わった訳でもない。
そして、解除してみた。
やはり爆風が吹き荒れた。なるほど、なるほど。
この現象から察するに、超加速では物の動きは変わらない、だけど超加速中だと時間の経過がとても遅くなっていて、解除した時に一瞬で動かしたことになってとんでもない速度になる?
「面白い能力だ……だけどどういう事だ」
やはり、こういうことじゃないと説明がつかない。
時間の経過はどうなっているんだ?もしや…
「超加速とは世界の時間を加速させる事だった」
少年はこう結論づけた。少年は詳しかった。それが、相対性理論に基づく世界であるならばどこか物理学が破綻しているということを確信した。
超加速を使っている間、僕は極限まで相対的に早く動ける。
つまり、だれにもスピードでは負けない。
この世はスピードが正義だ。速度×力=破壊力!
まさに無双のチート能力だ。
そして少年は小川を、草原地帯を、超加速で駆けた。
飽食の時代、不摂生をしてしまった僕は普通の400m走ですら息が切れる。だから、むしろ歩いた方がいい。歩いて、総距離をより効率よく稼ぐ。
少年は自分の目線よりも高く生い茂る草を厄介だと思いつつも、とにかく一直線に走った。太陽は超加速を発動している間、北極星のように不動で方角を示し続ける。
だが、いくら歩けと歩けども終わらない。
少年は空腹になった。だが周りに動物は見えない。
少年は喉が渇いた。だが火を起こさなければ、あの川の水は飲めやしない。
はるか後方の川に戻るか、それとも進むか……
少年は進むことを選んだ。
照りつける太陽は、時間が遅くなったとしても、平等に照らし続ける。絶対時間で1分間だが、少年こと小宮永郎は既に3時間の太陽光を浴びている。
超加速は継続して使えば使うほど加速される量がアップする、とは少年を選んだ神の言葉だ。
それは事実で、まるでアキレスと亀のように時間は進んでこそいるが差は埋まらず。
「草原が……終わらない」
既に鬱蒼と、湿気の立ちこめる草原地帯へとその姿は変わっていた。
少年は草原地帯を一方向にしか進んでいない。それなのにこれ程まで抜けられないのはひとえに、その広さだ。
少年は決して知ることはない。
この草原地帯は彼の暮らしていた日本列島を超える規模であり、闇雲に突入したら最後、生きて戻ることはないということを。
草の海と名付けられ、知れ渡っているこの草原地帯はまるで帯のように大陸を横断する規模。
そんな草原地帯にスポーンしてしまった少年は悪手を重ねていた。
より陽の当たる方向、つまり陽の沈む方向に草の帯は伸びる。
これにより、少年が当てにした方角は死の選択肢となった。
そして次に。
この草の海はろくな水分がない。
小川になった理由は、この草のせいである。
根を浅くく広く横に広げ、自らを堆積させる。それにより川は浅くなっていき、氾濫を起こす。そうなればより広範囲に草が広がり、川を枯らすのだ。
草の海は笑うように凪いでいた。
愚か者だと。完璧なる遭難者だと。
風が吹いても、背丈の高いこの草のせいで涼しくはならない。むしろ、ジメジメとした足元、泥炭から湿気が少しづつ抜けて、草は乾燥した泥炭を作り出す。
少年は倒れた。草の海は横に広く縦に短い。
一方向にしか歩かないというのは樹海を歩く際の鉄則だが、ここは草原。
少年の視点ではサイズも不明瞭、高台もない。そのような環境下で一方向にしか歩かないのはミスだ。
────────
少年は目を覚ました。
木製の床、木製の壁……少年は、どうやらどこかの家の中で座り込んでしまっていた。
立ち上がり、ふと足元に泥が付いていたことを思い出して確認したところ、いつのまにか靴の泥が落とされていた。
すると、少年は遭遇した。
人……というにはあまりにかけ離れた非生物的な美しさ。
まるでダイヤモンドのような青い瞳に長い耳。
東スラブソビエト系の人だろうか?そう思い、少年は深々と頭を下げ、感謝した。
「」
「その、ありがとうございます!」
「いや、Спасибо за помощь!」
「草原地帯がいつまでも終わらなくて……」
すると聞こえてきたのは……地球上のどの言語とも合致しない言語。
「────────ー?」
「──ー。──ー! ──ー。────ー!」
「────。────?」
雰囲気から察するしかないが、疑問だろうか。
「──ー、──ーありがとうございます────? ──ー」
「──ーありがとうございます──?」
「────ー、────、────!!」
すると恩人は少年に向かって復唱した。
少年は血の気が引いた。
そうだ。日本語も露語も、英語も異世界で通じるわけがない。
つまり、異世界の言語を獲得しなければいけない。
これからの不安が重なり、少年は涙した。
だがそれをみた恩人はどうして良いか分からないような反応だ。
異世界生活初日。圧倒的にシビアだと気付かされた少年は言語チートを貰うんだったと嘆いた。
──────
あれから1ヶ月が過ぎた。
恩人の名前は「パニーナ」と言うらしい。
少年は、立派な異世界人として適応した。
布を編み、木を底に付けたような靴ばかりで、近代的な化学合成物質がないことに気がついたが、それよりも衝撃があった。
魔法。
同じような見た目をした子供が木の枝を振り回して遊んでいたが、絶対に木の枝では起こせない現象が発生した。
つむじ風のようなものが前方に渦を巻いて出現していた。
「何? 、あの、物」
異世界言語をある程度は学習したが、革命的だったのは疑問詞の入手だ。
ほとんど幼児と変わらないような対応をされているが、これは彼女たちなりの優しさなのかもしれない。
すると、パニーナさんが指をさしながら言った。
「あれは──。──の──を、────ー」
成程。魔法に相当する語彙はこれか?
