女神「輪廻転生しろ」 ワイ「はい……」   作:まっすァき

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4度目の現世+17

五体星たちは創造世界(クリエイティブワールド)の中にいた。この空間は外の空間に(ゲート)というもので繋がっている。

ゲートの外は特に暗くもないが明るくない特別な空間であり、その名を『影空間』と言った。

【絶影】の能力はこの影空間に侵入することであり、コンスタントに言えば出入り自由な空間と言ったものだろう。

 

さて、そんな『扉』の外の影空間にはある特性があった。それは、許可した物体や者しか影空間内部に侵入することはできないという特性。

 

だが扉の特性は、扉を開ければ誰でも入れるという特性。つまりどういうことかと言うと、影空間の中に『扉』を設置してしまえば良いのだ。

 

そうすれば『創造世界』で作られた世界に、自分たちしか入れなくなる。こうすることにより、五体星たちは機密性を保ったままに会合したりしていた。

 

だからこそ【絶影】1人が外に出れば五体星の4人は外に出ることなく移動が可能になる。

【絶影】は世界に影がある限り、影を媒体にしてどこにでも出現可能なのだ。

それは影空間内部の特性、『位置関係の概念を必要としない』という特性に起因するものであり、現実世界に存在する影と影の間の空間を通過することなく影空間だけを通ることにより一瞬でたどり着く。

 

だが外に出ているのは【絶影】と【白空】の2人。

なぜ、【絶影】1人ではなく【白空】までもが外に出ているのか?

『創造世界』は【白空】の能力である。中には世界が広がり、物資が無限にある。

五体星には素材は潤沢にあるが加工する技術がない、ということなのだ。

 

だから、優れた加工技術や工作機械、家電などが存在するメイプル宗教国にて加工技術を学ぶという名目である。

 

パノプリヌンは機械文明のためメイプル宗教国よりも優れた機械はある。だがあの国はあまりにも遠すぎてサザンクロス帝国と国交を結んでいないので外交使節として入ることもできないのだ。

 

「移住計画ってやっぱりすごいなあ」

「ほとんど外の街と変わらないじゃないか」

 

『創造世界』の内部空間には沢山の生命がいた。それらの全ては人間たちであり、作業を請け負っていた。

また、あるところでは死体が動き、糸を紡いでいた。

 

【鋭敏】の能力である『ネクロマンス』を用いて、これらは操作されている死者であり傀儡である。

 

「まあ……昼夜もあるし、ここは本当の意味でひとつの世界だし」

「文明社会を0から作成するのに等しいからねえ」

 

 

【俊敏】のその掛詞に応答し返事をするのは【洞察】。

 

3万人ほどがこの空間で生活をしていた。

彼らはサザンクロス帝国が用意した労働者で、何でもやってくれるのだ。新石器時代から始めて、半地下に家を建ててみたり、水源から引っ張ってきたり……

 

そんな時期はもう終わり、【俊敏】は発展した街である『創造世界』の内部の街を見ていた。

 

「これからもっと文明化は進むさ」

「最初はこの木を起点に開拓していったんだ」

 

そう言いながら【洞察】は誰かを模倣するように振る舞いながら大きな木をコンコンと叩いた。

 

「次の交代は君だし、扉の近くに行きなよ」

「俺は鋭敏の次だから最後なんだ。いい感想を頼むよ?なにせこっちは君をサザンクロス帝国にまで運んだ功労者の1人なんだしさ」

 

軽口を言いながら【俊敏】のことを【洞察】は叩く。

 

「分かってるよそんくらい……じゃ、行ってくるわ」

 

目と鼻の先ほどの距離にある扉が開き、【絶影】と【白空】が『創造世界』の内部に帰ってくる。

 

「【俊敏】、楽しんで行ってこい」

 

「ああ、分かってるよ【洞察】。じゃあな!」

 

後ろに手を振りながら、扉に向かって【俊敏】は歩いた。まだ見ぬ新興国に期待を胸に抱いて。

 

▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽

 

あなたは目の前の部下を見ていた。

特に目立った変化はなく、問題は無さそうだ。『酒の器』によって生み出された『特別な酒』を振舞ったが特段なにか発光している様子もないし、右手で触れたものを同じ形の金塊に変えてしまうということもない。

 

「指導者様……これ度数が高いですねえええええ」

 

