「ヤジリンの高校時代ってなにやってたの?」
ここあが店に訪れてから数日が経った。SNSでは約束通り宣伝してくれたが効果は表れていないのかあれ以降全く客は来ていない。ユイナを除いた5人は控室に戻りスマホをいじったり本を読んだりして暇を潰している。
あまりに暇なのかチョコに客が来ないので何か話せと振られたので、今人気のファッション系インフルエンサー・無難コーディネーターくまいについて話すが会話は弾まず殺島についての話題を振る。
殺島は読んでいた花の本を閉じてゆっくりチョコを見る。。
「
「ヤジリン不良だったの!?」
チョコが大げさに驚くと、スマホを触っていた他の三人も、気になったのか意識を殺島に向ける。
「ああ、昔は実在《いた》んだよ。今じゃあ
「漫画で見たことあるけど本当に居るんだ!ねえねえ喧嘩強かったの?」
「
「四天王とか言われたてたの?他の学校の不良と喧嘩したりしたの?」
チョコは前のめりになって聞きかじった知識で質問をぶつける。チョコには幼い妹と弟が居るので働いている母親の代わりに世話している。夜には創作おとぎ話を聞かせているのだがその題材として前橋ウィザーズの6人をモデルにしている。
それなりに好評だがチョコの創作能力ではいずれネタ切れするか、弟達から面白くないと不評を受けるかもしれない。
漫画のジャンルでヤンキーものというのが有るのは知っていて昔読んだ記憶が朧気にある。もしかして創作話のネタになるのではと考えていた。
「なに?ヤンキーに興味あるの?」
「違うよ…友達が漫画描いていて何か話のネタ無いかって聞かれてるから、ネタにならないかなって」
マイの質問にチョコは咄嗟に誤魔化す、もちろんそんな友達はいないが、マイは一応納得した。る
「漫画か、オレが
「でも何か人気の作品があるみたいだよ」
「へえ~、今は
「そうかもね、それで漫画に出来そうなエピソードない?」
「有るぜ、それこそ漫画にしたら長期連載できるぐらいだ。どうする
「最初から」
「よし、じゃあ
殺島は当時を振り返りながら語り始める。すべて事実を喋るとなると暴走の為に民家を放火し、拳銃で抗争相手や警官を発砲するなど間違いなくドン引きされるのは確実なので、昔読んだヤンキー漫画をさらにマイルドにした程度に脚色して話す。
チョコは食い入るように殺島を見ながら話を聞く。ヤンキーものに興味がなかったが引き込まれるほど面白い。1つ1つの話がハラハラしてドキドキしてワクワクする。エピソードもそうだが殺島の語りも良い。まるでその場に居たような臨場感がある。
妹達にこのまま話すのは少し刺激が強いので多少脚色するが、このエピソードを話せば大絶賛間違いなしだ。
チョコが真剣に耳を傾けているなか、マイも殺島のまさしく漫画みたいな話に次第に興味を持ったのかスマホから目を離し同じく耳を傾ける。
一方アズは興味なさそうにスマホをいじり続け、キョウカは理解できないのか微妙に嫌そうな顔でスマホをいじる。
「これが序章ってところだな」
「これからどうなるの!?ヤバイ奴らばっかりじゃん!ヤジリン達ミンチにされちゃうよ!」
「いや死んだらこの場に居ないから。しかし漫画みたいな話ですね、というより話盛ってません?」
「いやいや
殺島はマイの疑いに大げさに否定する。話の中で自身は拳銃を使っていないという設定なので嘘だが、残りの3人はほぼ脚色はない。
日本刀でパトカーを切り刻み、パンチやバットのフルスイングで人間を数メートルはぶっ飛ばしていた。そして殺島も拳銃の弾丸二発をぶつけて火花を出すという人間離れした射撃技術を持っていた。
「アンタっていうかヤンキーってバカでしょ。喧嘩が強いとかどうでもよくない。っていうか何で喧嘩するの?」
アズは鼻で笑う。薄っすらと聞いていた程度だがヤンキーの心理がまるで理解できない。それこそ異常者だ。その言葉にチョコは目を見開きながらアズを睨みつける。
「分かんないのアズアズ!?超重要だよ!拳で己を証明する!そもそも自分より強い奴とかムカつくでしょ!?」
「え?なんでアンタが反論してんの?そのテンションこわ」
「ちょっと影響受けすぎ」
「そうだ、
「相手が女の子だったらチョコに任せて!」
殺島とチョコは気持ちが通じ合ったのかお互い拳を突き出しグータッチを交わす。そんな2人を見てアズは付き合っていられないと呆れ再びスマホをいじり始める。
