「やっぱり魔女ガチャ失敗かな」
オレンジ色のカエルのマスコット風の生物、ケロッペは控室で休んでいる5人の少女達を見つめ、饅頭をほおばりながら思わず呟く。
ユイナ、アズ、チョコ、キョウカ、マイ
5人の少女達はケロッペが魔女見習いとしてスカウトしてきた者達である。魔女になれば現実では実現不可能な事象を可能にできる。その謳い文句に応じユイナ以外はケロッペの誘いに乗って魔法少女見習いになった。
ユイナは魔法には興味がないようで、魔法少女見習い達とエモエモマックスな日々を送れるというセールトークの方に興味が惹かれていた。
ケロッペとしてはユイナを入れたのは他の4人だと空気が暗くなるので陽キャ、いや体温高めなバカっぽい性格な者を入れれば面白くなるかなという目論見で誘った。
その5人は先程まで店に来た人の願いを叶えるという魔女見習いの活動をしていたが見事にグダグダだった。ケロッペが初回サービスでやり直していなければ失敗していた。
恐らく魔女修行は失敗するだろう。だがユイナが良い意味で場を乱すことで成功するかもしれないという期待感がほんの僅かなに感じられた。なにより面白くなりそうだ。
ケロッペがそんな期待とも諦めともつかない感情を抱いていると。
「何か光ってる」
最初に気付いたのはユイナだった。その言葉に4人はユイナと同じ方向に視線を向ける。その先の壁がライトに照らされたように光っていた。次第に光が弱くなると障子戸のような形が見え、障子戸が開かれる。
その先から現れたのはスーツを身に纏った男性だった。年齢は20代後半から30代後半ぐらい。黒髪のウェーブヘア―で身元には泣き黒子がありタバコを咥えている。その男性は辺りを見渡した後目を擦りながら呟く。
「これ
男性はブツブツ呟きながら障子を閉めて奥へ消え、数秒後再び扉が開き男性が現れる。先ほどより露骨に驚いた顔で床や壁を触りながら周囲を確認しはじめた。
「誰かの知り合い?」
「いや自分はあの男性を知らない」
「私も」
「アズもあんなオジサン知らないし」
一方皆も突然の来訪者に対して警戒する。だがユイナだけは迷いゼロの笑顔で男へ歩み寄った。
「こんにちは、いやこんにちはでいいのかな?もしかして時間が進んでこんばんわかもしれないけど、こんにちはでいいか。おじさんもケロッペにスカウトされた魔女見習いですか?」
「ケロッペ?魔女見習い?何のことだ?」
「ケロッペはそこにいるオレンジのカエルのぬいぐるみみたいなのです」
「あの
「そうです。って見えるってことは素質あり!?あっ、お饅頭食べます?ウチの店の商品なんです」
「じゃあ遠慮なく…ん、これ
「そうですか、よかったら一箱ぐらい購入しませんか?」
ユイナの距離感ゼロな接客に、男は若干面食らいながらも会話を繋ぐ。そのやり取りを四人は固唾を呑んで見守っていた。
「ユイナッチョリンすごいね」
「凄いというか、人見知りしなさ過ぎ」
「コミュ力つよっ、というより警戒心がないバカなだけでしょ」
「それでケロッペ、あの男性はケロッペが招いた……ケロッペ?」
キョウカの声を聴いて3人は思わず意識をユイナ達からケロッペに移す。キョウカとは短い時間しか接していないが大人びて冷静沈着という印象を持っていた。そのキョウカがここまで不安や動揺が見える声を出すのは意外だった。
ケロッペを見ると普段は飄々として、何事にもニヤニヤと余裕を見せるケロッペが……漫画みたいな大粒の汗を全身に吹き出しながら。
「……いやいやいや……あり得なくない? コワ……」
と、本気で怯えていた。その様子を見てキョウカの不安そうな声を出したのに納得する。ケロッペが演技ではなく本気でビビっているようだ。その表情に只ならぬ事態が起きていると4人は実感する。
一方ユイナと男性は笑い声混じりで和気藹々と話していると4人達の方に向かってくる。
「いや、魔女とか言われてもな、正直
「ケロッペ、ちゃんと説明してあげて、何も知らないみたいだし、ウチの言うこと信じてくれないんだよ。どうしたのケロッペ?」
ユイナがケロッペに説明してもらおうとするがキョウカの後ろに隠れてチラチラとこちらを窺っている。こんな態度は初めて見る。
理由は知らないがこの男性と喋るのが怖いのであれば、自らがどうにかして魔女の存在を信じさせるかと思案し始めたところで、ケロッペが意を決したようにもみ手しながら震える声で口を開いた。
「ええ、貴方様はどのようにしてここに来られたのでしょうか……」
「あっ、敬語使ってる、はじめて見た」
「なんか小物臭い」
「ちょっとビビり過ぎじゃない」
チョコたちはケロッペの予想外の態度に軽口を叩くが、本人は全く反応せず、上目遣いで男を警戒し続けている。
「うお!カエルが喋ってる!