丁寧な口調で喋ろうとするも、その部下は具合が悪そうだ。

壁に凭れかかり、直立できていない。

まさかこれほど酒に弱いとは思わなかった。

 

度数30%オーバーはやはりキツかったか、とあなたは零しながら酔った部下を介抱してやった。

 

「ミクロス、落ち着け、絶対ここで吐くなよ、マジで頼むからまだ耐えろ耐えろ」

 

この部屋はあなたが描いている途中の絵画があった。

これがあなたの数少ない趣味である。趣味というか息抜きなので娯楽ですらないかもしれないが毎日絵を描いていた。

 

靴だったりペンだったり、その日に見た物や街の風景だったりを収めた絵画である。

 

ここで部下が嘔吐したら確実に紙に匂いが染み付くだろう。あなたは絵画たちをインベントリにしまいながら介抱している。

 

視界の右端に『無名の絵画:22』という表記があり、それが23になる。24になる……やがて、室内の絵画を全て収納して収めた。

 

「まじでめちゃくちゃ状態異常にかかりやすいね」

「めちゃくちゃ酩酊状態になってるよ君……あと433分耐えてくれ」

 

部下を見れば、HPバーの上に状態異常のマークが浮いていた。これがあなたの能力の1つでもある。

 

あなたは女神によって『ゲーム化』され、フィルターの掛けられた世界を見ているからこうなる。

 

状態異常のスタック数、あと何秒で自然治癒するのかというのが見ればわかるのだ。

 

「はあ、『回復の印』を使うか」

 

『回復の印』。これはあなたがツァウスト帝国から略奪してきた神器である。略奪と言っても、この国をかつて統治していた王族の宝であるので元ある場所に戻ったと言う方が正しいであろう。ツァウスト帝国は反乱の旗を上げられないように王族を全員、公開処刑しているからこのように大切な『神器』を奪っていくのだ。

 

効果としては装備している間、周囲の状態異常を回復させてくれる凄い優れものであり……まあ広範囲継続デバフ解除アイテムと考えたら良いだろう。

 

あなたはインベントリから神器を取り出し、右手で握った。神性を吸収したおかげで右手を使うと神器が扱いやすくなるのだ。

 

「本当にありがとうございます……」

 

「いや、大したことはないよ。もう大丈夫だね?」

 

「はい……本当にありがとうございます……」

 

「次から君には、酒を水で薄めて飲ませようか…下戸だと思っていなかった私の不手際だ」

 

そのように会話を交わし、やがて部下はあなたの部屋から退出していった。

扉が閉まり、あなたは独り言を言う。

 

 

「うーん……特に変化は見られなかったし、僕だけがなんか特別なのかなぁ?」

「右手が発光するとかなかったし……じゃあなんで発光してたんだ?」

「訳分からん……まあとりあえず元に戻しとくか」

 

あなたは絵画をインベントリから出して元の位置に戻した。

 

 

▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△

 

光る画面、流れる音声。

目に眩しいその物体は、二度と見ることは無いと思っていたものだった。

 

「カラーテレビ……!?」

「16:9の画面……懐かしい、地球にいた頃はこれでゲームしてたなあ」

 

【俊敏】は驚愕していた。

テレビが放送しているのは国民憲章などでとても小難しい内容だった。だけどもチャンネルを回せば別のニュースになったりした。

 

なんと高い技術力!

アナログな、普及していたモノクロテレビを作ろうとしても無理だった。

だがその段階をまるまる飛ばしてカラーテレビに到達しているこの驚きの液晶画面。

 

4:3の段階を飛ばしてワイドスクリーン化する技術の跳躍に、【俊敏】は驚きを隠せなかった。

 

呆気にとられるままに、影空間から出た時の周りの風景を見ていなかった【俊敏】は、周りに誰か居るか見た。

だが誰もおらず、どうやらここはホテル、あるいはそれに準ずるところのようだ。

 

 

色彩がとても彩やかな赤いカーテンを開ければ広がるのは絶景。

 

(おおよそ20階建てほどの高さだろうか?

それくらいの高さの建物を建築できる技術など恐ろしい。どうやって実現したんだろう?)

 

「おお……高い」

 

(最高でもサザンクロス帝国では3階建てとかだった。

それなのにその倍以上の階数で、高さも尋常じゃない高さ、やはり鉄筋コンクリートとかを使ってるんだろうか?

 

室内にベッドは1つだった。

ここが【俊敏】の部屋、という事だろうか?

