なぎ倒された家屋。溢れ塗れる泥濘。
その全てはこの者が引き起こしていた。
「はあ、本当に数ばかりは多い」
隠れる場所の多い市街戦かつ壁に囲まれ擬似的な盆地。そして多人数戦という条件は、この者にとってとてつもない優位性を齎すものだ。
この者の名前はヤクラン。本名はヤクラン・ヤム。
この者が所持する神器の名は水瓶玉。水の奇跡を描くものだ。
それを用い、襲い来るヒューマンの群れをほとんど無力化していた。顕現させる水の濁流は猛威を振るい全てを洗い流していく。
「そろそろ足場が無くなって来たか」
ふと振り返り壁外に視線を向けると戦っているアメリ将軍は豪快に炎を使い、壁の上からでも視認できるほどの光を放ちながら反乱軍の鎮圧に勤んでいる。
それを見たヤクランは壁の上に登ろうとするヒューマンたちに大海が現れたような水量で持ってして水の塊を出す。
都市庁郭の内部はほとんど水浸しになっていて、まるで枝の浮く池かのような見た目へと変貌した。
ヤクラン将軍の水瓶玉の力は多岐に渡る。おおよそ水に関連することなら何でも出来てしまうからだ。
ここから見る限りではぽつぽつと屋根が見えるばかりになり、壁に最も近い家は完全に浸水した。あれではもはや内部のヒューマンは助からないだろう。元よりここは反乱軍が蜂起した場所。執政官のいる行政邸庁まで近づかせ無ければ良いのだから行政邸庁の近辺にいるヒューマンは全員敵。
ヤクランは水を出し続けながらほくそ笑んだ。
反乱軍は確かに数で勝るが、それがどうしたのかと。
圧倒的な水量で全てを洗い流してしまえば問題はない。
それに、後の支配を考えると大規模な破壊工作はできない…と敵は思考しているはず。だからこそだ。だからこそ全て破壊する。
全てを水底に沈めてしまえば立ち上がれる者はいない。
将軍は長年の鎮圧経験からそう理解している。なぜならそれは完璧な経験則で、いくつもの反乱勢力を根底から破壊してきたヤクランにとってそれこそが真実だった。
今は夕方。正午になるまでにはこの都市庁郭は行政邸庁を除いて水に沈むだろう。
そうなれば行政邸庁内部の熟練した魔法使いたちが近寄るヒューマンたちを倒す。
反乱勢力には死を。それがヤクラン・ヤムの思想だ。
ツァウスト帝国に逆らうのはいつだって弱者だ。
弱者保護などできるはずがない。強者を生かし存続させることが真理!
弱者が淘汰されない世界など、弱者に塗れた見るに堪えない社会だ。
世界はいつだって弱者を糧にせねば存続しない。
地平線のすぐ向こう、ツァウスト帝国にとっての執政国がそのいい例だ。
執政国が無くなったならばツァウスト帝国は覇権争いに敗れる。だが、執政国さえ生き残っているのならば安寧が続く。
執政国がツァウストから離れ、独立したのならば民は飢えるだろう。戦が始まるだろう。
そんな不幸が生まれてしまう。誰もが不利益で、誰もが不幸な社会が到来するのだ。
この反乱はただの反乱勢力による扇動や、外国勢力の介入による反抗とかではない。
民衆全てが敵。見回す限り全てが敵だ。
だがそれは狙わなくても的がいくらでもいるということだ。
水瓶玉によって生み出された水は私の操作により積極的に通路に流れるようになっている。
潜伏も奇襲も水没してしまえば無力!
壁内には既に多数のヒューマンが侵攻し、都市庁郭が破られる始末。だが行政邸庁までは未だ到達せずにいるのだ!
ヤクランは水瓶玉から水を垂れ流しつつ、壁下の浸水した家屋を見下ろした。
ちょうどいい。この区画は14年前に壊れた残骸も多い、掃除になった。法外地区の多くはエスメープクド王国の旧体制の名残りだ。徹底的に水に沈めてやろう。
そう思い、ヤクランは水の溜まった所の水を津波のように道中の物を全て破壊しながら外周をダプダプと移動させていった。家屋を壊し、道路を破壊しながら意図的に行進する荒れ狂う濁流は一周した。
その音は異様で、まるで骨が折れるようなバキバキという轟音が響き街を飲み込んでいく。
はは、もう奴らは全滅したかな?
そしてヤクランは何かが倒れるような音を聞き、視線を下から横に向けた。
「は」
そこに居たのは味方のはずの女。
だが、近くの部下たちは1人残らず首を斬られて頭が転がっていた。もしくは胴が袈裟斬りにされていて、致命傷を食らわされている。
「ごめんなさいねぇ、すこしだけ殺したくなっちゃった」
声は涙ぐみ、謝っているようでいるが殺戮の快感に震えるその姿を見ては演技にしか見えない。
「これはあなたの部下だったかしらぁ?」
血を流し、斬られたことにも気づいていないような姿勢で倒れている部下。一瞬で殺されたのか!