「それでどうやって来られたのでしょうか?」
「ああ、家に帰って
ケロッペはその言葉を聞き腕を組み考え込む。基本的にこの場所に来られるのは店に来た客とケロッペが誘った魔女見習いのみだ。扉が勝手に繋がったなんて、完全に前代未聞だ。
「そうなの、まあいいや」
ケロッペは突然いつもの軽い調子に戻る。
「ここは魔女見習いが魔女になるために修行するお店、それでユイナ達は魔女見習い。魔女って言うのは魔法が使える女性のことで、魔法は一般的な人が想像する魔法って思ってくれればいいよ」
その変化ぶりに5人は少しだけ驚き、ケロッペは構わず話す。結論としては何故男性がこの場所に来られたのかは分からない。
だがそれだけだ、害も特になく脅かされることもない。そんな相手にビビるのは損だと考え、ユイナと同じ態度で接していた。そしてふとある悪戯心が閃いた。
「ところでキミ、魔女になるつもりない?」
「は?何誘ってんの?こんなオジさんと一緒何てアズ無理!」
ケロッペの思わぬ発言にアズは全力で拒否しケロッペを捕まえて男性から離れる。他の4人もアズの後に続き、自然と輪になって距離を取る。
「女子高校生の中にオッサンが混じるって面白くない?それに皆よりほんの少しだけ才能有るし」
「う~ん、チョコちゃん的にはちょっとな……」
「何?オッサンは魔女になるなって、そんな古い考えは良くないと思うけどな」
「男性だから魔女じゃなくて魔法使いだね」
「でもケロッペあの人が来た時、ビビり過ぎってぐらい驚いてたじゃん。色々大丈夫なの?」
「それは完全に予定外だったけど、こう見えてフレキシブルに対応するタイプだし」
ケロッペは胸を張り自慢げに語る。あれだけ動揺していたのによく言うと5人は心中で思いながらも男性に視線を送る。
「とりあえず本人の意思が大切じゃない?本人が嫌ならそれでいいし、やりたいならまた話し合えばいいよ」
「そうそう、本人の意志を尊重しないとね」
「じゃあ、ちょっと聞いてくる」
ユイナはケロッペの同意を得ると輪から抜け出し男性の元に近づき尋ね、その様子を4人は静かに見守る。
「魔女になる気はありますか?いや魔法使いか、魔法使いになると魔法が使えるようになれますよ」
「念のために聞くけど、お嬢ちゃん達
「ヤク?」
「ヤクは麻薬のことだ。ほら
「そんな危ないもの使いません」
「そうだよな、じゃああのカエル、いやカエルが喋っているように見せかけて後ろで糸引いている奴に騙されているかだ、何か契約されたり前金払わされたりしてねえか?」
「それもないです」
「ケロッペを詐欺師扱いとか酷くない」
ケロッペが2人の会話に割って入る。眉は若干つり上がり怒っているようだった。
「例えばこの店だって魔法で作ったもの。リビングの扉に繋がっている謎の部屋なんて魔法っぽいでしょ。魔法以外に説明できる~?」
「まあ今の俺の知識じゃ
「頭固いな、じゃあ皆ちょっと集まって」
ケロッペの言葉に応じるように5人は男性の目の前に立つ、それを確認するとケロッペは指を鳴らす。その瞬間世界から色が消え、5人の手には色とりどりのペンが握られていた。
「ケロッペ何したの?」
「ちょっと時間止めた。あとそれでちょっとあの人に落書きして」
「見知らぬ人、いや知り合いでも落書きするのはどうかな」
「大丈夫大丈夫、ちゃんと魔法で消すから、派手にやって皆のアーティスティックな才能爆発させちゃって」
「よ~し、チョコちゃんの絵心を見せちゃうぞ」
チョコは男性に近づき男性の両頬に花丸を描きこむ。それを切っ掛けにユイナは楽し気に、マイは仕方がなしに描きこむ。キョウカはやはり良くない。アズはガキっぽくて無理と参加しない。
「じゃ、皆後ろに」
ケロッペが指を鳴らすと周りに再び色が戻り時間が動き始める。男は消えた5人を探すように首を巡らせ、そして後ろを向いた。笑いを堪える5人と目が合う。
「はい、こちらが鏡です」
「なんじゃこりゃ!?」