 

何せ【絶影】がいないから分からない。

 

だが、テレビの前にメモが落ちていた。

 

 

「えーと……『ここは12345の中の5番目の部屋、左の4つの部屋が予約した部屋』?ああ、僕が角か」

 

おおよそホテルの配置の事なのだろうが、机の上には『違和感のある色彩』の飲み物があった。

その表面に滴ができていて、冷えているのが分かった。

 

ラベルのプラスチックに書かれているのは『超炭酸!天然果汁4%!』というものだった。

 

(炭酸飲料は地球に居た頃、よく飲んでいた。)

(もう一度飲めるなんてありがたい)

 

600mLのその飲み物を、【俊敏】は飲み干した。

オレンジジュースのような、それに近い味わいの飲み物。喉が長らく体験していなかった、口の中がハジける感覚。

 

 

硬く透明なこの容器。ただのプラスチックではない。これほどの耐久性を持ちながら、大量に量産されている。我々の『創造世界』でも、素材の無限供給は可能だ。だが、この高精度な成形技術と、食品の安全基準をクリアする品質を、彼らはわずか二年足らずで確立したというのか?

 

「文明社会を0から作成するのに等しい、か……」

 

【俊察】の言葉を思い出す。我々は3万人もの労働力(その多くは死者だが)を動員し、新石器時代から始めて、ようやく半地下の住居から脱し始めたばかりだ。無限の資源がありながら、その加工は困難を極めた。

 

しかし、この国の指導者は、まるで未来の設計図を丸写しするかのように、現代の完成品を一足飛びに作り出している。

 

彼はテレビの電源を切り、液晶画面を指でなぞった。画面は真っ黒になり、まるで鏡のように室内を映す。

表面は均一で、変な凹凸が一切ない。

 

 

「この液晶パネル……そしてこの高層ビルを動かす電力。」

 

20階建てのビル。テレビ、冷風機。これらが一斉に稼働するには、サザンクロス帝国では考えられないほどの大規模な発電能力が不可欠だ。指導者が独立戦争を乗り切り、国内経済を成長させた裏には、この膨大なエネルギーインフラの確立があったに違いない。

 

【俊敏】の脳内で、メイプル宗教国を支えるインフラの相関図が一気に構築されていく。彼らの目的は加工技術の習得だが、この電力基盤こそが、その加工技術を動かす心臓部だ。

 

彼はポケットから、「通信装置」を取り出した。これは絶影が買ってきたもので、ガラケーに近かった。

 

『影空間』を経由して、扉の向こうにいる【絶影】と【白空】、そして【鋭敏】、【洞察】に連絡を取る。

 

「こちら【俊敏】。目標地点に到着。環境は予想を遥かに超えるレベルだ。まるで地球の都市そのものだ。我々の目標は加工技術だが、同時にこの国のエネルギー生産体制、特にその規模と構造を優先的に探る必要がある。この技術がなければ、我々の『創造世界』は永遠に旧時代から抜け出せない」

 

通信機から、【絶影】の冷静な声が返ってきた。

 

『了解した。我々は本国を通じて収集した街の地図データと、当てにはならないだろうがツァウスト帝国の統治下の時代の地図を照合している。

君の初期の行動目標は、まず市民生活に溶け込み、この高度な社会の裏側、すなわち工場と発電所の場所を特定することだ。そしてそれを支えている機械を知るんだ。』

 

『ちゃんと正規の外交パスポートを作成したが、この国の管理能力は極めて高い。

5人が通過したという記録を作り、整合性は取れているはずだがなにか勘づくかもしれない』

 

「ああ、わかっている。……しかし、この国に来て、本当に良かった。この技術を学ばなければ、僕たちは何のために残酷な世界で30年以上生きたのか、わからなくなるだろう」

 

【俊敏】は通信を切り、窓から眼下に広がる、太陽に照らされた美しい復元された地球の風景を見つめた。

 

街は高層ビルがぽつぽつと建ち並び、ずっと同じ形の屋根が連なっている。正規の外交パスポートと、この国で流通している円貨幣を確認した。

貨幣には指導者の顔が様々なアングルで描かれていて、どれもこれも威厳に満ちた顔をしていた。

その細工な精密さもまた、指導者の技術力を示していた。

 

 

異世界に来た時、僕は16歳。あれから17年もこの不便な世界で生きていた。

 

 

【俊敏】は木製のドアを開けてカーペットが敷かれている廊下に出ると、すぐに目の前の均質な金属の塊、エレベーターの扉の存在に意識を奪われた。

 

彼は正規の外交パスポートと、この国で流通している円貨幣を確認した。貨幣には指導者の顔が様々なアングルで描かれていて、どれもこれも威厳に満ちた顔をしていた。その細工な精密さもまた、指導者の技術力を示していた。

 

(エレベーター……!)

