女神「輪廻転生しろ」 ワイ「はい……」   作:まっすァき

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賢帝による独裁
4度目の現世+14


研究室。それは堅牢な部屋だった。

換気がしやすいように複数個、上部と下部に窓が空き、だが決して日光が棚に差し込まないように計算された日差し窓がついている。

 

「ダニエル電池はさすがだ」

 

ピンセットで回収され、目の前にあるのは黄色く変色した、コットン。

電気分解である。

 

何の電気分解か?それはもちろん、海水……食塩水だ。

 

「皆、この実験装置……ダニエル電池はまだ始まりであり、序曲に過ぎない。これから非常に大切なモノを作る。」

 

その言葉を聞き、静聴しているのは選抜された研究者たち。彼らは元々、ただの文民であったが正義の革命により集った研究者だ。

 

「この世界には存在しなかった、革命的なモノだ!」

 

ごくり、と誰かが唾を飲んだ。そして、コルク栓で固く閉ざされた試験管の中に染められた布が脱色していることに気がついた。

 

「あの、色が落ちているのですがこれは……」

 

ああ気にしなくとも良い、それは自然な作用であまりその周辺に近づかなければ害はない。

と白衣を来た指導者は言った。

 

それと同時にダニエル電池が生み出す安定した電流は、静かに、しかし確実にその役割を終えようとしていた。

目の前には、食塩水の電気分解によって得られた、大量の塩素ガスが、厳重に密閉されたガラス容器の中に保管されている。

ガスは特有の黄緑色を帯び、その封印された暴力性を静かに主張していた。

 

「諸君、我々は今、これから始まる全く新しい、それはとてつもなく巨大な産業の骨格となる二つの基礎物質、水酸化ナトリウムと塩素ガスを、安全かつ安定して製造する道筋を確立し、それを実演した。」

 

指導者は、手袋をした手で、ガラス容器を指した。

 

「しかし、我々の真の目的は、この毒ガスそのものでも、苛性ソーダ……ああ、水酸化ナトリウムのことだ。

それは、この二つの力を結びつけ、世界を一変させる物質を作り出すことだ。」

 

指導者の視線は、部屋の隅に置かれた、もう一つの実験装置へと移った。それは、複雑なガラス管とバルブで構成され、内部は正常な状態に保たれていた。選抜された研究者たちの顔つきが一変する。1人は、これが何なのか理解できないように呆けていて、

もう1人は、自らが扱う次の段階は、もはや古典的な化学の範疇ではないことに気がついた。

 

「それは、柔軟性に耐久性、そして電気を通さない性質を兼ね備え、絶対に腐敗しない。これこそが、新しい社会の血液となり、骨格となるのだ。」

 

 

ごくり、と再び誰かが唾を飲んだ。彼らが次に合成しようとしているのは、ポリ塩化ビニル、すなわち合成樹脂であった。

まだ誰も名称を付けていない、合成された化学合成産業の序章。

 

 

ポリ塩化ビニルを製造する第一歩は、その原料となる塩化ビニルモノマーを合成することにある。

このモノマーを得るために、彼らはエチレンという気体を必要とした。

「エチレンは植物油の分解や、炭化水素の熱分解によって得られる。我々は革命軍が確保した精製所で、純粋なエチレンを確保した。」

 

指導者の指示で、研究者の一人が細心の注意を払いながら、塩素ガスの容器とエチレンガスのボンベを、複雑な配管で接続した。

指導者は顔を妙な仮面で隠しており、研究者たちは何も付けていなかった。

仮面の口元にはよく分からない機械があり、研究者は「その機械は何か?」と尋ねたが、

 

「ファッションだが、実用的なものだ。」

 

と指導者は返した。研究者たちはマスクをつけずに作業をしていた。窓は空いている。

 

*1

 

 

エチレンと塩素を直接反応させると、1,2-ジクロロエタンという液体が生成する。これは発熱反応であり、反応容器の温度管理が極めて重要だ。二塩化エチレンとも呼ばれたりもするが、とにかくこの液体は管理に極めて慎重にし、なおかつ重要な工程がある。