「3人の渾身の作品です。ワイシャツとかも確認してね、あっ落書きは魔法で消せるから」
男はケロッペの説明も聞かず、姿見に映った自分へ釘付けになった。顔はもちろん、スーツからワイシャツの奥までびっしりと落書き。ケロッペは男性が動揺する姿を見て満足げに微笑むと、指を鳴らし落書きをすべて消した。
「うお!落書きが
「時間を止めて落書きした。どうこんな事魔法じゃないと出来ないと思わない?それに落書きしたのも魔法じゃなきゃ無理でしょ」
「OK
男性は降参とばかりに両手を上げた。あの1秒も満たない時間で5人が視界から消えると同時に全身のスーツとワイシャツに落書きを施した。彼の常識では到底説明できない出来事。魔法以外の言葉が見つからない。
「しかし魔法が実在するだなんて、これだったらフラッシュプリンセスが居ても不思議じゃねえな」
「フラッシュプリンセス懐かしい~、チョコちゃんも小さい時見てた」
「ウチも」
「うわ、大人のくせにフラッシュプリンセス知ってるとか無理」
「そのフラッシュプリンセスっていうのは?」
「女児向けのアニメのキャラクターですよキョウカさん。でもあれは魔法使いというより蹴ったり殴ったりだからバトル系のような」
「それで魔法使いになるとどんな
「それは魔法が使えるようになる」
すると男性はケロッペを指差し手招きする。それに応じるようにケロッペは男性に近づきヒソヒソ話を始め、暫くすると話し合いは終わりケロッペは男から離れていき、男性が笑みを浮かべながら5人に近づく。
「よし、嬢ちゃん達、これからよろしく。一緒に魔法……」
「無理!」
アズの一喝が室内を裂いた。4人は驚き、反射的にアズに視線を送る。
「あんたいくつ?」
「
「38になって魔法を信じるとか無理!オジサンが女子高校生の集団に混じろうとかノンデリでキモくて無理!大人なのに魔法で願いを叶えようとか無理!」
アズの荒い息遣いだけが響く。一方男性はポケットから煙草を取り出し火をつけようとするが、5人を見てすぐにしまい直した
「確かに
男性は深々と頭を下げる。5人は息を呑んだ。大人がここまで頭を下げる姿を見るのは初めてだ。
「ウチは良いと思う。ウチは魔女になって叶えたい願いはないけど、仲間に入れてもらった。魔女になりたい人を拒否する権利はウチにはない」
「自分も良いと思う。ケロッペが言うには自分達より魔女としての才能があるなら戦力になるはずだ。それに人事を決める権利は自分達ではなくケロッペにあると思う。そのケロッペが誘ったのであれば、拒否できない」
「まあ、店長が入ったと思えばいいか」
「私も皆が良いって言うなら別に良いけど」
4人は意見を言い終わるとアズに視線を向ける。アズは視線に耐えられないのかそっぽを向けて吐き捨てた。
「しっかり働いてよね!大人のくせに役立たずとかホント無理だから!」
アズは4人が男の加入に賛成したという同調圧力に屈したわけではない。アズには魔女になって何としてでも叶えたい願いが有った。男性にはそれと同じぐらい叶えたい願いが有る。それが分かってしまったから。そんな者の願いより自分の感情を優先するほど我儘ではいられなかった。
「
柔らかく笑う殺島。先ほどまで見せていた他人行儀な顔つきはもうどこにもなかった。
「じゃあ改めて、ウチは赤城ユイナ、よろしくお願いします」
ピンク色のショートヘアを揺らしながら、ユイナが太陽みたいな笑顔で頭を下げた。
「三俣チョコ、チョコちゃんって呼んでね。ヤジリン」
金髪の三つ編みがトレードマークの少女が、距離感ゼロのテンションで続く。
「いや、目上にあだ名はどうかな。自分は北村キョウカと申します。どうぞよろしくお願い致します」
赤みがかった茶髪のショートの少女は、丁寧な所作そのままに礼儀正しく挨拶した。
「上泉マイです。よろしくおねがいします」
茶髪の団子ヘアの少女は、どこか壁を作るように控えめな声で挨拶する。