「それで続きは!」
「それで各方面から睨まれた俺達は…」
「みんな大変だよ~!大変大変大変」
殺島の話を遮るようにユイナが勢いよく扉を開け放った。いつも以上に騒がしい様子に全員の視線が一斉に吸い寄せられる。
「どうしたのユイナッチョリン!どっかのチームが喧嘩仕掛けてきたの!?前橋ウィザーズの力を見せてやる!ひき肉にしてやんよ!」
「だからそのチーム名やめて、っていうより不良のチーム名みたいに言わないでよ」
「それに私達も頭数に入ってるの?」
「いやこの店は叶えたい願いを持った人しか来られないし、喧嘩したいという願いでは入れないと思う」
「まあ
「泥棒!レジのポイントが盗まれてる!やばいよ~」
その一言で、全員がガタッと立ち上がった。レジのポイントを約12万ポイント集めることで魔法使いになれる。そのポイントが盗まれるのはまさに死活問題だ。暇にかまけて呑気にしていた5人の空気もさすがに一変する。。
皆は控室から店内に移動し円錐の形をした砂時計のようなオブジェを見る。そこに00022という数字が表示されている。
詳しい数字は覚えていないが減っているのは明らかだ。ユイナとチョコが警察呼ぶかどうかと話しているのを聞きながら己の失態を悔やむ。
──やられた
魔法使いになるには約12万ポイントを集めなければならない。だがそれは6人が魔法使いになるために必要なポイントだ、単純計算すれば2万ポイント集めれば魔法使いになれる。
ならば2万ポイントが集まった瞬間にそれを使って自分だけ魔法使いになればいい。そうすれば修行期間は短縮され忍者を早く殺せる。
しかし殺島が抜けると労働力は減り、ユイナ達が魔女になるのが遅くなってしまうが後のことなぞ知ったことではない。
迅速にポイントを集めてもらうために周りに気を使い過ごしやすい労働環境を作ることを心掛けた。全ては自分のためにポイントをゲットしてもらうために。その大切なポイントが盗まれた。
まるで長期間かけて借金漬けにして長く搾り取ろうとした債務者を横取りされた気分だ。つま先が無意識に床をトントンと叩き、イラつきが音になって漏れた。
全員の顔が硬くなり、空気は緊張で張り詰めていく。
そこへケロッペがぬるっと出現し、説明めいたゲームをさせられる。殺島達は何を伝えたかったのか分からなかったが、キョウカは理解したようで、レジのポイントを使えば一時的に魔力が強くなり体力が削られず魔法が使えると説明した。
「つまりレジのポイント、マポを盗んだのはこの中の誰かだ」
キョウカの言葉に5人にさらなる緊張が走る。ただユイナだけは、
「マポって言ってくれた……!」
と、呼称が採用されたことを無邪気に喜んでいた。
そこから6人による犯人探しが始まる。チョコはアズを疑い、アズは反論し、ユイナは何かの間違いであり、泥棒がいても無かったことにして皆で頑張ろうと提案する。
話し合いは水掛け論の長期戦になると思いきや、ケロッペが犯人はマイだと告発しあっさり判明した。
「はい、ごめんなさ~い」
マイは開口一番驚くほど軽い口調で謝罪する。それは形だけだと誰の目にも分かる程だ、それにアズは憤慨するが、じゃあ土下座でもすればいいのと開き直る始末である。
「それが謝る人間の態……」
アズが言い終わる前に、殺島がマイの前へ歩み寄った。ゆっくり、逃げ道を封じるように。
そして低い声で、刺すように言い放つ。
「おい、
マイは小さく悲鳴を漏らし、青ざめ、肩を震わせた。
皆も思わず息を呑む。殺島は気のいいおじさんだった。年上らしい威厳もなく、同年代の兄ちゃんみたいな距離感。そんな彼の中に、こんな怒りが隠れているなんて誰も想像していなかった。
「皆が必死こいて集めたポイントを使う。これは横領だ、立派な犯罪だぞ」
「はい、それは……」
「別に盗んで使ったのはいいんだよ。
「はい。ごめんなさい……」
声が震える。
喉が乾く。
背筋が凍る。
本気で怒っている人間は逆に冷静になるという話を聞いたことがある。目の前の殺島はまさにそれだった。
あの気のいい殺島がここまでガチギレするとは全く想像していなかった。正直に言えば今にも泣きたいが高校生であり、皆が見ているという見栄で辛うじて耐えていた。
「それで、どう落とし前つける?謝って済むのは