 

この箱こそが、17年以上もの間、異世界の空の下で待ち望み、そして諦めていた地球の日常そのものだった。サザンクロス帝国では、せいぜい3階程度までしか建てられない貧弱な構造物しかなく、移動は階段か、魔法による擬似的なエスカレーターやエレベーターに頼っていた。しかし、今、目の前にあるのは、無数の人々を垂直に、そして高速で、安定的に輸送するための精密な機械文明の結晶だ。

 

【俊敏】は少し震える手で開閉ボタンを押した。

 

「カチリ」という静かな音と共に、均質で傷一つない金属製の扉が滑らかに左右に開いた。その動きに、彼はまず驚愕する。油圧、あるいは高精度に調整されたワイヤーと滑車、そしてそれを完璧に制御する電子制御盤――これら全ては、素材が無限にある創造世界ですら、未だ再現できていない技術の集積だった。

 

中に入ると、壁面は鏡のように磨かれたステンレススチールと思しき素材。反射する鏡面加工のエレベーターに映る自分の姿を見つめながら、彼は遠い昔の記憶を辿った。地球のデパートやビルで、何気なく乗り降りしていた、あの日常の風景。あの頃の自分は、これがどれほど高度な技術の上に成り立っていたかなど、考えもしなかった。

 

異世界に来た時、僕は当時16歳。あれから17年もこの不便な世界で生きていた。

 

扉が閉まり、「チン」という電子音が静かに響き、同時に身体がフワリと浮き上がる。 17年振りのエレベーターに、【俊敏】は涙した。

 

全く揺れがない。

 

(このスムーズさ、この静穏性。これこそが、メイプル宗教国を支える電力の安定供給と、金属加工の圧倒的な精密さの証明だ。)

 

(20階建てのビルを支えるためには、基礎構造の強固さだけでなく、この昇降機自体が、少しの歪みも許されない精度で組み立てられていなければならない。)

 

(もしワイヤーが一本でも緩めば、一瞬で悲劇に変わる。そのリスクを理解しながら、指導者はこの巨大な箱を量産し、市民の日常に組み込んだのか?)

 

彼は、エレベーター内のわずか数秒の下降時間で、指導者の異様なまでの信頼性の確保と技術的自信を体感した。

 

その圧倒的な文明レベルの差が、17年もの間、地球から切り離されていた【俊敏】の胸に、冷たい水のように突き刺さった。これは単なる技術ではない。これは、彼らの失われた故郷であり、それをこの異世界で完璧に再現し、独占している指導者への、激しい羨望と、取り込まなくてはならないテクノロジーの切実さを再認識させる強烈な体験だった。

 

地上階の階数を示す数字が光り、扉が静かに開く。彼はサザンクロス帝国では絶対に体験できなかった、スムーズで静かな下降を終え、自然な歩調で外へ出た。

 

ロビーは広々としており、最新の冷風機が太陽の熱に負けじと快適な気温を保っていた。

 

 

玄関を出て、少し歩いてみると外の街路はアスファルトで出来ていた。 これがどうやって出来るのかは【俊敏】の知るところには無かったが、それでも非常に高いテクノロジーを必要とする道路だろう。

 

【俊敏】は、人々の行動や、街の構成を注意深く観察し始めた。

 

(【絶影】が集めた街の地図データは、旧時代のものか、あるいは指導者側が意図的に公開している偽りの情報に過ぎないだろう。この国を支える工場や発電所の位置が、市民に容易に特定される形で地図に載るはずがない!)