「新里アズ」
黒髪ツインテの少女はそっけなく、それでいて刺すような眼差しで名乗った。
「ユイナにチョコにキョウカにマイにアズだな、改めてよろしく。それでキョウカが年上にあだ名はどうかって言ってたけど
「しかし」
「娘ぐらいの年齢に呼び捨てにされても何とも思わねえんだ。まあ二つ三つ下がそんな舐めた口きいたら
「え?ヤンキー系?怖過ぎ」
「そういうの無理」
「
「わかりました。いや分かった。これからよろしくヤジさん」
ぎこちなくも歩み寄るように、キョウカは“さん付け”の愛称を選んだ、その遠慮の仕方に、殺島は思わず微笑む。今まで品行方正に礼儀正しく生きていたのだろう。
その生き方のせいか目上にタメ語を使うのに違和感を覚えるのがよく分かる。その妥協点がヤジさんかと理解していた。
「しかし魔法使いね、実はオレも魔法使えるんだよ」
殺島の真面目な口調に、場が一瞬で静まり返る。少し前なら鼻で笑っていただろう。しかし今は違う。魔法は存在し、自分たちもその一部になっている。
五人の視線を受けながら、殺島はゆっくりとユイナの前へ歩み寄る。ユイナは緊張のあまり、こくりと喉を鳴らした。
「恋の魔法をな♡」
顎をそっと指で持ち上げ、距離を詰める。優しく甘い声色で囁く。
「ひゃ、ひゃあああ!?」
チョコが黄色い声で跳ね上がり、
キョウカは顔を真っ赤に染め、
マイは目を丸くしたあと「チャラすぎ……」とドン引きし、
アズは「無理」とだけ呟いて眉をひそめる。
「え?これナンパされてる!?ウチの時代到来しちゃった!?」
「そうだよ!来ちゃってるよ時代!」
「そっか~。ウチのオシャさを分かるのはヒロキ君みたいな人だったのか!」
チョコとユイナが姦しく騒ぐ。生まれて初めてナンパされてしまった。しかも中年男性とは、このまま恋人になって大人の階段を上がるのもありでは?まずは母親に紹介しなければ。ユイナの脳内で、ドラマみたいな未来図が高速回転していた。
「なんてな、どうだ
指を離してウインクすると、ユイナは一瞬ぽかんとしたのち、顔を真っ赤にして悟った。
「なんだウチ揶揄われたのか、ナンパされたと思って心臓バクバクだったよ」
「条例には引っ掛かりたくねえからな。でも5年経ったら
「本当に~?お母さんになんて言うかな~」
「良かったねユイナっちょりん」
チョコはほほに手を当てて喜んでいるユイナをチョロいなと思いながら微笑ましい目線を向ける。一方その様子を見ていた3人は眉を潜めていた。
「どうよ、俺の魔法?」
「どこが!只のナンパじゃない!あんなペラペラ女勘違いさせただけで調子乗ってるとか無理!」
「というより魔法じゃなくてスキル的なやつでしょ」
「あまり女性に軽々しく触るのはよくないと思います」
殺島としては自己紹介がてらの軽いノリでのボケで、アズが言ったみたいに只のナンパだろとツッコんでくれれば良かったのだが、言葉は同じでも声に嫌悪感がにじみ出てツッコミになっていない。
いつもならスキンシップでキスでもするが今後一緒に働くので抑えたのだが、それでもこの面子には少し刺激が強すぎたようだ。
「
殺島は強引に話題を変える。実際に魔法使いになる為の修行と言われても何をするのかまるでイメージがわかない。
「お店に来たお客様の願いを叶えると魔法ポイントが溜まって、それを99999ポイント溜める。それが修行」
「あっ、ヒロキが加わると貯めるポイントも増えるから」
「は?聞いてないんだけど」
「今言ったし、人数が増えれば貯めるポイントも増えるのも当然でしょ」
「なるほど、それが修行か、因みに何の店をやるんだ?」
「お花屋、お客様の心の花を咲かせるお花屋、どうしたのヒロキくん?お花屋はいや?」
ユイナは思わず殺島の顔を覗き込む。花屋と聞いた瞬間どこか遠い目になっていた。
「いや、そうじゃねえけどな」
その表情は懐かしさと、少しの切なさを滲ませていた。
週一で投稿できるよう尽力します