マイは頭を低くしてごめんなさいと言って切り抜けようと心を見透かしたかのように解決案を求めてくる。体はさらに強張る。
「それは頑張って働いて……」
「何時になったら使い込んだ分が戻る?今のところ1人でポイントを得る方法はねえんだけど」
「それは……」
「マポを大量に使えばもっとマポをゲットできるって時はどうすんだ?横領したやつは即補填する。それが落とし前のつけ方だ」
「はい……」
「で?どう落とし前をつけるの?」
殺島は逃さないとばかりに再度同じ質問をする。マイは何とか解決案を考えようとするが恐怖で全く回らない。もはや目の前の殺島すら歪んで見える、
「もういいでしょ!」
アズは背後から殺島の肩に手を置きぐいっと振り向かせた。マイのマポ泥については許せないし殺島が居なければ代わりに怒りの言葉をぶつけていただろう。
だが、いま目の前で責め立てられているマイの姿は、あまりにも痛々しすぎた。怒りなどとっくに霧散していた。
「アズは全く気にしてないから!アンタ達もそうでしょ!?」
アズは3人に語り掛ける。その言葉には同意しろという圧が込められている。
「……うん、チョコちゃんは全然気にしてないよ!」
「彼女は本当に反省しているみたいだし、それ以上の詰問は無意味です」
チョコとキョウカはアズの言葉に賛同する。最も怒っていたアズが赦したのには驚いたが気持ちは分かる。あのマイの姿は、誰が見ても胸が痛む。
そして最後の一人、ユイナに視線が集まるが思わず凝視する。目が虚ろでどこか遠くを見ていた。
「このバカ完全にフリーズしてる」
「よっぽどショックだったんだ」
「大丈夫」
ユイナの予想外の反応に動揺しながらも3人は声をかけるが全く反応しない。その反応に、責めていた殺島も、責められていたマイも思わず心配そうに見つめる。
「はい無効票1、賛成3、反対1、3対1!多数決で赦す!もうこれは決定事項だから!反対とか無理だから!」
アズは会話の流れをまとめるように、一方的に結論を出した。大分強引に進めたが多数決での決定であれば、民主主義的に従わざるをえない。
4人の懇願と僅かな敵意の籠った瞳を向けられた殺島は仕方がないとため息をつきながら控室に戻る。
ケロッペを使ってマイにマポの借金でも出来ないかと聞こうとしたが止めた、これ以上補填を求めればこちらが悪者扱いで最悪脱退させられる可能性もある。
殺島は怒った『振り』をしていた。
ノリが良く気のいいオッサンという立ち位置で円満な関係を築いて気持ちよく働いてもらいたかった。だがマポを横領する者が出るとなれば話は別だ。これを赦せば第2第3の横領犯が出てくる。
相手の行動を操作する方法は2つ、褒めて行動を促進させ、恐怖で行動を抑制する。今回はマイには極道の面を出してビビらせた。これでマイは勿論他のメンツもマポ泥する気にならないだろう。
これでもマイルドにしたほうだ。もしマイが債務者だったら全力でやれば殴る蹴るなどの暴力を行使し、別の系列の金融から強引に借りさせて補填させただろう。
これで釘を刺す事には成功したので後はアフターケアだ、このままではこちらの立場も悪くなり労働環境も悪化する。控室の扉に辿り着くとノックして自室に戻った。
──
マイたちは店内からソファエリアへ移動し、それぞれ段差に腰を下ろした。四人ともスマホを触る気にもなれず、中央に飾られた花をぼんやり見つめたまま沈黙が落ちる。
短時間で色々ありすぎて、空気はどんより重い。
「ヤジリンのマジギレも怖かったね。元ヤンキーだけあって迫力が凄い。ビクビクチョコちゃんだったよ」
チョコは重苦しい空気を少しでも紛らわせようと明るい声で話す。殺島の話を聞いているうちにヤンキーはヒーローでありフィクションの人物だとどこか思っていた。
だが殺島のガチギレぶりを見て一気にリアリティが増すと同時に親しみやすさが薄れた。弟たちに話すおとぎ話では、あの怖い部分は全カットだな、と決意する。
「大人があんなに静かに怒った姿は初めて見た。言い分は分かるけどあそこまで怒る必要はないと思うけど」
「器が小さすぎなのよあいつは」
キョウカとアズが不満を漏らすなかマイの身体がビクリと震える。思い出しただけで身震いする。今まで気安く接していたが今後はあの時の姿がチラついてしまう。正直どう接したらいいか分からない。そんな戸惑いが胸に広がる