 

彼の視線は、ホテルの玄関で配られた細かい地図から、市民生活の快適さを支える物理的な流れに向けられた。

 

道行く人々が持つ、プラスチック容器に入った加工食品。

 

そしてトラバントを人々が乗り回し、車に乗っていた。

 

その全てが、高品質な部品と大量生産技術の証だった。

 

彼は、街の中心から少し外れた、物資の輸送が多く行われているであろう大通りへと移動する。

 

(電力、水、そして製品の原料。この都市の心臓部は、常に大量のエネルギーと資源を求めている。物流という生命線は、指導者をもってしても完全に隠すことはできない。)

 

しばらく観察を続けると、ほとんどの物資輸送トラックが、街の南西方面にある、高層ビルが途切れた後の無機質な工業団地のような地域へ向かっていることを確認した。その方向の空は、昼間だというのに、わずかに煤を含んだような熱気で揺らいでいるように見えた。

 

(まずは南西。あの煤煙と熱の源こそが、我々が求める心臓部だろう。)

 

【俊敏】は、外交パスポートを持ちながら、その工業地帯へと続く大通りを歩き始めた。

 

 

 

 

やがて彼の行く先に、巨大な金属製のゲートと、それを警護する検問所が見えてきた。

 

ゲートの脇には関係者以外立ち入り禁止の文字が掲げられ、警備員たちが銃を持ってトラックの出入りを厳しくチェックしている。

軍隊に準ずるような規律正しい動きは、指導者の統制の徹底ぶりを示していた。

 

【俊敏】は、隠れることも、迂回することも選ばなかった。対外的にはサザンクロス帝国からの外交使節団の一員に含まれている五体星のメンバーである彼は、ここで不審な動きを見せる方がよっぽど危険だと知っている。

彼は歩調を緩めず、自信に満ちた外交官のように、検問所へと近づいていった。

 

 

「止まれ!一般人の通行は許可されていない!」

 

ゲートの警備員の一人が、厳格な声で呼び止める。その制服のエンブレムは、この工業地帯の管理部門を示す、特有のマークだった。

トリガーこそ指に置いていないし、銃口も下に向けられているが、彼らにとって今が警告段階だろう。

 

【俊敏】はポケットから正規の外交パスポートを取り出し、警備員に見えるように掲げた。

 

「私は、メイプル宗教国を訪問中のサザンクロス帝国から来た外交使節団の人間だ。

我が使節団は、この国の優れた生産技術と経済構造に深く感銘を受けている。ついては、この工業地帯のエネルギー利用の効率性を、資料作成のため、視察させていただきたい。」

 

彼は、流暢な現地の言語で、視察という言葉を強調した。このパスポートに与えられた権威を最大限活用する言葉である。

 

 

警備員は、そのパスポートの表紙と【俊敏】の顔を交互に見た後、一瞬言葉を失った。

一般の立ち入り禁止とはわけが違う。外交団の移動ルートは、本来、国が事前に把握し、警護するべきものだ。ここで彼を粗雑に扱えば、上層部から厳しく咎められる。

 

警備員は外交官が来ると事前に知らなかったため、動揺が走った。ここで彼が対応を謝れば、

サザンクロス帝国との外交的瑕疵となり、強制的に追い出すまたは拘禁するなどを行えば戦争に発展するだろうということが分かった。

 

 

彼らは制服のポケットから、専用の通信端末を取り出し、上司への報告を開始した。その端末は、公衆回線とは異なる秘匿性の高い指令回線に直結しているようだった。

 

『こちらゲート6B4L、外交団の人間が視察を要求している。至急指示を願う。』

 

 

報告から十数秒後、警備員は、受け取ったパスポートの情報を端末に素早く入力した後、すぐに両手を添えて【俊敏】に返却した。国際的なプロトコルを遵守している姿勢を見せつつも、その動作は異様なほど迅速で機械的だった。

 

その上で、警備員は深々と頭を下げた。

 

「外交官様、ご要望については確認いたしました」

 

「誠に恐縮ながら、この工業地帯は現在、重要なメンテナンスの最中にあり、視察はすべて停止しております。外交使節団の訪問については、国賓としての対応が必要となりますため、現在、外務管理局の担当官が急行しております。」

 

彼は「一般」という言葉を強調しつつも、表面上は丁寧な外交用語を使って拒否を示した。

 

「担当官は約10分で到着いたします。それまで、貴賓の安全を確保するため、我々のご案内でこの場所にてお待ちいただいてもよろしいでしょうか?」

 

これは、物理的な拘束こそしないものの、パスポートの情報は既に国家の最高レベルで共有され、次の手を打たれていることを示唆していた。

 

【俊敏】は顔色一つ変えなかった。彼はこの程度の対応を織り込み済みだった。

 

「承知いたしました。私は急いでいるわけではありません。貴国の規律正しい対応に私は、感銘を受けております」

 