 

研究者たちは、冷水が循環するジャケットを反応釜の外側に巻き付け、厳密に温度を制御した。

塩素ガスは毒性だけでなく腐食性も強いため、使用されるバルブや配管はすべて、特殊な耐食性の高い素材でできていた。次に、この1,2-ジクロロエタンを分解し、目的の塩化ビニルモノマーを取り出すプロセスへと移行する。

 

これは熱分解と呼ばれる工程だ。

「熱をかけよ。しかし、厳密に。温度がわずかでも高すぎれば、全てはタールと炭素の塵に変わる。」

研究者たちは、慎重にヒーターの出力を上げ始めた。密閉された反応器内部で、ジクロロエタンが約500℃ の高温にさらされる。

 

*2

この熱分解により、目的の塩化ビニルモノマーと、副産物として塩化水素が発生する。生成した塩化ビニルモノマーは、極めて低い沸点を持つ無色の気体であり、それを液化させるために、別の冷却トラップへと導かれた。

 

重合反応冷却トラップで集められた塩化ビニルモノマーは、圧力をかけて別の重合反応器へと送り込まれた。この重合反応こそが、低分子の気体を、変貌させるクライマックスである。

 

重合反応器は、厚い鋼鉄製で、内部には純粋なVCMと、微量の開始剤(触媒)、そして水が充填されていた。

「重合には水が必要だ。単一のVCM分子を鎖状につなぎ合わせるには、均一な懸濁液の状態を保つ必要がある。」

 

指導者は、重合反応器の分厚い覗き窓に目を凝らした。VCM分子の二重結合が開き、ポリマーと呼ばれる長大な鎖状構造を形成していく。この反応は、熱と圧力を加えることで開始され、時間と共に進行する。

 

*3

 

反応器内の圧力は10気圧以上に達し、温度も 50℃程度に保たれた。数時間後、反応器内の液体の粘度が増し、やがて白い粉末状の微粒子が沈殿し始めた。

 

「見よ!」

指導者が声を上げた。それは直列に繋がった電源装置たちが懸命に稼働する音の中でも、研究者たちの観察の声よりも強く届いた。

 

「これが『革命的物体』だ!」

 

 

沈殿した白い粉末、すなわちポリ塩化ビニル(PVC)は、塩素の毒性も、苛性ソーダの腐食性も持たない、安定した固体であった。これは革命軍が求めた、耐久性、電気絶縁性、そして耐水性に優れた素材そのものであった。

 

研究者たちは、その白い粉を目の当たりにし、達成感と畏怖の念に打たれた。ダニエル電池が生んだ僅かな電流が、毒ガスを経て、ついに新しい時代の骨格となる素材を生み出したのだ。彼らは、化学の持つ創造の力と、それを可能にした科学の精密さを、肌で感じていた。この白い粉こそが、来るべき新世界の導管となり、防壁となり、そして希望となるのであった。

 

「我々は、この物体を工場で作成する」

*1
$$\text{C}_2\text{H}_4 \text{ (エチレン)} + \text{Cl}_2 \text{ (塩素)} \rightarrow \text{C}_2\text{H}_4\text{Cl}_2 \text{ (1,2-ジクロロエタン)}$$

*2
$$\text{C}_2\text{H}_4\text{Cl}_2 \text{ (1,2-ジクロロエタン)} \xrightarrow{\text{加熱}} \text{C}_2\text{H}_3\text{Cl} \text{ (塩化ビニルモノマー)} + \text{HCl} \text{ (塩化水素)}$$

*3
$$n \text{C}_2\text{H}_3\text{Cl} \text{ (モノマー)} \xrightarrow{\text{開始剤, 加熱, 圧力}} \text{—}(\text{C}_2\text{H}_3\text{Cl})_n\text{—} \text{ (ポリマー)}$$

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