「ごめん皆、ヤジさんの言う通り使ったマポを補填する手段はないけど、いっぱい働いて返すから」
「いいよマイティン、気にしないで」
「あとは行動で示してくれればいい」
「そうよ、代わりにしっかり働いてよね」
震える声で謝罪するマイを其々がやさしい声をかける。何故マポ泥をしたのかと訊きたいことは有るが、色々有ったせいでどうでもよくなっている。
「よっ、調子どうよ?」
すると殺島が階段を上がってこちらにやってくる。手に紙袋を持ちながらいつも通りの気安い表情に気安い声色で声をかける、先程ガチギレしていた人間とは思えない。その落差に3人は戸惑いを覚え、マイは反射的に身を縮こまらせる。
殺島はマイのほうに近づき数メートル手前で止まる。マイは体を強張らせ視線を合わさないように俯く。3人はまたガチギレしたら庇えるようにと無意識にマイに近づいていた。
「ワリい、あの時は完全に言い過ぎた」
殺島は90°に頭を下げる。最敬礼を超える角度での謝罪、その行動に全員の目を丸くする
「少しでも魔法使いになりたいって
殺島は殊勝な態度で反省の言葉を述べる。ガチギレ風の演技でマポ横領に釘を刺した。だがガチギレしたことで彼女達に恐怖を植え付けてしまった。恐怖で人を支配するという方法もあるが、この5人にはそれは適さない。
伸び伸びと働いてもらう方がマポも溜まりやすい。そのためにはこちらが全面的に悪かったと謝り、わだかまりを無くす必要がある。
「これは
マイは恐る恐る物を手に取り箱を確認する。そこに書かれているロゴは高級菓子ブランドのものだ。どこで買ってきた。それ、思わず視線を上げると、悪かったと先程の言葉とは対照的な軽いノリで片手の謝る動作を見せる。
「ごめんなさいヤジさん、もう二度としないから」
「おう、二度とするなよ。やったら
「うわ、怖過ぎ」
殺島はマイに握りこぶしを見せる。言葉は物騒だが声色は冗談を言うような気軽な感じだった。それに安心したのか思わず笑みをこぼす。
一方も殺島も内心で胸をなでおろす。イジリ気味でヤキを入れると言ったがビビらず冗談だと捉え、笑いながらこのノリに乗っかってくれた。これでわだかまりは無い。
「チョコもヤジリンにヤキ入れられないように気をつけないと、ねっ、アズアズ」
「いや何でアズに振るの?」
「だって一番の問題児だし」
「はっ?問題児はこのマポ泥でしょ」
「ちょっと蒸し返さないでよ。本当に反省してるんだから」
場がようやく笑いに包まれる。
キョウカすら、つい口元を緩めるほどだ。
殺島のガチギレが嘘だったかのように、空気はすっかり元に戻った。
気安い言葉の応酬に場がようやく笑いに包まれる、キョウカすら、つい口元を緩めるほどだ。殺島のガチギレが嘘だったかのように、空気はすっかり元に戻った。
「そういえばユイナは?」
殺島は買ってきた高級菓子と缶コーヒーを皆に配りながら尋ねる。この場にはユイナの姿は見えず。控室に戻った時も居なかった。
「あの娘は控室に戻ってからそれっきりで」
キョウカは心配そうに答える。アズにきつく当られても、能天気と呼べるほどの前向きさを見せていたユイナが落ち込んでいた。それだけマイがマポ泥という悪事に手を染めたのがショックだったのだろう。
「しかし、あのバカがあんな反応するなんて初めて見た」
「あの鋼鉄メンタルのユイナッチョリンがあんなに凹むなんて」
チョコ達も心配そうに呟く。良くも悪くも騒がしいムード―メーカーだったユイナが落ち込んでいる姿はそれなりにショックである。マイもそんなユイナが落ち込ませてしまったと自責の念で縮こまる。
「確かにな、でも
「そうかもしれません」
キョウカは思わず頬を緩ませる。翌日になって騒がしく控室に入るユイナの姿が目に浮かぶ。
「あっ、ヤジリン今ユイナッチョリンをバカって言おうとしたでしょ。そういうイメージ持ってるんだ」
「いやいや、そんな事言うわけねえだろ。アズじゃあるまいし」
「いやアイツはバカでしょ。バカにバカって言って何が悪いの?」
「悪びれもなくバカって言いやがる」
「アズアズの素直さを見習って言っちゃいなよ。バカって」
「いやいや天才だぜユイナは、かなり
その言葉にマイが吹き出す。ユイナを落ち込ませた事実は変わりないのだが心が楽になった。ユイナは多分気にしていないと思えた。そして謝って許してもらおう。
すると出入口が開きベルが鳴った。