彼はそう答えながら、警備員の背後にある巨大なゲートと、そこから頻繁に出入りする大型輸送トラックに視線を固定した。

 

 

彼は太陽の光を反射する金属とコンクリートの塊の中を見ようとしていた。

 

空気は重く、遠くから轟いて聞こえる音が都市の生活音を飲み込んでいる。

鼻を刺すのは、まさに工場地帯の香りと言ったものに加えそしてわずかに酸化した鉄の匂い。

 

ゲートの奥に広がるのは、指導者の完璧な統制を示す、幾何学的な巨大構造物の群れだった。

 

遠くに見える送電用の鉄塔は、ホテルの窓から見えていたものよりも1回りも2回りも巨大で、

支えている電線の束は、まるで巨大な棒のように太く、途方もない量の電力がその中を流れていることを示唆していた。

その隣には、軍艦の船体にも匹敵するサイズの、均一な銀色の貯蔵タンクが、整然と隊列を組んで並んでいた。何が貯蔵されているのかは不明だが、その圧倒的な容量は、この国が短期的な資源の枯渇を恐れていない証拠だった。

 

建物の外壁はすべて、汚れることを許さないかのように、淡いグレーの耐熱塗料で統一されている。一切の落書きや錆といった歴史を感じさせる痕跡がない。

 

機械がすべてを設計し、完璧な素材で完璧な建設を終えたばかりのような、異様に清潔で完成されつくしたような印象だった。

 

しかし、唯一の例外が、南西の空を揺らす熱気だった。それは、工業団地のさらに奥から噴き上げている証拠であり、巨大なパイプの継ぎ目からは、微かな水蒸気が常に立ち上っていた。指導者の技術力をもってしても、熱エネルギーの完全な無害化は不可能であり、この煤を含んだ熱の揺らぎこそが、彼らが隠したい心臓部の位置を無言で指し示していた。

 

 

【俊敏】の目は、この冷徹に設計された風景から、隠された情報を読み取ることに集中した。

 

(担当官が来るまでの10分。私はこの場所から動けない。だが、このゲート、トラックの数、そして彼らが『メンテナンス』という言葉で隠蔽しようとした産業の核心……この10分で、得られる情報はいくらでもある。)

 

彼の目は、周囲の構造物、特に建物に巻きついているアルミ製であろう銀色のパイプラインの太さや、トラックが運び込んでいる資材の種類を瞬時に分析し始めた。

 

10分後、彼を迎える担当官は、おそらく【俊敏】のすべての動きを把握しているはずだ。その担当官と対峙する前に、彼はこの心臓部の全体像を掴む必要があった。

 

事前通告も警護の随行もない強行的な視察だが、外交特権によって問題になることはない。

なぜならサザンクロス帝国とメイプル宗教国の合意によりお互いの外交官に外交特権を与えているからだ。

 

(隠蔽がある筈だ。こんな大きい工場地帯、何かしらの陰謀が見るからにありそうじゃないか)

 

【俊敏】は通された部屋を見ていた。

革でできた柔らかい椅子に座り、待つこと10分。担当の外務官僚と思しき者が、下座に座った。

 

 

▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△

 

 

「うん?サザンクロス帝国からの外交官がこっちに来てる?おかしいなぁ……事前連絡も入れないなんてめちゃくちゃな無礼をしてくれるじゃないか」

 

あなたは静かにブチ切れていた。

視察の事前連絡を入れないというは外交上、明らかな侮辱として捉えても問題のない行為であり、瑕疵を生み出すものに他ならない。どうしていきなりこんな行動をサザンクロス帝国が仕掛けて来たのかは分からないが、あなたは軍備について考えていた。

 

 

「うん、海上戦になるだろうからもっと大きな戦艦を作るのが急務だなあ……巡洋艦は1つ、試作機だけど作れた。空母を作ろうか」

 

(航空機を出すタイミングを考えていたが、サザンクロス帝国に対しては空母を作り、海上補給ができるようになったタイミングで爆撃機と偵察機、対地上攻撃機などを出そう)

 

(ツァウスト帝国に圧を加えながら、サザンクロス帝国方面にも本腰を入れて軍備を進めないといけないね)

 

あなたはそう考えながら、予算配分を考えながら絵画を描いた。その絵は瑞やかな木を描いたものであり、特になにも考えていないので命名もしていない。

 

だがこの木の幹ように、国家は広がり続けるだろうとあなたは思考している。

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