「あの──は何?」
そして、パニーナさんは驚いたような顔をした。これも知らなかったのか、というような顔だった。
拙者なんて言えなかった。自分に相当する一人称が1つしかない英語と似たようなシステムだった……忍者ロールプレイなんて夢のまた夢。
「魔法は、──と同じ意味」
するとパニーナさんは、「魔法」、「魔法」と繰り返し言った。
日本語と異世界言語の交換留学みたいなものだけど、これが意外と早く学べた。
僕は外の広場でパニーナさんと話をずっとしていた。
夕方になるまで話して、同じ家に帰ってからも話した。
僕はパニーナさんの家に住んでいる立場だけど、本当にありがたい。
彼女はとても優しい。だって完全に見ず知らずの人を助けたりするのは僕には不可能だ。
本当にありがたい。
家事だってほとんど出来ることは無いけれど、僕は数学を教えている。
異世界の数字を知ると楽だ。やはり、指の数が同じだし10進数で特に変わるものはない。
ローマ数字と同じタイプだ。やはり、星が違くとも似たような文字体系になるのかな?
異世界人たちは結構凄い。
数学が異様に進んでいて、代数学の基本定理はもちろん因数分解もある、平方根に相当するものはあったし、三平方の定理まであった。
だいたいの知識チートは封じられたけれど、なんと異世界には3次方程式の公式は無かった。
二次方程式の公式があったからもしや、と思ってめちゃくちゃ焦ったけれどまだ1分野ならいける……!
複素数とか立方根とかはなさそうだったけど僕は複素数とか微分積分が難しすぎて数学がそこまで詳しいという訳じゃない……
虚数の概念を教えようにも受け入れられるか怪しい。
だけどまだ僕の活躍の場は残されている。
数学以外、天文学だ。
地球は23.4度傾いてて、影を記録すると太陽が8の字になるアナレンマが見える。この世界はどうだか分からないけれど、1年間見続けたらわかる。
くっそ、生物学専攻が裏目に出た。数Ⅱとかもっとしっかり取っとくんだったなあ……本当に悔しい。
生物学は地球じゃないから全滅だ。
魔法があるから物理学も半壊、熱力学は全壊!
よく考えたらそうじゃないか。電気ケトルとかでもないのに沸騰する水とか熱力学が魔法によって変になってないとおかしい……
まあそんな熱力学ぶっ壊しスープを飲んで生きてる僕が文句を言うのはダメなんだけどさ。
そういえば……これ、地球で言えば新大陸産の植物ばっかだけど時代と合致してないなあ……
場所が小さな村だってこともあるかもしれないけど、文明と技術がどうも乖離しているように見える。
トマトもジャガイモもアメリカ大陸原産なはず……いや、収斂進化?
あー、異世界だからあらゆる前提が壊れる……
「ご馳走様でした」
金属のスプーン。だけど木のボウル……うーん、金属加工技術がどうなってるんだ……?
パニーナは、思案に耽る小宮から受け取った空のボウルを魔法で生み出した水で洗った。
この村には井戸がない。なぜなら住民が水を出せるから。
質量保存の法則が激怒してもおかしくない、物理法則に喧嘩を売りまくる魔法……
本当に物理法則とかがおかしいんだろうし、まあ深く考えたらダメなやつだ。考えすぎてドツボにハマる未来しか見えないし。
僕に魔法の才能は欠片も無かった。
魔法は地球人の僕には扱えない、そういう事だろうか?
(魔法チート能力を選べばよかった……)
魔法が使いたいけれど……才能が全くない。というか僕からは感知できない感覚で身体能力の延長線上なんだろう。
パニーナみたいに魔法を使うには全く同じ身体を有するしかない。
つまり転移者の僕には絶対に不可能。
あーあ、連隊訓練は受けてたんだけどなあ……すべてが水の泡か。
築いたキャリアへの道も、まあ転移した時点でなくなったし。
地球にいた頃の時代より、ハードモードだ。
文章の1話辺りの量について(調整)
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10000文字ほしい←現在の基準
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3500以上ならいいよ
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5000文字くらいほしい
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6000以上ならいいよ