『これ』呼ばわりに激昂し、ここまで協力しておいてなぜ裏切ったのかという憤怒に駆られたヤクランは水瓶玉を片手に抱えつつ前進した。
つい先程までは儀礼用の帯剣だったが今からは戦闘だ。
儀礼剣で戦えそうには無いがやるしかない。ご丁寧に部下の剣は取り外されて投げ捨てられているのか見当たらない!
鞘から剣を片手のみで抜いたヤクランはハーフエルフの女に斬りかかるとその姿は既に無く、霧だった。
気づけば辺りには冷えた霧が立ちこめて、濃霧が視界を塞ぐ。
敵が霧散するその光景に一瞬足を止めてしまったヤクラン。
その隙を逃すはずもなく、暗殺者の女は一瞬のうちにヤクランの右足の足首を半分ほど斬った。
二神将と呼ばれるだけの実力だ。ヤクランは右足首が切断される痛みを覚えこそすれど動作に粗を出すことなく全身を捻って暗殺者の女の首を跳ねるように剣先を動かした。
だがそれも霧散する。どれもこれもが幻。ならば本体は……!
「ここだな」
暗殺者の女の位置。それは斬りかかる位置で特定した。
切り飛ばした左腕は間違いなく本体のもの。
やはりハーフエルフ、俺と比べてフィジカルが足りないようだな!
「なぜ裏切った?」
壁上に立つ兵士はもう随分と少なくなってしまった。
声を出すことすら許さずに次々と殺したのか。なんたる腕前。是非とも味方のままでいて欲しかったが。
「ここで裏切ったということは神器が目的だな」
「いや、俺かな?」
そう言うと暗殺者の女は肯定した。
「ええ。そうよ…ふふ、強いっていいわねぇ」
神器保有者を殺そうとしたということはツァウスト帝国への明確な反逆。つまり一切の減刑はなく、死刑が確定している。
つまりこいつには俺を殺せる確証がある、もしくは逃げ延びられる確信があるということなのだろう。
「でも……私はあなたの命が欲しい。だから神器はいらないわ」
暗殺者の女は左腕の肘の先から流れ続ける血を止血した。
止血魔法はやはり厄介だ。まさかハーフエルフでも使えるとは。魔法はエルフで無ければほとんど使える者などいないというのに。
「愛の告白は君から何回も受けていたけれど……すっかり油断させられたよ」
「心理操作……いや、そういう話術の1つか。」
「何度も好意的感情を伝え、警戒を解く。いやはや随分と騙された」
「お陰で部下はほとんど全滅、辛うじて生きていた部下も今終わった」
「出血とは全くもって酷いことをする」
魔法は集中し、作用する部位を意識しなければ使えない。痛みで集中力を削ぎ継続的にダメージを与える出血とは相性が悪いな。
「あなたは冷静ねぇ、なぜかしら?」
心底不思議そうな感情の声だ。こうして問答している間にも部下は死んでいく。
止血魔法をまだ生きている部下に掛けたがもう無理だ。
こんなことをしていたら魔力総量が足りなくなる。
「いや、俺は冷静ではないね」
「めちゃくちゃ激怒しているさ」
シックルに近い形状のナイフ。本当に厄介だ。
傷口が広がって止血魔法でも塞がりきらない。
「足首が痛すぎてこれでもだいぶブチ切れている」
「今から俺がお前を殺してやろう」
足首の腱がやられているから走れないがそれでも絶対に倒す。
あの時、斬られた時に骨ごと巻き込んで傷口が開いて血が走る度に出続けるし足が痛すぎる。
「本当にあなたはタフね……私はこれで悲鳴を上げない人を9人見てきた。あなたは10人目よ」
「最年少記録はカウシン君かな?あなたは最年長記録ね」
太ももの力で走っているが、やはり衝撃が加わって足首がちぎれそうだ。
骨の破片が食いこんだまま止血魔法をしたせいで傷口こそ閉じても血が止まらないしめちゃくちゃ痛い。
本当にめちゃくちゃ痛い。絶対にこいつは許さない。
肘を切り飛ばしたのが悪かったのかこいつは止血魔法で前腕が無くなっても痛がる素振りを見せない。
魔法の優位性も終わり、問答も終わりだ。
「水瓶玉の力は水を生み出すだけじゃない!」
青い透き通った宝玉のような水瓶から、静かに何かが圧縮されていくような音が響いた。
エルフの内蔵は14つ。ハーフエルフは内部が不完全になることが多く、内蔵が少なくなり致命傷を追わせられる部位が減少する。
だが心臓はどうかな?
壁内に向けていた水瓶玉を真正面に向ける。
「大瀑布を全身で味わいなよ!」
ヤクランはハーフエルフの女に向けて膨大な量の水を放出した。
鞭と同じ、乾いた音。
音速を超える時の音がした。
壁の上を包み込むように正面に一瞬で移動し、壁の一部を破砕しながら迫る。そして水は瞬きもできないような一瞬で到達した。
反応こそできても対処はできない。
それがこの水瓶玉の強み。
圧倒的な物量には圧倒的な水量を。圧倒的な個には凝縮した水の塊を!
だがその直後、壁は崩落した。
ヤクランは足元の壁が崩れ高所から落下したが、全身から水を噴射して減速し、水面に叩きつけられるのを何とか防いだ。
だがそれはそれとして内蔵に負担がかかったのは事実。すこしの眩暈と吐き気を感じつつもヤクランは水を噴射し浮上した。
暗殺者は死んだだろう。高所から水面に叩きつけられて無事なはずがない。なんとか倒せたが壁外のアメリと合流しなくては。
自分がアメリの負担を減らさ無くてどうするというのか!
前世から今世に至るまでさんざん今まで負担をかけてきた。それに報いなければいけない。
ヤクランは水を吹き出しながら水平方向に急加速した。壁は決壊間際、水が零れそうだが後回し。
壁が決壊したらアメリ将軍を抱えて前線から離脱する。いや、離脱しなくては!
ーーーーーーーーーーーーーー
「はぁ、はあ、はあ」
真夜中は既に終わり、朝が来た。だがどれだけ流せども流せどもヒューマンは横から奇襲をしてくる。
辺り1面を更地にして移動を続けたがもう限界だ。
アメリは反対側だ。だがアメリを拾って離脱するのはもう無理だ。
泥濘となった地面。日光に照らされて辺りは明るいが、夜の奇襲よりも圧倒的にそれは不安を煽った。
丸1日、不規則かつ散発的に奇襲をしてくるせいで警戒を解くことができない。休息なんてできやしなかったがまだ生きている。
まだ戦える!
水の尽きない無限の水甕はいつでも力強い味方だ。だが数が多すぎる。
無限の水があっても俺は無限に戦える訳じゃない。
だが……まだ戦ってやる。
まだだ。まだ終わらない。終われない……!
全ての敵を残骸にしてやらなければならない!
「でりゃああーー
嘘だろ、あれほどやったのにまだ湧いてくるのか。多すぎるだろう!
無尽蔵、ということか。無限対無限、どちらが勝つかやってやろうではないか!
ーーーーーーーーーーーー
結局、誰1人として救えなかった。
せめて今回はアメリの傍で死にたいが叶わないだろうな。
前回は本当に最悪な結末だった。
いや、アメリの手で死んだから最悪とは行かないか。
今回限りの奇跡だとしても2回目の人生、アメリは記憶が無かったが……だが、それでも幸せだった。
死を体験するのは2回目だ。だけども、ああ死は怖い。
「3回目 の 奇 跡を願 う」
もうダメか。機動力を削がれたのがダメだったなあ……
ヒューマンたちの勝ちだ。
アメリよ、私が先立とう。
死後の世界は無かったが、来世はあった。
何回も生まれ変わってまた再会しよう。
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「ウオオオオオ!勝ったぞ!」
「俺たち……俺たちあいつに勝ったんだ!」
辺りは見回す限り荒れ果てて、もう家も何も無くなっていた。
屍の山が掃除されていったが仲間も消えた。
だけど……だけど!
「ヤクラン将軍、討ち取ったり!」
「このまま進軍して執政官を……!」
「壁内に行くぞ!」
「壁内に行けー! 1人やったぞ!」
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「救世主様、こちらが神器にございます」
透き通った水を固めたみたいな見た目の宝石。サファイアとかの色に近いかな? これが水瓶玉とやらか。
「我、汝に名誉を約束せん」
「汝を栄誉使徒に任命する」
身に余る光栄、とへりくだり信者は右手を差し出した。
はは、我は真の救世主になるかもしれない。
ヒューマンにとっての救世主か。それも良い。
お前は水瓶玉を自在に扱えるはずだ。
なぜかは分からんがお前は全ての神器に適性がある。
信者たちを集め、虹を作れ。
この私にかかればどのようなものも児戯にすぎん。
適切なタイミング、適切な規模で発動すれば簡単だ。
異世界転生者は主人公だけだ。だが『異世界ではない』転生者はいる。
文章の1話辺りの量について(調整)
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10000文字ほしい←現在の基準
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3500以上ならいいよ
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5000文字くらいほしい
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6000以上ならいいよ